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ハチオウジギア  作者: ティーマン
シーズン1 Part1
7/9

07 エビル・レディ・スクリブルズ・オン・ピープル①

高取とコールマンによる任務。07~09まで続きます。





 立川南のファミリーレストラン「シミーズ」。


 大学生の椰子やしオチタは接客のバイトをしていた。オチタは注文のオニオングラタンスープをトレイに乗せ、席まで運んでいる。席に座るのは暗い顔をした髪の長い女性だ。


「お待たせしました。ご注文のオニオングラタンスープです」


「ありがとう」


 オチタはトレイからカップのスープをテーブルに置こうとしたが手元が狂いカップが傾いた。


 バチャと音がするとスープの中身がテーブルに溢れた。幸い女性にはかからずに済んだ。


「大変申し訳ございませんでした。お洋服は大丈夫ですか?」


「・・・・・・良いのよ。誰でもあることだから気にしないでちょうだい」


 オチタはすぐに布巾を持ち、テーブルを綺麗にした。


「替わりのスープを至急用意致します」


「わかりました。気にしないでね」


 女性は穏やかな笑みでオチタに話しかけた。大抵ミスをすると怒鳴られてばかりだったので女性の対応に安堵した。


「申し訳ございませんでした」


 オチタは頭を下げて再び厨房に戻った。この日は他に何もなく無事に時間が過ぎた。



 オチタは溜め息をつきながら、夜の立川駅南口を歩いていた。南口は治安が悪く恐怖を感じることも度々あった。それでもオチタは前から欲しかったギターを買うために給料の悪くないシミーズのバイトに通っていた。


 極彩色のネオンが溢れていた。派手なシャツのヤクザや一回三千円と書いたフリップを持つ虹色の髪の娼婦、ボロボロの服を着て寝ている髭面の男がいる。オチタは足早に通りを抜けると混雑する駅に入った。


『駅を綺麗にしよう! 犯罪無くそう! 駅は皆の心!』


 腰の高さのフシモリ製円筒形ドローンが音声を発して、雑踏の間を動きながら清掃している。オチタは邪魔そうに避けると改札を通った。壁面に二十三区の高級住宅街入居者募集という広告映像が壁に投影されていた。東京都は二十三区とハチオウジ市に分けられており、二十三区は治安の安定した富裕地帯となっている。


「はぁ・・・・・・」


 オチタは映像を見て憂鬱になり、溜め息を着きながらもホームへと下ると、上を見上げた。


 無線給電式の電車が普及し、線路自体に送電ユニットと誘導コイルが設置されている。その為、架線や支柱等遮るものがなくホーム屋根の上では巨大ビル群のネオンが煌々と輝いていた。


 やがて車体がホームに滑り込み、ブレーキの金属音ではなく空気を切り裂くような静かな減速音だけを残し、停止した。オチタはホームにいる疲れたサラリーマンの群れと共に電車に飲み込まれた。



 国立駅で電車を降り、暗い住宅街を進みながら将来について考えていた。帰ったらまた親と喧嘩になるだろう。オチタの父は二十三区内のまともな仕事に就けと言っているが、オチタはこんな世界なら、反対されてもやりたい音楽で生きていきたいと思っていた。今日こそはもっと思いを伝えて、駄目なら出ていく覚悟を持つんだ、と自分自身を鼓舞するように拳を握った。


 その時、ヒールの音が途切れ途切れに聞こえ、誰かが背後から駆け寄ってきていることが分かった。


「おい! こらガキ! バカガキ!」


 鼓膜に響くような女性の怒鳴り声が聞こえ、恐る恐る振り向いた。


「!?」


 そこには昼間のバイト先でスープを溢した女性が両手にカラースプレーを持って立っていた。


「良く聞けよ! 私の楽しいランチを邪魔しやがって! それとお前がスープを溢したせいで職場に戻るのが遅れて怒られたじゃない! どんな教育をしたらそんなガキが出来るんだか、こんなバカガキを持った親が可哀想だね」


 あまりの剣幕に恐怖で震えた。


「申し訳ございませんでした」


「申し訳ございません!? 私も優しいからね。このバカガキの愚かな所業にどういう対応が良いのか? トイッターでフォロワーにアンケートをとったの。一許して何もしない。二許せないからバカガキと書いて殺す」


「えっ!?」


「アンケートの結果を発表するわね。結果は・・・・・・」


 オチタは頭が混乱した。目の前の女が何を言っているのかわからない。ただ逃げないといけないことだけは本能的にわかった。オチタは前を向いて必死に走って叫んだ。


「誰かー! 助けてください!」


 暗い住宅街を叫びながら全速力で走っていた。オチタはかつて陸上部で短距離走をやっていて、全力で走れば追い付けないはずだと考えた。


 後ろからはまだ、ヒールで駆けてくる音が聞こえる。オチタは持てる力の限り必死に走った。恐怖と緊張で汗が吹き出てくる。通りをまっすぐ走り、後ろは振り向かずに角を曲がる、さらに角を曲がると家の平を乗り越え、庭に入り、植木をなぎ倒しながら走り抜けた。


