第16話 消えたモノ
「……ない?!」
朝起きてすぐマキアはその異常事態に気がついた。寝る時までベット脇にあったはずの『核』がどこにも見当たらないのだ。
すでにベットの下や物置の隙間などくまなく探している。
しかしどこにもない。
核は小さいが勝手に移動しない以上部屋のどこかにあるはずだ。しかしどこを見ても見当たらない。
「……どうしよ」
陽光が差し込む部屋でマキアはただ一人何も出来ずに立っていた。『核』を無くしたからと言って重大な問題が引き起こされるわけではない。しかし大事な物であることは事実だ。
いざという時のために売れる金策が消えてしまった。
「……あぁ」
青白い顔になってマキアが狼狽える。その時、マキアの声を聞いたのか朝の仕事に出かける準備をしていたメーテラが訪ねてきた。
「どうしたんですか?」
「……核が、消えました……」
◆
結局、常駐依頼へと向かう時間までに『核』は見つからずマキアは仕方なく広場に集まっていた。
常駐依頼を受けるのはこれで三度目で、広場への行き方にも慣れてきた。柵で覆われた広場の移動式屋台やハンターがごった返しているこの光景にも、最初こそ新鮮で驚きがあったが、今は人が多くて鬱陶しいと感じるだけだ。
マキアは現在、広場に設置された長椅子の端に座って常駐依頼の時間開始まで待っていた。
すでに受付は済まして他にやることがない。
椅子の端に座って暇そうにハンターたちが集まった広場を眺める。皆が様々な装備を持って、様々な人々がいる。亜人は特に目立つ。体が大きいし目立つ身体的特徴がある。
マキアは見たことはないが羽を持つ亜人もいるらしい。
逆に体毛が無い亜人もいるという。
マキアが住んでいる都市『ミナカタ』は亜人のオルデリクスが領主をしているということもあって、亜人には寛容だ。しかし中には亜人の差別をしている人たちもいる。
そのせいで職業につきにくいこともあってハンターには亜人が多い。
「……ん」
欠伸混じりに薄っすらとそんなことを考えながら広場を眺めていたマキアの耳に、隣に座っている二人のハンターの話し声が入って来る。
「最近この辺で機械系が出たらしいぜ? 小型だが機械系ってだけで……」
「こえ~な」
冗談半分で笑いながら話し合う。機械系は基本的に『巣』に生息しているが、ずっとそこを根城にしているわけではない。定期的に『巣』から出てくる個体もおり、運が悪ければ荒野を移動していると機械系マガツモノにばったり会う……なんてことはありえる。
それどころか機械系に遠距離から狙撃されることさえある。
「ま、機械系だけじゃなくて最近は生物系も多いって聞くしな、俺いつもの倍弾丸持ってきちまったよ」
「二日前にマガツモノの処理しきれなくて車両一台潰されたって聞いたぜ」
「それ……どうなったんだ」
「職員含め全員ミンチだよ。ほとんど胃袋さ」
「ひえ~こえ~」
恐怖を和らげるために茶化して笑っているが、自分たちにもありえることなのだ。常駐依頼は基本的に得物の奪い合いで他のハンターとの戦い――あるいはゲームのような側面が強くなる。
しかしマガツモノを相手にしている以上、一つでも対処を誤れば車両は囲まれる。
もしL-331を持っていた頃のマキアのような駆け出しハンターが車両に集められていればマガツモノの処理が間に合わず死んでいた。
車両に乗っているハンターの質、そしてマガツモノの数と質、これらの比率の運が悪ければハンターたちは狩る側から狩られる側へと変わる。常駐依頼を死ぬ可能性の無い甘い話などと考えない方がいい。
マキアが改めて気を引き締めたところで、広場に集まったハンターの中に馴染みの顔を発見した。
茶色の体毛と猫のような耳、手には狙撃銃……ミケだ。
マキアがミケを発見したのとほぼ同時にミケもまたマキアを発見して目が合う。
ミケは目と鼻の先にいて、マキアの方から声をかけた。
「ミケさんもまたですか?」
「お前こそ」
マキアは話しかけながら椅子のさらに脇によってミケが座れるスペースを用意する。
ミケは最初戸惑ってちょうど一人分のスペースを見ていた。しかし椅子を叩いて隣に座るよう促すマキアを見て仕方なく腰を降ろす。
「昨日ぶりですね」
「それわざわざ言う必要あるか?」
ミケのことを始めてできたハンター仲間だと勝手に思っているマキアはニコニコと笑顔を浮かべている。その様子にミケは困惑しながらも顔見知り程度には仲がいいと彼もどこかで思っていた。
「今日も常駐依頼か?」
「はい。番号は『6』です」
ミケが目を少し見開いて懐から小さな紙を取り出す。紙には受付の際に知らされた車両番号が書かれている。
「俺は『5』だ」
「そっか、じゃあ残念」
「午後の常駐依頼はどうするんだ」
「何も無ければ受けるつもりです」
「分かった」
会話が一段落したところで広場に常駐依頼開始を告げるアナウンスが響き渡る。アナウンスから五分以内に車両が出発する。それまでに乗り込まなければ依頼放棄とみなしてそのまま置いてかれてしまう。
「では」
「ああ」
マキアはアナウンスが聞こえるとすぐに立ち上がって六番車両のところまで走っていく。
ミケは『そんなに急ぐ必要ないだろ』と思いながら椅子に座ってマキアの後ろ姿を見ていた。
◆
