第4話 次を求めて
(誰だ―—ッ?!)
右肩の痛みを必死に歯を食いしばりしながら抑えて、左手でどうにか小銃を手に持つ。
しかし片手で小銃を取りまわせるほどの力はすでに残されておらず、壁に張り付いた手の主が現れるのが先だった。
「やや、大丈夫かい。僕は敵じゃないよ」
窓からひょこっと顔を表したのはつばの長い帽子を被った優男だった。血生臭い凄惨なこの場には合わない……いや異常ともいうべき雰囲気を漂わせながら男はマキアに笑いかける。
マキアは荒い呼吸のまま一切の警戒を解かず、小銃を握り締めたまま。
「だ……だれだ、お前は」
「僕かい? 僕はアベル。なんだか銃声が聞こえてね。襲われているようだから助けなければ……とも思ったんだけど、この調子じゃ……大丈夫そうかな?」
辺りにマガツモノの気配は無く、マキアの周りには死体しかいない。すべての困難を退けたマキアにアベルと名乗った男の助力は必要なかった。
「だけど……その怪我は深刻だ。放っておいたら死んでしまう」
マガツモノを退けたはよいものの、マキアの負傷は深刻だった。肩は完全に抉れ骨まで見えている。治療費を払えるだけの貯金は無く、そもそも都市に戻れるかさえ怪しい。
「ここで出会ったのも何かの縁だ。ささ、こっちにおいで」
マキアはすでに出血多量で意識が朦朧としていた。冷静に考えれば優男に見えるだけでなく詐欺師にも見える男の言葉に従う道理なんてなく、危険なだけだ。しかし、ここでアベルに殺されても、見逃されても、マキアが出血多量で死ぬ未来はそうそう変わらない。
半ば諦めを含みながら、マキアは横に倒れた。
「よしよし、じゃああと少しだ」
アベルはどこからか緑色の液体が入った瓶を取り出すと、窓に寄りかかったマキアの肩に流しかけた。
意識が朦朧としているせいか痛みはない。
ぞわぞわと不快な……あるいは痒い感覚があるのみ。
瞼がほとんど閉まりかけて意識が落ちそうだ。
マキアがそれでも意識を強く保っていると、アベルのもとではない幼い子供の声が聞こえた。
「アベルー! まだー?」
窓に寄りかかったままマキアが声のした方向を見ると窓縁に隠れてよくみえないが、幼い女の子が重機の傍に立っているのが見えた。
アベルは女の子の方を一度見て「あと少し」とだけ伝えるとマキアを見た。
すでに瓶の中身は空になっていた。
「ということで、あの子が呼んでいるのでね。さようなら、ルルイエの忘れ形見。またどこかで会おう」
「ま……て」
マキアが呼び止めるがアベルは止まらない。そのまま窓から離れ、重機から飛び降りる。
(くそ、が……なんだってんだ)
意識が消え入りそうな中、まともに思考が働ない中、マキアは悪態をつく。
(……ったく)
強固な意志で保ってきたが、もう耐えることができない。
もはや何も考えることができず、マキアの意識が沈んでいった。
◆
「―――っは!」
マキアが飛び起きる。仕事中ちょっと仮眠しようとしたら快眠してしまった時のような、言い得ぬ不快感に包まれている。質の悪い汗をかいていて、状況を理解しようとするために回らない頭を無理矢理空回りさせているような気分だ。
「あいつ……」
何が起きたのか理解するのは難しいことではなかった。割れた窓、転がったマガツモノの死体。負傷の跡が残るものの骨は見えず、血液すら流れ出ていない肩。気絶する前の記憶は周りを見れば鮮明に浮かび上がる。
「たすかった……いや、助けられた、のか……?」
額に手を当てて頭を振りながら自問自答する。
明らかに今自分が生きているのはあのアベルという男のおかげだ。回復薬か、それに近い医療用の急速再生系の薬を患部に染み込ませてくれていなければ死んでいた。
あの男は誰なのか、ただの親切心でたすけてくれたのか、行動の裏にある思惑は。マキアの脳内で様々な考察が湧き上がる。
溢れ出しそうなほどに一気に溢れ出した疑問と考察に納得いく答えが見つかる前に、処理しきる前に———外から声が聞こえた。
「ったく、ひでえーありさまだな」
声はセルバンのものだった。窓の外を見てみると空には夕暮れ時の紅さがある。救助部隊が来るにしては遅いし、セルバンたちが来るにはマガツモノが残っている可能性を考慮して早すぎる気もする。あいつなら万全を取って一日ぐらい時間をおいてから確認しに来るはずだ。
