第33話 ハチロク
「ん……う、わ」
朝、マキアが起きようとすると頭の上の方に違和感を覚えた。目を閉じたまま手だけを動かして頭に当たる異物を触る。ゴツゴツとしていて冷たい。明らかにマガツモノの素材だった。
「なんだこいつ……」
異物をつかみ取って見てみると機械系マガツモノがいた。
すでに見慣れた存在であり特に驚かない。勝手に部屋に入って頭の近くで同じように寝ていたことを除けば。
「……どけ」
寝起きの眠い目を擦りながら機械系マガツモノを放り投げる。機械系マガツモノは脚をバタバタとさせながらも壁に張り付いてそのまま地面へと降りた。そしてマキアは機械系マガツモノに構わず立ち上がって部屋を出る。
(そういえば……)
昨日、寝た場所はソファだったような気がする。
(あれ……)
寝巻に着替えた記憶はないのに服が変わっている。あの血だらけで穴だらけの服ではない。
(それにこれ)
寝巻はメーテラの物だった。
つまりは女物だ。
(慣れない……)
男物の方が動きやすいという理由で女物は着ないことがほとんど。だから今はどこか不思議な感じがする。
「メーテラさん?」
リビングの方に顔を出すとメーテラが朝食を作っていた。
「あ、マキア起きたの」
顔を出したマキアにメーテラははつらつに笑って返事をすると、一度マキアの全体像を見る。
(うん、よく似合ってる)
そしてメーテラは一人納得した。昨日、マキアが気絶するように眠った後に服を着替えさせたり、体を拭いたのはメーテラだ。血だらけで埃だらけで、とても寝かせられる状況ではなかったし、あのままだと風邪を引いていたかもしれない。
そういうこともあって昨日は強引ながら服を着替えさせた。
マキアがまだ小さいこともあって服はメーテラのでばっちりだ。
ただ。
「あ、ごめん。その服変える時にその……みちゃって」
服を脱がせる時に色々と見てしまった。性別は無いと言っていたから、特に目のやり場に困るようなことは……たぶん、無かったはず……だが、それでも言い表せない背徳感があったのは事実だ。
そのせいでどこか罪悪感がある。
だが当のマキアは特に気にしていない様子だった。
「あ……まあ、べつに。気にしてませんよ」
この体に生まれてからあまり恥ずかしいと思ったことがない。当然、さすがに意識がある状態で裸を見られれば羞恥心も覚えるだろうが、寝ていたので今知らされても『別に?』というのが素直な感想だった。
「ならよかった……勝手にやっちゃったから、嫌だったら……と思ってて」
服を脱がせるのは仕方ないにしても、着させる服に関しては、洗濯カゴにマキアの服があるのだからそれを着せればよかったのでは? という疑問も生まれる。しかしメーテラは敢えて触れなかった。
女物の服を着せたかった、などと口が裂けても言えるはずがない。
「体は大丈夫そう?」
「まあ痛い所はないですね」
昨日帰って来た時のマキアは血だらけだったが、いざ脱がしてみると擦り傷ぐらいなものでほとんどの怪我は完治していた。やはり傷の治りが早いらしい。
「それよりも……逆にここまでして貰って申し訳ないです」
メーテラに裸を見られたことを謝られたが、マキアとしては血だらけで埃だらけの、汚い服を脱がしてくれた上に濡れタオルで拭いてくれたのだから、メーテラには感謝しかない。
メーテラの認識ではやって当然の行いだと思っていたが。
「いやいや、ぜんぜん。いつも頑張ってもらってるのに、私がそのぐらいやらなくてどうする! ……って感じですよ。逆に申し訳ないぐらいなので気にしないでください」
メーテラは苦笑しながらできた朝食を持ってテーブルにつく。
当然、マキアの分もある。
そしてテーブルには機械系マガツモノがいつものように前足を伸ばして休んでいた。
「こいつどうします?」
マキアは機械系マガツモノを見ながら訪ねる。
「うーん。でもまあ、いいんじゃない?」
機械系マガツモノに助けられている以上、マキアはメーテラの言葉に頭を縦に振ることしかできなかった。
「あ、じゃあさ。名前つけない?」
「名前……ですか?」
「さすがに『機械系マガツモノ』なんて読んでたら長いし」
「……それもそうですね。何にします?」
「うーん……『ハチロク』とかどうでしょう」
「それ、どこから取ってその名前なんですか」
「そりゃ、まず八本の脚だから『ハチ』」
メーテラは『そして』と説明する。
「そしてこの子には六つの機能があるから『ロク』。合わせて『ハチロク』だよ」
「……六つの機能とは?」
知らないことを言われてマキアは困惑気味だった。
六つの機能と言われても思い浮かばない。せいぜい自己修復機能程度なもの。いつメーテラはそんな詳しく知ったのか。
マキアが混乱しているのも見てメーテラは親指を立てて『まず一つ』と六つある機能を一つずつ説明していく。
「一つ目は『戦闘』。二つ目は『探索』。それから『分析』、『通信』、『修復』、『環境適応』の六つかな」
「ちょっと待ってください」
先頭や探索、修理や環境適応、それから分析については独立した思考を持つ生物としてみれば理解できるもの。だが『通信』に関しては完全に何も知らない。
「『通信』ってなんですか。おれそんな機能知りませんよ」
「ここみて」
メーテラは機械系マガツモノを持つと反転させて尻の部分をマキアに見せる。
そして「ここ」と指を指した。
機体上部の辺りにコネクタが見える。
「ここにプラグを差し込むとデータを共有できます」
「え……」
いつそんなことを知ったのか、だとかも気になったがそれよりも考えなければならないことがあった。
「それ……大丈夫ですか。なんかこう……情報漏洩的な」
「それは……まあ……うん」
「えぇ」
微妙な反応を見せるメーテラを見てマキアも微妙な反応を見せた。
コネクタの位置を見る限り、自らでプラグを差し込むことはできないよう思える。ただそれでも工夫すれば自力で接続できそうだ。機械系マガツモノは現状、敵ではないが今後どうなるか分からない。
何よりも言葉が交わせないのだからその真意が不明なのだ。
「まあ……いいですよ」
ただここで反対したとしても、また話がややこしくなって平行線に戻るだけ。機械系マガツモノのことでこれ以上悩みたくないマキアは本能的に思考を放棄して、全責任と共に管理をメーテラに任せることにした。
マキアは無言で機械系マガツモノを見る。
そして十秒ほど無言で見つめた後、息を吐いて緊張を解いた。
「じゃあお前は今日から『ハチロク』だ、分かったか」
機械系マガツモノにそう告げると、嬉しいのか飛び起きて踊っている。
(ま……こんな朝でもいいか……)
機械系マガツモノもとい『ハチロク』がテーブルの上で踊っている不思議な現状を素直に受け入れて、マキアはため息交じりにフォークを持った。




