第35話 啖呵切った手前
マキアはジャンの話を受けた………受けたはいいが、模擬戦が行われる十日後までにどのような対策を取ればいいのか具体的な案が思いつかなかった。
現状、マキアは逆立ちしてもジャンに勝つことができない。それほどの実力差がある。だからといって対策を諦めるわけにはいかない。もし負ければマキアの命が無くなるのだ。
何かしらの対策を取らなければならないのは理解している。しかし、具体的な対策が何も思い浮かばない。十日後までにジャンと対等にやり合えるだけの実力をつけるのは無理難題に近い、奇をてらうにしてもその案が思い浮かばない。
マキアとして。
ハンターとして。
ジャンに勝る部分があまり思い浮かばない。
どのようにしてこの差を埋めるのか。
メーテラを食堂に送り届けた後に、午前中、午後とマキアは考え続けた――考え続けた末に、一つの結論に辿り着いた。
とてもみっともない結論だ。
「あ、メーテラさん」
夜、メーテラが食堂の仕事を終えた時刻にマキアが来ていた。用件はメーテラが帰る際に誰かに襲われないよう護衛するためともう一つある。すでに人のいない店のホールを見渡して、カウンターの奥にいるソマリアに目をやる。
「メーテラさん、ちょっとだけ待っててください」
「ん? 分かったけど、何を?」
「ちょっとソマリアさんに話があって」
「……ん、そう」
メーテラは不思議そうにしながらも、模擬戦のことを思い出しながらマキアのことを見送る。そしてマキアはカウンターの奥にいるソマリアに声をかけた。
「ソマリアさん。今ちょっといいですか」
「あ? なんだい朝のガキじゃないか。まだ何かあるのかい」
「実はお話があって……」
「なんだい、その話ってのは」
洗っていたフライパンを置いて、ソマリアは振り返るとマキアを見た。
「早く話しな、私は早く閉店して帰りたいんだよ」
現状を冷静に分析し、奇跡的に状況が有利に働いたとしてもジャンに勝てる可能性はほぼ無い。マキアには十日で飛躍的に実力をつける案は当然ながら無かった。ではどうするか。
ソマリアに何度も腹パンされたことを思い出しながら、マキアは口を開いた。
「試合開始の日まで鍛えてくれませんか」
ソマリアはマキアの提案を鼻で笑う。
「なんだい、あれだけ啖呵切っておいてそれかい。情けないねぇ」
「はい……言い訳はしません」
「それに、私があんたの話を受ける必要性がどこにもないね」
啖呵切っておいて情けないのは事実。みっともないことをしているのは分かっている。
しかしそれでも、マキアはジャンに勝つために手段を選んでいられなかった。
「……お願いします。俺は最悪自業自得で罪を償うだけだ。だけどメーテラは違う。ただジャンに絡まれただけだ。俺のせいでメーテラがどうこうなるのは……許せない」
ジャンの問題だけならばいくらでも対策ができた。しかし江東社が絡んできたせいで模擬戦の話を受けるしかなくなった。間接的にも直接的にもマキアの自業自得だ。江東社の問題をほったらかしにしていたマキアの問題。
自らの不手際でメーテラに迷惑をかけるのは許せなかった。
その言葉を聞いて、ソマリアは笑った。
「いいねぇ……そういうのを待ってたよ。それに、私に頼むのは大正解だ。十日であのクズ野郎に『万が一にも勝てない』、から『もしかしたら勝てる』ぐらいには鍛えてやるよ」
「じゃあ――」
「ただ、死んだ方がマシって思えるほどのキツさだからね。もし弱音吐いたり私の言ったことが一つでも聞かないようだったら、その場で見限るからね」
血だらけになり、痣だらけになった昨日の戦いよりも遥かに激しい訓練が待っている。
昨日のはただただマキアの実力を確認したかっただけ、訓練では無かった。
しかし今から始まるのは訓練。
ソマリアが絶対の基準として生死すらも考慮されぬ地獄の日々。
マキアはすでに覚悟を決めていた。
だからこそ返答は早い。
「分かりました。じゃあお——」
次の瞬間、マキアの顔面に拳がめり込んだ。
体は回転しながら壁に突き刺さる。
「もう訓練は始まってんだよ。なにボケっとしんだい。先が思いやられるね、まったく」
顔面を殴られたマキアは一瞬気絶しかけながらも、鼻から血を流しながらすぐに立ち上がる。
その時、突如としてソマリアに殴られたマキアのもとにメーテラが駆けつける。
「ちょっとマキア! 大丈夫!?」
「だ、い、じょうぶです」
鼻から流れ出る血を拭いながら駆け寄ってきたメーテラに安心するよう伝える。
「これは俺が選んだことです。今の実力じゃどう頑張ってもあいつに勝てない。だから死にかけて、無茶をして、強くならなくちゃならない。大丈夫です。メーテラさん」
マキアの言葉にソマリアも同調する。
「そうだよメーテラ! 現状、こいつがどうにかしなくちゃならない問題なんだ! あんたにマキアを止めることはできないよ!」
そして鼻血が治まったマキアはメーテラの方を見る。
「今回の問題は俺に責任があります……命張るのは俺です」
「でも……」
今回の問題、その半分はメーテラのせいでもある。であるのにマキアに命を賭けさせて、全ての責任を背負わせるのは申し訳ないどころの話ではなかった。マキアだけが犠牲を払う今の形を到底納得することはできない。
「でもマキア……これは私のもんだ――」
メーテラの口を塞ぐように真後ろでソマリアの声がした。
「黙りな、メーテラ。現状、あんたが割り込める隙間は無いんだよ。それと、社長なんだろ。だったらマキアを信用しな。椅子の上でふんぞり返って勝利宣言だけ聞いていりゃいいんだよ」
この問題にメーテラが介入する余地はない。模擬戦が決まった時点でマキアとジャンの勝負だ。すべての責任はマキアが負い、メーテラは何もするこができない。だからこそ、メーテラにマキアの行動を止める資格は無かった。
「いいかい、メーテラ。あんたの役割はここじゃない。テイカーロッジを創った目的を思い出しな。あんたはマキアの親でも介護人でも無いんだよ。ただ一人の加工屋だ。だったら、今ここで出しゃばるべきじゃない、それは分かるね」
「……」
マキアは反論を口にすることができなかった。
「分かったら今日は一人で帰りな。大丈夫……ジャンはああ見えて約束事に対して誠実だ。それにジャンがメーテラ狙いってことは伝わってんだから、無駄なちょっかいは出してこないだろうよ」
ジャンの狙いがメーテラである以上、その背後にいる江東社は動けない。だからこの十日間。
メーテラは安全だ。
「マキア……」
「いいんですよ。お互い支え合いましょ」
責任も成果も、テイカーロッジにはマキアとメーテラの二人しかいないのだから、助けあって支え合って分け合う。今回のことに関してはマキアが責任を取るしか方法が無い事案。
だからこの場は任せてくださいと、マキアは笑って述べた。
「……それじゃ、頑張りましょう」
笑顔のまま拳を作ってメーテラの前に軽く突き出した。
メーテラは確かに動揺しながらも、マキアの言葉の意味をきちんと理解した上で受け入れた。
「…………うん。分かった。任せた」
「任されました」
二人は拳を軽くぶつけ合った。




