第6話 古ぼけたハンターオフィス①
「さて、どうしようか……」
マキアが大通りの道端の縁石に座っていた。片手には前の職場で貰った試供品の試供品の携帯食料バーを持って、もう片方の手には壊れかけで旧式の通信端末を持って調べ事をしている。
調べ事というのは当然、ハンターオフィスのことだ。
ハンターになったのは突発的で、楽観的に何も考えず登録してしまったが、制度やその他諸々の事も含めて何も知らない。マキアが知っていることと言えば解体現場に転がっているような巨大なマガツモノを殺せるだけの化け物共ということぐらい。
今日レイダーズフロントを訪れて、受付の人の親切のおかげで色々と知れた。
「うーむぐ」
唸り声を小さく轟かせながら通信端末と睨み合う。どれだけ調べても、どれだけ楽観的に見ても、ハンターオフィスが採用してくれる未来が見えない。マキアのようなハンターが個人で活動することは非常に難しい。まずマキアにはマガツモノを殺せるだけの装備が無く、また荒野から死体を運搬できるだけのトラックも無い。
殺しただけで報酬は貰えないのだから大問題だ。
だからハンターオフィスに入った方がいいのだが……。
(採用は伝手……つまりは紹介のみ。あるいは実働歴が必須……いやぁ? 無理ゲーじゃん?)
マガツモノの死体を回収したところで適切に処理・加工できなければ利益を生み出せない。大抵、マガツモノの死体を有効活用できるのは力を持った大企業かマガツモノ由来の素材を専門に扱う業者だ。
つまりマガツモノの死体を有効活用できる企業自体があまり多くないということもあり、必然的にハンターオフィスを保有している企業も少なくなる。その狭き門にハンターが殺到するのだ。
ハンターはすぐ死ぬか引退するから流動性の高い職業ではある。しかし誰でも成れるという条件のせいで倍率は高いまま。採用されるためには伝手から紹介してもらうか、稀に開催される公開応募に参加して実力を示すか、スカウトされるだけの実績があるか、自分を売り込めるだけの実績があるか、という何もないマキアには難しい条件ばかりが並ぶ。
一応、別の道もあるのだが……。
「アカデミーねぇ?」
子供の頃から施設にぶち込んでハンターを育成する。そのような体制を取っている企業もある。ただアカデミーまで作ってハンターを育成できるだけの金を持っているのは一部の大企業のみ。
当然、狭き門となる。
(そもそもめんどくせぇしな)
前の職場の経験から組織というのに所属するのに嫌気がさしている。上からの重圧、同僚との関係、誰かのしりぬぐい、やっとすべてから解放されて自由なのにもう一度組織に入って縛られに行くのは気が引ける。
通信端末でポチポチと探してみると幾つか公開応募を行っているハンターオフィスも出てくるが、組織に所属することに対して後ろめたい気持ちが足を引っ張っている。
どうしたものか。
「う……ん?」
いっそのこと個人のハンターとして働いてみるのもいいか、と思ってすぐに厳しい現実と共に理想が打ち砕かれる―――だなんてことを繰り返していた時、道を挟んだ反対側で、マキアと同じく縁石に座って携帯食料バーを頬張る女性の姿が目に入った。
レイダーズフロントの施設の近くなので、彼女もハンターなのかな? と考えつつ一瞬だけ見ると彼女と目が合った。
短くまとめた髪とベレー帽のような帽子を被っている。体格は華奢より。彼女はマキアを見ると喜々とした表情を浮かべた。
「え?」
直後、彼女は立ち上がってマキアの元までドシドシと大股な足取りで距離を詰める。
「あ……?」
マキアが困惑している隙を突いて彼女が一気に距離を詰めると、流れるようにマキアの横に座った。
「おはようござます。僕はメーテラです。あなたは」
「……え、っと……マキア、ですけど」
「そう、よろしくお願いします」
「……?」
メーテラが握手を差し伸べるが、マキアは訳が分からず目を点にして差し伸べられた手を見た。
「えっと……?」
「早速で悪いんですけど、あなたがレイダーズフロントの施設から出てくるところを見ていました。君はハンターなんですね」
「……まあ」
「良かった……! 私が運営しているハンターオフィスがあるんですけど、ちょっぴり人手が足りていません。もしよかったら話だけでも聞いていきませんか」
「え、嫌ですけど」
「そうですかそうですか、じゃ……え?」
「え?」
