第11話 討伐の仕方と安全管理①
三時間後、深夜に帰ってきたメーテラは何故か作業着姿だった。倉庫に新しく運ばれてきた型落ちでボロボロのトラックから降りてきたメーテラをマキアは出迎える。
「それですか? 言ってたの」
「あれ、まだ起きてたんですか。寝ていてもよかったのに」
「さすがにそういうわけにもいかないので」
マキアは黒ずみが残るメーテラの作業服を見て、それからトラックを見た。新しく運ばれてきたのはトラックというより荷台付き乗用車という見た目だ。確か元はハンターオフィスで使われていた物らしい。見る限り、おそらくマガツモノ運搬用ではなく人や現場解体用の機材を運搬するための物だ。
この車両では中型や大型のマガツモノ、それから小型の中でも大きい部類に入るマガツモノは荷台に乗せられない。本来の用途とは違う使い方をしているのだから当然だ。
しかしマキアは現状、小型の中でも小さめの個体しか殺すことができないため荷台の大きさはこれで十分だ。
問題は動くか。
「その点は問題ないさ。買い取った場所で直してきからね!」
胸を張って「えへん」とメーテラが鼻を高くする。作業着姿だったのは現地で修理したからのようだ。
マキアは車両の方を一度確認してから自慢顔のメーテラの方を向く。
「ありがとうございます。じゃあ明日使ってみます」
「使ってみるって? どんな風に?」
「小型のマガツモノぐらいだったら乗せられるので、それに解体場も動かせますよね?」
「え……マキア一人でマガツモノを討伐しに行くって……こと?」
「一応細心の注意を払いますが……まあ、はい」
「だ、駄目だよ! ダメダメ!」
マキアはハンターとしては駆け出しな上に装備も不十分だ。たとえ小型のマガツモノだったとしても選択を少しでも間違えれば命を失う可能性がある。今日は確かに常駐依頼をこなしてきたが、その結果は散々なもの、命を失わなかったのは他のハンターがいたから。
マキアの実力ではない。
「だから駄目! 社長として許可できないよ」
直接的な物言いになってしまったが言っていることは正しい。マキアをここでマガツモノ討伐に向かわせるのはどう考えても危険だ。だが当然、マキアもそんなこと理解した上で言っていた。
「大丈夫です。行くのは都市のすぐ傍、スラムから少し離れた場所です。基本的には強いマガツモノが現れませんし、何かあったら車両で逃げます」
マキアは「それに」と付け加えた。
「いずれ荒野でのマガツモノ討伐もすることになるんだし、慣れておいて損はないと思いますが」
「……そうだけども……そういうのはもっと実力と装備が整ってからの方が……」
「だけど今のまま常駐依頼だけしていてもお金が溜まりません。コツコツやっていくのにも限りがあります。だからここでマガツモノを討伐して素材を売却しましょう」
「むむむ……」
メーテラが頭の中で金勘定を行う。確かにテイカーロッジは維持するだけでかなりの資金がかかる。正直、メーテラの稼ぎだけでは足りずどこからか借金でもしようかと頭を悩ませていたところだ。
そこでマキアのこの提案は魅力的な物だった。
しかし社長として、メーテラ自身として、マキアの行動は容認しがたい。
お金のことやマキアの身の安全のこと、ぐるぐると情報が回る。
その結果、メーテラは苦渋を滲ませながらもマキアの行動を容認することにした。
「分かりました……いいですよ」
「あり――」
「ただ! ちゃんと気を付けてください。くれぐれも無茶だけはしないでくださいね」
「当然です」
マキアの顔には不安や緊張は見られない。
今日の常駐依頼で失敗したというのにどこからその自信が湧いて来るのか。荒野は危険な場所だ、侮って足をすくわれるだなんてことが起きれば、送り出した身として後悔してもしきれない。
「ちゃんと……何かあったらすぐに帰って来てくださいよ。車両を置いて逃げてもいいので」
最後に念を押す。
マキアは覚悟十分と言った顔で返事をすると明日に備えて準備しにいくと、倉庫から出て行った。
一人取り残されたメーテラは車両に背中を預けながら額に手を当ててため息を吐いた。
「はぁ……車両買ってきたの間違いだったかなぁ」
◆
次の日、マキアはスラムのすぐ近くの荒野にいた。周りには何も無く、振り返れば小さくスラムが見える。それ以外は何もない場所だ。
(見晴らしが良い分……ある程度は分かるな)
もし森の中や山の中、スラムのような入り組んだ場所であれば突如として出現したマガツモノに咄嗟の対処が求められる。しかし何もない荒野であればマガツモノの接近に気がつきやすい。
だからと言って慢心すれば死ぬのは分かり切っている。
常に緊張感を保ちながらマガツモノを討伐する。
「……あれか」
中古の車両に探査レーダーが取り付けられているわけもなく、マキアは双眼鏡片手に荒野を見回していた。
数分ほど見渡していると遠くに数体のマガツモノの姿が見えた。マキアが解体現場で殺した犬のようなマガツモノに似た個体だ。マキアは双眼鏡でその姿を発見すると荷台から運転席へと繋がる小窓を潜り抜けてハンドルを握る。
