第7話 古ぼけたハンターオフィス②
メーテラが歩き出してすぐ周りの光景が変わり始めた。マキアがいた場所はスラムでもまだ治安が良い方で行政も機能している。だがメーテラが進み始めたのはスラムでも特に治安が悪いとされる場所。
基本的にスラムは都市『ミナカタ』を取り囲む外壁の外側にあり、マガツモノの襲撃を一番に受け、肉壁となる役割がある。スラムの中でも外へと行くほどマガツモノの襲撃を直に受ける可能性があり、いるのは追い出された浮浪者がほとんど。
ミナカタを包み込む壁に近づけば近づくほど住む者達の生活レベルは高くなる。それに応じてギャング間での抗争など、スラムの外周部では見られない大規模な抗争由来の治安の悪さがあった。
メーテラが向かった先はスラムの外側と内側の中間……少し内側よりの場所だった。
スラムとは言っても立ち並ぶのはビル群で壁の内側とあまり遜色がない。違うのは住む人々とビルの状態、ホログラムの代わりにネオンが輝いているということぐらい。
まだ真昼間。
人が少ない路地をメーテラは歩き、その後ろをマキアが訝し気な視線を向けながらついていく。
(人攫いじゃないだろうな)
場所が場所だ。
大勢に待ち伏せされていたらまず勝てない。服の下に隠し持った拳銃で最低限の抵抗はすぐが、生き残ることはできないだろう。マキアの疑念と訝し気な視線を感じた取ったのかメーテラは突然振り向いて弁明を始める。
「私は怪しいものじゃないからね?! 逃げないでね?」
「信じられないですよ」
「あと少しだから!」
大通りを抜け、裏路地に入ってまた横道に入り、そしてまた別の通りに出て大通りに出る。
そこから少し進んで一本横道に逸れた場所に目的地はあった。
「え……っと」
そこには古ぼけたビルが一棟立っているのみだった。
「ここ、ですか?」
「そうだとも! どうだろうどうだろう! すごいだろう?」
「……まあ」
反応しにくい微妙な状況だ。
「これって……ビル丸ごとってことですか? それとも数階だけですか?」
「ふふん! それがなんとビル丸ごとでございます!」
四階はありそうなビルを丸ごと一棟、というのはハンターオフィスの事務所に相応しいように思える。しかし企業直轄のハンターオフィスはさらに広い敷地に解体場や食堂などが立っていることが多い。
ビル一棟丸ごと事務所というのは普通の基準では破格だが、ハンターオフィスの事務所となると話が違ってくる。
「解体場とかが別途あるわけではなくて?」
「ここで解体する予定さ」
マガツモノの死体を運び込み、ビルの内部で解体する。古ぼけたビルに解体用の最新鋭の設備が揃っているようには見えず、運び出しや搬入のことを考えると色々な問題が浮かび上がってくる。
「洗浄設備などは?」
「……」
質問に答えてはくれない。メーテラはニコニコと笑みを浮かべているだけだ。
「えっと……運搬用のトラックなどは?」
「一応……あります」
「一応とは?」
「見ればわかります」
なんだかしおらしい態度だ。
(問題あるな?)
マキアは予想しながらため息交じりにビルを見上げた。
窓は汚れていて、外壁は一部剥がれている。電気が通っているのかすらも怪しい雑居ビルという印象。もはや廃墟に見えるその建物が事務所というのはこれから事業を行っていく上であまりにも致命的すぎる懸念材料だ。
「ど、どうでしょうか……?」
難しい顔をするマキアを見てメーテラが不安げに問いかける。ハンターがいくらハンターオフィスに入らなければ稼ぐのが難しいと言っても、地雷と分かり切っている場所に飛び込んでいく馬鹿はいない。
社員はおらず、設備も乏しい。独自の販売ルート、人脈についてもこの調子では期待できない。もしあるなら最初から勧誘の文句として言っている。
しかしマキアは、何故か肯定的な反応を示した。
「一回中見てみますか」
「え?! いいんですか?!」
「あなたから勧誘してきたんでしょ? なんで驚いてるんですか」
「いやさっきの反応からだと……まず断られるかと思いまして……」
マキアの気難しそうな顔や欠陥だらけのハンターオフィスを見れば断るのが普通。メーテラも自分でそれは理解していたからこそ、マキアの反応は驚きだった。駆け出しのハンターだから、どこでもいいからハンターオフィスに入ろうとしているからなのか……とそのようなことを考えながらメーテラはマキアを招く。
「こちらです。まずは一階」
マキアが乗り気になってくれたことが単純に嬉しく、施設の紹介をする。一階は主に回収したマガツモノの死体を回収するためのフロアだ。本来ならば受付や事務所にしたいところだが、それだとマガツモノの死体を二階や三階で解体しなくてはいけなくなる。
そうなると狭い階段を上がらなくてはいけないから面倒だ。
