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【アップ✨】2026年8月16日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります☕️

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(ユメノ記)

https://www.youtube.com/@%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%83%A9-v5x/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782



【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪



【本日のメッセージ】


八王子キリスト教会祈祷会チャンネル

(『ペテロの第一の手紙』(第1章13〜25節)

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=3O3xhApBcAg&t=3s&ra=m


CGN JAPAN(『詩篇』第24篇1〜10節)

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=0-1ahwtmHvA&ra=m


聖書


『詩篇』(第二四篇一〜一〇節)

『ペテロの第一の手紙』(第一章一三〜二五節)


讃美歌〜♫


讃美歌320番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=LkbpK3RkTL4&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yT77yS77yQ55Wq&ra=m


讃美歌537番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=NaVcgxFaAe0&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yV77yT77yX55Wq&ra=m



※8月16日礼拝説教動画はありません。


2026年8月16日 礼拝説教 聖書箇所 


あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。

ペトロの手紙一1章22節


どのような人が、主の山に上り 聖所に立つことができるのか。それは、潔白な手と清い心をもつ人。

詩編24編3節,4節前半


はじめに

何が正しい道なのか? 人間の合意があれば正しいのか? ここにある「真理」を学ぶ。


「あなたがたは、真理を受け入れて」とは、 先に明確に伝えられたキリストの福音における導きを信仰生活のただ一つの基盤とするということ、わたしたちのささげる礼拝は、「霊と真理の内に」キリストをただお一人の仲保者と認めて、まことの神を「父」と呼びささげるもの(17節)。わたしたちの「信仰と希望」は、ただ、受難と復活の「主」キリストにおいてご自身を啓示された「神」に向かう(21節)。「神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会」(テモテ一3章15節)。キリストの受肉と復活と昇天において、わたしたちは、善き生活ために「神の秘められた計画」(奥義)が、今や、明らかにされたのを知る。キリストのご人格ペルソナと御業という「福音」(良き知らせ:勝利宣言)において、わたしたちは、生活の変革を求めていく。それは、具体的には、御言葉と聖霊(御霊)による。写本によっては、「“霊”を通して」の一句が添えられている。受難の主イエスを証しする“霊”(聖霊)は、生けるキリストとすべてのキリスト者を結び合わせ、絶えず、キリストの恵みと平安の内に生かしてくださる。使徒ペトロにおいて、キリストの福音を受け入れることを「真理を受け入れ」と言うとき、確実にこの世のただ中において示された御子を聖書の教えの全体(体系的教理)において認めることを強調する。


「魂を清め」とは、わたしたちの信仰生活において、魂の汚れを洗う、つまり、回心もしくは内面的な救い、罪の赦しと洗い清めがなければならないことが明らかにされる。使徒ペトロ自身、十字架のイエスを三度となく否認した時、激しく泣いた。真実の悔い改めは、明確な回心を見る。それは、激しく泣いた時と言うよりも、主イエスの復活と昇天の時。すでに、「聖なる者となれ」との御言葉が思い起こされたように、聖とされるために不可欠なことは、魂(霊)が清められるのを見ること。どのようにしてか?それは、ただ聖霊の導きの中に、受難の「主」を正しく信じること。「真理を受け入れ」とは、「真理に従う」と訳される。つまり、わたしたちの信仰生活において、神と罪人の仲保者となられた、イエス・キリストを「わたし」と「あなた」との間柄に入れられる時、「あなたの名が聖とされるように」との祈りに向かって、霊の眼が覚まされる。ペトロは、復活の日、主イエスから「あなたはわたしを愛するか」と三度聞かれた。それは、まことの神について人格的な交わりをいただいた者の応答である。主イエスは「真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です」(ヨハネ17章17節)と御父に祈り求めた。


「偽りのない兄弟愛を抱くようになった」とは、取り繕うことなく、本心からの愛を表明するもの。復活の日、ペトロ自身「それはあなたがご存じです」と悲しみながら、主イエスに答えたように、わたしたちも、その心を神の前に問われれながら、良心的「相克そうこく」を覚えるように変えられていく。わたしたちの信仰の良心におけるたたかいは、目に見える兄弟・姉妹を愛することにおいて証しされる。使徒(長老)ヨハネは、「愛するガイオへ」手紙を書き「あなたを真に愛しています」「愛する者よ、あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるようにと祈っています」と、真実の愛を伝えた(ヨハネ三1,2節)。この「兄弟愛」に至る道において、「清い心で深く愛し合いなさい」と命じられる。ここでも求められるのは、「清い心」。まことの聖別は、人と人の差別や偏見を助長するものではなく、かえって、「栄光に満ちた、わたしたちの主イエス・キリストを信じ」(ヤコブ2章1節)るゆえに、高ぶりではなく、へりくだる者として、人を分け隔てすることのない《神の誠実》を明らかにすることを覚えたい。


おわりに

聖所に立つ人は「潔白な手と清い心をもつ人」。罪汚れた者たちが、聖なる礼拝者とされる道は、ただキリストの贖いによる。信仰において誇るものはただ、キリストの愛と真実のみ。



(Mynote)


二〇二六年八月一六日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。

(子供メッセージ)

