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東京都内にある『立川駐屯地』……元々は災害情報の収集連絡及び、救援活動等を行う自衛隊の飛行基地として扱われていた。
しかし東京は日本中の科学が集中する街。外交、軍事、経済、警備体制等も独自性を持っていて、その中でも軍事系に特化した地区がここ立川の基地である。
その立川駐屯地のある格納庫で、現在からほんの数十分前……一人の少女が試作段階の超科学兵器『煉機』を眺めて座り込んでいた。
その手には、タブレットほどの大きさの、携帯端末が握られていた。
「…………」
「いやーお前って本当に好きだよねぇ、それ」
そこへ、同僚で軽薄そうな口調の男が歩み寄ってくる。
すると少女はチラリとだけそちらを見るが、すぐにメンテナンス用の端末を弄繰り回す作業に戻ってしまう。
「うわ、シカトかよ……一番辛い仕打ちキタコレ」
残念そうに、男は肩をすくめて言う。すると、
「……無視したわけではない。特に返答する言葉が見つからなかっただけ」
少女は抑揚のない声でそう呟く。
「それは……それが好きかどうかって事について?」
「違う、それもあるがあなたにわざわざ返答をする事が果たして有益なのかどうか考えていた」
「ひどっ!!」
「?」
「あぁ! その、こいつはなんで悲しんでいるのかわからない。みたいな顔をするのはやめてええええええ!!」
しくしくと、落ち込んだ様子の男に対して、少女は端末の電源を落として言った。
多少なりとも、悲しませた罪悪感くらいは存在するのだろうか。このロボット少女にも。
その圧倒的に壊滅的なコミュニケーション能力は、真っ黒なさらさらとした髪を、どっかのボーカロイドを短くしたバージョンのようにツインテールに結んでいるところや、能面のように笑わないくせに、顔立ちだけはやけに美少女なところを除けばもうロボット呼ばわりされても不自然ではないのだ。
「しかし、私はあなたの事自身は信頼している。メカニックとしての仕事ぶりには文句の付けどころが見当たらない」
「えっ、あ、あぁ……そうなのか?」
男は意外そうな表情で、しかしいかにも真面目に語る少女の姿を見て思った。
(でも、なんか違うよなぁ……こいつにそんな事期待する方がおかしいって言われるかもしれないけど)
そこまで考えて、溜め息をつく男。
こんなちびっこいのに恋愛感情を抱こうなんて思っちゃいないが、なんて言ったらいいのかなぁ……メカニックとパイロットの関係ってのは、なんかこう……もっと違うと思う!!もっとフレンドリーってか、信頼のおける相棒的なー!!
と、心の中で謎の葛藤と戦う男を見て、少女は小首を傾げていた。
「まあ、それはいいとしてさ」
一転、男が簡単に話を切り替えると、女は「?」と少し動きを止める。
「メンテなら俺がやるぜ?さっき言ってたように、俺の仕事は信頼してるんじゃなかったのか?」
「信頼しているのは嘘でない。だから、私はチェックしているだけ、この子の性能を、情報を」
ビシッ!と機体を指さして言った。
ちなみに機体のサイズは少女と同じか、スラスターの部分を入れれば少し大きいくらいだ。
『煉機』は、纏う兵器……人体に装備する形の機体なのだ。
頭部と直結した専用のユニットを介して五体を制御して、人間の限界を超えた動きを可能にする。
見た目の通りの戦闘兵器である。
科学の技術力の結晶と言われていて、現在日本では『大罪種』に対する唯一の対抗策と言われている。
つまり、大罪種に対抗出来るほどの性能ならば、"生身に近い人間"が相手なら無敵に近いのも間違いない。
例えば、敵が"テロリスト"などと言った人間だったとしたら。
「……そうかい、勤勉なのはけっこうだが、ほどほどにな」
勤勉というよりはストイックか、男は言った後で、そう思った。
「っても、未だに実戦は未経験……なんだよなぁ。俺は勿論、お前らここのパイロット達も。沿岸部にはちゃんと担当の舞台だの、魔導師だのがいるからな。何だかんだで俺らのいる内陸は平和だよ」
