第15話 平均的な実力
車両が進み始めて五分ほどしてから運転席に座る職員のアナウンスと共にハンターが武器を構えた。
『右に7体。以上』
言葉と共にハンターが一斉に武器を構える。アナウンスよりも前に双眼鏡などでマガツモノの存在を確認していた者は僅かに早く照準器を覗き込む。映るのは数体のマガツモノ。今のところは狙撃銃でも届かない場所だ。車両がマガツモノに近づき、またマガツモノもこちらの存在に気がついて近づいて来る。
狙撃銃の有効射程距離に入った瞬間、他のハンターに獲られるよりも討伐する。
その瞬間を狙って皆が照準器を覗き込んでいた時———まだ遠く離れていたというのにミケが引き金を絞った。周りのハンターが驚きながらも『当たるわけがない』と思い嘲笑する。
だが弾丸は弧を描きながら先頭を走っていたマガツモノの頭部に命中した。
それに焦って周りのハンターが一斉に引き金を引き始める。しかし扱っている武器の有効射程距離よりも遥かに遠い場所にいる個体を無理矢理仕留めようとしていることもあって、弾が掠ることはあっても殺すことはできない。
その中でミケが順調に敵を撃ち殺していく中、マキアは一度も発砲することなくただ見ていた。少し前の常駐依頼ですでに自分が弱者だと理解している。周りのハンターが先に引き金を引くことも、自分が殺す前にマガツモノが討伐されていくことも。
理解して備えていたから焦らない。
どうせ常駐依頼中にマガツモノは何度も現れるのだ。
殺せないのならばそれでいい。弾の浪費だけはしない。
そうして堅実に冷静に見計らっていればチャンスは巡って来る。
(来た)
マガツモノの最後の一体が弾丸の雨の中を抜けた。この距離ならばNAX4でも十分届く。
常にマガツモノの動きを把握し、弾道を予測し、照準を合わせていたマキアはマガツモノが飛び出すのと同時に引き金を絞る。マキアには一発でマガツモノを仕留めきるだけの技術はない。そしてNAX4もまた頭部に当てたとしても当たり所が相当良く無ければ殺せない程度の威力だ。
しかしそれでも数発撃てば当てられるし殺せる。
反動で肩に強い衝撃が走り僅かに痛みながらマキアは引き金をタップする。フルオート機能はなくセミオートだが、狙撃銃よりも連射速度は速い。弾幕の雨を抜けてきたマガツモノに何十発かを撃ち込み、その内三発が命中する。
一発目は足、二発目は頭、三発目は首元。
(チッ……殺しきれなかった)
最後に頭部にもう一発当てようとしたところで他のハンターに横取りされる。報酬は弱っていたところを横取りしても討伐として加算される。それでもマキアがこれまで与えた負傷は確かに記録として残された。
使った弾丸もあまり多くはない。
できることならばもう少し貢献度を稼ぎ、討伐したいところだった。しかしそれは望み過ぎか。高望みすると足をすくわれる。着実に、冷静に、ただ実績を積み上げていくほかない。
「ふうー」
荷台の縁に背を預けて一度休憩する。これで第一陣のマガツモノは討伐しきった。次が現れるのは数分後。緊張感を保ちながら喜びを噛みしめる。次の襲撃に備えてマキアが弾倉を入れ替えようと手をかけた。
するとその行為を横で見ていたミケがお節介にも一言だけ投げ掛ける。
「弾倉が無駄になるから全部使い切ってから交換した方がいい」
突然声を掛けられたことに驚きつつマキアは答える。
「……でもそれは」
「仲間がいない。マガツモノから逃げれない。そんな環境なら万全に備えて弾倉を交換しておくのがいいのかもしれないが、常駐依頼は持久戦だ。戦うチャンスはいくらでもある」
マキアが弾倉を交換しようとしていた行為自体は一般的に考えて正しいものだ。マガツモノを相手にする上で一切の油断は許されず、当然、弾丸は常に十全に準備されておくべき。しかし常駐依頼だと少し訳が違う。
