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正面玄関は、依然として固く閉ざされたままであった。
さすがにテロリスト達も正面突破なんて頭の悪い方法は取らなかったのだろう。
代わりに、非常階段付近の金網がちょうどいい感じに破壊されているのを見つけた。
二人はここから鉄筋の階段を駆け上って、ある程度まで行った所で内部へと続く扉を発見した。
「ここから入れるっぽいよ?」
「よし……」
恭弥が平然と扉を蹴破って、建物内へと入っていく。
「ちなみに、これって器物損壊罪的な何かには引っかからないの?」
「し、しょうがないだろ? 非常時だし」
「うーん、そうだ! あの人達のせいにしちゃえばいいんじゃないの?」
アリカが、キラキラと目を輝かせながらとんでもない事を言って、上を指差す。
が、
「弁償なんてごめんだからな……これ以上俺の小遣いにダメージを与えるわけにいくか」
緊張感を感じられない二人だが、中に入ってしまえば物音一つが命取りになりかねない。
自然と、歩を進める音や声を加減していく。
今いるフロアが何のフロアかは不明だが、少なくとも問題の展望フロアは、さらに上である。
この建物の機能や設備は、実は殆どが電子化されている。
警備ロボや清掃ロボが配備され、人間はというとまれに行われる自衛隊の点検員が訪れる程度だ。
そのため、この建物内で人と出会うという事はまず無い。
逆に、人との遭遇はすなわち、テロリストの仲間……ということになる。
恭弥達からしてみれば、それは実にわかりやすくしていいかもしれないが、それは相手にとっても同じである。
むしろ、その電子化の影響で、建物内の至る所に監視カメラが仕掛けてある。
さらに全ての管制を行っている展望フロアには、テロリストがいうため、こちらがカメラに映れば即発見されてしまうのだ。
「急ぐぞ、こんな事をしている間にも奴らの目的って奴が果たされちまえば何が起こるかわからないんだ」
「でも大丈夫?」
「何がだ」
「私、さっきから何となく嫌な予感を感じてる。もしかしたら何かとんでもない罠にかけられてたり……とか」
「………………」
恭弥は黙り込む。
アリカに言葉を返すのが面倒になったのではない。
単純に、信憑性がゼロでないからこそ、返す言葉を失った……というのが正確である。
「でも、今はそんな事を気にしてる暇は無いんだぞ。さっきも言った通り……」
「恭弥、あれ!」
二人が急ぎ足で進んでいると、アリカの目にいかにも、な監視カメラが映った。
「やっぱ、思いっきりあるか。……ってちょっと待て、何か様子がおかしくねぇか?」
「え?」
そう、よく見るとそのカメラのレンズは破壊されていた。
端的に言えば機能を潰されていたのだ。
「そうか、奴らだって展望フロアに着く前に警報を鳴らされたら面倒に決まってる。テロリスト自身がカメラを潰しながら侵入してたってわけか!」
「それはラッキー……って事でいいのかな?」
アリカが語尾を濁らせていう。
確かにそうだ、幸運だと手放しで喜ぶには何か一つ忘れているような……そんな不安が恭弥の心を覆った。
出来過ぎている……?
考え込む恭弥をよそに前を歩いていたアリカが廊下の角を曲がろうとした時、
「敵は共通の防護服的なモノを着込んでいたりしないかね? だとすれば二着ほど奪い取れば堂々と歩けそうなもんだけど」
共通……イメージカラー的な?とアリカが小首を傾げて考え始めた。
「組織ってモノは容姿もある程度統一したがるもんなのかな? 黒ーい騎士団とか、酒の名前を元ネタにしてる組織とか」
「……俺には何の事だかサッパリなんだけどな、多分言いたい事はわかったよ」
「悪役=黒みたいな風潮ってあるけど何でだろうね?」
「あぁもういいよ! 余計な話振った俺が悪かったよ! 頼むからここがテロリストに占拠されてるって事思い出そうぜ!?」
「ぶー。正直暇なんだよ! 私はこういうコソコソした感じ苦手なの!メタルギアより無双派なの!」
「実にわかりやすい例えだが、知るか黙ってろ」
我ながら馬鹿げている、と素直に思った。アリカといると緊張感というモノが無くなるのだ。
本来、こんな事には巻き込まない方がよかったのかもしれない。
そう思えるほどに。
そして、ある時恭弥はこの違和感の正体に気づいた。
「……待てよ?」
「?」
「なぁアリカ、お前がテロリストの立場だったとして、カメラを自ら破壊した、捕捉出来ないルートを残しておくなんて出来るか?」
