第12話 討伐の仕方と安全管理②
取り出したベンズナイフを握りしめ、全力でマガツモノを突き刺した。すでに弾は残り少ない。
この残弾では撃ち殺すことは不可能。解体現場で犬型のマガツモノを殺したようにベンズナイフで殺すしかない。覆い被さっているマガツモノは犬型のものよりもはるかに巨大で、簡単に死んでくれるわけがない。
マキアが死を覚悟しながらも足掻こうと決心し、弾倉に残った最後の弾丸を撃ち出した。
「ッ———?」
引き金を引いた瞬間、L—331が爆破した。マガツモノ咥内に突き込んだ時、そして噛まれた時に銃身が折れ曲がっていた。その結果、撃ち出された弾丸は銃身内で爆発し、マガツモノの頭部を吹き飛ばす。
「あ……え」
元より、マガツモノは咥内にL—331をぶち込まれた時にはすでに脳を損傷し死にかけていた。それでも生物としての頑強さから生き残っていたが、爆発が最後の一押しとなった。
「は……ははは。やった、やった」
二体のマガツモノを討伐した。解体現場で殺した個体よりも遥かに強力な個体をだ。飛びかかられた時に足や肩を負傷したが、それを感じさせないほどの達成感と充足感が身を包む。
「やったやった」
壊れたL—331からもベンズナイフからも手を離し、両手を握りしめて喜びを味わう。久しぶり綺麗な青い空に拳を突き出す。
「痛って」
覆い被さるマガツモノの死体を押し除けて、肩を抑えながら立ち上がる。荷台には完全に死に絶えたマガツモノの死体。そして荒野にもマガツモノの死体が転がっている。
危ないところしかなかったが、無事に仕留めきった。
「はぁ~」
安堵のため息を吐いてL-331から手を離す。すでに銃身が爆発し使い物にならない。しかしマガツモノ二体分の素材を売れば新しい銃を買えるだけの金額になる。溢れ出したアドレナリンなどの脳内物質が気分を高揚させる。
「たったらー」と口ずさみながら気がおもむくままにベンズナイフを振り回す。特に意味は無い。強いて言うのならば喜びの舞といったところ。街中でやっていれば異常者として通報されるところだろうが、荒野では恥も外聞もない。
死の恐怖とそれを乗り越えた昂奮のせいで恥ずかしいという感情は湧かなかった。
ベンズナイフを振り回し、最後のキメに虚空に向かって突き刺す。
「――うあ?!」
ベンズナイフを突き出した瞬間、車両の物陰に隠れていた犬型のマガツモノが飛び掛かった。幸いにもベンズナイフが頭部に突き刺さり噛み殺されることは無かった。しかし勢いのまま押し倒される。
(こいつ――ッ)
マキアが最初、双眼鏡で見つけた犬型のマガツモノ。近づいてみると蜘蛛型のマガツモノであったことから、てっきり見間違いかと思っていた。しかしどうやら、それは思い違い。
マキアは単に犬型のマガツモノを見失っただけで、双眼鏡で見たあの時の姿は本物だった。
すでに先ほどまであった晴れやかな気持ちは無くなり、一転、焦りが滲みだす。同時に蜘蛛型マガツモノを殺したことで僅かに芽生えたハンターとしての矜持が自らを奮い立たせた。
転がっていたL-331の残骸を咥内に噛ませ、左手に持ったベンズナイフでマガツモノを突き刺す。解体現場で殺した時と変わらない。片目を潰し、頭蓋を割る。脳を抉って殺す。
数の問題でもあるだろうが、ハンターとして僅かながらにも成長した結果、その手際は解体現場でマガツモノを殺した時とは比にならない。時間にして三秒にも満たない時間の中でマキアはマガツモノの片目を潰した上で完全に殺しきった。
「はぁ……」
覆いかぶさったマガツモノの死体を乱雑に払い除けて今度こそ敵はいないかを確認するために周りを見渡す。車両の陰に隠れていない。見える範囲でマガツモノはこの犬型が最後の一体だ。
「……しぬかと思った」
二体のマガツモノを討伐できて浮かれていた。銃声を聞きつけて他のマガツモノがやってくるのかもしれないのに、呑気に鼻歌を口ずさんでいた。荒野に長居は危険だ。
「これ以上は止めといたほうがいいな……」
蜘蛛型二体と犬型一体の計三体。この車両の小さな荷台に収まり切るかどうか分からないが残しておくのも勿体ない。できるだけ全部詰め込んで……それからすぐに帰ろう。
取り合えず荷台に乗った蜘蛛型は脚が邪魔だから切り落としてコンパクトにしてから荒野に転がっているもう一体を連れて来よう。そう考えて振り返った時、蜘蛛型マガツモノの死体のでっぷりとした腹の上に、金属でできた蟻のような小型の《《何か》》が歩いていた。
(なん、寄生虫……いやでも機械……きかい?)
