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学校に着いて不思議に思ったのは、生徒たちの話題がある事に共通していた事だった。
漫然と聞いていただけでだったが、どうもその話題については"当事者"である恭弥よりも、他のクラスメート達の方が詳しい様子。
周りから聞こえる噂も、恭弥にとっては全く新しい情報で、思わず面食らった。
「昨日の事件……テレビで見ただろ?」
「見た見た、一体どうなっちまうんだろうな」
「でも、テロリスト達って結局捕まったんだろ?だったらどうも出来ないだろ。今更」
「いやいや、どうだかね。昨日のはほんの尖兵だったんじゃねーの?これから本格的な事件を起こす気なのかも……」
口々に、そんな事を話すクラスメート達。
昨日の事件は、犯人達を捕らえる事で一応解決した。表立った被害者も出ていない。
それなのに、何故そんな不安そうな口ぶりで話しているのだろう。
まるで、事件はあれで終わりでは無いと言わんばかりに……、
事件の話はしているものの、直接恭弥やアリカに内容を訊ねる者はいない。
不自然に知らないふりをしているようには見えなかった。これはつまり、昨日の事件に二人が関与していたとは知らされてはいないのだろう。
それならそれで、好都合だ。と恭弥は思った。
「なぁなぁ、一体昨日……何があったんだ?」
ある男子グループの一角に、あくまで不思議そうに、何も知らなそうな顔で訊ねた。
「え?まさか柊、知らないのか?ニュースとか見てないのかよ」
「……昨日は一日中寝てたからなっ」
思い切り一拍置いて恭弥は言った。
なるほど、テレビのニュースで取り上げられてたのか。これはどう考えてもアリカのせいだよな、朝のニュースを見逃したのは。
「まぁ知らないなら教えておくぜ、あくまでニュースで聞いた限りの話だが……防衛塔がテロリストに破壊されたんだ。ここからも見えるだろ?」
言って、ある男子生徒は窓の外を指さす。
その先に見えるのは、当然の如く今朝改めて目にした、破壊されし防衛塔だった。
しかし、恭弥は「知ってた」ような顔を全くせずに言った。
「マジかよ……空なんてめったに見上げないから気が付かなかったぜ」
「マジかよはこっちの台詞だよ……柊ってたまに抜けてるトコあんだな。少しは安心したよ」
「……どういう意味だよ」
「いやいや、そのスペックで完璧超人だったら俺らの肩身狭いって。ましてや俺らと同じ新入生だもんな」
「何言ってんだよ、俺なんかより強い奴なんてゴロゴロいるはずだぜ?噂に尾ひれがついた上の過大評価だよ。それは」
別に謙遜するでもなく、心からそう思っていた恭弥が、そんな事を言って肩を竦める。
「そーかなあ?実際お前って、もう同学年だとかなり目立ってる方だと思うけどな」
今度は左から、軽薄そうな口調で違う男子生徒が口を挟む。
「俺はそんなに目立ちたくないんだけどな……」
「っは、ルックスも普通にいいし……カリスマ性はあるんじゃねえの?俺の好みだぜ」
『えっ………………』
その場にいた全員が、予想外の発言に恐怖した。
冗談であればいいのだが、何となく命の危険を感じた時のような寒気が恭弥を襲う。
「……って、俺の話はいいんだよ。それより昨日の事件の話は終わりかよ。テロリストの目的とかって何だったんだ?」
「ああ、そだな。問題はそこからなんだよなぁ……」
「?」
言った彼の顔が曇ったのがわかった。
言い澱むほどの内容だったのだろうか。しかし恭弥が怪訝そうな顔を見せたため、彼は気にせず続けてくれた。
「なんと、東京そのものを"崩壊"させるとかって話だぜ」
「………………は?」
思わず、素で反応してしまう。
いきなりスケールが大きくなってきた。
恭弥自身はひそかに、防衛塔を破壊する事で街の警備システムを弱体化させ、次なるテロへと計画を以降させるのだろうかと考えていた。
要するにより大きなテロのためのテロ。
だが、思っていたよりも規模が大きい。東京そのものを危機に曝すほどのテロとなれば、もう大罪種関連しか考えられない。
「俺も現場近くにいたわけじゃないんだけどさ。テレビ局の方に犯行声明が送られてきたらしいぜ?ずいぶん目立ちたがりな奴等だよな……って柊?」
「……えっ?」
「何か気になる事でもあったかよ」
「い、いや、特には。これからどうなるのか不安に思っただけだ」
「まぁ、いくらお前でもテロなんて恐いよな。なんせ下手したら死ぬ事もあるしな」
……実際にその戦場のど真ん中にいたなんて言えない雰囲気だった。
個人的にはあの程度の連中だったらここの保険医とか、"一桁台"の奴等の方が危ないと思ったのであるが。
さらに、わざわざテレビ局なんかに情報の拡散をさせるなんて……まさか政府に情報操作をさせないため?民衆達にテロの脅威を印象付ける意味は一体?
そんな事を考えていたら、「キーンコーン、カーンコーン」とお決まりの音楽が学園中に流れて、休み時間が幕を閉じる。
「おっ、もう次の授業か」
「悪いな、色々教えてもらっちゃって」
「気にすんなよわざわざ」
そんな風に適当に言葉を交わして、恭弥は自分の席へと戻っていく。
"東京の崩壊"……ね。
その言葉は、授業が始まってからもしばらく、恭弥の脳内で反芻され続けた。
今確かに、何かが始まろうとしている。
雲行きの怪しくなってきた空を眺めながら、そんな事を考えていた。