上から言われたのか、何か事情があるのか。
取り合えずマキアは小銃を持ったまま、重機から出る。
案外体は動く。肩の肉は少し抉れているし、精神的にも肉体的にも疲労感が残っているのは事実。しかしまだアドレナリンが残っているのか痛みは一切残っていないし、高揚感は残ったままだ。
軽快な足取り……とまではいかないが、少なくとも負傷を負っているとは思えない足取りで声のする方向へと向かう。
「こいつ食われてんな。途中で食い飽きたのか?」
「保存用に残してるって線もあるぜ? だとしたらあいつらが戻って来る可能性がある」
「じゃあとっとと写真とって報告して終わらせるか」
「それがいい」
作業員の死体を物色し、写真を撮りながら話すセルバンとその仲間。マキアは早歩きで進んで確かに距離を詰めて、そしてマガツモノの死体の陰から彼らの姿を視界に収めた。
セルバンを中心にその左右に武装した男が二人ずつ。
隠れる必要はない。
堂々と物陰から姿を現したマキアを最初はマガツモノだと警戒した男二人が銃を向ける。しかし、すぐに人だと分かり、それがマキアだと分かるとセルバンは面倒そうな表情をしながら銃を降ろさせる。
「ッチ。てめぇ生きてたのか」
「ぎりぎりでな」
破けた服と付着した血液を見れば何が起きたのかすぐに理解できる。《《囮にするためにマキアを撃った結果》》だとセルバンはすぐに理解できる。
「その手にぶら下げたモン。M-36カルディンか……なんだ、俺を殺しにきたのか?」
「そうしたいところ山々なんだが、犯罪者にはなりたくない。それに殺すんだったら姿を見せてない」
「っは! どうせ生きてるだけで犯罪してるようなモンだろ。貧困街生まれは」
セルバンたちが一度戻って来てしまった以上、現場から生きて帰ってきたことが確認されてしまっている。もし戻っていなければ、マガツモノに殺されたとして弾痕が残っていても無理矢理処理できた。
しかしもう無理だ。
囮にされた恨みをそのままここで撃ち晴らすことはできない。
「それで、何しに来たんだ。仕事の続きでもするか?」
「労災案件だろ、これ」
本来ならば付近一帯が立ち入り禁止となり、遺体が運び出される。しかしそうならないということは、つまり。
「これは労災案件じゃない。単なる業務上のミスってやつだ。機械が故障しただとか、それと同じ。死人はいなかった、そういう結論だ」
「じゃあ……」
「幸いにも俺ら社員に被害は出てない。お前らが身をを挺してかばってくれたからな」
銃で足を撃ち、あるいはトラックから蹴り落とし肉壁にしただけ。あたかも自らが率先して犠牲になったかのような言い方は醜い。怒りは湧かないが、心底軽蔑する。
しかしそれがセルバンの選んだ結末。厳密にはセルバンを含め上層部で決定したこと。
「つまり、ここに被害者はいない。誰一人死んでいないし、生き残っていない。初めから社員俺たちだけで業務に当たっていた。それだけだ」
マキアのような奴隷契約を結んだ作業員は最初からいなかったと結論付けた。当然、マキアは存在しない者——死んだ者として扱われる。
「ってことで、なぜか生き残ったお前は邪魔なんだわ。ちょっくら死んで―――ッチ」
男二人が銃を向けてきた瞬間、マキアもまたセルバンに銃口を向けた。マキアの行動にセルバンは悪態をついて地面を蹴る。
「こんなことになるんだったらあそこで撃ち殺しときゃよかったぜ」
「こっちこそ、お前らの姿を見た瞬間に撃っておけばよかった」
「なんだ、気が合うな。今ここで殺し合うか?」
「意味ねぇだろ」
マキアと男達は同時に銃口を下げる。そしてマキアはセルバンの方を向いたまま後ずさり。
セルバンもまた背後に転がったマガツモノの死体の傍へと移動して、陰へと隠れる。
マキア一人程度ならば別に生きていても問題ない。後でいくらでも処理が効く。問題は現場をどう片付けるか。他の作業員に死体の回収をやらせるのは面倒だし、業者を呼ぶにしても相手は慎重に選ぶ必要がある。
まあそこら辺は上層部が選んでくれること。
セルバンがすべきなのは事態の状況確認だ。
「よし、殺せ」
物陰に体が完全に隠れたところでセルバンが命じた。
別にマキア一人生きていても支障はない。しかし個人的に生かして帰したくはない。
