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マガツモノ  作者: しータロ(豆坂田)


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第22話 緩やかな時間

「今日はありがとうございました。色々と助けられました」


 ヴィクターと別れたマキアがミケに感謝を述べる。もしミケがいなければマキアは死んでいた。

 恩を感じていたマキアは素直に感謝を述べるとミケは気恥ずかしそうに顔を背ける。


「こっちも助けられた。だから感謝はいい」


 ミケは顔を背けながら包帯が巻かれたマキアの右手を見ていた。もしマキアが機械系マガツモノを殴り飛ばしていなければミケは死んでいたかもしれない。右手の怪我はミケの不手際のせいでもあり、素直に感謝を受け取ることはできなかった。

 ただマキアとしては機械系マガツモノを殴り飛ばしたのは『ミケのため』というより『自分の命を助けるため』という側面の方が強い。そのせいでマキアとミケの間で認識の齟齬が生じていた。


「そういうわけにもいかないですよ。何かお礼でもさせてください」


 ミケとしては逆にお礼をしなければいけないと思っているところ、マキアにそう頼まれてしまった。

 頭の後ろを掻きながらミケは妥協点を探す。


「俺としても右手の負傷は申し訳ない。治療費を払う。あんまり高いのは無理だが」「それじゃ……どうすれば?」


 薬一つ買うだけでも相当な値段がする。ミケの稼ぎを考慮すると、その程度の出費な痛くもかゆくもないだろうが、マキアとしてはお礼をするつもりだったのになぜかお礼されている。

 自分はどうすればいいのか、と頭を傾げてしまうのも無理なかった。

 代わりとしてミケは提案する。


「その代わり、飯奢ってくれ。それでイーブンだ」

「あ、じゃあそれで。でも高いところは無理だと思いますよ」

「馴染みの店がある。そこでいいか」

「じゃあそこで」


 あれだけの戦闘で精神的にも肉体的にも疲労している。

 しかしもうすべて終わったことだとマキアは気にしていない様子で「行きましょう」と笑顔で歩み出す。ミケは気後れしながらも食事は楽しみなので自然と気分が上がる。

 ただ行く前にミケはマキアを引き留めた。


「その前に治療を受けてからな」

「分かりましたよ」


 マキアは包帯が巻かれた右手を左手で軽くタップしながら答えた。


 ◆


 その夜、マキアはテイカーロッジの事務所に帰ってきた。メーテラは三階のリビングでソファに寝っ転がってゆっくりしていたところ、マキアが帰って来ると飛び起きて一階まで降りていく。

 階段を降りながら一階で装備を外していたマキアの姿を見かけるとメーテラは急いで駆け寄った。

 

「ちょっと、大丈夫だったの?」


 メーテラはマキアから一通り今日何が起きたのか説明を聞かされている。機械系マガツモノに襲われたこと、その結果右手を負傷したこと。ミケというハンター仲間と食べてくるので夕食はいらないということ。

 後半部分はまだしも前半部分は疑問大ありだ。

 メーテラは家で寝っ転がって休んでいたが、その実、マキアの様子が心配で気が気じゃなかった。


「右手の怪我ってそれ?」


 包帯が巻かれた状態の右手をメーテラが包み込むように両手を添える。常駐依頼を終えた時は右手の皮膚が削れて出血したことで包帯は赤く濡れていた。しかし軽く治療を受けたことで新しい包帯が巻かれている。

 

