第26話 話し合いと存在意義①
二人の交渉が決裂した瞬間、ヤジマが懐から拳銃を取り出す。当然のようにマキアは反応し、拳銃へと手を伸ばす。
「所詮はただのハンターだな」
「ッチ」
マキアの行動を予測していたヤジマはマキアよりも先に半歩身を下げる。それにより伸ばしたマキアの手は空を切り、代わりに銃口が向けられた。
(くそッ――)
間髪入れずヤジマは引き金を絞る。
撃ち出された弾丸を避けることはできず、マキアの腹に命中した。しかし弾丸がマキアの身体にめり込むことは無かった。防護服を着ていたため阻まれたのだ。しかし動じず、ヤジマは頭部へと狙いを定める。
ただ一発分無駄に撃ったせいで隙が生まれていた。一秒にも満たない僅かな時間の中でマキアは一歩前へと進み、ヤジマの拳銃を掴んだ。その瞬間、ヤジマの表情が歪む。
「コイツッッ、イカれてやがる!」
聞いていた限り、マキアという人物は一か月前まで解体作業員として働いていたはずだ。ハンターになったのはここ最近。その間に急成長したとしてもマガツモノとの戦闘には慣れているだろうが、対人戦闘はまるでしていないはずだ。
セルバンたち三人を殺した事実があるため弱い、という評価はしていなかったが――
(――撃たれるってのに進んできやがった!)
普通の人間ならば撃たれると思ったのなら一歩身を退くか、避ける。しかしマキアはそうしなかった。撃たれることが分かっていても一歩踏み出し、ヤジマとの距離を詰めることを選んだ。
防護服があるにしろ強い衝撃と共に激痛が襲うはずだ。
いや、そもそもとして撃たれることが分かっていて進めるのは頭のネジがどこか外れているとしか考えられない。しかしその常軌を逸した行動のおかげでマキアは命を取り留めた。
もし一歩踏み出さずに退いたり避けていたらヤジマが頭部に弾丸を撃ちこんでいた。
マキアの己の身を顧みぬ選択がヤジマを追い詰める。
「なん――」
拳銃を握り締めたマキアを振りほどこうとしても離れない。
(なんつう馬鹿力だ)
マキアはそのまま拳銃を握りつぶして破壊すると、ヤジマの腹部に拳をめり込ませた。
瞬間、マキアの手に嫌な感触が染みわたる。
「お前——ッ」
「ご名答」
マキアの手に伝わったのは硬い感触だった。それこそ鉄骨のような、そのような感触。
この感触が意味するところは、つまりヤジマは機械で強化された身体拡張者だということ。
驚きで一瞬行動が止まったマキアの鳩尾にヤジマの膝がめり込む。
頑丈な体を持つマキアと言えど身体拡張者の膝蹴りをまともに受ければ負傷する。膝がめり込んだ瞬間、衝撃と共に視界が一瞬だけ白く染まり赤黒い血を吐き出した。
「っあが」
体から力が抜けてまともに立ち上がることができない。
ヤジマはそのまま懐に忍び込ませたナイフを取り出しマキアの首元に当てる。
「対人戦闘はド素人だったな、結局」
マキアはやはり対人戦闘に関しては素人。ハンターとしての稼働履歴を見るにハンターとしても良くて駆け出しハンターが良いところ。片腕が使えない上に奇襲でもなんでもない真正面からの戦闘でヤジマに勝てるはずが無かった。
無駄に抵抗されるのも困る。
ヤジマはナイフを首に差し込む――瞬間、何かが物陰から飛び出すとヤジマの顔に張り付いた。
「ッが、なんだコイツッ!」
物陰から飛び出したのはマキアが良く知っている機械系マガツモノだった。
機械系マガツモノはヤジマの顔に張り付き鋭い脚の先端で突き刺す。身体拡張者であろうとも鋭い物体に刺されれば肉は抉れる。加えてすべての脚を顔の皮膚に食い込ませているせいで引きはがすと顔の皮膚も剥がれる。
しかしマキアがまだ生きている状況で顔の皮膚のことや痛みを気にしてはいられない。
ナイフで脚の一本を断ち切りるともう片方の手で機体を掴み、そのまま無理矢理引きはがした。
「っが、ったく」
ヤジマの片目は抉られていた。
しかし気にせず引きはがした機械系マガツモノを踏みつぶして破壊する。
(ったく、なんだこいつは。ロボットか?)