 いつしか後ろからヒールの音は聞こえなくなっていた。前方に空き地が見え、敷地内には束になった鉄パイプの山が置かれていた。


 オチタは空き地に入るとすぐさま鉄パイプの山の後ろに隠れ、じっとしていた。オチタは鉄パイプの山から顔を出して様子を伺うが誰もいなかった。安堵で胸を撫で下ろした。バイトで絡まれることはあったがここまで恐怖を感じたのは初めてだった。ようやく落ちついてきたオチタは親に迎えにきてもらおうと携帯端末を取り出して家に電話をかけた。


『椰子です』


「お袋か? 俺だけどちょっと大変なことになって」


『大変なこと? あんたどうしたの?』


「バイトで変な女が客にきてさ、そいつにスープを溢したら今、襲われて、それがその女、トイートの投稿だかで俺のことを・・・・・・」


「!?」


 カツン、鉄パイプの上から小さな音が響いて、オチタは反射的に見上げた。


「ダメダメ」


 鉄パイプの上にはあの女が立っていた。鉄パイプの山はゆうに三メートルはある。それを大きな音も立てず登れるはずがない、オチタの恐怖で占められていた頭の中に超人という単語が浮かんだ。超常犯罪を起こしているのは超人だという話を聞いたことがあった。


「結果を伝えるわ・・・・・・残念。二許せないからバカガキと書いて殺すでした」


 女は両手のカラースプレーをオチタに向かって構えた。


「落書きぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 プシューーー! プシューーー! 激しい噴射音が谺する。次の瞬間、勢い良く噴射したスプレーがオチタの胸に直撃した。


「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 スプレーの噴射により胸が抉られ血が飛び散った。激しい痛みがオチタを襲う。さらにスプレーが胸を不規則に動く。動く度に血が吹き出した。オチタは痛みで意識が薄れてきた。


『オチタ! どうしたの!? オチタ』


 オチタの意識は途切れ、二度と戻らなかった。





 夜、しんと静まり返った国立区郊外にある二階建てアパート。一階の端、表札に「椰子」と書かれている。


『・・・・・・群馬県富岡市では依然として反政府組織ワンゴッドが占拠しており、住民達はその支配下に置かれています。群馬県警は民間軍事会社との連携作戦を行っておりますが、ワンゴッドも非合法な傭兵を雇い戦線は膠着している状況です。今後・・・・・・』


 テレビから流れる群馬の争乱は自分たちとは違う世界の話だ、憔悴した椰子カニエは乱暴にテレビを消した。カニエは夫のノキオと共にちゃぶ台を囲んでいた。


 カニエは震える手で茶碗を持ちながら、空虚な目で仏壇の遺影を見つめていた。隣に座るノキオも同じで、茶をすすろうとするが喉が詰まって飲み込めない。


「どうして、あの子が・・・・・・ただ真面目に働いていただけなのに。うちの子が死ななきゃならないの・・・・・・」


 カニエは振り絞るよう言った。ノキオも唇を噛み切るほどに強く噛み、目を伏せたまま拳を握りしめる。


 息子のオチタが殺されて二ヶ月が経った。オチタは胸に「バカガキ」とスプレーの塗料で彫られ失血したショックにより死亡した。ハチオウジ市警は捜査に乗り出すが胸を抉るほどのスプレーの塗料を噴射することは不可能であると見解を示した。また事件の優先度が低いこともあり捜査は実質打ち切られた。


「警察め・・・・・・他の事件が忙しくて、息子の捜査に力を入れすらしない。ふざけやがって! 警察が言うにはオチタと同じように殺された人もいるみたいじゃないか」


 無精髭を生やし血走った眼でノキオは捲し立てた。


「あなた・・・・・・どうしたら良いのこのままなの。ああ、私が早く、オチタのところに駆けつけたらこんなことにならなかったのかしら」


 カニエが涙ぐむ。


「それは俺も同じだ。あいつにギターを買ってやってたらこんな目にあわなかったかもしれないんだ。お前の話だとバイト先の変な客がどうとか言っていたがそいつがやったんだろ。くそ!!」