あまりにも怪しすぎる勧誘。普通に断った。
だがメーテラはそれが予想外だったのか呆けた声を漏らしてマキアを見る。マキアもまた訳が分からず呆けた声を漏らした。
「ほら、なんというか……あなたは見るからに駆け出しハンターでしょ? ハンターオフィスに内定でも決まっているのかい? そうじゃなかったらなんで僕の誘いを断るんですか」
「普通に怪しいから……ですけど」
「怪しい?! どこがあ?! ちゃんとスーツ着てますよ!?」
「スーツ着てたら怪しくないんですか?」
当然の指摘にメーテラは口を噤む。それからぼやぼやと喋り始める。
「……まあ……うん。取りあえず僕は怪しい人物ではないのだよ」
「……」
「そんな視線を向けないでくれ、ほら、名刺だって持ってる」
喜々とした表情でメーテラは名刺を渡す。
名刺には『テイカーロッジ』のハンターオフィス名とメーテラの名前が確かに記載されていた。
「……『テイカーロッジ』……聞いたことないですけど」
「そりゃ……まだホームページないからね」
「……」
マキアはそこで瞬時に違和感を感じ取った。いや、元から違和感や疑問、疑念は抱いていたが確かな形となる。
「その……所属している企業とか……所属しているハンターの数だとか、いつ創られたのかだとか、資本金だとか……教えてくれますか」
「なに? なんだい、興味が湧いてきたのかい。良いでしょう、僕みずから教えて差し上げましょう」
メーテラは胸を張って説明を始めた。
テイカーロッジはどこかの企業には属していないハンターだけで構成される組織であること。その肝心のハンターがメーテラ一人であること。創られたのは一週間前で事業が始まってすらおらず、当然資本金の概念に関しても皆無だということ。
話を聞き終わったマキアは冷や汗を流していた。
「あの、どこからか業務提携とかをしている……という話ではない、んですよね」
「そうだとも。テイカーロッジは創業したばかりほやほやの企業さ」
企業所属ではなくハンターを集めて組織されるハンターオフィスの形もある。しかしそれはあくまでも、元々実績のある腕利きのハンターが多数在籍していることが条件。
でなければ組織として動き出すための資金すらない。
テイカーロッジは『ハンターを集めて組織されるハンターオフィス』という形こそ踏襲できているものの、肝心のハンターが揃っていない。腕利きのハンターが多数在籍していれば企業から宣伝・広告を含めた業務提携を結ぶことができるし、腕利きのハンターは大体企業の役員に伝手がある。
人脈も技術も資本も無い状態では『ハンターを集めて組織されるハンターオフィス』という形は実現できない。
メーテラが言っていることはあまりにも馬鹿げていた。
「それ……勝算あるんですか」
「勝算……なにそれ、ハハハ」
ハンターのことに関しては先ほど調べたばかりの知識、企業関連の情報に関しても多くを知っているわけではないマキアでもすぐに気がつける欠陥だらけの組織形態。とてもこれからを預ける場所として相応しくない。
追求に目を逸らし『ハハハ』など苦笑しているメーテラを信用することなどとてもできない。
「さすがに厳しいので、ちょっと無理ですね」
「え?」
「ということなので」
マキアが立ち上がって逃げ出すように歩き出す。メーテラはその腕を掴んだ。
「ちょっと! 先っちょだけでいいから! 見ていってよ! それっぽい勝算はあるんだよ!」
「それっぽい勝算ってなんですか!?」
「いいから、見たら分かるから!」
「怪しいですって!」
「飯! 飯奢るから!」
腕を掴むメーテラを無視して歩いていたマキアが『飯』という言葉で立ち止まる。
マキアはハンターにはなったがこの先食っていける確証があるわけではない。飯代を節約できるのならばそれに越したことない。
どうせメーテラとかいう胡散臭い人の話に乗ることはないだろうし、飯を奢ってくれるのならばついて行ってやるのも吝かではない。
「じゃあ飯代は前払いで1000リム。その条件を飲んだら話を聞いてあげます」
「むむ……抜かりない」
メーテラは苦虫を嚙み潰したような表情をしながら財布を取り出し、一枚の紙幣をマキアへと渡す。
「これでついて来てくれるんだろうね」
「危険な場所じゃなければ」
「そ、その時はお金返してね」
「考えておきます」
「えぇ?!」
何だかんだ言いつつ歩き出したメーテラの後をマキアはついて行った。




