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「恭弥、恭弥、学校が見えてきたよ!」
「…………そうだな」
「きゃは――――! 今日からやっと学校に通えるんだね!」
「俺は小中って通ってたっての、まだ三年間も通わないといけないなんて冗談じゃねぇ」
春らしく、桜が舞い散る通学路。
今日から高校一年生となる柊恭弥は、隣りの落ち着かない少女を見て溜め息をつく。
その少女は恭弥と同い年のはずだが、明らかに中学生……最悪小学生にも見える容姿。
真っ赤な長い髪をふんわりとたなびかせ、頭の大きなリボンがその動きに呼応して揺れ動く。
「それは贅沢だよ! その当たり前の現実を持たざる者の事を考えたことがあるの!?」
「あー……そうだな」
そうして適当に聞き流しながら、恭弥は空を見上げていた。
その容姿は少々目立つ色の金髪に加えて鋭い目付きをしている。
真面目な学生からしてみれば不良に見えてもおかしくないだろう。
とは言っても、一回りも二回りも小さな少女に振り回されている今の恭弥を見て、危険な不良だと手放しで避けるような者はいないであろうが。
「それにしてもお前、そんな色んな言葉どこで覚えてくるわけ? 記憶喪失の学歴不明とは思えないぞ」
「恭弥、ウチにはテレビもパソコンもあるんだよ?」
「あぁ、俺が見てない時はそんな事ばっかしてたのかお前」
「ネットってすごいんだよ! 現実の裏側って言うか、世界の真実が見えてくるみたいで!」
ずいぶんと嬉しそうに言うが、恭弥はそれに対して驚いたように返す。
「中二かよ!! そしてそれは勘違いだ! そういう奴に限って現実の表側すら理解出来てない!」
「なん……だと……?」
「つーかあの馬鹿、アリカにネットなんかさせてんじゃねぇよ!」
恭弥はそう言いながら、高笑いをしている現保護者の姿を思い浮かべた。
『ウチは放任主義なんだ!』とか抜かしていたな……だったらいっちょまえに門限なんざ決めんじゃねぇよと恭弥は心の中でだけ毒づく。
「最近はネットで買い物も出来るし、見知らぬ人達と会話だって出来るんだよ凄くない?」
「あぁ、たまに届くA○azonの箱ももしかしてアリカの仕業だったのか……確かに俺が中学生の頃、アリカはずっと引きこもりみたいなもんだったっけ」
暁アリカ……もう彼女と出会ってから一年と少しが過ぎている。
この出会いはとても鮮烈で、苛烈な出来事として恭弥の人生に深く刻み込まれている。
確か初めて会った日は、篠突くような雨が降っていたのを鮮明に思い出せ……
「おはよう! キミも新入生!?」
全く聞いていない上、唐突な回想シーンへの移行を遮るアリカ。
「えっ? あぁ、うん……?」
当然急に目の前に現れたアリカに驚く男子生徒、そこへ追い討ちをかけるように続ける。
「私、暁アリカ! よろし……」
言いかけて、恭弥に口を塞がれ制される。
恭弥はそうしてその戸惑っている男子生徒に先に行くように促す。
なにやらむがむがと言っていたが、恭弥の手から抜け出したアリカは眉を吊り上げて言う。
「なんで止めるの!?」
「お前……もうちょっと静かにしてろ」
「挨拶はしっかりしろって楓さんも言ってたよ?」
「いいんだよ、挨拶なんてされたら適当に返すもんだ。あんな元気一杯でされても相手は反応に困る」
「むー?」
「大体、お前本当に引きこもりかよ、引きこもりのコミュ力とは思えないな。その強引さは」
恭弥が怠そうに言うのを見てアリカは、
「恭弥……そんなんだから友達いないんじゃないの? 見た目も不良っぽいし」
「なっ!?」
「クールぶっちゃってどっちが中二かわかんないかも!」
舌をべーと出して反論するアリカに、恭弥は慌てて言った。
「ばっ、友達ぐらいいたわ!」
「片手で数えられるくらい?」
「余裕で数えられますー! 左手に助け求めるレベルだっての!」
「自分のクラスだけでも四十人いるんだよ? その中の一割ちょいってモブキャラじゃん」
「うっせぇ!友達は数じゃねぇんだよ!」
恭弥がそれっぽい事を叫ぶと、アリカはそこでうーんと考え出した。
「……まぁ、確かにそれは言えてるね。そんな恭弥の友達でいてくれるなんて確かにいいお友達だね、大事にした方がいいよ」
「なんか俺の方は納得していいのか迷う言い方だな……それ」
「ねぇねぇ恭弥、もう着くよ」
「聞いてねぇし」
恭弥は溜め息交じりに振り返って、言う。
「アリカ、わかってるとは思うが……ここは普通の学校じゃねぇ。お前の思っているような学園生活が送れるかどうかはわからないぞ? だからあんまり……」
「わかってるよー」
と言って、その時には学園の正門付近は新入生と思しき生徒達で溢れかえっている。
大半は、ぱっと見た限り一般の学生と変わらない。
容姿も、振る舞いも、"殺気"も。
しかし所々から感じられる殺気のような、刺すような感覚が二人を襲っていた。
そんな中、二人は小声で囁くように話す。
「おいアリカ、気づいてるか?」
恭弥が出来るだけ周りを気にしていないように振る舞いながら言う。するとアリカも軽いノリではあるが確かな緊張感を持って、
「舐めてもらっては困るね! 右の方から三人……後ろから一人って所かな? 私達だけを見てるわけじゃあないだろうけど、見られてるね」
「右の方から三人? せいぜい二人くらいだと思ってたが……?」
――――まさか、俺が気づかないレベルの?