恭弥、前へ進むアリカを制しながらふと尋ねた。
「うーん、そう言われると……せめてカメラ以外の方法で監視を……あぁっー!?」
アリカがわかった!と、大声を上げそうになるも、口を自ら押さえて止める。
「気づいたか、そうだよ。逆に考えれば自分らが通って来たルート以外は、上で監視出来るんだ。だったらこの今俺たちがいるルート……ここだけは自分達で見張りを出さなければならない」
「ちょっと待って……ってことは……」
「そういう事だ、そろそろ、ここから先は敵と遭遇する可能性が極端に上がると思った方がいいな」
恭弥が曲がり角に立って、首だけ出してその先の様子を窺う。
窺った、瞬間だった。
「っ!!」
「恭弥!?」
「下がれ! アリカ!」
そう言って振り返ると、先ほど通った部屋の扉から出てくる、武装した集団。
「ちっ、後ろ"も"かよ!?」
アリカと、背中合わせになって構える。
正面からと背後から、総勢十人を超える集団に囲まれた二人は、一歩も動けずに立ち竦んだ。
「ねぇねぇ、囲まれちゃったよ恭弥!? 言ってたそばから〜!」
「わかってる! 俺たちはこいつらの罠に嵌った。それだけの事だ」
「カッコつけてる場合なの?」
アリカがはわわわわ、と恭弥の袖を引きながら言うが、恭弥自身かなり慌てていた。
何せ、金属音と共に無数の銃口が二人を狙っていたからだ。
その銃口から放たれるのは、人体に数ミリの風穴を開ける鉛玉だ。
俺達が魔導師と言えども、無防備ならただの人間と何の変わりも無い、ありふれた武器で死ぬ存在だ。
一転して、この空間を、緊張感と静寂が包み込む。
が、意外にもそれを破ったのはテロリストの、女だった。
「さて、君たちは何者なのかな? 自衛隊の工作員には見えないけど」
正面から現れた方のグループの、中心に立つ女がバイザーを外しながら言った。
センターポジションがそんなに好きならテロリストなんて辞めてアイドルでも目指したらどうだ。
そう思えるほどに可愛らしい顔立ちをしていた。
ちなみにこの時、背後からアリカの、殺気じみた視線を感じていたのは気のせいだっただろうか。
「何者か、と言われればただの学生だよ。この間高校生になったばかりさ」
「ふーん、後ろの子は妹か何か? 小学生くらいじゃない」
女は呆れたような表情で言うが、こちらでは大変だ。
ビキリ、とまるで漫画の表現でありがちな、血管が浮き出る音が聞こえた気がした。
アリカが何やらぶつぶつと呟いているので、何となく冷や汗なのか通常の汗なのかもわからない嫌な汗をかいてしまう。敵も味方も無いなと錯覚してしまう熱気を背後から感じて。
「まぁいいわ、それで、何が目的かしら?」
銃口はしっかりと向けた状態で女は続ける。
お前達を潰しに来た!ドン! なんて言えるとでも思ってるのか?
「………………」
「時間稼ぎとかそういうのが許される状況だと思ってる?」
その冷徹な声と共に恭弥の足下の床が銃弾によって抉られた。
(まずいな……向こうも悠長にこちらと会話する気はないようだな)
今のはいわゆる、"警告"だ。
下手に動けば死ぬ、という内容の。
そこで、恭弥は背後のアリカに顔を近づけて、短く、小声で耳打ちした。
その際に、アリカの頬が心無しか紅潮していたような気がした。
何だ、まだ小学生発言を怒ってたのか?
「もう限界だ、三秒後にやれ。突っ込むぞ」
「……ぅ、うんっ!」
「何を……!? 発言は許可していないよ?」
女がそう言って周りに指示を出す。
次の瞬間には無数の銃口が火を吹き、殺意が鉛玉となって二人を襲った。
文字通りの蜂の巣となる。と、その場にいた、二人を除いた全員が思っただろう。
避けられる体勢でも、避けられる速度でもなかったのだ。
しかし、二人は銃弾を受けても決して倒れなかった。
正確には、銃弾は二人には届いていなかった。と言えるが。
「馬鹿な!?」
撃ちながらも、男達は驚愕の声を上げる。
確かに命中している。それなのに、肉体に届くほんのギリギリで弾が床に落ちる。まるで悪夢でも見ているような顔を、男達はしていた。
「あぁ、間に合ったんだな。"その状態"のお前なら、この程度の銃弾は通らない……か」
「舐めてもらっては困るかも! それどころか、恭弥の前にも"作ってる"この圧倒的なコントロールの方を、褒めて欲しいかなっ!」
「これは……何の能力だ……?」
ふと、誰かがそんな風に呟くのが聞こえた。
へぇ、これが魔導の力によるモノだって事ぐらいはわかってんのか。
……って事はまさか?