弾丸を切らしても他のハンターがマガツモノを撃ち殺してくれる可能性は高く、その間に弾倉を交換すればいい。獲物を横取りされる可能性こそ生まれてしまうが常駐依頼は長く、その中で何度もマガツモノと戦闘になる。
その中でどれだけのマガツモノを弾丸を浴びせることができるか、討伐することができるか。弾丸はできるだけ使い切ってから弾倉を捨てた方が長く戦える。当然、弾丸が残ったまま使い捨てた弾倉を再利用することはできるし、バックパックが埋まるほどに弾倉を持ってきていれば話は別だ。
マガツモノの群れに襲われた時のために弾丸が十全に補充された弾倉を多く持っていた方が多くのマガツモノを討伐できるし、命が助かる確率も上がる。
当然、その逆もまた然りで『弾丸が残ったまま弾倉を使い捨てても、家に帰って弾丸を補充することで無駄にはならないのだから、常に弾丸が満タンに詰まった弾倉を使うべき』という意見もある。どちらかが正しいのかは分からない。
ただ荒野ではより高い実力を示した者の意見が優先して扱われる。
「ただ……俺のはあくまでも提案だ。好きにしていい。いきなり悪かった」
ミケは突然話しかけて、恩着せがましいことを言った事実に恥じて詫びながらマキアにすべてを委ねた。
マキアとしてはミケの言葉を一切『お節介な忠告』とは思っておらず、ただの助言程度にしか思っていなかった。その上で一部納得できる助言だと思い、素直に感謝を述べる。
「いや……ありがとうございます。次はそうしてみます」
「そうか。ならよかった」
自分に合わなかったら戻せばいい。もし言われた通りのやり方が肌に合うようならばそちらでいい。
まずは試してみてどちらが良い結果なのかを確認するべきだ。
弾倉を変えたとて変えなかったとてやることは変わらない。有効射程距離に入ったマガツモノに弾丸を浴びせるだけだ。
◆
「今日はかなり稼げました」
常駐依頼から帰ってきたマキアが自信ありげな表情でメーテラにそう告げる。
倉庫でマキアが壊した車両の修理をしていた、作業着姿のメーテラは椅子に座って足を組みながらマキアを見た。
「ほーん。ではどの程度稼げたのだね」
「なんと4万2000リム稼げました」
「えぇ?! すご」
大げさにメーテラが椅子から転げ落ちる。
つい前までは常駐依頼で3000リム程度しか稼げていなかったのが、武器を変えただけで4万越え。『一万リム……もしかしたら2万リムいくかも』と想像していたメーテラには目が飛び出るような金額だった。
マキアはメーテラの反応を見て苦笑しながら、説明を付け加えておく。
「でもここから弾代を引かなくちゃいけないので稼ぎは3万リム……より少し下がると思います」
「でもすごいよ!」
利益が出ただけで素晴らしいこと。メーテラは上機嫌にマキアとハイタッチする。
「いぇーい!」
「あ、いぇーい……」
慣れないながらマキアもハイタッチをする。メーテラはマキアの様子を確認しながら、今度は自分から話を切り出す。
「あ、そうだそうだ。言われてたやつ」
「……あ、ベンズナイフのやつですか?」
「そうそう」
マキアが作ったベンズナイフはこの前の討伐で機械系マガツモノのレーザーに焼き切られたことで使用不可能な状態になっていた。
死体処理員の時は基本的に費用のことも考えてマキアが修理していた。今回も自分が修理しようともマキアは考えたが、せっかく加工の——自称——スペシャリストのメーテラがいるので、今回は任せることにした。
「ちょっと待っててくださいね」
メーテラは新しく加工し直したベンズナイフを取りに行くために少し席を離した。マキアはその間に倉庫の様子を見る。荒野で出会った禍具持ちの女性――エルミナがつけた切り傷はすでに完璧に直され、修理するついでに性能が上げられるところはよりよい方向に修正されている。
前にマガツモノの死体を解体した時もそうだがメーテラの加工屋としての腕は一級品だ。
それに加えてマガツモノだけでなく機械についての理解も深い。整備士というわけではないだろうし、機械系マガツモノの解体・加工をしていた人物なのかもしれない。