蟻のように見えるその金属生物はマキアの方をゆっくりと向く。手のひらに収まるほどに小さなその姿。金属は所々錆びている。背中はカタパルトのようになっていて、砲台が設置されていた。
「なんだこのちっこいの、ロボット?……い、いや!」
マガツモノにも分類がある。生物系、機械系、混合系。
その小型の金属生物は主に《《機械系マガツモノ》》に分類される個体であった。
(なんで、『巣』にしかいないはずじゃ――)
直後、背中に取り付けられた砲台から青白い光線が射出される。咄嗟にベンズナイフの小さな刃をピンポイントで光線を防いだ。しかし一瞬にしてベンズナイフには穴が空き、そのまま両断され――光線が首の肉を僅かに抉った。
幸いにも機械系マガツモノが乗っていた蜘蛛型マガツモノが死後の筋肉痙攣によって僅かに揺れたおかげで光線が首の肉を抉るだけに済んだ。もじそれが無ければ気道を焼き切られていた。
しかしだからといってその僅かな猶予ではどうしようもない。
逃げるか。
そんな時間は残されていない。
かといって前に進んで状況が好転するとも思えない。
相手は機械系マガツモノ。ベンズナイフを失った今、マキアでは討伐することができない。
「む――」
光線が確かに自らの脳天を捕らえた時、空から降って来た《《何か》》がマガツモノを両断した。
「…………」
空から降って来たのは深紅に染まった髪をたなびかせた女性だった。
◆
荒野には似つかわしくない軽装備と雰囲気からは想像できない大鎌を彼女は持っていた。
現代兵器とは乖離した別体系の科学が用いられたとしか思えないその大鎌の形状を見て、マキアは思い出す。
(禍具だ……)
彼女が持っていたのはマガツモノの素材と『核』を用いて作られる最高位ハンターの証でもある『禍具』だった。
尻もちをついたまま口を開けて情報処理が追い付かず呆けていたマキアに、彼女は振り向いて手を差し伸べた。
「ごめんね……切ってしまった……許してほしい」
見ると機械系マガツモノと共に蜘蛛型も貫通して荷台の一部が切れていた。しかし、そんなことはどうでもよかった。
「ゆ、ゆるすもなにも」
命を助けてもらったのだから車両が切り刻まれていたとしても文句は言えない。逆に機械系マガツモノを相手にしてこれだけの被害で済んだのが異常だ。もし機械系を『禍具』以外で討伐しようと思ったら地形が変わるほどの被害を覚悟しなければならない。
逆に感謝を述べるのはこちらの方だ。
マキアが立ち上がりながら感謝を述べようとした時、彼女は言葉を聞く前に荒野の方を見た。
「あ、ごめん。もう戻らなくちゃ」
彼女の視線に釣られるようにマキアも荒野を見た。
(車が……え)
マガツモノの死体を運搬するためだけに製造された巨大トラックが列を成して走っていた。
一部はコンテナが乗せられていた中身が見えないようになっているが、幾つかは荷台に露出した状態でマガツモノの死体が乗せられている。
(き……機械系……)
中には中型や大型の機械系マガツモノまで乗せられている。目の前にいる『禍具』持ちのハンター。そして運搬用車両に刻まれた企業ロゴ。あれは大手軍事企業『ヴァルテックス社』のもの。
つまり今、目の前にいるのはヴェルテックス社のハンターオフィス所属のハンターだ。
荒野に連なる車両の列は『巣』で討伐したマガツモノを運搬しているところ。
口を開いたまま茫然とその光景を眺めていると列の中から一台の装甲車両が飛び出してマキアたちに近づいてくる。装甲車両は一気にアクセルを踏んで最高速度ですぐ近くまで来るとドリフトでもしているかのように、車体を回転させて砂埃を上げながらすれすれのところで止まる。
砂埃が収まった頃、窓がゆっくりと下がり運転席から男が顔を出す。
「エルミナもう出るぞ」
「うん、わかった」
エルミナと呼ばれた女性は一度マキアの方を見る。
「大変そう、だったから助けた。いらなかった?」
「い、いや! 助かりました!」
「ならよかった」
エルミナはそれだけ言うと荷台から降りて装甲車両の後部座席に乗り込むためにドアを開ける。
そしてエルミナの姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたマキアに運転席から顔を出す男が声をかける。
「駆け出しのハンターだろ? 機械系マガツモノは予想外だったと思うが、荒野に予想外はつきものだ。こういう無駄に命を浪費するようなことはもうしないんだぞ。いいか?」
「え、あ……」
煮え切らないマキアの返事に男は僅かに怒ったような表情をした。
「死ぬのは自由だが、装備も経験も無い中で一人で討伐するのは、無謀だ。挑戦じゃない、無謀なんだ。ちゃんと順序立てて強くなれ。俺との約束だ」
「は……はい」
「うむ。よろしい。今度うちでアカデミーの育成試験があるから、企業のバックアップが欲しいなら考えておけ。そっちの方が絶対楽だ。それじゃ、次会う時までどっちも死なないようにな」
「は……はい。さ、さようなら」
男はマキアの方を見て手を振りながらアクセルを踏み出す。進み、離れていく装甲車両。すると後部座席の窓が開いて中にいるエルミナと後ろにいる女性と目が合った。
窓側にいるエルミナの膝の上を移動して後ろにいた女性が顔を出す。
「えー可愛いー女の子? 男の子?」
目をキラキラと輝かせて問いかける女性の質問にマキアがどう答えようかと無駄に考えた時、エルミナが乗り出してきた女性の顔を手で掴んで無理矢理車内に押し込む。
そして車両が去って見えなくなる最後、エルミナは最後に一言だけ微笑んで言葉を投げかけた。
「頑張ってください」