『スコットランド教会新カテキズム』

「第十の戒めが命じて居る義務は、他の戒めに於ける義務とどの様な点が違いますか。」

「この戒めに従って居るか、背いて居るかどうかは、心の中の願望に於いて、実際に実行するつもりはなくても認められます。けれども、他の戒めの場合は、その目的が果たされるかどうかに拘らず、しようとして居る事と、願望が一致して居る点です。」

(公同礼拝)

『詩篇』(第二四篇一〜一〇節)

『ペテロの第一の手紙』(第一章一三〜二五節)

「それだから、心の腰に帯を締め、身を慎み、イエス・キリストの現れる時に与えられる恵みを、いささかも疑わずに待ち望んで居なさい。従順な子供として、無知であった時代の欲情に従わず、寧ろ、あなた方を召してくださった聖なる方にならって、あなた方自身も、あらゆる行いにおいて、聖なる者となりなさい。聖書に、『私が聖なるものであるから、あなた方も聖なる者になるべきである』と書いてあるからです。あなた方は、人をそれぞれの仕業に応じて、公平に裁く方を、父と呼んで居るからには、地上に宿って居る間を、恐れの心を以て過ごすべきである。あなた方のよく知って居る通り、あなた方が、先祖伝来の空疎な生活から贖い出されたのは、銀や金の様な朽ちるものに依ったのではなく、傷も、染みも無い子羊の様なキリストの尊い血に依ったのである。キリストは、天地が造られる前から、あらかじめ知られて居たのであるが、この終わりの時に至って、あなた方の為に現れたのである。あなた方は、このキリストに依って、彼を死人の中から甦らせて、栄光をお与えになった神を信じる者となったのであり、従って、あなた方の信仰と望みとは、神に掛かって居るのである。あなた方は、真理に従う事によって、魂を清め、偽りの無い兄弟愛を抱くに至ったのであるから、互いに心から熱く愛し合いなさい。あなた方が新たに生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、即ち、神の変わる事の無い生ける御言葉に依ったのである。『人はみな草の如く、その栄華はみな草の花に似て居る。草は枯れ、花は散る。しかし、しゅの言葉は、とこしえに残る』。」(『ペテロの第一の手紙』第一章一三〜二五節)

「地と、それに満ちるもの、世界と、その中に住む者とは主のものである。主はその基を大海の上に据え、大川の上に定められた。主の山に登るべき者は誰か。その聖所に立つべき者は誰か。手が清く、心の潔い者、その魂が虚しい事に望みを掛けない者、偽って誓わない者こそ、その人である。この様な人は主から祝福を受け、その救いの神から義を受ける。これこそ主を慕う者の輩、ヤコブの神の、御顔を求める者の輩である。」(『詩篇』第二四篇一〜六節)

『詩篇』のこの箇所を読んだ時、「自分はこんな出来た輩ではない」「よって、自分は神様から救われない」と思う。しかし神様はイエス様を通して、全ての人に対し、その罪からの救いを確約し、その為に信仰生活の法を教え、その人の生まれる前から永遠に、その人の全てを生かし、知り、見守って居られる。『ペテロの第一の手紙』の箇所には、その信仰生活の正しい在り方が記され、その内容を全ての人に守る事を教えて居るが、先ず全ての人にとって大事は、神様がイエス様をも通して教えたこれ等の事(御言葉)を、信じるか否かに在る。信仰生活とは、先ず信じる事から始まる。そしてその場合、知る程に信じる事、即ち「キリストの現れる時に与えられる恵みを、いささかも疑わずに待ち望んで居なさい」この御言葉に繋がる心と、その為の生活の在り方を与えられる様に、神様に祈り願う事が大事になる。この「知る程に信じる」とは、罪人にとって一見でも手強いものに在り、結論から言えば、人のみの力では無理である。必ず神様の御力、聖霊の働きに依らなければ、この「知る程に信じる」信仰の姿勢、所謂る信仰生活へ正しく至る事は無い。罪人から出るものは全て罪にあり、この罪は、イエス様を通して教え、励まし、救ってくださる神様の御力のみが贖うもの(罪から救い出してくれるもの)である。

人は、さも正しい事の様に宗教を作る。その人の内から出た宗教は、無い教義を教え、物を崇拝し(崇拝させ)(偶像礼拝)、不法を肯定し、正義を罪に都合良く装って作り、殺人をも肯定する。人は信じる心を持つが、何を信じて良いか迷う。この「信じる・信じさせる」行為は洗脳される・する事にも似て居り、戦争に駆り立てる為の正義を提唱し、人をその気にさせる時にも頻繁に見られるものに在る。全ての人は、唯一誠のキリストから生まれて居る為、細胞レベルで神様の事を知って居る。だから唯一誠に在るキリストに依る正義を知り、その奥義を知る能力が与えられて居ると言って良い。そしてその能力が発揮され、信仰に歩ませる力と成るのが、神様の御力、聖霊の働きである。だから全ての人は先ず、その様に信仰の道に歩まされる為に、神様に祈り願い求める事が大事になる。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Café~


榎本保郎牧師 ミニ説教10 「明日はどんな日か 私は知らない」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=rJUFXbbJves


「悪者には心の痛みが多い。しかし、主に信頼する者には…」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=Ga_fOD9y5SY&t=301s


【ハーベストタイム】

https://m.youtube.com/@HarvestTimeMin


ユメノ記

https://www.youtube.com/@%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%A6%E3%83%A1-v5x/videos


(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


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