08 エビル・レディ・スクリブルズ・オン・ピープル②
高取とコールマンによる任務。07~09まで続きます。
◆
『スッキリップテレビ。今朝も皆様に素敵な朝のお時間を提供します』
若い女性アナウンサーが語りかけると映像が変わった。視聴者提供のテロップが右上に入っている。ネオン輝く夜の町田駅に張り巡らされた空中回廊下から見た映像だ。車道で停車した二台の車と一台の白い車が向かい合っている。
白い車の窓から男が身を乗りだしロケットランチャーを撃った。弾頭が二台の車に直撃すると大爆発を起こした。
すると爆炎から一人の男が走りだしてきた。焼けた右腕の皮膚の下から金属が見え、機械化されている。機械化された男の右腕にはマシンガンが握られており、白い車のフロントガラスに向けて撃ちだした。
『これは昨日未明、町田駅で発生した事件です。警察ではハチオウジ市に本拠地を置く暴力団の凶分組と新興ギャング集団メリーズの勢力争いと見ています。白い車に乗るメリーズの構成員二名が死亡。奇襲を受けた凶分組の構成員三名が死亡、幹部の竹諸タツは弟の竹諸フトウに守られ共に軽症でした。警察では後日、凶分組とメリーズ双方に事情を聞く方向とのことです。続いてはライフウェーブ製薬による新商品発表会の模様をご覧ください』
コールマンはテレビを消し、ソファーを立ち上がった。仕事に行く準備を整え、家を後にした。
ニシハチ製菓株式会社。八王子区にある菓子製造メーカーである。コールマンはこの会社の営業事務をしている。原材料の海外仕入れ対応を英語でこなせる為に重宝されていた。
「コールマン君、遺伝子組み替えネオ小麦を追加発注頼むよ」
課長の原多ソイチがパソコンから目をあげて指示した。コールマンは横の原多に振り向き笑顔を作る。
「課長、それなら既に発注した予備の分で足りますよ」
「おっさすがコールマン君。私の意図をくみ取ってくれるなんてやるね」
「課長の指導のおかげです」
コールマンは目の前のパソコンに向き直ると笑顔をやめた。原多はいつも見通しが甘い、そう思いながら黙々と仕事をこなしているといつの間にか昼を過ぎていた。
「課長、今日はこれでお先に失礼します」
「おっ! 命日だったね。お疲れ様」
コールマンは午前中で早退し、車で八王子区高尾方面のハチオウジ霊園へと向かった。中へ入るとジャック・コールマン、ロリー・コールマンと書いてある墓石の前で足を止めた。
「パパ、ママ、来たわ」
すぐに墓石を綺麗に掃除し、花束を供える。
「綺麗になった」
過去を振り返りながら目を閉じて墓石に祈りを捧げた。コールマンの両親は母国アメリカを離れ、震災で被害を受けた日本の為に医療支援で来日した。コールマンは常々、困っている人がいれば全力で助けろと言われ育ってきた。その言葉自体は奇抜ではないが医師としてその言葉を実行し続けた両親を尊敬していた。今もその思いは変わらず、自身もそうありたいと願っていた。
ブーブーブー、胸ポケットの携帯端末が鳴った。
『コールマン。命日にすまない。仕事だ』
後藤の声が聞こえた。
「わかったわ」
携帯端末を切り、再度墓に黙祷をすると出口に向かって歩きだした。
◆
BARヤギ店内。高取はカウンターで米山から椰子夫妻の依頼内容を聞いていた。米山が矢迷値の偽名を使い遺族に接触して、聞いた話はまさに超人によって理不尽に殺された者の無念であり、怒りを覚えた。カヨコを失った悲劇がまた、繰り返されているのだ。
「犯人の手がかりは最後の電話だけね。バイト先でスープを溢した女性客。トイッターの投稿ね」
コールマンが整理するように言った。
「今時トイッターを投稿している人はたくさんいますよ。私の生徒も皆やってます。フォロワーだけの公開だったら見れません。特定できるんですか?」
高取は肩をピクピクと動かして問いかけた。カウンターに座りながら米山が横目で高取を見る。
「かなりの情報だ。バイト先の防犯カメラにハッキングすれば事件当日の映像を手に入れて調べられる。トイートもなんとかできる」
「ですが・・・・・・それならなぜ警察は動かないんです?」
「高取、良い、今回の被害者はただの中流以下の市民よ。この犯罪にまみれた日本で誰がそこまで捜査するの? 警察も無駄な力を使いたくないのよ」
コールマンが高取を諭すように言うがその目に憎悪が宿っている。
