第23話 進化して帰って来た
シャワーを浴びたマキアが薄着一枚だけを着て、タオルを首にかけながら四階にある自室へと戻って来る。
右手が上手く使えないせいで洗いにくかったせいで思ったよりも時間がかかってしまった。すでに肉体的にも精神的にも疲労困憊だ。拠点に戻ってきたことで緊張が幾らか緩和したが、そのせいでシャワーを浴びるのも億劫になってしまった。
どうにかこうにか気力を保ってきたがもう限界だ。
お腹もいっぱいで思い残すことはない。
あとはベットに身を投げ出して深い眠りにつくだけ。
部屋の扉を開けてすぐベットに飛び込もうと視線を傾ける。
「……」
マキアはベットの方を見たまま歩みを止めて口を開けたまま固まった。
「うえ……え?」
呆けた声を漏らしベットの方を見る。
ベットのヘッドボードの部分に蜘蛛のような機械系マガツモノがいた。
最初は極度の疲労で頭がおかしくなってしまった結果見えた幻覚なのだと思った。しかし違う。その機械系マガツモノはヘッドボードの上で足をカサカサと動かしながらマキアを見ている。
「う……うっそだぁ」
機械系マガツモノに死ぬ寸前まで追い詰められたことや、ヘッドボードに謎の生物がいたことなど、凡そ一日で浴びていい負荷の限界を超えてしまったマキアは笑ってしまった。
その機械系マガツモノはマキアの声と笑い声に反応して小刻みに震える。
「なんだこいつ」
薄ら笑いを浮かべながらそう呟いてゆっくりと部屋から立ち去ろうとした瞬間、機械系マガツモノがマキア目掛けて飛び掛かる。マキアは咄嗟に壁に立てかけてあった鉄の棒で殴りつけると、金属音を響かせながら機械系マガツモノが飛んでいく―――ように見えたのは幻覚だった。
機械系マガツモノは鉄の棒に足を絡ませて抱き着いていた。そのまま足を這わせて鉄の棒をよじ登りマキアの指先に触れる。
「ぐわっあが!」
思わず叫びながら鉄の棒から手を離す。
しかし機械系マガツモノはすでに手先から腕へと移動して肩に乗っていた。マキアはマガツモノを捕らえようと辛うじて動く左手を伸ばすが空を切る。マガツモノはマキアの背中や肩を動き回りながら避けていく。
その時、マキアの叫び声を聞きつけたメーテラが階段を駆け上る音が聞こえた。
「メーテラさん! きちゃ駄目です!」
「そういうわけにもいかないでしょうがッ!」
マチェーテを持ったメーテラが制止を聞かずに現れる。その時、メーテラの視界に映ったのはマキアの体を這いずり回る機械系マガツモノ―――に似た何かの姿だった。
「ちょっとマキア?! そいつ何?!」
「知りませんよ?!」
マキアの服の間の隙間に入ったり出たりしながら這いずり回った機械系マガツモノはちょうど手の届かない背中で停止する。
「ちょっともう背中少し切っちゃっていいのでバッとやってくれません?!」
「無理だよ?!」
背中を見せて機械系マガツモノをマチェーテで切るよう頼むマキアの言葉にメーテラは当然頷くことができない。メーテラはハンターではないのだ。マガツモノと戦って来たわけではない。
もし一歩間違えばマガツモノさえも切れるマチェーテでマキアを深く傷つけるかもしれない。ハンターでもない、傭兵でもない、ましてや戦闘経験なんて一ミリもないメーテラには酷な話だった。
酷な話だったからこそ現実逃避をするようにマチェーテを振り下ろす以外の選択肢を模索した。
マキアの背中に張り付いたマガツモノ。
確かに形は機械系マガツモノにしか見えない。
しかし四肢や装甲を見ると生物系マガツモノの素材が使われていた。
(あれ……)
メーテラにはその生物系マガツモノの素材を知っていた。マキアが命を賭して狩ってきたマガツモノの素材はほとんどをレイダーズフロントに売却したが、メーテラが欲しいものは残していた。
(工房に無かったやつだ)