 ノキオが畳を殴る。


 ピンポーン、チャイムが鳴った。カニエが玄関に向かう。


「こんな夜に誰なの・・・・・・はい! どなたですか」


 インターホンに話しかけた。カメラには黒い帽子を被った小太りの男が映った。男はサングラスをかけ、白いマスクをつけていた。


『夜分に恐れ入ります。私は矢迷値というものです』


「何か用ですか?」


『息子さんの件でお役に立てると思ってお尋ねしました』


 カニエは座っているノキオに振り向いた。


「どうせ、俺たちが息子を失って弱っているところを嗅ぎ付けた宗教やなんかだ。追い返せ」


 ノキオが仏壇を見ながら怒鳴った。


「申し訳ございませんが・・・・・・」


 カニエは引き取って貰おうと断ろうとした。


『待ってください。あなたの息子さんはありえないスプレーの噴射で殺された。違いますか?』


「!?」


 カニエは不審に思った。詳しい死因は世間には公表されていない。ノキオも振り返る。


『息子さんは超常犯罪で殺されたんです。私たちはお役に立てます。お話だけでも聞かせてください』


 カニエはノキオを見る。ノキオが頷く。


「どうぞ」


 カニエがドアを開けた。


「失礼します」


 矢迷値を家に入れるとカニエは奥の茶の間に案内した。矢迷値がノキオと向き合う形で座るのを確かめるとカニエはお茶を準備した、その間、誰も話をせず沈黙が流れた。カニエはそれぞれの前にお茶を置くとノキオの横に座った。


「で、息子の事件についてお役に立てるというのはどういうことです? なんで息子の死因を知っている?」


 血走った目でノキオが問いかけると矢迷値は咳払いをした。


「私たちには色々とコネクションがあって、警察の情報も得られるんですよ。息子さんを殺したのは超人という存在です」


「超人!? 何を言っているんだ?」


「簡単に言うと人間の生命力である気を自由に使えるものです」


「ふざけるな! バカな妄想なんて聞きたくない! 出ていけ!」ノキオが机を叩いた。


「あなた!」


 矢迷値はなだめるように手をあげた。


「まぁ待ってください。今、証拠を見せます。失礼します」


 矢迷値は右手をあげ、手を開いた。


「はあっ!」


 カニエは矢迷値が叫ぶと同時に彼の右手を光の膜が覆うのを見た。


「!?」


 カニエはノキオと共に息を飲んで見守った。矢迷値は光っている右の手の平をちゃぶ台にそっと置く。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 気合いを込めると、ボォンという音とともにちゃぶ台が右の手の平の形に穴が空いた。


「ひっ!?」


 カニエは引きつった声を出した。目の前で起きた事が信じられずただ、見つめるだけだった。


「私も超人です。息子さんを殺した者もこのような力で死に追いやったんですよ」


「あ・・・・・信じられない・・・・・・こんな」


「すみません。ちゃぶ台は後で弁償します」


 カニエは何も言えずに穴を凝視していると、ノキオの咳払いが聞こえ、振り向くと、彼は怯えた眼差しで矢迷値を見た。


「ま・・・・・・まぁ、こんなことができるとしてあなたは私たちの何に役立つんですか?」


 矢迷値はサングラスのズレを直してこちらを見据えた。


「私たちなら、お二人に代わり息子さんを殺した犯人に罰を与えられます」


「つまり・・・・・・?」


 矢迷値は表情を変えずに見ている。


「犯人を探しだして、殺します。ただし、無料ではできません。相手の命を奪うことに覚悟を持って頂く為、お代はもらいます」


 カニエはノキオとお互いに顔を見合わせたまま、沈黙が続く。矢迷値は手形の横に置かれたお茶を飲む。


 沈黙が続くとノキオが深く息を吐き、目を血走らせて指先が震えながらも、茶碗を握りしめた。


「・・・・・・本当に犯人を見つけて・・・・・・殺すことができるんですか?」


 ノキオの震える声に、カニエも頷いた。オチタを殺した犯人は通常では考えられない力を持っている。目の前にいるこの矢迷値も同じだ。普段ならただの都市伝説やトリックと思い気にしないだろう。だが、オチタを殺されたのは事実だ。警察にも、誰にも頼れない状況でこの得体が知れない男だけが唯一の救いに思えた。


「私と同じ超人の仲間と共に確実に仕留めます。犯人が特定できていれば五十万円。特定できていなければ探索しなければならないので一〇〇万円で請け負います。半金を先に頂き、残りは成功報酬として支払って頂きます。もちろん、ありえませんが成功できなければお代はお返しします」


 カニエはノキオと顔を見合わせた。どうやら同じ気持ちのようだ。


「俺たちが裁けないなら、裁いてもらうしかない。あの子の無念を・・・・・・生きている俺たちが晴らしてやらなきゃ・・・・・・」


 カニエは目を伏せ、涙をこらえながら小さくうなずく。


「お願いします」


 カニエはノキオと共に頭を下げた。この瞬間、息子の死に対する怒りと哀しみが、静かに、確実に行動に変わった。



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