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マガツモノ  作者: しータロ(豆坂田)


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第34話 持ち掛けられた条件

 常駐依頼を受けておらず暇だったマキアは、メーテラが食堂のアルバイトに行くまでに江東社に襲われないよう、傍について一緒に行くことにした。

 服は駆け出しハンターがよく来ている安物の防護服に着替えている。これでもマガツモノ相手を想定して作られているため一般の防具よりも遥かに耐久性が高い。対人用の銃弾程度ならば弾ける。

 ただ防護服の真価を発揮することはなく、マキアたちは襲われることなく食堂に辿り着いた。

 

「……ありがとー」

「ぜんぜん大丈夫です」

「これからどうするの」

「少し休みます。一人で行動するのも……まあまた厄介ごとを引き起こしそうなので。帰りにまた迎えにきます」

「え、いいのに、そこまでしなくても」

「そうじゃなくても、俺が心配なので」


 まだ閉まっている食堂の入り口前にマキアとメーテラが軽く会話を交わす。


「そういえばソマリアさんとはどういう関係なんですか?」

「あーソマリアさん? ほら、私がレイダーズフロントの職能ギルド所属の加工屋って話をしたじゃない? 仕事上、やっぱり色々なハンターに会うから、ソマリアさんはその一人。色々と良くしてもらってて、私が辞めた後もこうしてお世話になってるってわけ」

 

 職能ギルドで働いている時、ソマリアやジャンと知り合った。組織の中で活動する以上、面倒な人間関係やハンターとの力関係、外部の職能ギルドとの交渉。ハンターオフィスからの引き抜き。

 加えて場合によってはジャンのようなキモイ奴とも話し合わなければならない。加工も上に言われたことしかできない。

 だからメーテラは職能ギルドを辞めてテイカーロッジを創った。


「本来の目的である加工はまだできないけど、これからぼちぼちね」


 メーテラがテイカーロッジを創ったのは好きなようにマガツモノの素材を加工したいからに他ならない。しかし現状、マキアはマガツモノを狩れず、また加工できたとしても販路がないので、テイカーロッジが本格的に動き始めるのはかなり後になる。

 ただ焦りはない。

 少しずつやればいいと、メーテラは欠伸混じりに説明した。

 そしてそろそろソマリアが来る時間だと、手元の時計を見てマキアに伝える。


「じゃ、そろそろ鍵開けて仕込みやらなくちゃ」

「分かりました。じゃあ――」


 鍵を取り出したメーテラが食堂の入り口扉に近づいたところで、マキアの返答を遮るようにして後ろで声が響いた。


「お、ちょうど二人いんじゃーん」


 声ですぐにジャンだと気が付いたマキアは懐に携えた拳銃を取り出しながら振り向く。


「そんな物騒なモン仕舞いなよ。別に俺、今日お前のこと殺しに来たわけじゃないから」


 拳銃を向けて警戒態勢を取ったマキアをジャンは軽薄そうな笑みを浮かべたまま窘める。


「俺は今日話をしたくて来たの。分かる? だからその銃口おろしてちょん」

「……」

 

 ジャンの言葉は信じるに値しないものだ。しかし一般人がいるこの通りで銃口を向けていてはマキアが悪者になる。通報でもされれば面倒なことこの上ない。仕方なく、マキアはいつでもジャンを撃てる体勢のまま銃を降ろす。

 

「よしよし、いい子いい子。それでいいよ」


 ジャンは軽く手を叩いて、すぐ本題を切り出した。


「じゃ、時間も無いから手短に説明させてもらうよ。マキア君、俺と模擬戦をしてくれないかな」

「……は?」

「場所はレイダーズフロントの訓練施設の第三模擬演習場。そこで同じ装備、同じ条件のもと俺と一対一で戦おう」

「……何のつもりだ」


 マキアは一度メーテラと目を合わせた上で問う。ジャンがマキアと戦う理由はあまり多く思いつかず、そのどれもに意味がない。あるとすれば感情的な快楽だけ。利益は何もない。

