06 ビカム・ア・狂師③
狂師としての初仕事です。04~06まで続きます。
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ハチオウジモノレール沿いのトンネルの中に赤いスポーツカーがスピードを上げて走ってきた。スポーツカーのライトがトンネルを照らす。高取はその光景を見つめながら悠然と道路の真ん中へと進んだ。黒い仮面越しに真っ直ぐライトの光が射す。スポーツカーを運転している多木が驚くような顔をするのが見えた。
キィィィィィィー! 急ブレーキの音がトンネルの中に響き、高取の目の前で車が停車した。多木がドアを開けると怒りに顔を歪めながら、外に飛び出してきた。
「なんだてめぇー! 殺すぞ!」
多木が高取に向かって殺意を漲らせて近いてきた。
「その言葉は全て、あなたにお返しします。ミスター多木」
多木が目を見開いて立ち止まった。
「なんだ・・・・・・なぜ俺の名を」
「あなたが女子大生を拉致監禁した事、釜飯タクオを殺した事を知るものです」
「・・・・・・俺を調べた探偵か何かか? そんな格好してハハハ、正義のヒーローを気取って俺から奪い返そうってのか?」
「正義ですか? そんなものがあればあなたはとっくにこの世にいませんよ。あなたの犯した罪に正義が手を下さないから、この狂った私が手を下すんです」
「罪? 罪だって? 何の罪を犯した? 罪は俺以外の全ての奴だ。今の俺はなー守られてるんだ。俺は無罪だハハハハハハハハハハハ!」
高取は多木を睨み据えると両肩がピクピクと上下に動いた。
「ミスター多木、人を馬鹿にしたものはいつか・・・・・・しっぺ返しをくらう!!」
高取は大きく息を吸い込み、肩をあげると力強く落とした。ジャキィン! ジャキィン! 両腕のアームカバーから二対の刃が突き出した。
「!? お前も超人か? 面白い、惨めに殺してやるよ!」
多木は構えをとると全身を光らせた。目に殺意を宿し、高取に向かって走り出す。合わせるように高取も走り出した。
「マイペット!」
叫びと共に多木が強く光った。光が一瞬で消えると両手首に金属のような手錠がはめられていた。ダランと長い鎖が垂れさがり地面にもう一方の輪が落ちた。走るのに合わせて長い鎖が引きずられた。次の瞬間、両手首から伸びる手錠の輪が双頭の蛇のように高取に飛びかかった。
「くっ!?」
とっさに高取が刃でかばう。ギィン! 音を響かせ刃が手錠を弾く。だが、もう一つの手錠が横から高取に襲いかかった。
「ぐわぁ!?」
高取のこめかみに手錠が直撃。吹きとばされコンクリートの柱に叩きつけられた。
「うぐっ!!」
すかさず、多木が近づく。鎖の長い手錠を器用に操ると左右から高取を打ち据える。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
バシン! バシン! 重い打撃音を響かせ、胸と腹を手錠の連打が襲う。仮面の中で高取が血を吐く。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
さらに腕、足と手錠の連打が続く。
「ハハハハハハ! どうした! ご主人様と呼んでみろ!」
胸、腹、腕、足に間髪入れずに手錠が打ち据え続ける。高取は攻撃の痛みに耐えながら、目が多木のスピードに慣れてきた。多木が右の手錠をぶつけた後、左の手錠を振りかぶる瞬間に右の手錠も離れた。それを見逃さず両腕の刃を構える。
ギィーーン! 金属同士の打撃音がして、両腕を開き刃で手錠を弾き返した。
「こいつ!」
多木は苛立ち、さらに手錠を繰り出す。高取は正確に刃で弾き返す。金属同士の打撃音がテンポ良く繰り返した。
「ハァァァァァ」高取が叫ぶ。
「ひぃありゃぁぁぁぁ!」多木も奇声を発する。
ギィン! ギィン! ギィン! 刃と手錠の打ち合いがはじまる。打ち合いながら、高取が多木のもとに駆け寄った。距離を近づけないように多木は斜めに駆けていきながら、手錠を繰り出した。ギィン! 高取は左の刃で左右の手錠を受け止める。そこから手錠を受け流して前に踏み込む。素早く右の刃で突きかかった。
「ぐ!?」
身を引く多木の胸に刃が浅く突きさる。刃はすぐに抜けたが、その勢いでガードレールに背中から激突。多木の胸から血が滲んだ。
「奴隷の分際で!」
高取はさらに一歩踏み込む。多木は素早く手錠を投げ、ギャルルルル! という音を響かせながら鎖が右の刃に巻き付いた。