今日の昼、素材の加工でもしようかと工房を訪れた時に昨日まであったマガツモノの素材が一部消えていた。素材に関してはちゃんと記録を取っていたので記憶違いという線はありえず、今日の昼からずっと疑問に思っていた。
しかしまさかこんな場所にあるとは。
それにマキアの背中に張り付いているマガツモノの中心——装甲の隙間から赤黒い輝くを放つ球体の物体が確かに見える。
「《《核》》だ」
今日の朝、マキアが無くしたと騒いでいた核がこのマガツモノの基盤になっていた。長くマガツモノに接してきたメーテラでも初の体験に思わず固まって思考が深くなる。
だが深く考えようとした時、マキアが大声を出して止めた。
「何してるんですか?! スパッといっちゃってください」
「無理だよぉ?!」
完全にメーテラとそのマガツモノは目が合っているような気がした。
マガツモノは敵意なんてもの微塵も見せずにメーテラを見ている。背中にカタパルトを背負っているわけでもないし、何か特別な力があるわけでもない。
ただ核にマガツモノの素材が張り付いて動いているだけ。核が使われている点で、在り方としては《《禍具》》に近い。
いや、というよりこれは禍具なのではないだろうか。
メーテラがその疑問に思い至った時、加工屋としてその正体を探らずにはいられなかった。背後で何が起きているのか分からずメーテラの名を呼ぶマキアを無視して、メーテラはマガツモノに手を伸ばす。
「やっぱり……」
マガツモノはメーテラに攻撃することなく掴み取られた。
メーテラは手に収まったマガツモノを見ながらマキアに振り向くよう告げる。
「取れたよ」
「取れたって何がっ、てなんで?!」
マガツモノを手に持ったメーテラを見てマキアが変な体勢になって三歩離れた。
「い、いい今すぐそれを離してください! ゆっくりですよ! あまり刺激しないように!」
「大丈夫だよ」
「なにがです?!」
今日大量の機械系マガツモノに襲われて軽くトラウマになっているマキアと、加工屋として素材の状態でしかマガツモノに合わなかったメーテラとでは認識に大きな乖離があった。
しかしそれを差し引いても、メーテラは加工屋としての確かな経験と直感からこれがマガツモノではないと気がついていた。
「マキア、これを見てください」
メーテラはそう言ってマガツモノを裏返して核を見せる。
最初こそ怪訝な顔をしていたマキアだが、核を見て僅かに態度を変えた。
「それ……」
「そう。今日の朝無くしてたっていう核だと思う」
マキアは核を見てもまだ警戒を崩さない。当然だ、昼に機械系マガツモノに襲われている以上、嫌な記憶がフラッシュバックして現実をうまく飲み込めないからだ。
洗い呼吸で注意深くマガツモノを見るマキアに、メーテラは慎重に説明する。
「これがつけてる装甲とか足とか、全部工房にあったやつだと思う。見ればわかるけど継ぎ目が甘い。無理やりくっつけたような感じがする」
「じゃあなんですか、核が勝手に動いて脚や装甲を取り付けたと?」
「理解できない話だけど……ありえない話じゃないと思う。だって同じように核を基にして作られた禍具には意思を持つやつもいるし。今回のに至っては核が何か変質してたし、多分それが原因なんじゃないかな」
「おれは信じられない」
「でも攻撃はしてこない」
「いや、最初おれは攻撃を受けた。人数不利になったから擬態してるだけだ」
飛びかかってきたから鉄の棒で殴った。しかし果たしてその飛びかかりは攻撃の為であったのだろうか。
機械系マガツモノはマキアの体を這い回る中でいくらでも攻撃できた。しかし何もせず捕まらないよう逃げるだけ。
それにマキアを殺すだけならば物陰に潜み、寝た後に殺してしまえばいい。生物系マガツモノよりも賢いとされる機械系マガツモノにその程度の知能がないわけがない。
つまりヘッドボードにいたのはマキアを出迎える為。確かに前足を上げてなんだか喜んでいるように見えた……かもしれない。
(いやいやいやいや、駄目でしょ)
傾きかけた思考を中立に戻す。
