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魔導戦記リザレクション  作者: Lass
第三章 侵略の足音-invasion sign-
18/41

3

自衛隊の駐屯地は、どこを見ても広い。

それは、演習場であったり格納庫であったり、必要な設備を整えるためにはある程度の敷地が不可欠だからだ。

その中でも最も大きな建造物は、勿論司令部だ。

全ての格納庫を合わせれば司令部の数倍ほどあるかもしれないが、あくまで一つの建造物としては……の話である。

その司令部の内部には、隊員の居住区画や休息スペースなども含まれていて、多くの人間が常時滞在している。

一部のメカニックの中には、兵器と共に格納庫のハンガーで生活している変わり者もいるようだが、かなりの少数派だ。

普段は基本的に軍事演習、訓練が行われていて、先日のような出撃命令が出るような事はまず起きない。そのため、普段は実感の湧かない空虚な訓練になりがちであった。当然であろう、地震を一度も経験した事のない地域の人間が漠然と避難訓練を行うようなものだからだ。

「こんな事をしてなんになるのか」という深層心理が働くのは当然だとも言える。

そんな、ぬるま湯に浸かっているような日々から、今現在ここでは一転してある種の緊張感が漂っている。

司令部の地下室には、古くに使われていた居住区画がある。

大昔、他国との戦争を繰り返していた時期では、あまりの戦場の過酷さに、逃げ出す兵士達が多かったためか、そういった逃走を防ぐため物理的に逃げられないように地下室に収容していたとか。

まるで囚人のような扱いだ。

しかし、現在の地下室の用途は完全に比喩ではなく"牢"である。

先日の事件で捕らえられたテロリスト達はここに収容されている。今は昔のような物理的に逃走が不可能な造りに加えて、最新のセキュリティ設備。よほどの人間でない限り脱走など不可能である。

