第27話 話し合いと存在意義②
「ジャン……」
「あ、覚えてくれたの? やっぱり忘れられないよねー」
メーテラが横を見ると軽薄そうな笑みを浮かべた一人の男が立っていた。
肩を組もうと近づくジャンにメーテラは一歩離れて避ける。
「あれ、なんで逃げるのさ」
「逃げるも何も、どこの口で」
「どこ口って、何言ってるのか分からないよ。それよりもさ、なんで俺のところにいなくなっちゃったの?」
「あなたのところじゃない!」
激昂して殴りかかったメーテラの手首をジャンは容易くつかみ取る。
「離れたってのに、こうして自分から来てくれるなんてありがたいなー」
メーテラが掴まれた手首を振りほどこうとするがジャンが硬く握り締めているせいで離れない。
「メーテラちゃん。また事件起こしたんだ」
ジャンは地面に泡を吹いて倒れている男達を見ながら呟く。
「メーテラはどこに行ったっていつもこんなんだよ。だから俺が守ってやろうとしてやった――のにさぁ!」
突然、激昂したジャンが掴んだメーテラの手首を握り締めながら乱雑に振った。メーテラは地面へと倒れ手首には強く握り締められた跡が残る。
「お前さぁ、なんで逃げたの」
赤く腫れた手首を抑えて蹲るメーテラにジャンが近づく。
「だから俺言ったじゃん。来いって。なんで言うこと聞かなかったのさ」
ジャンがそのまま地面に倒れたメーテラを蹴り上げる――瞬間に、駆けつけたマキアが割り込んだ。
足が動き出す初動を蹴って抑え、片手でジャンの顔面を殴りつける。
だがジャンも咄嗟に反応しマキアの拳を受け止めると逆に捻って攻撃を返す。マキアは捻られた方向に体を一回転させながら空中でジャンの横腹に蹴りを叩きこむ。だが同時にジャンも空中にいたマキアを蹴り飛ばす。
両者の蹴りがそれぞれの箇所に命中し、二人は僅かに距離を離す。
「ったく、いてぇな。なんだこいつ」
横腹を抑えながらジャンが悪態をつく。
マキアは返答せずただジャンを制圧するために一歩踏み出した。その瞬間、すでにジャンは懐から引き抜いた拳銃をマキアに向けていた。頭で受ければ死ぬ、避けて体に弾丸を当てながら距離を詰める。
マキアがそう考え、ジャンもまた引き金にかけた指に力を入れた瞬間、怒号が響いた。
「馬鹿どもが! 店先でこれ以上の厄介はやめろっつてんだろ!」
声はソマリアのものだった。
ソマリアの声を聞いたジャンは銃口を降ろし、またマキアはいつでもジャンを制圧できる体勢のままソマリアに視線を向ける。その際に一瞬だけメーテラの方を見て、その視線や挙動からソマリアと面識があるのだと推測する。
その上でマキアはジャンに警戒しつつ、ソマリアが次の言葉を発するのを待った。
「あんた、ジャンだね。《《ギルド》》時代からメーテラを突き回しやがって、挙句の果てには店前荒らして、ぶっ殺されてぇのか?」
ジャンの性格を考えればソマリアの言葉に激高しそうなものだが、案外彼は冷静だった。
「すまなかった。突然殴りかかられたモンでな。少し騒いじまった」
「言い訳は聞きたくないね。さっさと失せるんだよ、このマヌケ」
「ッチ。そうは言うがよぉ。そもそもとしてメーテラが勝手に――」
「勝手にも何もあるか? てめぇみたいなクソガキは馬鹿みてぇにマスかいてればいいんだよ」
ジャンは露骨に怒りを表すが、それでもソマリアに対して攻撃を仕掛けようとはしない。
「なんだばあさん。今日は随分とお怒りのようじゃねえか。更年期か?」
「クソガキの相手は疲れるんだよ。老体をもっと労わって欲しいぐらいだ。とっとと消えな」
「それはそうと、マキアにはお咎めなしか?」
「ああ? そいつは」
ソマリアがマキアを見る。
「メーテラの言ってた奴か。今回は勘弁してやる。ジャン、とっとと失せろ。無駄口しか叩かねえその舌引き抜かれる前にな」
「ったく、メーテラ。お前はナイト様がいないと何もできないのは変わらねえな」
ジャンはメーテラに一言吐き捨ててから踵を返して人混みの中へと消えていく。
現場にはマキアとメーテラ、そしてソマリアが残された。
ソマリアはメーテラの様子を見て、それからマキアに声をかけた。
「確かマキアっつったね。夜、話があるからうち来な」
それと、とメーテラの方を見る。
「メーテラ。ちゃんと説明しときな。今日は帰るんだよ」
ソマリアはそれだけ告げると店の扉を勢いよく音を立てながら閉めて、マキアやメーテラの返事を聞かずにいなくなってしまう。
残されたマキアは地面に座り込むメーテラを見る。
「と、取り合えず……大丈夫……ですか?」
しゃがみ込んで目線を合わせながら問いかけると、メーテラは顔を上げた。
「迷惑……かけてごめんなさい。この通り怪我はしてないから」
「ならよかったです」
マキアは立ち上がってメーテラに手を差し伸べる。
「今日はさっさと帰って休みますよ」
「聞かないの……?」
差し伸べられた手を取りながらメーテラが疑問を口にする。明らかにただごとではないことが目の前で起きていて、マキアは問いたださず手を差し伸べるだけだ。普通なら声を荒げてまくし立てても仕方ない。
隠し事をしていたのはメーテラなのだから。
「聞くにしてもここじゃ……まあゆっくりできないでしょ。それにまだおれの方の問題も済んでないですし、できるだけ安全なところにいたい」
そうだった、とメーテラが思い出す。
マキアを取り巻く現状もかなり複雑怪奇なのだ。さすがにメーテラほどではないにしろ。倒れた男たちが積み重なっているこの場所で立ち話というのは些か危険だ。話すにしても安全な場所がいい。
「事務所に帰った後、まずはおれから話しますよ。その後、話せる限りのことでいいので、今回のことについて教えてください。あとたぶん、どうせ……」
ソマリアが経営している食堂の方をマキアが見る。
「今日の夜来いって言われちゃったんで、まあ……関係性は知らないですけど、あの人から何かしら聞かされるんじゃないですかね?」
事実、ソマリアはメーテラの過去のことやジャンのことについても知っていた。だから隠し事をしてもマキアにはいずれ露呈する。隠す意味などどこにもなかった。
わかった、と呟きながらメーテラが立ち上がると苦笑交じりに返答する。
「ごめんね、何から何まで迷惑をかけて。全部話すよ」
「はい」
マキアも苦笑交じりに答えて、二人は疲れを滲ませながら帰路へと着いた。




