第20話 ぶち殴り
(やっぱかてぇ……)
照準器を覗き込むマキアは苦悶の表情をしていた。機械系マガツモノはたとえ小さくとも攻撃性能が高い。それでいて並みの銃弾ならば跳ね返す装甲すらも持ち合わせている。
挑むのに必要な最低限の基準が高すぎた。
端的に諫言するのならば足切りラインが高い。
荷台に乗っているハンターで機械系マガツモノを相手にできそうなハンターは片手で数えられるしかいない。それにあくまでも、車両に乗った状態で一方的に攻撃できる立場で相手にできるだけだ。
もし真正面からぶつかることになれば何も出来ずにマキアたちは蹂躙されてしまう。
(倒せたのは……ったく何体いるんだ?)
マキアでも弾倉一つ使い切れば機械系マガツモノの体勢を崩すことや装甲に穴を空けることができる。そしてマキアのようなハンターが何人も荷台にいるため、協力すれば機械系マガツモノを一体倒しきることができる。
そこに加えてミケのような威力の高い武器を持ったハンターもいた。
しかしハンターが集まって全力で撃っている現状でも、機械系マガツモノを十体も倒せていない。
(まずい……)
弾倉を交換するためにバックパックの中に入れた手が一度空を切る。
弾倉は潤沢に用意していたはずが連続の射撃で底をつきそうになっている。おそらく他のハンターも同じだ。そう長く耐えることはできない。マキアだけでなくミケやその他ハンターも同じ認識を抱いた時、職員の声が響いた。
『あと二分耐えてください。そうすれば救助部隊が来ます』
アナウンスを聞いたハンターがまず思ったのは『無理に決まってんだろ!』という怒りだった。
機械系マガツモノに襲われてから現在までの時間を考えれば、二分耐えれば救助部隊が来るというのは幸運なことだ。レイダーズフロント本部がそれだけ早く対応してくれたということ。
しかしその程度の幸運では現状をひっくり返せない。
こうしている間にもマガツモノに距離を詰められ———
「——やられた」
先頭を走るマガツモノが背中に乗せた固定砲台から熱光線を射出しハンター一人の頭部を溶かした。
それだけで済めば良かったが、熱光線は薙ぎ払うように他のハンターにも降り注ぐ。ミケを筆頭にマキアや他のハンターが瞬時に反応して、先頭を走る個体を撃ち殺したおかげで、ハンター全員が殺されることはなかった。
殺されることは無かったが、マキアたちに凶兆の報せを伝えるには十分すぎた。
「まずい」
マキアがそう呟いた瞬間、機械系マガツモノからの一斉射撃が開始される。
先頭を走るマガツモノがこちらに攻撃してきたということはあいつらの有効射程距離内に入ったということ。距離を詰められ続けているのだから、すぐに他のマガツモノからも攻撃される。
機関銃などを装備しているマガツモノはマキア達に十分な威力の弾丸を届かせるために引き金を引くことは無いが、固定砲台を背負っている個体群は違う。
ミケやマキアのような勘が良いハンターは考えずともマガツモノからの一斉射撃を感じとり出来るだけの対策を講じた。
しかし10秒にも見ない時間の中で取れる選択は限られる。
焼け石に水。
悉くが意味を成さず、マキアたちはマガツモノからの一斉射撃を受ける。
熱光線は車体ごとハンターを溶かし、砲弾は辺りにクレーターを作った。
しかしそれでも常駐依頼用に改造された装甲車両は凄まじい耐久性を誇り、速度が僅かに落ちただけでそれでも走り続けていた。当然、熱光線に車体を真っ二つに割られればお陀仏だが、幸いにも機械系マガツモノは車両ではなくハンターを狙っている。
だが車両が走る速度は遅くなり、ハンターの数は減った。
迫りくるマガツモノの処理が当然間に合うはずも無い。
先頭を走る一体のマガツモノが胸部装甲の隙間から錨が取り付けられた鎖を飛ばし、車両に引っ掛ける。そして伸ばした鎖を格納しながら車両との距離を一気に詰めた。
ミケは咄嗟に飛び掛かるマガツモノに向けて弾丸を撃ち込む――が一発では殺せない。
連続での射撃は――間に合わない。
飛び掛かる機械系マガツモノがミケの眼前にまで迫りくる。隣にいたマキアは自分の命を守るためにもマガツモノを振り落とさなければならなかったが、豆鉄砲を近距離で撃ち込んだところで間に合わない。