その中でも、所謂"その他大勢"とは異なる……極めて重要な参考人が一人。

彼女は牢とは別の、これまた無機質な机とイスしかない部屋に連行されていた。要するに尋問室だ。

「いい加減に、喋る気はないのかしら?」

言いながら、重い鉄の扉を開けて入ってくるのはレイラ・T・ダウド。階級は中尉。

中にいた、見張りの隊員が敬礼して彼女を迎える。

彼女は「ああ、いーから」といった様子で手を上げて、入れ替わるようにして出ていくもう一人から引き継ぎの書類を受け取る。

机を挟むようにして、テロリストの女(レイラから見れば少女とも言える)と向かい合って座る。

腕を後ろ手で縛られながらも、少女アブローラはあくまで表情を変えず……その不遜な態度を崩さない。

しかし、ここに来てからほとんど寝ていないのか、顔色は悪く首は下に向いている。

「……ないわね。どうしても知りたい事があるならお菓子の一つでも持ってくるべきだと思うけど」

「ふーん、あなたお菓子好きなわけ?」

「好きね。少なくとも何が入ってるかわかったもんじゃないここの夕飯よりは」

「……そんな事言ったらお菓子にだって細工出来るわよ、もしかしてその方法なら楽に喋らせられたのかしら」

「そういやそうね、じゃあもういいわ。話す事は無い、あなたに用は無い、というわけで普段の業務に戻っていいわよ。喜びなさい」

「うふふ、それはそれはありがたいわね」

「……ふふふ」

あまりにも予想通り過ぎる展開で、見張りの隊員は長くなりそうだ、と思った。

というより帰りたかった。女性の口喧嘩ほど恐ろしいものは無いというが、まさにその通りだと思った。

汚い言葉の応酬ではない、お互い笑い合いながらの探り合い、罵り合いだ。

そんな風に、部屋の入り口に立つ見張りの男は内心肝を冷やしながら、その光景を眺めている。

「だいたい、どうしても喋らせたいならこんな生温い話し合いなんかしてないで拷問でもなんでも始めればいいじゃない」

アブローラは、特に恐れもしないでそう言う。

「拷問だなんて、戦時中じゃあるまいし今の日本にそんな制度は無いのだけれど?」

ニコッ、とまるで困ったわね……とでも言いたい様子で酷薄に告げる。しかしアブローラはその答えを聞くと呆れたように返した。

「戦時中じゃない?あなたそれ本気で言ってるとしたら相当の馬鹿ね」

「……どういう意味かしら?」

「あら?ちょっとはマシな顔も出来るのね。でも、わからないなら教えてあげる。"今以上に世界が厳戒態勢になるべき時"なんてあったのかしらね?」

五年前に世界に現れた、新たな敵。

それを滅ぼさずして、戦時中じゃになんてよくも言えたものだ……という事だろう。

「もしかしたら今の、"とりあえずの平和"を破壊して東京を混乱に叩き落そうとしてる連中に、何を躊躇しているわけ?危機感は感じてないの?」

アブローラはこうしてまともに語りだしたが、動いているのは眼球と口だけだ。

それだけ、目の前のレイラや、他の自衛隊員については興味を示さないのだろう。

しかし、

「言いたい事は、それだけかしら?」

レイラは気負う事もなく、あくまで淡白な口調でそう言った。

「?」

数秒間の沈黙の後、再びレイラが口を開く。

「それにね、本当は口を割らせる必要なんてないのよ。あなただってわかってるんでしょう?」

「…………」

「でもそれをしない……否、出来ないのはここの設備の問題。そのうち本部の方に移送されれば、もはや捕虜としてでない、物扱いされて、人間の尊厳も奪われた上で情報を吸い出されるわ。USBでデータ交換するのと同じようなものよ? まぁ逆に考えれば、移送の手続きが終わるまでは"頑張り次第で情報を漏らす事はない"だろうけどね」

聞いていた見張り隊員ですら、背筋が寒くなるような話だった。

「もしかしたら、それまでの時間稼ぎをするのが目的なのかもね。どうせバレる事ならここで頑張る必要性はないから」

まるでその通りとでも言うように、アブローラは肩をピクリと震わせた。

しかし、本当にそれが目的ならば、"次なるテロが起こるのは確定事項"ということだ。

この少女が時間を稼ぐ間に何かが起こる。最悪先日の事件を軽く凌駕する程の……東京を崩壊させる何かが。

「でもねぇ、こっちとしてはここで教えてもらわないと困るのよね。何せ"折角の手柄を本部の連中に持ってかれちゃうわけ"だし」

強情なアブローラの態度に、ついつい本音が出てしまった。

「そんな大人の歪んだ都合なんて知らないわよ、それよりも今は、私の要求を聞いてもらいたいし」

「あら?その回答次第ではもしかして何か教えてくれる?」

「どうかしらね、じゃあまず一つ目としては……"私と一緒に捕まった連中を解放"して頂戴」

「無理ね」

即答だった。

「…………ちっ」

「ねぇあなた、普通に考えて無理だと思わない?確かに情報は持ってないかもしれないけど、彼らも立派な犯罪者なのよ?そこらで捕まえた空き巣を釈放するのとはわけが違うのよね」

「司法取引ってヤツよ。日本にはそんな制度は無かったかしら?」

「そもそも私の一存じゃあ決められないし……でも意外ね。あなたにそんな美しい仲間意識があったなんてね」

レイラは立ち上がってアブローラの頬を掴むと、垂れた髪を掻き上げながら顔をまじまじと眺める。

「…………っや、やめなさいよ。セクハラっていう別件で訴えるわよ?」

「ふふっ」

クスクスと笑いながら、レイラは退いてイスに腰掛け直す。

「で?他には?"まず一つ"ってくらいだからまだまだ要求はあるんでしょう、欲張りさん?」

「はぁ?」

抜け抜けとよくもまぁそんな事を言えたものだ、と見張りの隊員は思った。

そして思い出した、レイラ・T・ダウド中尉……米国から派遣されてきた彼女が依然いたのはCIA。

要するに、諜報、尋問のプロだという事だ。

今回は犯人の方が自分よりも小さな少女であるのもあって、向こうに同情せざるを得ない。

(それに、こっちには何でなかなか交代が来ないんだ?)