ただ機械系マガツモノの解体となると携われる場所も限られて来る。そうなるといよいよ彼女がハンターオフィスを立ち上げる前に何をしていたのか気になって来る。だからといってマキアは質問することはないが。
倉庫を一通り見終わった後、メーテラが何かを《《抱えて》》戻って来る。
「じゃじゃーん!」
「……」
マキアは彼女が手に持っているその物体を目にして固まっていた。確か記憶ではベンズナイフの修理であったはずだ。マガツモノの素材を使っているため、その過程の中で姿が変わることもあるだろうし、劣化してしまうこともあるだろうと思っていた。
しかし『これ』は予想外だ。
メーテラの手には凡そベンズナイフが基になって修理されたとは思えないほどに質量がありそうなサーベルが握られていた。なぜナイフがサーベルになったのか。
マキアは驚きのあまり固まって微妙な空気が流れる。
メーテラは気まずさからすぐに沈黙を割って声を出す。
「まてまて、言いたいことはわかる。だけど待って欲しい。色々と言い訳があるんだ」
言い訳って言っちゃうんですね、と口を挟みながらマキアは訳を聞くことにした。
「まず修理元のベンズナイフはレーザーで完全に溶けていてほとんど使い物にならなかった。だからこの前の解体で売らなかった分のも素材を使うことにしたんだけど、『核』がなんか変質しちゃっててうまく組み込めなかったんだよ」
ベンズナイフは原型を留めないほどに完全に破壊されていた。『修理』というよりかは一から『作り直す』という表現の方が近い。事実、元の『核』などの素材を流用しながら別のマガツモノの素材を使って新しいナイフを作る予定であった。
しかし幾つかの問題が発生した。
まず『核』をベンズナイフに組み込むことができないという問題だ。基本的に『核』を組み込んだところで武器の性能を引き上げることはできないし、ただの装飾品になってしまう。
真価を発揮してこそ『禍具』になるし、そうでなければ『核』を使う意味が無い。
「君、あの『核』をどうやって組み込んだの?」
「どうやってって聞かれても……?」
マキアはベンズナイフに『核』を組み込んだ。しかし普通はそれだけで『核』の力は引き出せない。『核』の能力を発揮するために適した武器の形、回路、重さ、すべてを調節しなければならない。
適当に組み込んで少しでも『核』の力を発揮できたマキアの方がおかしかったのだ。
「たまたま……ですか?」
マキアには偶然とだけしか答えることができなかった。
「たまたま……ねぇ。でもすごい確率ですよ、それ」
何も考えないで武器を作れて『核』の力を引き出せるのならメーテラのような加工屋は必要ない。
それにもし偶々《たまたま》でも色々とおかしいことがある。
「あの『核』なにか変だったんだけど、何かしたの?」
理論的に換言することはできない。しかしメーテラは核を見て『何か変』という感覚を覚えていた。
「小さい『核』程度だったらすぐに加工できちゃうんだけど、うーん」
メーテラが頭を悩ませる。
マキアにはその悩みを晴せるだけの知識はなく、助言のために口を開くことはできなかった。
「まぁ……」
悩んでいても仕方ないのでメーテラは一旦そこで思考を断ち切って本筋に戻る。
「色々と試行錯誤していたらサーベルができてしまいました。『核』もない欠陥品だよ、これは」
マガツモノの素材を使ったとだけあって通常の物と比べると性能はいいが、その域は出ない。ただ性能がいいだけの物だ。それにナイフの取り回しの利点が消えている。
「ナイフを作り直すことはできるよ。ただ『核』はどうしようもない。設備がもっと揃うまでは私でもうまく扱えないかも」
メーテラは申し訳なさそうに首を傾げながら布に包まれた赤色の球体——『核』を取り出す。
「一応手伝うけど、もしマキアが『核』を使ってナイフを作り直すならそうして」