「状況はわかった。過去にも同じ事件があったと言うが、これは私のルートで警察に確認する。米山は防犯カメラを頼む。コールマンと高取はトイートの情報をあたれ」
後藤がウイスキーの水割りを飲みながら指示をだした。詳細を詰めて解散した。店を出ると米山は足早に夜の闇へと消えた。高取は同じ方向に帰るコールマンと共にハチオウジ駅に向かった。
「コールマンさん。私はどうすれば良いんですか?」
高取はトイートから情報を調べる等したことがない。
「私が教えるわ。普段は営業事務をやってるけど知識は独学で学んでるから」
「ありがとうございます。助かります。私は超人の力以外だと教員免許と英語が話せるぐらいしかできませんから・・・・・・」
「何を言うの。あなたの超人の力はなかなかよ。自信を持ちなさい」
「そうですね。今まで色々なことがありすぎて聞けませんでしたが・・・・・・コールマンさんはいつ超人になったんです?」
高取は疑問に思っていたことを口に出した。コールマンや米山、後藤からは自らと同じ悲しみと憎しみを抱えていることは伝わってきたので信頼を置くことができた。だが、過去について詳しく聞いたことはなかった。
コールマンは下を向き、一息つくと前を向いた。
「そうね・・・・・・いいわ。私の両親は二人とも医者だった。日本大災害を知った両親は医療支援をするために日本に移住したわ。まだ私は五歳くらいだった。大災害の混乱した中、必死に人々を救った・・・・・・でも・・・・・・忘れもしないわ・・・・・・」
高取を見ずに話し続けた。
「災害が落ち着いてからも両親はハチオウジで医療活動を続けていた。ある日、友達と遊んでいた私は瀕死の男を発見して診療所に連れていったわ。両親は命を救うために手術を施した。でも、回復した男は・・・・・・周りの人達を襲い、両親と私を襲った。その男も超人だったのよ・・・・・・」
コールマンは睨み付けるように夜空を見上げていた。
「両親は殺され、私も怪我をした。その時に超人に覚醒したのよ。でも私はその男に・・・・・・何もできなかった・・・・・・」
「コールマンさん・・・・・・」
「トイッターについてはまた、改めて教えるわ。さようなら」
そう言うとコールマンは高取を振り向きもせずに先に歩いていった。高取はコールマンが狂師の活動へと駆り立てた一端を見た気がした。目の前で最愛の者を失ったのに何もできなかった自らへの怒りと無力感だ。コールマンの後ろ姿は小さくなっていった。
三日後の夜、高取はコールマンと日野区南平のファミリーレストラン「ガストウ」にいた。
「一応聞くけど、ジアドーアにダイブできる技術を持ってたりする?」
コールマンが尋ねた。ジアドーアとは広大なネットを仮想現実として変換した電脳空間である。専用のディバイスを用いて脳波を同調、仮想現実内にて高速で直感的な作業を可能にした。しかし、脳に異常をきたす者も確認され規制された。一方、裏の世界では日常的に使われており、電脳空間は日々進化している。
「いえ、物理的な作業しかできないです」
「良いわ、ジアドーアについてはまた、レクチャーしましょう。今、メールでトイッター解析アプリを送ったわ。今回はトイッターで椰子さんの事件と後藤さんが教えてくれた類似した事件についてワードを変えて入力して確認を続けて」
そう言うとコールマンはノートPCにタイプする。
「わかりました。その後は何を見れば良いんです?」
高取もタイプしながら尋ねる。
「まず、事件の前にこの事件を示唆する投稿があるか調べるの。そして、見つかったらそのやりとりを確認する。非公開なら私がジアドーアにダイブして、気付かれないようにこじ開けるわ」
「コールマンさん、あなた・・・・・・どこでそんな技術を?」
「両親が殺されてから、生きる残る術を色々と学んだわ。あなたのように普通に生きてきたわけじゃないの」
「普通ですか・・・・・・ふっ。たしかに夢だった教師になれました。そのおかげで、カヨコにも出会えて結婚もできました。ですが・・・・・・」
高取は普通という単語から今までの体験が脳裏をよぎり、目を伏せた。
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの」
「わかってますよ」
カタカタとタイプ音が響く。