状況が状況だ。
セルバンにはマキアを殺しても良い大義名分がある。
「気づかれず射殺しろ。無駄に生かす必要はない」
男二人に命令して物陰に隠れたマキアの殺害へと動く。左右の男二人はすぐに武器を構えて回り道をするようにして動き始めた―――瞬間に、数発の弾丸が男達二人の頭部や胴体に向けて放たれる。
「――っな、んが起きた?!」
突如として発せられた銃声と撃ち抜かれて絶命した男二人に理解が追い付かず、セルバンは地べたに尻もちをついて驚愕し、恐れおののいた。
状況から考えるに生き残りはマキアだけ。銃声を出せるとしたらM-36カルディンを持っていたマキアだけ。つまり今、セルバンたちはマキアの銃撃によって破滅させられた。
セルバンがその簡単な結論に至るとマガツモノの死体を飛び越えてマキアが硝煙が立つ銃口を向ける。
「……っはは。案外当たるんだな」
自らの射撃能力に驚きつつ苦笑したマキアはM-36カルディンの引き金に指をかけた。
セルバンは咄嗟に尻もちをついたまま後ずさりする。
「ま――待て! 待て待て待て! 落ち着け! 俺たちはお前を逃がしたじゃないか!」
「……『気づかれずに射殺しろ』だったか? 聞こえてたよ。警戒しといてよかった」
「お前……俺たちを殺してどうなるか……」
「何にもならないだろ」
問題にはならない。セルバンたちが殺されたと分かったとして誰が殺したのかを特定するのは面倒な作業だ。もしその殺人犯が見つかったとして正当な裁きを下すためにはここで起きた事件の概要を説明しなくてはいけなくなる。
流れの中で企業のイメージ、立場悪くなることは分かり切っていた。
果たして上層部はマキアを見つけるために労力をかけるのか、かけて見つけたとしても企業としての体裁を崩してまで裁きを下させようとするのか。普通に考えてセルバン一人の命と名誉ぐらい切り捨てた方が合理的だ。
冷淡で冷静、引くほどに道理的なマキアの指摘にセルバンは思わず口を噤むしかない。
「さて……どうする」
「――ッお前は!」
突発的な激情に流されるままセルバンが懐から拳銃を引き抜く。マガツモノに追いかけられている時に向けてきたあの拳銃だ。
当然、マキアはセルバンが銃を持っていることなど想定できていたこともあり、拳銃を取り出した瞬間に引き抜いた右手ごと蹴り飛ばす。
「――っぐが、あがああ! いでぇ!」
拳銃と共に蹴られた右手はひしゃげて指は反対方向に折れ曲がっていた。苦痛で表情を歪ませるセルバンの両足に向けて、マキアは続けて弾丸を放つ。
「があげええがああ」
両足と右手と、痛いところしかないせいでどこを抑えればいいか分からず、セルバンは暴れる。
マキアは弾が切れたM-36カルディンをマガツモノの残骸の上に放り投げて、一度周りを見渡す。驚くぐらい静かな荒野にはセルバンの悲鳴が響いている。すでに夕暮れ、叫び声はマガツモノにも届くかもしれない。
「じゃあな」
「まで! ——まで!」
ひしゃげて手を伸ばし這いずるセルバンを無視してマキアは歩き始める。思い返してみてもマキアが殺したマガツモノの数と現場にいたマガツモノの数は合わない。つまりまだ付近にいる。
もしかしたらそいつらがセルバンを食ってくれれば胃袋の中へと証拠は消えてくれるかもしれない。いずれにしても、夜が来ればセルバンは死ぬ。マキアはただ家に帰るだけだ。
「というか、一日経ってたのか……」
ため息交じりに歩いていると画面の割れた通信端末が地面に落ちていた。マキアが歩いた振動で割れた画面が光り、ホーム画面が写された。そこに表示されていた日時はマキアがマガツモノと戦った日から一日が経過していた。
どうやら数時間だけ気絶していたと思っていたところ、一日と少しも気絶していたようだ。
一日も経っていれば危険がなくなったと思ってセルバンが来るのも無理ない。
「これからどうしよ」
ふと脳裏に疑問が過った。
職場を失った。これでは稼ぐことができない。家賃が払えないし、食費も賄えない。
(ま、いっか)
脳裏に浮かび上がった疑問を勢いよく投げ捨てた。
長年連れ添った職場から逃げられてとても気分がいい。自然とこれからの面倒なことなど忘れてしまう。
面倒ごとのすべてに目を背け、マキアは逆方向へと歩き始める。