様々な光景が脳裏に思い浮かんだ。
最悪の想像が流れていく。
対処方法は考え付く限りでない。
八方塞がりな現状に表情を歪めたマキアは咄嗟に立ち上がると荷台の縁に片足をかけた。そして飛び掛かる機械系マガツモノを叫びながら全力で殴る。
「舐めてんじゃねぇぞ!」
本来ならば機械系マガツモノを殴ったところで意味を為さない。強化人種でもなければ強化服を着ていない至って生身に近いマキアの拳が機械系マガツモノが持つ装甲を貫けるはずがないからだ。
しかしデザイナーズベイビーの子孫としての力か、あるいは別の要因によるものか。
マキアが殴った瞬間、拳が破壊されるのと引き換えに機械系マガツモノの装甲が凹み、遥か背後へとぶっ飛んだ。
「――っいてぇ」
完全に骨が砕けた感触と激痛。マキアは右手を抑えて蹲る。
マキアが機械系マガツモノを殴り吹き飛ばした。しかし鎖は車体に繋がったまま。機械系マガツモノが装甲を凹まされた程度で破壊されるほどヤワじゃない。すぐに鎖を巻き取って襲い掛かる。
ミケはマキアの突然で突拍子の無い行動に驚愕していたが、ハンターとして問題に冷静に対処した。すぐに車体に繋がった鎖を狙撃銃で撃ち壊す。 そして狙撃銃を構えてすぐ別のマガツモノに狙いを定めた。その際、一瞬だけマキアの方を見てミケは感謝を述べる。
「助かった!」
マキアは痛みに耐えながら辛うじて「まあね」とだけ返した。
そして一難を退けたが痛みに蹲っていてよい状況ではない。
右が壊れたのならば左腕だけで戦えばいい。
マキアは床に転がったNAX4を左手だけで拾い上げ、激痛に耐えながらバックパックの中に手を入れる。
(ない?)
バックパックの中に弾倉が残っていなかった。
残っている物と言えば一応持って来たメーテラ特製のマチェーテぐらいなもの。はっきり言ってこの状況では使えない。
無用の長物だ。
代わりに弾倉を詰めていた方がいくらか有効活用できた。
しかしNAX4を持っておくよりかはマチェーテを持っていた方が何か役に立つかもしれない。
まだ無事な左手でマチェーテを握り締めて前を向く。
それと同時に機械系マガツモノが鎖を飛ばして車両に穴を空けた。
前に見た光景を再現するかのように鎖を巻き取って機械系マガツモノが飛び掛かる。
熱光線や機銃によってハンターがほぼほぼ死んでいる状況で鎖の対処を行う人物などいるはずもなく、またミケも手一杯で弾倉の交換中だった。マチェーテで鎖を断ち切ろうにも間に合わないし、タイヤ付近にあるため切ろうとしたら荷台から身を乗り出すことになる。
鎖に関してはハンターが全員が撃って破壊することで無力化していた。しかし如何せん敵の数が多すぎる。
それも全員が腕利きなわけではない。
マキアは飛び掛かる機械系をマチェーテ一本で対処しなければいけなくなった。
飛び掛かってくる機械系マガツモノの影が、マキアの視界を覆い尽くすほどに迫った。
逃げ場はない。避ける余裕もない。撃つ弾もない。
あるのは、左手に握った一本のマチェーテだけ。
(……やるしかねぇだろ)
マキアは歯を食いしばり、迫るマガツモノに向けてマチェーテを振り上げた。こんな鉄塊に刃物が通るはずがない。そんな常識はとうに捨てている。捨てなければ死ぬ。
マガツモノが鎖を巻き取り、車両へと飛び込んでくると同時に刃と装甲が接触した。
金属を裂く甲高い音が響く。
マキアの腕に伝わった衝撃は、想像していた『弾かれる痛み』ではなく、むしろ『吸い込まれるような軽さ』だった。
「……は?」
マチェーテの刃は、飛び掛かってきたマガツモノの胸部装甲に触れた瞬間、まるでバターを切るかのように滑り込み、そのまま勢いを殺さず胴体を真っ二つに裂いた。
マガツモノは自らの跳躍の勢いのまま、左右に分かれて空中で火花を散らしながら落下していく。
隣で見ていたミケが弾倉を交換しながら、目を見開いたまま固まった。
「……おいお前。今の……お前がやったのか?」
「そうみたい、なんだけど」
マキアは左手に握ったマチェーテを見つめる。
刃こぼれ一つない。むしろ、淡く光を帯びているようにすら見えた。
本来マチェーテでは装甲に弾かれて刃が砕け散るのがオチ。しかし現実はその真逆をいった。
(メーテラさん?)