彼は、冷や汗を垂らしながらそんな事を考えていた。

「じゃあ、せっかくだから要求させてもらうとしましょうか」

アブローラはレイラの顔を見据えて言う。

「二つ目、この間の学生の少年に会わせて欲しい」

「学生?もしかして……柊くんだっけ?」

レイラはこの間の、金髪の少年の事を思い出していた。

「そう、彼を連れて来られたらもしかしたら話すかもしれない」

その言葉に、レイラは少しばかり反応した。

「どうして?一目惚れ?」

「……今の私にそんな冗談が通じると思うな」

アブローラはこめかみにビキリ、と血管を浮かび上がらせながら言った。

「んー?なんだかわかったようなわからないような……?」

その意図がわからずに、レイラは不思議そうな顔をして、

「一応聞くけど、会ってどうするつもり?」

「本当ならぶっ殺してやりたい所だけど我慢しておく。それ以上は明日のお楽しみって事ね」

ふと、レイラはアブローラの背後に一つだけある小さな窓を見て思った。

もう日はとっくに暮れてしまった。これから手続きやら何やらして、その後に彼を呼ぶのでは相当遅くなってしまう。そして、かなり面倒である。

だからこそ、レイラは溜め息混じりにこう呟いた。

「わかったわ、この続きは明日って事ね。じゃあ私も、今日は子供ガキの相手をして疲れたからもう帰るわね」

思いっきり皮肉めいた口調で言い捨てると、億劫そうにイスから立ち上がる。

見張りの男が慌てたように敬礼するのを、レイラは気にもせずに部屋から出ていく。

いや、出ていこうとしたその時だった。

アブローラからは、レイラが影になっていてよく見えなかったが、何やら小さな影が入れ替わるように入って来たのがわかった。

その影は、すぐに彼女のそばまで来ると、殴りつけるようにして乱暴に胸倉を掴んだ。

「栞!やめなさい!!」

レイラが言葉で制するも、まるで聞こえていない様子。衣服を掴むその右腕は、アブローラにはえらく華奢に見えた。

「あら?やっぱり暴力を伴う血の尋問タイムってわけ?」

軽口をたたくアブローラだが、栞はその言葉に神経を逆撫でさせられるばかりだ。

「テロリスト、どんな事をしても情報を引き出すべき」

栞は冷たい声で、アブローラを見た状態のままレイラに言う。

「へぇ、少しは現実ってものを理解してる子もいるじゃない。まだ子供みたいだけど」

「勝手な発言を、許可した覚えは無い」

「………………っ」

ギリギリとアブローラを締め上げる力は強くなっていく。

身体のラインがくっきりとわかる、煉機用のメインスーツ。それだけを纏っているようにしか見えないというのにも関わらず、この力。

それはアブローラも知らないテクノロジーが関係しているのか、それとも。

「だからやめなさいって言ってるでしょ!?」

そんな事を考えていると栞の腕が強引に取られ、反動でアブローラはイスに勢いよく座り込む。

レイラが強引にその腕をアブローラから引き剥がしたのだ。

「…………むぅ」

「むぅじゃないわよまったく……今日の尋問はこれで終わりなの。わかったらさっさとあんたも部屋に戻りなさい」

不満そうな顔でおずおずと引き下がる栞。

何故注意されなけばならないのか。理不尽な叱られ方をした子供のような、栞のむくれた表情を見て、レイラがほっとしたような表情を見せる。

「命広いした。テロリスト」

「殺す気だったの!?」

栞のとんでもない捨て台詞に、レイラは驚愕して言った。

そうして、駄々をこねる子供のような栞をなだめながら部屋から去っていく。

アブローラも同じようにして、自室へと戻される時、誰にも気づかれない程度に笑みを浮かべていた。

(……うまくいった)

そう思った。

実際の所、今日中に本部への移送が行われていたら、アブローラは詰んでいたのだ。

少なくとも明日までは本部に送られるわけにはいかなかった。

だから、柊恭弥を使ったのだ。

明日には、確実に何かしらの手がかりが明らかになるとわかれば、"明日でいいか"という考えが浮かぶ。

そうなれば"今日"は消化試合になる。そうして明日まで時間が稼げれば……アブローラにとっては"勝ち"だったのだ。

勿論あの少年に来てもらう必要があるのは間違いない。その理由だってちゃんとある。

だが、まずは確実に明日をここで迎える必要があった。大事な情報を抱えたままでいられるここで。

……さっきの少女の言動には正直肝を冷やしたが、結果的にはレイラが引いてくれるのを後押しする事となった。

(後は、あの少年にも借りがある。そちらもこの機会にきちんと返させてもらうとしましょうか)

アブローラはこの内に眠る感情……憎しみに近いこの感情のままに拳を握りしめる。

これでおそらく"計画"は動きだす。

頭の中を直接覗かれてそれに支障をきたす事態だけは回避出来た。

(後はあなたに全て任せたわよ、"タナトス")

アブローラは冷たい鉄の扉が閉ざされたというのに、まるで解放されたかのような気分で自室に横たわった。

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