ハンターオフィス用に作られたビルではないため、解体設備はほとんどないが一階を解体現場とするしかない。設備の紹介はそこそこに、メーテラは階段を上がってすぐに二階の紹介へと移る。
「こういうのはまずいい所から見せないとね」
メーテラは胸を張って部屋の中心に置かれた巨大なテーブルを指し示す。テーブルの上には槍や両手斧などの武器が並べられていた。
「僕はこう見えてもマガツモノの素材を加工できるだけの知識があるんだよ。これは『核』こそ使っていないから禍具ではないけど、それでもマガツモノを殺せるだけの武器さ。加工は任せてよ。」
説明を聞いたマキアが頭の中でベンズナイフを思い浮かべ、懐から取り出した。
「おれも作れますよ」
「えぇ?!」
取り出したベンズナイフを奪い取ってメーテラが至近距離から嘗め回すように見る。
「素晴らしい出来です。な、なんだいこれ。私のアイデンティティを殺そうってのかい? え?」
「いや、そういうわけじゃないですけど」
「それにこれ……か、核かい? じゃあ禍具じゃないですか」
「でも特に特別なものとかないですよ」
マガツモノの中には、雷を操るものもいれば、氷雪を司る個体も存在する。それらから抽出される『核』は、元となった個体の固有能力を確かに受け継ぐ。しかし、『核』単体ではその力を発揮することはできない。
専用の武器へと組み込まれたとき、初めて能力が発露する。
固有能力を宿し、使い手に異能をもたらす武器――それが禍具である。
マキアのベンズナイフは『核』こそ使われているが固有能力は無く、ただマガツモノの素材を使った武器というだけ。とても禍具と呼べる代物では無かった。
「でも素晴らしい出来です。銃に関しては?」
「さすがにそこまでは」
そこで「ふぅ」と安堵したのかメーテラは息を吐く。
「さすがにそこまで網羅されていたら僕がいる意味が無くなってしまってました……」
メーテラはテーブルの端の方に置かれていた小銃を手に取ってマキアに渡す。
「一応、僕はあらゆる武器を作れる自信がある。ただ問題としては素材を加工する設備が無い。それさえ整えることができればどうにか軌道に乗せることができると思うんだ。どうだろうか」
「本当にあなたがマガツモノの素材を加工できて、尚且つ品質が高いのであれば可能性はありますね……オーダーメイドとか」
制作依頼を受けるためには信頼と名声が必要ですけど、とマキアは付け加える。
「そう! だから設備投資ができるだけのお金を稼げてマガツモノの素材を取って来てくれるハンターが僕には必要なのさ」
「じゃあおれじゃない方がいいんじゃないですか」
駆け出しのハンターであるマキアにマガツモノを何十体も殺せるだけの力はない。メーテラの言っていることを実現するためには腕利きのハンターが数人ほどいなければならない。
というより。
「言っていることが本当なら、その加工技術さえあればどこでも働けますよね。なんでハンターオフィスなんて作ったんですか?」
「ん、まあ……それはかくかくしかじかで……」
両手の人差し指を突き合わせたり絡ませたりして気を紛らわしながらメーテラはバツが悪そうに目を背ける。
マキアは何か察しつつも敢えて触れなかった。
「それじゃあ……説明しなくちゃいけないことはこれで終わりですか?」
「まあ……一応、三階と四階の説明がまだですけど」
「それは後でもいいですよ」
マキアがメーテラと目を合わせる。
「設備も不十分、資金もない、人もいない、これからどうするんですか」
「どうもこうも……って」
マキアの問いかけはどこか違和感を覚えるものであった。
「そりゃ、一つずつこなしていくしかないけど。なんでそんなこと聞くんだい?」
「自分が働くハンターオフィスのプランぐらい知っておかなくちゃいけないでしょ」
「え……えぇ?」
「何驚いてるんですか、勧誘したのはあなたでしょ?」
「それはそうだが?! いきなりなぜ?!」
マキアとしては一人でやってもよかった。ただ現実問題、人脈も設備も無い状態で個人のハンターとして活動していくのは無理がある。現実的にはどこかのハンターオフィスに所属するのが理想的。そしてマキアならばマガツモノ解体専門のハンターとしてならば居場所がある。
ただそれだと前の職場と何も変わらないし、窮屈な組織にまた所属するハメになる。
ならばしがらみの無く自由にやれて、一人で活動するよりかはまだマシな、このハンターオフィスに入った方が色々とやりやすい。
「ってことで、承諾しました」
「いいのかい?! 君はそれで」
「食べられる物と寝床さえあればどうでもいいですよ」
衣・食・住……その中でも食と住さえあれば十分。スラムで暮してきたマキアの理念は変わらない。あくまでもこのハンターオフィスに入った方が食と住を手っ取り早く満たせると思ったから、この決断をしたまでだ。