「そう言えばあなたはなぜ、教師になったの?」
「私は幼い頃に母を亡くしました。その母が教師だったんです。今、思えば同じ教師になれば母に近づけると淡い期待をしていたんでしょうね」
高取は久しく思い出すことがなかった記憶が蘇ってきた。
「そうだったの・・・・・・英語も母親の影響?」
「ええ、英語の教師でした。ただ、私自身も小さい頃からハリウッド映画が好きだったんです。映画を見てる時は現実を忘れられました。まぁ、お金がなかったんで映画館に忍び込んで見てたんですがね。そこから字幕なしで映画を見たいと思うようになって英語が好きになりました」
「映画ね・・・・・・私も好きだわ」
高取は笑みを浮かべた。カヨコの死から人と距離を置いていた高取にはたとえ狂師の同志でも小さな心の交流ができた事が嬉しかった。
数時間経過すると高取のタイプが止まった。
「コールマンさん、非公開アカウントへの返信に今回の事件を想起させる内容がありました」
「見せて」
高取はノートPCを向けた。コールマンは内容を見ると高取に微笑みかけた。
「ここからが勝負ね」
◆
コールマンは高取とガストウで分かれると自宅に戻った。服を着替えてPCのある部屋に入った。椅子に腰掛けるとデスクの上にあるPCを立ち上げる。
コールマンはPCの横にある眼を覆う部分が円形をしたヘルメットのようなものを頭に被った。これは「パソコンボーイ」と呼ばれる電脳空間「ジアドーア」に接続する機器だ。コールマンが数年前に闇市で入手したものである。コールマンはパソコンボーイにLANケーブルを接続した。
「うっ」
コールマンの頭に痛みが走る。脳波とネットがリンクされているのだろう何度接続しても慣れない。痛みが最大になった瞬間、目の前が暗くなった。
次に光が満ちてくる。目の前に上下が緑のグリッドとなっている暗い空間が映しだされた。コールマンの右上には「ID・JCA5」と表示されていた。身体は黒い仮面とスーツという狂師の姿となっていた。これがコールマンのジアドーアでのアバターである。
「さて・・・・・・」
コールマンはジアドーアの中で一歩踏み出した。コールマンはトイッターのアカウントに行くことを考えた。するとポップアップ画面が目の前に開いた。PCから非公開アカウント情報を呼び出してタイプ入力する。その瞬間、コールマンの身体が高速で移動した。目の前を上下にある緑のグリッドが高速で流れていく。
数秒すると暗い空間に浮遊する島とそこに聳え立つ巨大なビル群が見えてきた。ビル群は現実と同じ質感で島の地面もコンクリートの地面のように見える。しかし、島全体の大きさは現実だと富士山程もある。この島と巨大なビル群はトイッターのシステムを可視化したものだ。
ビルの前に頭はパソコンボーイのヘルメット、身体が銀色のスーツで覆われた人々が出入りしているのが見えた。これはパソコンボーイで接続した時のデフォルトアバター「ガクボーイ」だ。技術がある者はアバターも自在に変えることができる。
コールマンはさらに空中を飛翔してビルの窓から侵入、導かれるように非公開アカウントのある所へと向かっていく。その内に目の前に巨大なロッカールームが現れた。一つ一つのロッカーは人ひとりが入れるような大きさだがそれが無数に連なった空間だ。上下が高く深い為、天井も床も見えたない。その空間をさらに下に進むとあるロッカーの前でコールマンの身体が停止した。
ロッカーには「ママ友」と書かれていた。ロッカーは施錠されていて開かない。コールマンは腰から無数の鍵がリングにつけられた鍵束を取り出した。この鍵束も闇市で購入したプログラムであり、非公開アカウントぐらいなら難なく開ける代物である。
コールマンがロッカーに鍵束を近づけると鍵束がひとりでに動きだして高速で次々と鍵が鍵穴に入って解錠できるか確かめていった。
カチリ、鍵が開く音が聞こえるとロッカーがゆっくりと開いた。コールマンはさらに鍵束をロッカーの中に入れた。「ママ友」のアカウントに紐付く様々な情報が引き出されていく。その中から「ママ友」の端末への侵入路を探していく。しばらくすると再び、カチリ、と音がした。
コールマンの目の前に端末の持ち主に関する情報が次々に表示されていく。コールマンはニヤリと笑って呟いた。
「千輪商事に勤める緒竜ワリコ、あなたなのね」