「多分三に……あっ、気配が消えた……? 気のせいだったのかな?」
アリカが小首を傾げながら言う。
恭弥にはその真偽はわからなかったが、アリカの言うことだ、気のせいで片付けるのは少し軽率過ぎる。
頭の片隅に入れておくだけでもあいだろう。少なくとも俺にはわからないレベルで気配を消せるような奴が……いるということを。
「まぁいい、問題はそいつが実際に俺の脅威になるかどうか、それだけだな」
「楽しくなってきたねっ! 学園生活ってこういうモノだよね!」
笑顔で恐ろしいことを言うアリカに、恭弥は苦笑いしながら返す。
「いや、一般的な、平均的学園生活ではこんな殺伐とした会話は繰り広げられない。アニメの見過ぎだ」
そう考えるとこの学園の生活って、案外こいつの想像してる通りなのではないか、と先ほどの自分の言葉を思い出して思った。
確かに、この学園はそんな冗談みたいな事を学ぶ場所だからな……。
そして、正門を通ると、恭弥は何やら身体が重くなるような感触、違和感を感じた。
――――なるほど、結界か?
もしくは"科学"のジャミング装置かもしれねぇが、この学園がそんな設備を利用したがるはずはない。十中八九前者の方だな。
訓練のためか、安全のためかは不明だが、"魔導"の力を抑える結界は襲撃にも、また学園内での事故によるリスクを減らすためには必要なのである。
恭弥はふとそんな事を考えながら、視線を前に戻すと、そこには高校とは思えない圧倒的な敷地。
そして都会のど真ん中に相応しいほどの近代的な造りの校舎。
アニメとかに出てくる、一般の、それも公立校なのに異常に広く綺麗な、あの感じだ。
とはいえこの学園はそもそもそんな一般の学園ですらないのだが。
頭を掻きながら、彼なりに引き締めたつもりで隣りの少女に語りかける。
「確か最初は始業式とか言ってたな? 講堂ってのはどこだ?」
「うーん、案内板みたいなのがあればいいんだけど……楓さんに持たされたパンフレットは置いて来ちゃったし」
「まぁいい、人の流れについていけば勝手に着くだろ。そもそも新入生なんだからわかんなくて当然だっての」
「なにそのお客様気分、恭弥って普段大人しい癖に店員とかに横柄な態度とるタイプ?」
「お前は俺を何だと思ってやがる」
「小さい男だねっ!」
「ぶっとばすぞ」
「このどーてー野郎」
「童貞ちゃうわ!」
「いやいや、見た目はともかく家でのヘタレっぷりを見れば確実かも」
「くそっ、これが引きこもり脳か……ネットやアニメに毒され過ぎだろ……」
「うふふっ」
「聞けよ」
恭弥が見ると、アリカは目をキラキラと輝かせて辺りをキョロキョロしている。
時折こちらに視線を向けながるアリカを見ても、何がそんなに楽しいのか恭弥にはわからなかったが、今の楽しそうなこいつの姿を見ること自体は……悪くない。
そんな風に思い、そんな風に感じながら恭弥は再び歩き出す。
『魔導』に支配され、英国によって管理されているこの『魔導師育成機関』の敷地内を。
――――そう、滅びかけた世界で……人類は復興のため、復活のため、
そして、"復讐"のために立ち上がっている最中だ。
人ならざる身にて人間を食い散らし、人間を殺し尽くすために現れたであろう異形の使徒『大罪種』と戦うために。