「チッ! やってくれますね」
鎖を振りほどこうとするが絡まっていく。多木が鎖を引き付けた。
「!?」
高取が引き寄せられ、多木の足元に倒れ伏した。ゴリッ! 多木の足が高取の頭を踏みつける。
「俺の領域に入ったな」
多木は両手の手錠を解除し消すと、頭を踏みつけたまま右手を高取にかざした。
「監禁!!!」
「ぐっ!?」
多木の叫びに応じて、高取を覆うように光る立方体が現れると徐々に格子状に変化した。多木はもう十分と思ったのか、足をどけると高取は倒れたまま四角い鉄格子に全身を覆われた。
「なんです!?」
さらに多木が手を上にあげると鉄格子が宙に浮き、倒れていた高取が直立の形となった。
「お前、どこの組織だ?」
「はぁっ!!」
多木が尋ねるのを無視し、高取が刃で斬りつける。
「!?」
鋭い金属音がして刃が鉄格子に弾かれた。
「はぁぁぁ!」
さらに刃で斬り裂こうとするが歯がたたない。
「こっちが優しく聞いているのに反抗するか。いいよ。お仕置きだ」
四角い空間が徐々に狭まり、高取の身体を鉄格子が圧迫する。
「ぐぅぅぅぅ」
「もう一度言うぞ。お前はどこの組織だ?」
「あなたを・・・・・・裁く」
「答えてないな。もっとお仕置きだ」
ギリリリ! 軋む音が響く。さらに鉄格子が高取を閉めつける。仮面が頭を守ってくれているが体は鉄格子の圧力を受け続けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
高取は痛みに声をあげる。
「ハハハハハハハ! さっきまでの威勢はどこいった?」
◆
トンネルの上で黒い仮面を被った米山はコールマンと共に待機しながら、高取のやりとりを聞いていた。米山は不安が的中して思わず舌打ちをした。隣のコールマンから殺気が吹き出すのを感じた。
「このままだと高取はやられるわ。私が助けにいく」
「俺も行こう」
米山はコールマンと共に駆け出した。トンネルの坂を下ろうとした時に後藤から通信が入った。
『二人とも待て! 高取に対処させろ』
「後藤さん!? でも、このままやられたら彼、死ぬわよ」
コールマンが怒鳴った。米山も頷く。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ』
高取の悲鳴が鳴り響いた。米山は拳を握りしめた。高取とは短い付き合いだが仲間を失うのはもう耐えられない。コールマンも同じように思っているのだろう、肩を震わせていた。
『高取、聞こえるか? イメージだ。鉄格子に潰される前にできることはお前の作り出したしっぺ返しが鉄格子を切り裂く、このイメージを持つんだ』
『がぁぁ、イメージ・・・・・・ぐぅぅ』
やりとりを聞いた米山とコールマンはその場に踏みとどまった。米山は高取の声からまだいけると確信した。コールマンも同じことを感じたのか米山を振り向いた。
◆
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ミシミシミシ! 高取を鉄格子が締め上げる。
「死んじゃうぞ? ハハハハハハハ」
高取は血を吐きながら仮面越しに多木を睨む。イメージ、鉄格子を切り裂くイメージ、高取は必死にイメージを高めるが鉄格子はさらに身体に食い込んでいった。全身の骨が軋んでいる。
「もういいや、しゃべらないなら潰す、死ね」
高取は薄れていく意識の中で思いが駆け巡った。こんなところで死ぬ、こんな奴に殺される、冗談じゃない、やらなければならないことがある、高取の脳裏にカヨコの笑顔が映し出された。ドクン! 高取の中の憎悪の芽が膨れ上がった瞬間、頭の中にイメージが広がった。
ブゥゥゥゥゥン! 両腕の刃を光が覆った。
「なんだよ!?」
多木が首をかしげる。光る刃がさらに輝いた。そして、両腕を広げると刃が鉄格子に食い込んでいく。イメージが鉄格子を断つ強い意志となった。
「断ちな!!」
叫びと共に力を込めると光る刃が鉄格子を切断した。自由になった光る刃でさらに斬りつける。
ガシャーーン! ガラスの割れるような音がすると光る刃が鉄格子をバラバラに切り裂いた。破片を纏い、高取は地面に降り立つ。
「えっ」
驚く多木を意に介さずに目の前に走り、瞬時に距離を詰める。高取は右の拳を握りしめ、光る刃による渾身のボディーブローを繰り出した。
ジャキィィィィィィィィン!