「…………」
戦後に自衛隊が出来て以来、日本は戦争という戦争を行っていない。
ここ数年に絞ればまともな出動命令すらも出た事がない、戦闘行為に限ればだが。
……それほどまでに、この国は平和だったのだ。
五年前に大罪種が現れるまでは。
「大罪種がらみ以外で出動要請が出るなんて言ったら、"テロリスト"ぐらいか?そんなのも、昔あったナントカって事件以来大人しいもんだよなぁ」
「…………っ」
ピクリ、と少女の口元が動いた。表情は動かさず、奥歯が欠けるのではないかというほどに歯を噛み締める。
「どうした?」
男はあっけらかんとした調子で、何も気づいてはいない様子だった。
そんな男の様子に頭に来たわけではないが、"あの事件"を思い出すたびに、自分の胸の奥で何か得体の知れないモノが燃え上がる感覚がする。
「……なんでもない。それと、その事件の正式な名称は『皇居・英国大使館襲撃事件』」
「ああ、それだそれ。俺も小さかったからはっきりとは覚えてないけど、六年前だっけ?」
「ええ」
「五年前のあっちの方がどうも印象に残りやすいけどさ、あれはあれで酷いもんだったんだよな。イギリス女王は無事だったけど、巻き込まれて死んだ人が何人いたことか……」
「ええ、"本当に"」
呟く少女の表情は変わらなかったが、明らかに殺気立っているのが男にも感じ取れた。
何だ……?この迫力。
この話題は地雷だったのか……?
そんなことを考えながら半歩退いた男に、少女が告げる。
「私達が倒すべき、殲滅すべきは本来テロリストだった」
「え?」
「この混乱しきった世界で、よからぬ事を、さらなる混乱を望むのはいつだって私たちと同じ人間。本能で人を襲う新種の獣と、悪意を持って破壊を行う人間……果たしてどちらが本当に倒すべき相手なのだろう」
少女は言った。
男はそれを、黙って聞いていることしかできなかった。
「栞……」
困惑したような男に、栞と呼ばれた少女は、
「申し訳ない。つまらない事を聞かせた」
「いや、そんなことはいいんだけどよ。まさかお前……」
「テロリストは……許せないから」
男の言葉を遮って、栞は続ける。
どうしたら。
……どうしたら、こんな自分よりも小さな少女に、こんな表情をさせられるのだろうか。と思った。
憎悪に満ちた感情。
栞が普段感情を表に出さずに、ロボットのようだと言われているのは、
敵を叩き潰すことしか考えられないほどに感情が"壊れている"のだとしたら。
(そんな理由で戦って、つっ走って、それで本当にいつか幸せになれるのかよ……!!)
思っても、言えなかった。
悲劇に踏み込んでいいのは、同じだけの悲劇を知った者だけだと、男は思っていた。
無関係な人間の安っぽい同情で、簡単に救われるような闇なら、最初からそんなものに飲まれはしないからだ。
『コンディションレッド発令、コンディションレッド発令』
瞬間、
格納庫に、静寂を切り裂く警報が響き渡った。格納庫だけではない、この騒がしいほどの警報はこの基地全域に流されている。
若い女のオペレーターの声だ。
ちなみに"レッド"が発令されるほどの事件ともなれば、おのずと内容は二つほどに絞られる。
"大罪種"か、"テロ"か。
「何だ? "レッド"なんて、俺もこの基地に来てから初めて聞いたぜ?」
「……緊急事態」
前代未聞の警報に驚く二人に、さらなる情報が届く。
『千代田区にて爆破テロ発生!場所は旧東京スカイタワー跡地、防衛塔です!』
「なっ……?」
「テロ……リスト……!?」
栞はというと、すぐさま振り返ると『煉機』の起動準備に入っていた。なにせ、これほどの緊急事態で、出撃命令が出ないはずがない。
まあ、出ようが出まいが今の栞には関係なかったであろうが。
「おいおい!栞、早まるなって!」
「危険、離れて」
『出撃可能なパイロットは各員、格納庫または屋上のヘリポートに集合』
「……了解」
栞は誰に聞こえるようにでもなく、呟いた。
あれから、六年待った。
彼女にとっての敵、追い続ける敵とは大罪種などではなかったのだ。