 メーテラはジャンの行動の目的にある程度納得できていたが、幾つか納得できていない部分があった。

 だからこそマキアとメーテラの二人は困惑の色を強める。

 ジャンは二人の顔を見て察したのか説明を付け加えた。


「もしそれで俺が勝てば……メーテラ、一度(うち)に来い。一つ言う事を聞け」

「おれらにメリットが無いだろ」

「当然、マキアくん、君が勝てば僕はメーテラから手を引こう」

「おかしいだろ、そもそも勝手にそっちが突っかかっておいて、なんで譲歩してやった風でいるんだよ」

「はは。いいね、君、うざい」


 ジャンは軽薄そうな笑みの裏で、その蛇のような眼光を尖らせマキアを睨んだ。しかしマキアは動じない。


「その条件は飲めない。お前が勝手に引き下がってろ。勘違い野郎」

「……ふーん。言うじゃん。僕としては……ここら辺で《《手を打って》》おいた方がいいと、思うけど?」

「……あ?」


 ジャンの言葉の真意が読めずマキアが困惑の色を強める。そこで後ろにいたメーテラが一歩前へと踏み出してマキアの目の前に立つ。


 マキアはすぐに前へと飛び出したメーテラを守ろうとした。しかしメーテラはマキアと一度視線を合わせて『ここは任せてほしい』旨を伝える。


「幾つか質問させて」


 マキアはメーテラの視線から何かしらの考えがあるのだろうということを見抜くと、いつでもジャンを攻撃できる体勢のままメーテラに場を任せた。


「その模擬戦は完全に中立……?」

「そうだね。さすがに俺が有利になるようになっちゃったら、そこにいるマキア君なんてボロ雑巾だよ。ボロ雑巾、はは」

「続けてもう一つ質問。もし断ればどうなる」

「俺は……断らない方がいいと思うけどなぁ~」


 ジャンの提案はあまりにも不自然だった。

 メーテラが欲しいだけならば実力にモノを言わせて強引に奪い去ればいい。それができないのが現実ではあるが、このような回りくどいことをしなくても別の方法があるはず。

 わざわざマキアと一騎打ちをする理由が分からない。

 昨日のことでマキアと個人的な因縁があることは分かっているが、ここまでのことをするようには思えない。

 

 それにマキアに危害を加えたいだけならば、ジャンのようなクズは、模擬戦などせずいきなり不意打ちを仕掛けてもおかしくはない。

 この違和感。

 ジャンのクズさと実際の言動が一致していない。遠回りな条件を出す理由も見当たらない。この模擬戦には何かある。裏で何かの意図が働いている。その正体を見つけ出すのに、幸いにも多くの時間と労力をかけることは無かった。


「……江東社ですか」


 メーテラの発言にジャンが目を見開いて笑みを強めた。


「さすが、賢くて気丈で、素晴らしい女だ」

「やっぱり、江東社と取り引きしてるのね」


 ジャンの欲望は単純だった。

 過去に取りこぼしたメーテラという女を手に入れ、マキアという害虫を駆除すること。

 しかしハンターは力でいくら融通が利くといっても、人殺しが看破されるわけではない。必ずメーテラの手によって、あるいは知人の誰かによって社会的制裁を受ける。

 いくらジャンと言えどもそれだけのリスクは負えなかった。

 

 そして江東社ミルゲスの欲望はただ一つ、マキアを殺すこと。

 ここをジャンが利用した。


「模擬戦中に誤って事故が起きて、どちらかが死んでも……事前に契約を交わしていれば罪には問われない。そうよね」

「ビンゴ」


 模擬戦中に誤って《《不慮の事故》が起きて人が死んでも、それは過失ではない。

 

