第19話 荒野の危険性②
荒野を車両が進み始めてすぐマガツモノの姿をマキアは捕らえた。その直後、職員のアナウンスによってマガツモノが現れたことが知らされる。
「……? なんか」
マキアはこの事実にすぐ違和感を覚えた。
なぜか双眼鏡を使わなくても遠くにいるマガツモノが見えた。いつもならば遮蔽物の無い荒野で見渡してみても双眼鏡が無ければ見えないほどに離れているから、アナウンスが無ければ気がつけないはず。
しかし今日はなぜかマガツモノが見えた。
幻覚……だったのかもしれない。
しかし直後に見えた場所にマガツモノを発生を伝えるアナウンスが鳴った。
偶然……ではないのかもしれない。
(ま、いいか)
深く考えて立ち止まっていると他のハンターに得物を横取りされる。マキアはすぐにNAX4を構えてマガツモノの討伐へと移った。
常駐依頼をNAX4と共に乗り越えた回数こそ少ないが、実に濃密な時間を過ごしてきた。すでに何百発と撃ち込んできたおかげでNAX4の細かい特性についても実感として理解できる。
それと常駐依頼というモノの在り方も大分理解できた。
車両の揺れ、進む速度、マガツモノの動き、速度、あらゆる要素を鑑みて他のハンターに獲られないよう射撃する――その状況判断能力。常駐依頼は一見単純な仕事のように見えるが、その実、裏では様々な駆け引きや考えなければならないことがあった。
それのおかげで随分とマキアは成長した。
前とは考えられないほどに。
(当たるようにはなった……けど)
上達はした。しかしそれでも周りのハンターとの実力差は歴然。武器と技術で劣り、知識がない分判断能力で劣ると言っても過言ではない。結局のところ周りのハンターが殺せなかった取りこぼしをマキアは拾っているだけ。
それでもここまですぐに常駐依頼の環境に適応できたのは素晴らしいことだ。
ネガティブな思考を打ち切ってマキアは照準器に映る的に意識を集中させる。狙いは頭部を一発。昼の休憩で十分すぎるぐらい弾丸は買い足しておいたから、ある程度無駄撃ちしても許される状況だ。
しかし費用の面でも、技術を上げるためにも一発も外してはならない。
今までは十発撃てば三発程度は命中していた。
今度は五発撃って三発命中させる。
その上で胴体ではなく頭部に着弾させることが目的だ。
(うげ……外れた)
五発を撃って二発が命中し――それぞれ胴体と頭部に一発ずつ当たった。常駐依頼を受けた頃のマキアからしてみれば、十分な成果であるが目標からは程遠い。やはりさらに研鑽を積んでいかなくてはならないだろう。
あらかたマガツモノと討伐し終わってマキアが緊張をほぐすために息を吐きながらNAX4を壁に軽く立て掛ける。その時、横にいたミケがマキアに一つアドバイスをした。
「撃つ時はもっと脇をしめて、銃と体を密着させた方がいい。マガツモノ討伐において例外こそあるが、高い精度が求められる常駐依頼ではそうした方がいい」
「……ありがとうございます」
「ま、こんな初歩的なことお前も分かってるだろうが、意識を切らさない方がいいってことだ。余計なお節介ですまないな」
「いえぜんぜん」
銃の撃ち方についてはネットに転がっているので練習することはできる。しかし実弾を用いた練習は練習用の弾丸を使ったとしても費用がかさむため、常駐依頼でしかできない。それにいざマガツモノに狙いをつけると意識がそちらに割かれて射撃姿勢が疎かになる。
本来ならば無意識化で意識を割かずとも完璧な射撃体勢を取れるようになることが理想的だ。それまでどの程度研鑽を積めばその場所に辿り着けるのかは分からないが。
弾倉が空になったのを確認してから新しく装填する。準備が済んだところでマガツモノの出現を知らすアナウンスがすぐに鳴った。
『マガツモノが……これは、全方位……数が多いな』
マガツモノの位置を伝える職員のアナウンスが途中で止まる。声色は確かに困惑の色を滲ませていた。
『これより13番車両は巡回をしながらマガツモノを散らし、ミナカタへと向かう。マガツモノの数は百を優に上回る。各自対処するように』
車両は進路を変えてミナカタに向かって遠回りで進み始める。車両のハンドルを握る職員は同僚からの報告や探査レーダーからの情報によってマガツモノの数が増えていることを認識していた。
ゆえにこのような状況になっても焦りこそあるが取り乱すことはない。
同時にミケやマキアを含めマガツモノの数が増えていることを察知していたハンターは特に慌てずに対処を始めた。しかし彼らが照準器を向けた時、レティクルには何も映っていなかった。
