第29話 適性試験
機械系マガツモノをメーテラに任せて、マキアがソマリアのいる食堂へ向かう途中、誰かに襲われることはなかった。予定通りに店の前に着くと、すでに営業が終わった後なのか店内は静かだった。扉のすりガラス越しに見える中の様子を一度確認してから、勝手に入ってよいものか思案する。
インターホンの類はないし、裏口もない。
ただ取り合えず、勝手に入るのは無し寄りの最終手段として、中にいるソマリアに気が付いてもらうためには扉を数回叩いてみる。するとマキアの後ろから応答があった。
「来るのが遅せえ」
いつの間にか背後に立っていたソマリアがマキアの頭を軽く叩く。痛みで咄嗟に振り向いてみると自らの体よりも遥かに巨大な背格好の怪物が立っていた。ソマリアだ。
「なにびっくりしてんだい。デカブツ、とか思ってたら容赦しないからね」
「あ、はい」
デカブツ、だと思っていたことは心の中にしまっておこうとマキアが考えながら返事をすると、ソマリアは店の玄関扉の鍵を開けて中に入るよう促す。
「入りな」
「はい……」
無意識のうちに警戒しながらマキアが店の中に入る。
広いホールに幾つもテーブルが並んでいるような広々とした場所だ。
「カウンターに座りな」
ソマリアはマキアをカウンターに座るよう促して、自分はカウンターの奥に入る。
「あんた、夕食は」
「携帯食バーを二本」
「分かった。今余り物で美味い飯こしらえてやるから待ってな」
「それはさすがに」
「あ?」
「……」
「あんたに拒否権はないんだよ」
さすがに申し訳ない、マキアがそう言おうとしたところでソマリアが先回りして釘を刺した。もうマキアは何も言えずフライパンを持って調理を始めたソマリアの背中をカウンター越しに見ることしかできない。
「確かマキアっつったね」
「は、はい」
「メーテラとは一か月ぐらいの付き合いか」
「はい」
ソマリアはマキアに背中を向けて料理をしたまま幾つかの質問を投げかけた。
「ちゃんとここに来る前にメーテラは自分のことを話したんだろうね」
「一応……たぶん」
「なんだ、煮え切らないね」
「隠し事されててもおれには分からないので」
「なんだみっともないこと言って。まあいいさね。ほら、今度はあんたの番だよ」
「お、おれ……?」
今度は、などと言われても何を話せばいいか分からないし、そもそもターン制の会話を今していた実感もない。
理解できない状況にマキアの脳はフル回転した上でショートする。
だがショートしたのならば叩けば治る。
ソマリアはフライパンの方を見ながら片手だけを伸ばしてマキアの頭を軽くビンタした。
「あんたスーツ姿の奴らに追われてんだろ。今日はあいつらのせいで店の前が汚れちまってね。何があったんだい」
「あーそのこと」
今度はあんたの番だよ、の言葉の意味は未だに分からないが、取り合えずマキアは説明する。
「前の職場でもめ事を起こして、そのせいで命を狙われてます」
「そりゃすごい。何やらかしたんだい」
「ただ……三人殺しただけですよ」
「まあ色々と言葉足らずな説明にも感じるが、今はそれでいいか。メーテラが勧誘したわけだからな、ある程度は芯のある奴だろうさ」
「は、はあ……そうですか」
その時、ちょうど調理が終わって盛り付けがされたマキアの元に運ばれる。
カウンターの上に置かれたのは凡そ人間が食べきれる量でない山盛りのチャーハンだった。
「え、これぜんぶ」
「当たり前だよ。ほら食いな」
ソマリアが半強制的にスプーンをマキアの手に握らせる。
「え、え……」
「食いな」
脅迫に近い圧を受けたマキアは渋々チャーハンを口に運ぶ。
(美味しい……けど)
味は今まで食べたチャーハンの中で一番おいしかった。
