1.警邏中の遭遇
高位高尚の仙人が住むと伝わる嶬峻山。
その高峰の向こうから眩い光が現れ、地上を明るく照らして行けば、天空が黒闇から黄金へと移ろいゆく。
紅榮国最大の街、王都『彤花』。
見事なまでに鮮やかに塗られた朱の宮殿は、より一層赤々と見え、美しさと共に何処か怖さを感じさせる。
天の陽が真上で照り輝く頃は、城下では大きな市が開かれて多くの人で賑わっているが、今はしんと静まり返っている。
人々はまだまだ眠りについている時刻。そんな陽も昇り切らぬ頃、王宮『朱稜城』の大門──麒麟門の辺りを歩く、二人組の男がいた。
二人はこの宮殿の武官だった。
位で言えば軍の中で下の下。つまりは下っ端武官である。そして今は早朝の見廻りをしている所だ。
男の一人、名を白玉蘭と言った。
幼い頃に家が火事に見舞われ、幸か不幸か、唯一助かったのだが左手に火傷を負い、それ以来、指先から肘の辺りまで、ずっと包帯を巻いていた。
その玉蘭は冷めた表情で隣を歩く男をちらりと横目で見る。同僚の張は警邏中にも関わらず大きな欠伸を繰り返しているからだ。目なんてもう殆ど閉じているも同然だ。
「……下っ端武官と言えども」
これでは職務怠慢だな、と呆れ果てて小さく息を吐く。
主な職務と言えば宮殿の警邏。他にも囲郭門や霊王廟、或いは雑蔵などの哨務がある。
しかしそれが終われば、城下の大通りから外れた所にある、少し古びた酒場で朝まで豪快に飲み潰すのだ。
それが二人が所属する南西軍の、下っ端武官の一日の行動で、隣の男の様子に繋がっていた。
玉蘭も飲みの誘いには良く乗っているが、未だかつて酔い潰れた事はなく、日が昇るまで飲み続けたとしても職務中は平然とした顔をしている。
他の同僚よりも烈酒をたらふく流し込んでいるにも関わらずだ。
未熟者め。
ふんっと鼻を鳴らした時、門が開く音が聞こえてきた。
こんな早朝から麒麟門が開くのは非常に珍しい。通常は夜間から早朝にかけ、訪れた相手が大貴族であろうと頑なに閉じていた。
東西其々にある小門が開くのならまだしも、開いたのは城の正面にある、角の生えた馬が彫られた、壮観な大門だ。
玉蘭は一体どうしたものかとそちらへと顔を向けた。
一人、二人……五人か。
玉蘭は視線の先でぞろぞろと歩く集団の数える。
二人が前を歩き、その後に続くように三人が歩いている。後方の三人は仮面を付けていて、顔の上半分は隠れ、見えている口元はみな同じように一文字にかたく閉じていた。
玉蘭は一際目が良かった。こちらと集団との距離はあるが、仮面に描かれた紋様までくっきりと見えていた。
紋様は一人一人多少違いはあるようで、まるで黒い空で強い光を放つ稲光のような紋様の者もいる。
集団は早い歩調で、しかし静やかに宮殿へと向かって歩いていく。ただ無言で、足音ひとつ感じさせない静かさが尚一層不気味だ。
「ありゃ黯武か」
隣にいた張が額に手を当て目を細めて言った。
黯武とは邪妖討伐集団の事である。
遥か昔、紅英王が恐ろしい妖魔王を倒した……と言っても、今もなおこの世には魑魅魍魎、悪鬼怨霊妖獣が蔓延り人々を襲っている。
そこで先の王、紅昊が即位して間もなく、この邪妖討伐集団とやらを作ったのだ。
「っ……」
急に頭にずきずきと痛みが走った。
玉蘭は手で頭を押さえていると、「なら」と張が言った。
「前を歩くのが瓈暁殿下だな。あの目立つ髪が絶対そうだ」
玉蘭はゆっくりと顔を上げて、先頭を歩く、淡黄の羽織りを肩にかけた男を見た。
先王の四番目の息子、瓈暁。
父から黯武を率いる立場を引き継いだ彼の、一人放つ優雅で気品ある雰囲気は集団の中で浮いていた。
下っ端武官から見れば王族としての気高さを感じたが、しかし彼は上の三人の兄とは違い非嫡出子だった。
幼少期は市井の者として生き、十六の歳に突然宮殿へと迎え入れられたのだ。
そんな彼は他の者とは違う特徴を持っていた。
それは髪の色である。母が仙人という噂があり、その為か、天空で燦燦と輝く陽光に似た、美しい金色の髪色をしていた。
この国にはその様な髪色の人間はいない事から、奇妙な色だと陰口を言う者は少なくない。
また彼の名の一字は、母とされている女仙の通り名の、瓈仙から来ている。
紅を名乗れないのは先王に子として認められてなかったからだ。
紅王族に除け者にされているからだ。
そう嘲笑う者がいると言う。
瓈暁へと目を向ければ、朝の光に照らされた長い金糸の髪がきらきらと輝きながら、風に乗りたおやかに揺れている。
「……きれいだな」
その目が眩むような煌やかさに、口から言葉が漏れていた。そしてそのまま溢れそうになった名にぐっと唇を噛み締めた。
しかし声が聞こえてしまったと言うのか、瓈暁がこちらへ目を向けた。目が合った、そんな気がして咄嗟に顔を背けていた。
まさか、ここからとの距離はある。気付く筈がない。
恐る恐る目線を戻せば、瓈暁は背を向けて立ち去って行く。どうやら気のせいだったようだ。
徐々に遠くなっていく背中にホッとため息が溢れた。頭痛も気付けば消えていた。
今は遠くからただ見つめているだけで良い。
そう思いながらもどこか苦しさを覚え、包帯に覆われた左手の甲にそっと触れ……ていると、おかしな声が隣から聞こえて来た。
「だからお前は、仕事中に寝るなっ!」
苛立ちを感じた玉蘭は、器用にもいびきをかいて立ったまま寝ている同僚の鳩尾へ一発お見舞いしてやったのだった。