(いや……)
同じく照準器越しにマガツモノのいる方向を見たマキアは地平線に広がるその小型のマガツモノを確かに捉えていた。マキアにとってそのマガツモノはよく知る個体だった。
(あいつは)
照準器に映っていたのは、前にマガツモノ討伐に出かけた時に襲われた小型の機械系マガツモノだった。マキアが遭遇した個体とは僅かに見た目が異なるが、マガツモノ討伐の際に襲われた機械系と同じだ。
脚部は無限軌道構造であり背中には大砲や機銃、各々の個体がそれぞれ様々な武器を背負っている。その姿は正に小型の戦車といったところ。しかし小型ではあるがその性能は従来の戦車を大きく上回る。
走る速度はマキアたちが乗る車両よりも早く、背中に背負った武器はハンターが持っている銃のどれよりも火力、射程距離共に高い。機械系マガツモノの中では最弱の部類に入るが、機械系というだけで難易度が上がる。
マキアたちの反応に違和感を覚えたレイダーズフロントの職員はすぐに情報処理機器と探査レーダーの複合処理によってマガツモノの詳細な情報を得る。数は少なく小さい。移動速度はおよそその大きさの生物が出して良いものではないほどに早い。
処理された情報の羅列を見て、職員はすぐに機械系マガツモノだと理解した。
職員はすぐに広場に待機しているレイダーズフロント本部と連絡を取る。
『六号車――複数の機械系と遭遇。至急救助部隊を求む』
ただマガツモノの数が多いだけならば遠回りをして数を散らしながら都市へと帰るのが規則だ。大量のマガツモノを引き連れたままでは都市に迷惑をかけるかもしれないからだ。
しかし相手が機械系となると話がまた変わって来る。
数を散らしながら戦うことはできない。
車両に乗っているハンターが全員腕利きならばまた変わるだろうが。
『機械系マガツモノの生態データ情報を共有した。至急救助部隊を求む』
『否。帰還した際の被害を考慮し、六号車の位置情報に救助部隊が辿り着くのを待て』
本部からの返事は否定的だった。
生物系マガツモノならばまだしも機械系を引き連れたまま都市に帰れば甚大な被害を及ぼす。もし救助部隊が広場で待ち構えていたとしても戦闘の余波で被害を被る。たとえ被害者がスラムの住民だけになったとしても都市は良い顔をしない。
レイダーズフロントとして機械系マガツモノに関してのリスクを許容することはできなかった。
『否! 奴らの移動速度は速い! 救助部隊到着まで待つことはできない!』
自らの命にも危険が差し迫っている状況で職員は焦燥感を露わにする。
『六号車はレイダーズフロント本部へと帰還する!』
レイダーズフロントからの要請でも関係ない。たとえ責任を取らされ解雇されようとも命を散らすよりかはマシ。職員はレイダーズフロントの返事を無視してハンドルを切っ――。
『——きれない』
ハンドルは硬く固定されていた。
車両の故障かとも思った。その疑問に対する解答はレイダーズフロントからなされた。
『六号車はこちらから遠隔で操作させてもらう。情報処理機器から得られた情報を元に最適化したルートを走るようこちらで取り計らう。六号車担当職員は視認できる限りの情報を伝えるように』
女性のオペレーターから声が変わって聞こえてきたのは男性の声だった。しかしそのことが気にならないほど職員は焦っている。
『横暴だ! 常駐依頼においてレイダーズフロントには職員とハンターの命を守る最低限の規則があるはずだ!』
『その意見は正しい。だからこうしている』
『は?』
『守らなければいけない職員とハンターは数多くいる。今六号車が帰れば広場にいる人員諸共被害を被る。であれば六号車だけの方が被害は少ない。事態とは常に最適化された行動によって対処されるべきだ。研修でならわなかったか?』
『つまり……我々を見捨てると?』
『そうは言っていない。すでに救助依頼が出され近隣で活動中だったバルキリアコーポが請けた。三分から五分ほどで現場には辿り着く予定だ。それまで耐えるんだ』
『無茶ですよ……!』
いくら小さな機械系だと言っても相手は何百体もいる。常駐依頼を受けているようなハンターがいくら集まったところで意味は無い。
足止めにすらならないかもしれない。
『私としてはその決定を変えることはできない』
『……そんな』
『私はヴィクター・キスク。広場に戻り次第報告を待つ』
通信はそこで一方的に切られる。
「どうしろってんだよ……」
後ろで機械系マガツモノと戦闘するハンターたちを見ながら職員は呟いた。