——美味しい、が目の前に置かれた山盛りのチャーハンすべてを食べきらなければならないという事実が、味を楽しませてくれない。
味で喜ぶ気持ちと腹が破裂するほど食べなくてはならないという思いの二つがせめぎ合う。
だがソマリアは意に返さずスプーンが止まったマキアに食べるよう促した。
「食いな」
◆
「うぷ……」
腹が膨れてもう動けない。
——しかし山盛りのチャーハンを食べきった。
一つの訓練を乗り越えた後のような達成感がある。
しかし、腹を膨らませて椅子に倒れるマキアにソマリアは立ち上がるよう告げた。
「今日来てもらったのは、あんたが本当にメーテラを支えられる奴なのか見るためだよ。ほら立ちな」
「え……」
動揺しつつもマキアが立ち上がるのとを見てから、ソマリアは食堂のテーブルや椅子を端のように寄せていき、ホールに広い空間を作る。
「聞いたよ。まだマガツモノも碌に殺せないような実力なんだってね。加えて企業にも絡まれてるときた。ジャンとの攻防は対人戦闘に慣れていない素人の『それ』だ。とてもテイカーロッジの戦力になるとは思えない」
「えっと……」
「来な。取りあえず資質を見極めてやるよ」
テーブルを端に避けてホールに空間を作った時にはすでにこうなることが予測できていた。
嫌な想像なので当たって欲しくはなかったが。
「何突っ立ってんのさ。来な。潜在能力ってのは徒手格闘でだいたい分かるからね」
「あの……今食ったばっか――」
「ちなみにだが、腹パンされて今食った飯吐いたら……ぶっ殺すよ」
「え」
「これは比喩じゃないよ」
マキアの意見は上から強引に封殺された。
「メーテラとはそれなりに長い付き合いでね。応援してんのさ。だがハンターがあんた一人ときた。今は他のハンターを迎え入れる余裕もないようだしね。だからあんたが頑張んなきゃ駄目なことぐらい分かるだろ?」
「そりゃ……そうだが」
「分かってんなら、これ以上の問答は不要だね」
ソマリアが拳を突き出して徒手格闘の構えを取った。今日の昼にメーテラを助けるため食堂の前に来た時、道端には江東社が送ったであろう刺客が数十人も倒れていた。
腕を折られていたり、肋骨を折られていたり、あるいは気絶していたり、皆が戦闘続行が不可能な状態にあった。中には身体拡張者もいた中で、メーテラがそのような惨状を作り出した犯人だとは考えづらい。
状況的に考えてソマリアが刺客を片付けたと考えていい。
マキアもヤジマを倒したが、あれはあくまでも機械系マガツモノの支援や相手が交渉のために不意打ちをしてこなかった、という条件ありき。そうでなければマキアは一瞬で殺されていた。
食堂の前に倒れていた数十人の刺客はヤジマよりも弱いだろうが、皆が武器を持っていた。武器を持った複数人を相手に――現場の状況を見る限り――徒手格闘のみで制圧したソマリアは異常だ。
ソマリアに何か裏があると分かりつつも、この状況で真正面から問いかけることはできない。
それに言い訳はすでにした上でこの状況になっているのだから、逃れることはできない。
(いや、何で負ける前提なんだ)
ソマリアが放つ圧迫感と江東社の刺客を返り討ちにしたという推論だけで負ける前提の戦いに挑むと思ってしまっている。最初から負けると思って戦う奴はいない。勝つ、勝ってやるという意気込みが大切だ。
ヤジマを追い詰めた時のように覚悟は勝機を生む。
「分かりました」
覚悟を決めたマキアは慣れない徒手空拳の構えを取ってソマリアの前に立つ。
「いいじゃないか。覚悟ばっちりって顔だね」
「いつでもいいですよ」
「っは! 威勢のいいことを言う」
邪悪にも見える笑みをソマリアが浮かべ、試合開始のゴングを鳴らす。
「じゃあ試合開始だよ」