レイダーズフロントの規定でハンターはマガツモノを見つけたとしても撃って呼び寄せるなどの行為は都市に被害を生む可能性があるため、基本的に禁止されている。マキアのいる場所はぎりぎり大丈夫だろうが、一応安全を取ってマガツモノに近づく。
メーテラとの約束を守るようにスラムからは離れすぎず、マガツモノとは一定の距離を保ったところで立ち止まる。荷台へと移動して双眼鏡でもう一度その姿を確認した。
(……足が六……思ってたのと違うな)
遠くで見ていた時は犬のような生物だと思ったが、少し近づいて見てみると細部まで見えたことでその印象が変わった。脚は確認できる限りで六本あり、全体は蜘蛛のような形をしている。
「数は二体……隠れて見えて無かったのか?」
マキアが最初見た位置からでは重なって見えなかったのか、蜘蛛型のマガツモノは二体いた。慣れない最初のマガツモノ討伐で二体同時に相手にするというのは危険がある。
避けるべきか。
しかし解体現場で犬型のマガツモノ複数体を相手にしたという実績がマキアを一歩前へと踏み出させる。慢心しているわけではない。冷静に考えて今の自分ならば討伐できると考えたまでだ。
対象の数、距離。自分が装備している武器の質。
すべてを鑑みたうえで、マキアはL-331の銃口を蜘蛛型マガツモノへと向けた。
常駐依頼を受けた時よりも引き金は重い。周りにはハンターがおらず『自分が殺し損ねても誰かが代わりに討伐してくれるはず』という甘えを許さない環境だからだ。
もし一発でも外せば、対処を誤れば命は無いと考えていい。
ここで引き金を引いた瞬間、蜘蛛型マガツモノはマキアに向けて襲い掛かって来る。
引き金を押し込んだら最後、退路は無い。
それでも。
「ふぅ……」
焦りも恐怖も不安も吐き出して、今はただ照準器に映るマガツモノに意識を集中させる。十字線上に目標の頭部を合わせ、落下なども考慮に入れながらマガツモノが停止している今——迷いなく引き金を絞る。
弾丸は宙を一直線に僅かに落下しながら突き進み確かにマガツモノの頭部を捉える。
しかし一発では死なない。
マキアはこちらの存在に気がついたマガツモノの頭部に連続で弾丸を撃ちこんでいく。相手は強靭で速い、それでいて人間程度ならば一瞬で殺せる力がある。近づかれ焦燥感が見の内から湧きあがる、しかし表には出さずマキアは冷静に対処する。
(一匹……)
弾倉一つと半分を使って蜘蛛型マガツモノを討伐する。残りは一体。
弾倉を入れ替える時間と敵との距離を考えた時、十分討伐するまでの余裕はある。
「――って、い」
頭部に向けて残った弾倉を撃ちきって交換を行っていた時、マガツモノが口の辺りから高速で糸を射出した。弾丸よりも僅かに遅い速度で飛んできた糸にマキアが対処できるはずもなく、咄嗟にL-331を庇った代わりに腕に糸が張り付く。
凄まじい勢いで片腕が引っ張られ体は荷台の縁に強く衝突する。
「っぐあが」
衝撃で離しそうになったL-331を片手だけで構えて糸を引っ張るようにして急速に距離を詰めるマガツモノに向ける。
(片腕だけじゃッ――)
狙いが定まらない。糸で左腕が常に引っ張られ体は荷台の縁にこすり付けられている状態。その中で片腕だけを使って小銃を撃てるだけの技術も経験もマキアには無かった。
加えてマキアはまだマガツモノとの戦闘の経験が不測している。
L-331から手を離し懐からベンズナイフを取り出すという選択を取ることができなかった。右手に持った凶器を名残惜しく、焦燥感と恐怖から手放すことができなかった。
「弾が―――ッ」
まともに狙いを定めず乱射していたせいで弾丸が切れた。当然、片腕だけでは弾倉を交換することができない。
「……」
普通ならばマガツモノに追い詰められている状況で弾丸が切れるのは絶望的な状況だ。しかし今この時に限って、弾切れはマキアに『小銃を手放す』という選択肢を主出させてくれた。
咄嗟にL-331から手を離したマキアは懐からベンズナイフを手に持って――頑丈な糸をいとも容易く断ち切る。
「はぁ……ッ」
すぐにベンズナイフから手を離し、L-331の弾倉を交換する。焦りからか弾倉の交換が僅かにもたついた。仕方のないことだ。元より小銃を使う訓練などしてこなかった。扱った経験はハンターとしては極端に少ない。
糸によって片腕の自由が奪われたこと、マガツモノに距離を詰められていること、予想外が幾つも積み重なったことで弾倉の交換すらもミスが出る。しかしそれでも僅かな遅れで済んだのはマキアの集中力と胆力の賜物。
しかし弾倉の交換を終えた時、マガツモノは至近距離にまで迫っていた。
口から糸を吐き出す。
驚くが二回目の出来事。
マキアは咄嗟に回避しながらL-331の引き金を絞る。まともに照準器は見れていないし体も傾いている。それでも飛び掛かるマガツモノが至近距離にいたおかげでロクに狙いを定めずとも当てることができる。
「ぅづがあ!」
至近距離から連射すれどもマガツモノは死なず。
銃口が咥内に突き刺さる。
それでもマキアは引き金を押し込み続け、最後の押し込みにベンズナイフを手に取った。