機械系マガツモノを処理しヤジマが前を向く。
(い、いねぇ、あいつどこ――)
次の瞬間、マキアが強盗対策に持っていたナイフをヤジマの後頭部に突き刺した。
鋭くはないが全力で差し込んだこともあり、刃は額を突き抜けて先端が見えている。
続けてマキアは胸部にも差し込んだ。
相手が身体拡張者である以上、脳を潰しても自動報復プログラムが作動することで完全破壊されるまで終わらない戦闘人形と化す場合もある。その前に脳と心臓を潰す。
「……ッたく」
オイルと血が混ざった液体を流しながら倒れたヤジマを見下ろしながらマキアは掃き捨てた。
未だに意識は朦朧とするし咥内は血の味しかしない。
幸いにも生きているが―――機械系マガツモノがいなければ死んでいた。
「お前……まだ生きてるのか」
ヤジマに踏み潰されたことで破壊された機械系マガツモノだが、まだ脚が動いていた。
「ったく、勝手に家から出るなっつったのによ」
果たして機械系マガツモノは自分のことを助けてくれたのか。状況を鑑みるに『助けてくれた』という言葉以外が思い浮かばない。
「あんだけ毛嫌いしたってのによ」
機械系マガツモノを拾い上げて手提げ袋の中に入れる。
修理ぐらいはしてやろう。
助けられた恩は返さなければならない。
ただ、その前にメーテラに連絡しなければならない。
かといって明らかに殺人を行ったこの現場で電話をかけるのは厄介ごとを引き起こしそうなので、メーテラが働いている食堂まで行きながら電話をかけよう。そう考えながら通信端末を取り出した。
「あ……」
先ほどの戦闘で通信端末が壊れたのか、起動しなくなっていた。
「仕方ねえか」
吐きそうで全身が痛むからに鞭を打って、メーテラのいる場所へとマキアは走り出した。
◆
「色々とごめんなさい店長さん」
メーテラが働く店の前には気絶したスーツ姿の男達が倒れていた。亜人や人間の区別なく、皆一様に口から泡を吹いていている。手に持ったナイフや銃の類は折り曲げられていたり、破壊されていたり。
倒れる彼らの前でメーテラは働いている食堂の店主に頭を下げて感謝を述べていた。
メーテラの前で仁王立ちをしているソマリアは色々と『でかい』女性だった。
身長は雄に180を超え、190㎝にも届きそうな勢いがある。腕や腹には傷跡が残り、全身は筋肉質だった。左腕は無く、代わりに彼女の身体を支えるために特注された特殊合金仕様の義手が取り付けられていた。
彼女は頭を下げるメーテラの頭部を片手で鷲掴みにして注意する。
「ったく、面倒ごとに付きやってやるのは今回限りだよ。少しは自分で対処できるようになりな、メーテラ」
「ず、ずみません」
痛がるメーテラを見てソマリアはすぐに頭から手を離す。
「ったく、面倒ごとばかり引き寄せるのは変わらないね。似た者同士は惹かれ合うというか、その……マキアって奴も厄介ごとを色々とため込んでるようじゃねえか」
「でも……隠し事はされてなかったです。今回のことについては事前に、もしかしたら、と」
マキアはメーテラに過去に勤めていた江東社でのことを話す際、もしかしたら事件に巻き込まれるかもしれない、と事前に伝えていた。メーテラが今回の事件で大きく驚かなかったのは事前に伝えられていた部分が大きい。
話を聞いたソマリアは「じゃあなんだい」と呟いてからメーテラを見た。
「メーテラ、あんたマキアに何も話してないのかい?」
「……う」
「この馬鹿が。ハンターオフィスってのは実力主義だけじゃ成り立たないんだよ。時には信頼関係も大事だ。マキアって奴が色々と話してくれてるんだ。お前も話すのが筋ってモンだろう」
「……そ、そうですね」
「分かったら回収業者が来るまで店の前で待機してるんだね。私は店の仕事があるから」
「はい……」
頭を下げたメーテラをため息交じりに一瞥するとソマリアは店の中へと戻っていく。
店の外で待機を余技なくされたメーテラは倒れた男達を見ながら壁に寄りかかる。
「大丈夫かな、マキア」
メーテラがこうして攻撃された以上、マキアはさらに危険な状態であっただろう。迷惑になるかもしれないため電話を掛けることはしないが、安全を確認する手段が欲しいところだ。
メーテラがそう考えながら悶々としていると、近くでメーテラを呼ぶ声があった。
「あれ、あれあれ、メーテラじゃん」
最初、マキアかとも思った。しかしすぐに気色悪い声が聞こえてきたことで違うと分かる。
「ジャン……」
「あ、覚えてくれたの? やっぱり忘れられないよねー」
メーテラが横を見ると軽薄そうな笑みを浮かべた一人の男が立っていた。