頭の中にメーテラがピースをして笑みを浮かべている形式が思い浮かぶ。確かに彼女は自分のことを『腕のある加工屋』だと言っていた。マキアは解体の手際やマチェーテを見る限り『腕のある加工屋』であるという事実は疑っていなかった。
しかしまさかここまでとは思わなかった。
「……何呆けてんだ!」
驚きのあまり硬直していたマキアにミケからの怒号が飛ぶ。弾丸と熱光線が飛び交う環境で何も考えず呆けていてはいつ死んでいてもおかしくはない。ミケの怒号によって意識を取り戻したマキアはすぐに自分がしなければならないことを探す。
だがその瞬間、熱光線が車体を真っ二つに溶かす。
(……やられた)
マガツモノの攻撃が車体へと向くことを常に危惧していた。しかし危惧していたところで防ぐ術はない。すでに破壊寸前だった車両は熱光線によって両断されたことで、車体が二つに分裂しながら地面を転がっていく。
殺されていない数人のハンターが車外へと投げ出され、一部は転がる車両の下敷きとなって潰れた。
マキアはミケが咄嗟に服を引っ張って引き寄せたことで車両の下敷きにはならず、荒野にそのまま投げ出されるだけに済んだ。
「っありが、と」
「ああ」
亜人であるミケは車両から投げ出された程度では負傷を負わない。マキアもまたミケの体が下敷きになってくれたおかげで擦り傷一つなかった。
だが生き残ったところでどうしようもない。
すでに武器は無く機械系マガツモノに蹂躙を待つばかり。
他のハンターは気絶していたり車両に潰されていたり、生きていたとしても戦うことを諦めている。マキアとミケは辛うじて気力を振り絞って炎上する車両の後ろに隠れることで機銃の弾丸を避ける――がどうせ意味は無い。
「どうしますか……」
煤と砂だらけで汚れた顔のマキアが横にいるミケに笑いかける。ミケは狙撃銃に最後の弾倉を交換しながら笑って返事した。
「最後までやり切るに決まってるだろ」
「そうですね」
心もとないがマチェーテを持って、マキアは機械系マガツモノを迎え撃つ。
その時、遠方から低く唸るような重低音が響き渡った。
——砲声だ。
次の瞬間、地平線の向こうから飛来した砲弾がマガツモノの群れの中央に着弾した。
轟音。爆炎。砂塵。
爆発の衝撃波が荒野を薙ぎ払い、複数の機械系マガツモノが四肢を吹き飛ばされながら倒れ込む。装甲片が空中を舞い、地面に突き刺さった。
「……救護部隊か」
ミケが低く呟く。
第二射が続く。今度はより近い位置に着弾し、マガツモノの一体が爆炎に呑まれて消し飛んだ。
砂煙の向こうから、複数の装甲車両が隊列を組んで接近してくる。車体上部の重機関砲が旋回し、正確無比な射撃でマガツモノの頭部や関節部を撃ち抜いていく。
さらに上空から影が差した。
ホバー型航空機だ。
機体下部のガンポッドが回転し、濃密な弾幕が降り注ぐ。マガツモノの装甲は次々と穿たれ、火花を散らしながら崩れ落ちていく。
車両やホバー型航空機に刻まれたロゴは確かにバルキリアコーポのもの。
マキアはマチェーテを握ったまま、ただその光景を見つめた。
つい先ほどまで死を覚悟していた戦場が、救護部隊の火力によって一方的に制圧されていく。マガツモノの反撃の暇すら与えられず、次々と破壊されていく。
機械系は強い。
しかし『巣』の生存競争に負けた最弱の個体群だ。
普段から『巣』での戦闘を前提とするハンターオフィスの装備に勝てるはずがなかった。
(これか……)
ハンターとしての差。
そしてハンターオフィスとしての差。
その二つをマキアは実感した。
果たしてテイカーロッジはこの高みに辿り着けるだろうか。
「……はは」
緊張が解けたことで思わず笑みが零れた。一方、横で緊張を保ったままのミケはマキアの頭を軽く叩く。
「余波に巻き込まれないよう離れておくぞ」
「そうですね」
遥か高みへの憧れ。
マキアは新しくできた目標に確かな高揚感を抱き笑みを浮かべながらその場を後にした。