マキアが六番車両に乗り込んだ。車両にはすでに数人のハンターがおり六番車両の指定された箇所にマキアが座る。基本的に車両の中で決められた位置から場所を変えることはできない。
マガツモノの出現場所に合わせてハンターが移動することで発生する無駄な争いを避けるためだ。基本的には自らの横一列のハンターと得物の奪い合いになる。もしマガツモノが多く狩られる側であったのならば近くにいたハンターの質は高ければ高いほど生存する可能性が上がる。しかしほとんどは得物の取り合いになるので隣は腕利きのハンターではない方が助かる。
(……うげ)
マキアのすぐ後に乗り込んできた女性二人組のハンターを見た時、マキアは顔をしかめた。
彼女たちの装備が明らかに格上だったからだ。それもこれまで見たこともないような高そうな装備だ。一人は狙撃銃、もう一人はマキアが握っているNAX4と同じマークスマンライフルの部類の銃。
(……あれはMシリーズの)
マキアが知る限りで二人の装備は今の自分では逆立ちしても届かないほどに高価なものだった。
装備だけを見るのならばハンターオフィスに所属していてもおかしくはない。少なくとも常駐依頼に来ていいようなハンターではなかった。常駐依頼は周辺にうろつくマガツモノの駆除——という目的だけでなく、ハンターオフィスに入れず、かといって単独でマガツモノを討伐する実力の無いハンターを訓練するためにレイダーズフロントが用意したものでもある。
彼女たちは明らかに不釣り合いだった。
(……亜人と……)
NAX4を手入れするふりをしながら横目で彼女たちを見る。一人は亜人でもう一人は人間だ。女性というだけでもハンターとしては珍しいのに亜人と人間のペアというのはさらに珍しい。
疑問に思いながらチラチラとマキアが見ていると突然、隣に座っていた亜人がマキアの方を見る。
「どうしたの? そんなにじろじろと見て」
彼女は長い尻尾を動かしてマキアの体を締め上げるように巻き付かせる。彼女の視線と尻尾の動きからマキアを害する気ではないと分かるが、それでもどこか息苦しい。
マキアが尻尾を振りほどいて弁明を述べる……よりも早く、彼女はマキアの視線が自らの持っている狙撃銃に向いていることに気がついた。それだけで彼女はなぜマキアが自分のことを見ていたのかを察する。
「あ、そういうこと」
彼女は隣にいた仲間の女性と顔を見合わせてからマキアに説明する。
「安心して。私たちはあなたの獲物を横取りすることはないわ」
彼女はそう言って手元の狙撃銃を指さす。
「新しく買ったコイツの性能を試してみたくてね。練習場でいくらでも射撃はできるけどやっぱり実践に勝るものってないじゃない? だけどいきなり実践投入して何かあったら取り返しがつかないから、ここで試し撃ちってわけ」
「そうなのか?」
「そうよ、私たち普段は人の足らないハンターオフィスとかに助っ人としてお金を貰って仕事しているのよ。これでも結構腕が立つから人気なのよ?」
助っ人としてではなく加入しませんか、だなんて勧誘されたりして……と彼女は付け加えた。
ハンターは基本的にハンターオフィスに所属した方がいい。金が貰えるし装備は支給されるし潤沢な資金力によるその他手厚いサポートも充実しているからだ。彼女たちのような稼ぎ方は企業からのバックアップを受けることができず、装備などを自分達で整えなければならない。
ハンターオフィスに誘われているのならば―――場所にもよるが―――基本的に加入した方がいい。しかしその明らかなメリットを蹴って今の稼ぎ方を選んだということは何かあるのだろう。
単純に組織に縛られたくないから、というのも大きな理由としてあるだろうが。
「ということで私たちは試し撃ちをするだけ、だいたい六体ぐらい? 討伐したら後は譲るわ」
亜人の女性がそう言うとその横にいた仲間の女性が顔を出して説明を付け加える。
「それに、ここでいくら殺したところで弾代の方が高くなりそうだからね」
二人の使う武器は高値だ。武器に威力を求めた時、相対的に弾丸の値段も上がる。マガツモノの素材を売れず討伐した時に貰える僅かな報酬だけがすべての常駐依頼では、いくら頑張ったところで利益は生まれない。
そういう面でも彼女たちが必要以上に頑張る必要はなかった。
彼女たちの説明を聞いて今日も稼ぎがありそうだとマキアが胸を撫でおろす。その時、常駐依頼開始を告げるアナウンスが流れる。
『この車両は六号車です。間違っている人がいましたらすぐに降りてください。討伐しても報酬には加算されないので……それでは常駐依頼を開始します』
車両がゆっくりと荒野へと動き始める。
そこでアナウンスが流れたスピーカーの方に視線を向けていたマキアの頬を、体に巻き付いている尻尾の先端が突く。
「私はリュシア。こっちはリナ。短い間だけどよろしくね」
「よろしくー」
亜人の女性――リュシアと仲間の人間の女性――リナがそれぞれマキアに手を振って挨拶をする。
マキアは頬に当たる尻尾の毛並みを確かに感じながら返事した。
「マキアです」
「そう、じゃあ頑張ろうね」
「あ……はい」
答えると体に巻き付いていた尻尾がスルスルとほどけていく。少なからず尻尾の肌触りの良い毛並みに癒されていたマキアは、そのことに名残惜しく感じつつも表情には出さず、何事も無かったかのように車両が進む荒野の先を見た。




