第18話 荒野の危険性①
広場にある移動式屋台でNAX4の弾丸を買った後、マキアは軽く昼食を食べた。いつもならばサンドイッチを一つ食べたところでお金が心配になって自制するのだが、今日はなぜか食欲が抑えきれなかった。
「うげ……食い過ぎた」
計五つのサンドイッチを腹に詰め込んだマキアは数分前までの自分の行動を恨めしく思っていた。お金は使いすぎだし、腹はパンパンだしでいいこと一つもない。マガツモノと戦うハンターであるのだからいつでも逃げれる状態、戦える状態を整えておくのが普通だ。
腹がパンパンになるまで食べたマキアはハンターとして失格ものの失態だ。
(……でもな)
満腹だし、午前の常駐依頼で僅かに疲れているというのに、体は一切重くないし疲労感が無い。というより、今日は朝起きた時からずっと調子がいい。いつもよりも力が湧き出てくるし、頭もすっきりしている。
朝から《《核が無くなった》》り、こうして満腹になったりとミスばかりしている現状とは反比例に、体の状態は驚くほど好調なのだ。
そのどこか不気味な状況にマキア自身も戸惑いつつ、アナウンスに従って午後の常駐依頼を受けるために指定された車両に乗り込んだ。
乗り込むと見慣れた亜人の姿が車両にはあった。
「ミケさんですか?」
「おまえは……」
ミケは顔を見ると「マキアか……」と小さく呟いて座り方を変える。
「同じ車両なのか」
「そうみたいですね」
マキアはNAX4を車両の縁に邪魔にならないよう立て掛けて、自分も背を預けて座り込む。
「午前は調子よかったですか」
「調子……まあ、マガツモノが多かったからな。それなりに稼げた」
「へぇ……ということはそっちも」
「そっちも?」
マキアが乗っていた車両もマガツモノと多く遭遇した。マキアはあまり常駐依頼を数こなしたわけではないが、それでも今日は一番マガツモノの姿を見た。どうやらそれはミケも同じだったらしい。
そして弾丸を撃っている移動式屋台にハンターの列ができていたことから、他のハンターも同様にマガツモノと多く会っている可能性がある。つまり、今日は全体的にマガツモノが都市周辺をうろついているらしい。
「こっちもマガツモノが結構いて、大変でしたけど稼げましたよ」
「……危険だな」
マキアの発言にミケは嫌な予感がして周りを見渡した。他の車両でもマガツモノと接敵する機会が多くなっているということは、単純に考えて付近のマガツモノが増えている証拠。最近は機械系マガツモノの目撃報告やマガツモノの処理が間に合わず職員含め車両に乗っていた者達が取り囲まれて全滅する事件も起きている。
マキアと違ってミケは常駐依頼を何百回と経験してきた。だからこそ環境の機微にはすぐに気がつけるし、嫌な臭いにはすぐに反応できる。
ミケが車両を見渡したのは乗っているハンターを確認するためだ。もしマガツモノに取り囲まれるような事態に陥った時、ミケだけでは対応できない。周りのハンターの実力も重要になってくる。
運悪く、L-331を持っていた頃のマキアのようなハンターが多く乗っていれば、マガツモノに囲まれた時点で生還は難しくなる。
今回に限って、周りのハンターの装備や雰囲気を見る限りその心配はなさそうだが。
「今日の依頼は降りた方がいい」
色々と考えた末にミケが結論を呟く。
本来ならば危険な匂いがする日はおとなしく帰った方がいい。そのせいでレイダーズフロントからの評価が落ちてしまうが、命には代えられない。マキアもまたミケの発言から今日の常駐依頼は雲行きが怪しいことを察していた。
「じゃあ辞めた方がいいですかね」
「いや、俺は辞めない」
危険だと分かっていてもミケには依頼を降りることができなかった。すぐに稼がなければならない理由があるわけではないし、命を無駄にしたいわけでもない。しかし彼にはどうしても降りることのできない理由があった。
マキアはミケのことを少ししか知らないが、意味も無く危険と分かっている場所に首を突っ込む愚か者ではないと理解している。だからこそ、ここで彼が合理的な判断を捨てて敢えて挑む理由が分からなかった。
「なんでですか?」
「今度ヴェルテックス社のアカデミー選抜試験がある。俺はそれに合格したい」
ヴェルテックス社のハンターオフィスは若手ハンターの育成を行っている。内部には色々と部門があり派閥がありで細分化しているようだが、今回はミケのような若いハンターを対象にした外部からの募集が三年ぶりに開催されることになっている。
ミケはハンターオフィスに入っておらず、ハンターとして上を目指すのならば個人ではこの先成長することができない。できたとしても成長は非常に緩やかだ。であるのならば企業からのバックアップがある状態で訓練を積ませてもらう。
それがミケの目標だ。
しかしハンターオフィスに入りたいと思うハンターは多い。それも今回は大企業ヴェルテックス社のハンターオフィスだ。試験を突破する難易度はなおの事高くなる。選考の基準は分かっていないが潜在能力と現時点での実力はまず評価にいれられる。
潜在能力に関しては今更伸ばすことはできず、現時点での実力を伸ばしていくしかない。
ミケが倍率の高いアカデミー試験を突破するためにはあと一か月でさらに実力を引き上げる必要があった。合理的な行動だけでは周りのハンターとの差を埋めることはできない。
時には非合理に挑み。
不条理を耐え抜き。
逆境に打ち勝たなければならない。
「他のハンターオフィスからも志願に来るぐらいだ。俺はもっと強くならなくちゃいけない」
周りがミケのようなハンターオフィスに所属していない野良のハンターだけとは限らない。今回の試験のためにもともと入っていたハンターオフィスを脱退して受けに来る者もいる。
そうした腕利きのハンターとミケとの差は如実。
少しでも埋めなければならない。
「お前はどうだ。アカデミーの試験……興味はないか」
「……アカデミーですか」
マキアはすでにハンターオフィスに所属している。ここで『試験を受けに行きます』などと言えば不義理にもほどがある。それに大企業のハンターオフィスに加入することのメリットを把握していても、いまいち心が惹かれない。
「おれはいいです」
「そうか。なら降りた方がいい」
「危険だからですか」
「そうだ。可能性としては低いだろうがマガツモノの襲撃に巻き込まれる可能性がある」
命を掛ける理由が無いのならば今回の常駐依頼はリタイアした方がいい。実際、数人のハンターは嫌な匂いをかぎ取って今回の依頼から降りている。残っているのは匂いを感じ取れない馬鹿か、ミケのように危険を承知で挑む実にハンターらしい性分の持ち主だけだ。
そしてマキアは後者だった。
「いいや、残りますよ」
「なぜだ」
「おれも将来、有名なハンターになる予定があるので」
将来大物になる者がこの程度のことで立ち止まる……ましてや振り返って逃げ出すことはあってはならない。
マキアの自信ありげな、あるいは命知らずで身の程知らずな発言にミケは思わず吹き出す。
「いいな、それ。期待してるよ」
「こちらこそ。じゃあ取り合えずこの依頼を終わらせましょうか」
「ああ」
ちょうど開始時刻になり車両が動き始めた。