「はい。怪我は今のところこれだけです。一応治療は受けてきたので大丈夫です」


 受けた治療と言えば薬を塗る程度ぐらいなもので削れた皮膚の回復を早めるぐらいの治療でしかない。骨に関してはひび割れているだけなので安静にして治すしかない。

 それだけの治療でも万単位の治療費がかかる。

 マキアが飲食店でミケに奢った料金と治療費を比べた時、その差は歴然だ。

 治療費を払ってくれたミケには感謝しなければならない。


「骨はまだ治ってないですけど一日二日すれば完治すると思います」

「え? 人はそんなに早く骨治らないよ?」


 何を言っているんだコイツ、という視線をメーテラが向けてくる。

 マキアはデザイナーズベイビーの子孫《《かもしれない》》ということで身体能力が常人に比べて高く、回復能力に関しては恐ろしく高い。骨折も三日寝て治った経験がある。

 しかし外見は人にしか見えず亜人には見えないし、デザイナーズベイビーの子孫にも見えない。だからメーテラの反応は当然のことだった。


(……まあいいか)


 メーテラには自分のことを話していなかった。性別のことや過去の詳しいことなど。

 ちょうどいい機会だし話しておくのも良いのかもしれない。

 マキアはそう考えて説明を始めた。


 ◆


 自分が異常だということにマキアが気がついたのは案外早かった。物心ついた時からスラムで育ち、当然のように親はいない。生きるためにゴミを貪る日々を過ごしながら生き抜いた。

 時に死にそうになり、時に人を殺しそうになり、あるいは殺したりしながら解体現場の仕事へとたどり着いた。性別のことについてはマキア自身あまり知らない。調べる限りでデザイナーズベイビーの子孫の可能性が高いというだけで、別の場合もある。

 しかし医療機関に行って調べるのは何かと面倒だ。

 費用もかかるし、デザイナーズベイビーの子孫であるということで人体実験に巻き込まれるかもしれない。ゆえに性別を隠し誰にも明かすことはしなかった。しかし今日初めてメーテラに告げた。

 出会ってからまだ日は浅いものの彼女が今の説明を聞いて態度を変えたりマキアを売るような人物には見えなかったからだ。

 事実、彼女は話を聞いても一切そんな反応は見せずただ驚きと納得に身を委ねていた。


「へぇ……どうりで。性別が……私も君がどっちなのか分からなかったんだよ。出会って日が経っちゃったし今更聞くのも嫌に思われるかもしれないから、聞かないようにって思ってたけど、そういうことだったんだ」

「はい。そういうことです」

「じゃあ怪我が二日ぐらいで治るのも?」

「多分……治癒力が普通の人と比べて高いんだと思います。亜人かそれ以上ぐらいには」

「へぇ……なんだか」


 これまで感じていた小さな違和感が今初めて繋がったような気がした。メーテラは深く頷くと「分かった」と口を開く。


「詳しいことは聞きたいけど、今日はもう休んだら?」

「そうします」

「包帯のまき直しとか、冷却材とかは必要?」

「治療の時に一緒にやってもらったので大丈夫です」

「分かりました。では、今日はもう休んでください」

「はい」


 メーテラは軽く背中を押して疲れをねぎらうと三階へと向かうマキアの後ろを歩きながらついていく。

 マキアは階段を上りながら安堵のため息を零す。

 

「ふぅ……」

「怪我が痛む?」

「いや……昼間あんなことがあってまだ実感が無かったんですけど、こうして帰って来ると安心感というか……まあ、緊張が解けました」


 はにかんだ笑顔を浮かべて頬の辺りを恥ずかしそうに人差し指で掻きながら、マキアが笑った。

 メーテラはその姿を見ると形容しきれぬ感情がこみ上げた。そして思わず前を歩くマキアの頭に手が伸びる。そのまま少し伸びた髪をくしゃくしゃと撫でる。マキアは一瞬だけ肩を振るわせると急いで階段駆け上がり、上り切ったところでマキアが後ろ見る。


「何してるんですか」

「ごめんなさい……なんか触りたくなっちゃって」


 頭をくしゃくしゃと撫でるメーテラの手をマキアが優しく振り払うと足早に歩いて離れていく。


「シャワー浴びてすぐ寝るので、おやすみなさい」

「あ、おやすみなさい」


 三階へと上がっていくマキアの背中にメーテラは笑顔で手を振っていた。

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