「ジャン……あなた模擬戦という体にして、マキアを殺そうとしてるわね」

「……隠してたのに全部言っちゃうじゃん」


 ジャンは模擬戦の際に不慮の事故を装ってマキアを殺す目的があった。

 しかしここまで勘付かれてしまっては模擬戦の申し入れを受けなければいいだけの話。

 しかしここで江東社が邪魔をする。 


「もし断ったら……江東社が刺客を送るってことね」

「大正解。やっぱり君は天才だよ、メーテラ」


 ジャンに頼った模擬戦の案すらも却下されてしまえば、いよいよ江東社は手段を選んでいられなくなる。それこそ大金を叩いてヤジマよりも腕利きの殺し屋を雇うかもしれない。

 果たしてそうなった時、マキアたちが江東社に社会的制裁を加えるのが先か、殺されるのが先か分からない。


「……面倒ね」


 つまり、メーテラたちはジャンの提案を受け入れるしかなくなった。

 いや、断ることはできる。ただ断ればさらに最悪の事態を招くかもしれないし、もしかしたら少ない被害を抑えられるかもしれない。江東社がもし体裁を気にしないで来るのだとしたら、被害を抑えることはできない。

 総合的に見てジャンの案を飲んだ方が幾らかマシ。


ジャン(こいつ)……よく頭が回る)


 江東社を利用することでメーテラたちが提案を飲まざるを得ない状況を作った。職能ギルドにいた時から気が付いていたことだが、ジャンという男は見た目に反して賢い。


「……マキア」

 

 メーテラがマキアを見る。

 この提案。もっとも負担がかかるのはマキアだ。

 ジャンというハンターと一対一の戦いを求められ、尚且つ勝たなければならない。

 今のマキアの実力を考えるのならば、無理難題に近い。


「おれは……」


 問いかけられたマキアがメーテラとジャンを交互に見ながら考えていた。

 本来ならば『受けてやる』ぐらいの言葉を吐きたいところ。しかしマキアは自らの実力を客観視できている。冷静に考えてジャンと戦っても今の自分には勝ち目がないことを理解していた。

 だからこそメーテラに迷惑をかけぬよう、どうにか最善の選択肢が無いか考えを巡らせる。しかしどう考えても、ジャンの提案を飲むのが最善になってしまう。


(どうする)


 八方塞がりの現状にマキアが歯を食いしばる。その時、ジャンを含めたマキアたち三人に怒号が響いた。


「あんたら、また店の前で何かやってんのかい! マキア! また腹パンされたいのかい!」


 三人が一斉に声のした方向を見る。

 当然ながら、そこにはソマリアが立っていた。


「営業の邪魔なんだよ。とっとと消えな」


 ソマリアがそう言ってジャンを手で『しっし』と追い払う。しかしジャンは退かずにただ一言ソマリアに説明した。


「マキアに模擬戦を提案した。今、受けるかどうか返答を待っているところだ」

「そうかい……」


 先ほどまでの雰囲気が途端に収まって、ソマリアはジャン、メーテラと見ていき、最後にマキアの方を見た。


「そういうことかい。へぇ……悪知恵ばかり働く、とんだクズだね」


 ソマリアはメーテラとマキアの方を見て語り掛ける。


「受けときな。マキア(あんた)とメーテラの因縁を断ち切るために必要なことだろ」


 ケリは早めに付けておいた方が面倒にならなくて楽だろ、とソマリアは付け加える。 

 

「ただ今すぐにってのは些かマキアが不利だ。ジャン」

「なんだ」

「一か月待てるね」

「一か月? 無理だな。頑張っても一週間だ」

「てめぇから吹っ掛けたんだろ。ったく、駆け出しハンターが怖いのかねぇ、この臆病者さんは」

「あ? ったく、十日だ。それ以上は待たない」


 ソマリアはジャンの返答を鼻で笑うとマキアの方を見た。


「十日だってよ! どうするんだい!」


 江東社とジャンの問題を一気に片付けられるのはおそらくこの一回切り。

 

(……難しいことじゃない)


 簡単な話。

 マキアがジャンに勝てればそれでいい。


(いけるか……おれに)


 不安は残る。

 しかし他に選択肢が残されていないのもまた事実。


「……はぁ」


 マキアは一度息を吐いて深呼吸をしてからジャンを見た。


一対一タイマンにしたこと、後悔すんなよ」

「……生意気なガキだな……お前は」

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