メイドはまだ冥途へ行かない
「おはようございます。お嬢様」
まだ四時だ。
毎年、この日になるといつもそうだ。
「早すぎじゃないか? もう少し寝ていたいんだけど」
「顔を洗って来てください」
「聞いてよ。人の話を」
きゃいきゃい言う私の言葉を無視してメイさんはテキパキと着替えの準備をしてくれる。
いつもよりも手早く、正確に。
まぁ、毎年恒例の行事だから覚悟はしていた。
だから諦めを伴いながらも私の身体はスムーズに動いた。
「今年も来たね。この日」
「そうですね。お嬢様」
「そろそろメイさんもあっちに行きなよ」
「ご冗談を。私は旦那様に命じられたのです。『後を頼んだ』と」
「まったく……」
メイさんの体は透けている。
幽霊だから当然か。
「今年で何年目だっけ?」
「237年目です」
「幽霊ってボケないんだね」
「御戯れを」
今のやり取りから分かるようにメイさんは私が生まれるずっと前に生きていた人間だ。
同時にずっと前に死んだ人間でもある。
当時の主人に仕えていたメイドであり、今もその主人の子孫に仕えるメイドでもある。
「ねえ、メイさん」
「どうされました?」
「今年は教えてくれる? どうして今も現世に残っているのか」
「教えるつもりはございません」
「そっ」
黒色の服を着る。
一年の中でも今日しか着ない服。
「それではまいりましょうか」
メイさんはこの日だけいつも少しだけ落ち着きがない。
当然か。
だって、この日はメイさんの主人の命日だから。
お墓の前で手を合わせる。
思い入れのない私は短い時間だけ。
対して、メイさんはとても長い。
237年前に死別した主人。
メイさんとどのような関係であったかは私は知らない。
だけど――。
「お嬢様」
「なに?」
「私は本当に旦那様をお慕いしておりました」
黙祷のあとに語られる言葉が全てなのだと思った。
風が吹いた。
私のスカートは揺れた。
メイさんの纏う衣服も髪の毛も少しも動かない。
幽霊だから当然か。
幽霊は変わらない。
生前と何も。
「ねえ、メイさん」
「どうされました?」
「きっと、首を長くして待っていると思うよ。私のご先祖様……ううん、メイさんのご主人様」
メイさんは肩を竦める。
顔を少しだけ赤くして。
「まだ、どのような顔をしてお会いすれば良いのか分かりません」
「そっ。それじゃ、今年も居てくれるんだ」
「ええ。お嬢様さえよろしければ」
毎年恒例――いや、きっと200年以上も私の一族とメイさんの間にあったやり取り。
それを今年もしながら私はご先祖様のお墓に踵を返す。
数歩だけ遅れてメイさんは私に付き従い歩き出す。
「ごめんなさい。私、やっぱりまだ奥様にどんな顔をして会えば良いか分からないの」
風の中に紛れた幽霊の声。
それは200歳以上も年上の女性とは思えない程、滑稽で少女染みたものに感じた。