「『七天白鬼-霧雨-』……!!」
すると恭弥も、悠々と青白い太刀を召喚して、構える。
そして次の瞬間、
「はああああああっ!!!!」
アリカが一閃、横一文字に剣を振るって、銃を構えていた男達……雑兵を薙ぎ払った。
「な…………!?」
「隙、出来たぜ」
完全に相手側が萎縮したのを見て、恭弥がリーダー格の女に向かって斬りかかる。
すると、女の方も今まで持っていたようには思えなかった西洋風のサーベルで受け止める。
そして、驚いていると一瞬だけだが、女の腕の辺りに魔法陣の残滓がうっすらと見えた。
「お前……やっぱり魔導師かよ!?」
「それは、こっちの台詞ね!」
かと思えば、一閃、ニ閃と斬撃の応酬の中で、腰のホルスターから銃を取り出し恭弥に向けて放つ。
勿論鍔迫り合いの距離、殆どゼロ距離で。
堪らずたたらを踏んで後退する恭弥は、
さすがテロリスト、人間相手の戦いにはそこそこ慣れてるみたいだな。
「でも悪いな、タイマンじゃ……そう簡単に俺は倒せないぜ!?」
もっと強い女と、毎日のようにイジメじみた修業をしてきたのだ。
並の魔導師を相手にして負けるようでは、後が怖い。
「あらそう、そうは見えないけど?」
「はっ! ぬかせよ!」
打ち合わされる斬撃音。太刀とサーベルがぶつかり合って弾けるような音だ。
「へぇ、やっぱりただの学生では無かったみたいね。まぁここにいる時点でそれは明白だったけど」
「それはどうかな? あんまり今時の学生舐めない方がいいぜ?」
女の背丈は俺より少し低いくらいだろうか。
顔立ちを見る限り年齢は極めて近そうだが、アリカよりは全然大きい。背も胸も。
しかし、アリカと比べられる時点で屈辱的かもしれない。それは全国の同年代の女子大半に言えるであろう事だから。
「はぁっ!!!!」
斬り合いの最中、半歩距離が開いた。すると今度は鋒をこちらに向け、二度、三度と突き付けてきた。
それを恭弥も太刀の腹で受けたり、躱すが、回数を重ねるたびに、何となく精度が増してるような気がした。
早くも疲弊し始めて、足がついていかなくなったのだろうか?
そこへ、
「恭弥っ!!」
アリカが両者の間に飛び込む形で割り込んで、相手の剣を受ける。
さらに、引き足に合わせて前に出て、叫ぶように言う。
「ここは私に任せてっ! 上に!」
確かに、ここでいつまでも時間を使うわけにはいかないのだった。
何が起こるのかはわからないが、
だからこそ、止める。……それがここに来た理由だ。そんな大前提を忘れてバトルに興じていては本末転倒。
(それにしても、ここは任せて先に行け! ……じゃねーよ)
「まるで漫画のワンシーンみたいだな、死ぬんじゃねーぞ!アリカ!」
恭弥は走り出しながら吐き捨てて行く。
が、女は当然逃げるこちらを追いかけて来る。
「行かせると思った?」
すると、思ってもいなかった方向から伸びて来た剣。
だが当然アリカもそれを阻む。
「それを決めるのはあなたじゃない。私だよっ!」
「ちっ……!!」
この隙を活かさない手は無い。そう思った時だった。
倒れていた雑兵、男達が一斉に立ち上がると、アリカ目掛けて再び銃を向ける。
「……何っ!?」
驚く暇も無かった。そうしてアリカは銃弾を浴びせられるが、先ほどと同様に魔導の力で防ぎ切る。
「凄いね、能力のカラクリはまだわかって無いけど。それをしている間は動けないんじゃないの?」
「――――まさか!?」
「貴方達! この幼女を足止めしておいて。あの学生は私が追いかける!」
「幼女……だと……!?」
「アリカ!」
走りながら、恭弥は振り向いてアリカを呼ぶ。
幸い、それで冷静さを取り戻したのか。アリカも落ち着いて返答した。
「私なら大丈夫! 恭弥は早く行って!」
「……くそったれ!」
歯を噛み締めて、恭弥は走った。
実際、アリカの事は信頼している。雑兵にやられるような実力ではない。
しかし、それでも五年前を思い出すと、どうしても仲間を置いて行く……というのは内心では認められない。認めたくないから。
「ちっ、今は奴らの狙いを阻止するのが先決だってのに!!」