普通に考えて機械系マガツモノでなくても勝手に動く謎の生物がいるのならば殺しておいた方がいい。
何をしでかすか分からない。
ここで殺しておいた方が安全だ。
「マチェーテを貸してください。おれがやります」
じりじりと歩み寄ってマチェーテに手を伸ばす。メーテラは咄嗟に握り締めたマチェーテをマキアから離す。
「なんで逃げるんですか。いつ襲われるか分からないんですよ」
「これに武装は無いです。その上、現在も敵対行動を取っていません」
「だから何になるんです」
「マガツモノというよりこれは禍具です」
「証拠はあるんですか?」
証拠と言われるとあるにはある。しかしこれは加工屋からの見地でしか理解できないし納得できないことだ。機械系マガツモノを何百と解体してきた上に、何十個と禍具を作ってきたメーテラだからこそ、違和感に気がつける。
「意思を持つ禍具は往々にして使用者を定めて付き従う性質があります」
「だから?」
「この子の視線とか動きとか見る限り、それに元々この核を使って禍具に近い物を造り出したことといい、マキアを親機として認識していたもおかしくありません」
「だからってここで殺さない理由にはならないですよ。だって……何されるか分かりませんよ」
「でもするとは限らないですよね?」
「ちょっと……メーテラさん、なんでそんなに庇うんですか? そいつのこと」
機械系マガツモノをメーテラが庇う合理的な理由が思い浮かばない。マキアは一か月ほどメーテラと接してきてその人となりも分かってきている。少し抜けているところはあるが、合理的で冷静な人物でもある。
明らかに異常としか思えない機械系マガツモノを処分しない理由など、今この場において一つもない。だからこそ洗脳の類を疑ってしまう。
(なんでだ)
機械系マガツモノ。
加工屋。
意思を持つ未知の禍具。
状況を冷静に分析してマキアは一つの結論に辿り着く。
「メーテラさん……もしかして機械系マガツモノを処分するの惜しいと思ってますか?」
「……」
マキアの指摘にメーテラは顔を背ける。
「や、やっぱり! 加工屋だから気になったんだ! そんな理由で生かせないですよ!」
「ま、待ちたまえ! 強硬策を取る必要はないじゃないですか! だって意思を持つ禍具ですよ?! 私も初めて見たんです! 気にならないわけなくない?」
「何当然のように庇ってるんですか?! おかしいですって!」
「おかしくない! おかしくなーい! ほら、こうしている今も敵対してこないじゃないか!」
手を広げて機械系マガツモノをマキアに見せる。確かに、マキアとメーテラの言い争いを見てにこやかな笑顔を浮かべて楽しんでいるように見える。しかしこれはただの見間違いだ。
もしそうだったとしても言い争いの様子を見て喜ぶかなり悪趣味な人格が宿っている。
やはり処分しておくべき。
マキアがそう思った時、機械系マガツモノ屈伸したと思ったら飛んでマキアの手の甲に移った。
「うわっ」
尻もちをつきそうになるほど驚いて振り払おうとするが、機械系マガツモノは手を振ったぐらいでは落ちて行かない。
マキアは左手の甲に乗ったまま動かないマガツモノを刺激しないよう固まったまま注意深く視線を注いでいている。すると横からメーテラが口を挟む。
「ほら、近くでみたら可愛くみえるでしょ。怖くない。大丈夫。仲間、なかま」
「呪文みたいに呟かないでくださいよ」
「撫でてあげてみたら?」
「は?」
機械系マガツモノが敵対行動を取る素振りは無い。前足を上げて何かのポーズを取っているだけだ。顔らしき場所はマキアの目を視線を合わせて……どことなく笑顔を浮かべているような気がする。
確かに近くで見てみれば可愛くみえる……のか?
恐る恐るマキアが機械系マガツモノに手を伸ばす。機械系マガツモノもまた頭を差し出して撫でて欲しいと訴える。
「いややっぱ無理」
悪寒が走ったマキアはそのまま機械系マガツモノを叩き落とした。