「……わかりました」
マキアが『核』を受け取って見てみる。
何も変化は感じなかった。
「おれとしては別に『核』が無くてもいい状況ですし、やっぱり売りますか?」
ベンズナイフの修理について話す時に『核を売る』ことについて話していた。マキアが今手に持っている『核』は非常に小さく値段が安い。しかしそれでも希少品であることには変わりなく、相当な高値がつく。
であれば売って資金にした方がいいのでは、ということをメーテラに伝えていた。
メーテラの返事は前と同じで『NO』だ。
「この小さな『核』じゃどうせ買い叩かれるのがオチだし、『核』自体の数が少ないから欲しいと思ったとしても相当の大金か大企業レベルのコネがないと手に入んないから……持ってた方がいいと思う」
「社長が言うなら」
「それにこの調子だったらマキアは稼げるかなって」
マキアが怪我しないこと、テイカーロッジを辞めないことが前提ではあるが、常駐依頼で稼げるようになってきたところだ。マガツモノの素材を大量に売ったおかげで借金に追われる心配も無くなった。
であればゆっくりと着実に、マキアが実力をつけていきながらテイカーロッジを大きくしていくのが現実的。
「ほんと、おんぶに抱っこで申し訳ないです」
メーテラが突然、スタイリッシュな土下座を披露する。
マキアにばかり負担をかけてしまっている現状で、自分の存在価値である加工屋としての腕にも、今回のナイフ修理で不安要素が出来てしまった。テイカーロッジに誘ってしまった者として、社長として、申し訳なさしかなかった。
しかしマキアは特に気にしていない様子で笑う。
「ぜんぜんいいですよ。前の職場の数百倍はマシですから」
「前の職場って……死体処理の」
「はい。あそこでは不当な借金を背負わされて、給料は中抜きされて、成果分の報酬すら支払われなくて、時には拳銃を向けられましたから」
笑顔だが怨念たっぷりにマキアが説明する。
今となっては過去の出来事。しかしこうした改めて思い返すとクソみたいな場所だ。
事実、クソみたいな場所ではあるのだが。
「ということで、全然大丈夫です。成果分の給料も貰えますし、何より衣食住が完璧です」
「マキアはそれでもいいんですか……?」
「取り合えず今はこれ以上は望みませんよ」
「はぁ~なんだかもっと申し訳なくなってくるよ」
「なんで?!」
「不甲斐なさにね……とほほ」
二人が軽口を交わす、すでに夕食の時間をとっくに過ぎていることにすら気づかずに。
◆
メーテラとの軽口を終えた後、マキアは夕食を食べたり、シャワーを浴びたりして、気がつくと次の日になっていた。明日も常駐依頼があるため早く寝なければならない。
シャワーから上がって服を着る。
その時、肩を上げると痛みが走った。
「……うわ」
鏡によって痛みの走った肩の方を見てみると血が流れていた。
死体処理係として働いていた時に犬型のマガツモノに襲われた時、右肩を噛まれたことで骨まで露出するほどの怪我を負った。結局は誰か分からない『アベル』という人物に助けられたのだが、稀にこうして傷が開く。
見た目では完治しているはずなのだが……まあ仕方ない。
「包帯、包帯っと」
肩に包帯を巻いて寝れば明日には治っている。本当ならば然るべき医療機関で治療を受けるべきだが、高額すぎて払えない。いつか自然回復してくれることは祈るしかないだろう。
「寝よ……」
包帯を巻き終わった後、部屋の電気を消してマキアはそのまま投げ出して硬いベットに寝っ転がる。
「……ま、いいか」
肩の当たりに何かあると思ったらシャワーを浴びる前、核をベットに置いていたことを忘れていた。本当ならば核は然るべき場所で保管すべきなのだが、もうすでに眠いこともあって立ち上がるのが億劫なマキアは、核を横に置いたまま眠りについた。
いつもよりも多く流れだした血が包帯すらも通り抜けて核に纏わりついているとは知らずに。