「うぐぅっ!!」
多木の腹を光る刃が貫通した。背中から血が吹き出すと多木は喉が潰れたような声をあげた。同時に口からも血が溢れ、血飛沫が高取の仮面にかかる。
「やめて・・・・・・俺が・・・・・・悪かった。罪は償うから」
「・・・・・・」
「警察にでも何でも行く・・・・・・罪を償うから・・・・・・命だけは・・・・・・助けて・・・・・・うぐっ」
ズゥン・・・・・・高取は刃を引き抜いた。多木はガードレールに背を預けるように倒れた。腹を手で押さえているが血が止まらない。
「きゅ・・・・・・救急車を呼んで」
血のついた仮面越しに高取は冷酷に多木を見下ろした。
「は・・・・・・やく・・・・・・呼べって。俺は悪くないんだ・・・・・・もとはといえば俺をいじめた学生時代の奴らのせいだ・・・・・・」
「・・・・・・違います・・・・・・あなた自身が招いた結末です」
高取は刃を振りかぶる。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁやめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ザァン! 鋭い音を立てて刃が一閃した。多木の首と肉片が血と共に宙に舞う。高取の仮面に再び血飛沫がかかった。ゴロンと音を立てて首が転がっていく。首の切断面からはとめどなく血が溢れだした。
高取はそのまま、その場で茫然としていると身体が震えだした。震える腕を持ち上げると血に塗れた刃が見えた。刃を伝って血の雫が地面に落ちる。
高取は初めて人を殺した。多木はどうしようもない犯罪者であるがそれでも人は人である。これでもう後戻りできないことを今更ながら実感した。この手を血に染め続けて力をつけて必ずカヨコの仇を討つしかないのだ。もし、自らの行為が間違っているのなら罰はその後にいくらでも受ければ良い。
高取は拳を強く握りしめた。視界がぼやけてきて、涙がとめどなく溢れでてくる。高取の中で憎悪、悲しみ、後悔、様々な感情が爆発した。
「うぐっ、ぐっ、ハハハハハハ、ぐっ、ハハハハハハハハハハハハ!」
いつしか高取は大声をあげて笑っていた。仮面の中では涙を流しながらも笑い続けた。
『高取、大丈夫か?』
「ハハ・・・・・・ぐっ・・・・・・ぐ」
『高取!』
「!?」
後藤から通信が入ると高取は我に返った。
「後藤さん・・・・・・」
『最後の仕事だ。多木に捕らえられている女性を解放して家に返せ。警察や多木の親の圧力でどうにかなる前にやる必要がある。圧力がかかる前にマスコミには情報屋の五次安を通じて多木の情報を流し、信用できる警察にも伝えおく』
「・・・・・・わかりました」
高取は呟くと歩みを進めた。少し歩くと足を止めて、多木の死体を振り返った。首だけの多木が光のない眼差しで高取を見つめている。高取は振り切るように前を向いて歩きだした。
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マモヨはボロボロの服と下着だけの半裸のままで倒れていた。他の二人の話ではマモヨは死んだ子の代わりだという。そんなこともあり二人は諦めて死を覚悟していた。
マモヨは多木にされたことを思うと自らを汚らわしいものに思えて消えたかった。同時にこのまま、帰れずに惨めに衰弱して死ぬことが怖かった。このまま、死んだら何の為に生きていたのだろうか、マモヨの目から涙が伝った。
ドォォォォォォォォォォォォォォォン
突如、入口のドアが衝撃で壊された。マモヨは驚いて埃が舞う入口を見つめた。
黒い影が破壊された入口に立っていた。逆光で影の姿ははっきりしないが仮面を被った男のように見える。顔の部分がV字に赤く光っていた。視線が下に移ると腕のアームカバーから二対の刃が突き出していて、血が滴っている。
「キャァァァァァァァァァァァァ」
マモヨは恐怖で絶叫した。捕らわれた二人も同じように悲鳴をあげた。
「あなた達を拘束していた多木は死にました」
仮面の男が加工された声で語りかけた。マモヨはとっさのことに理解できずにいた。仮面の男は素早く室内に入ると暗闇の中で金属音と共に火花が散った。二人に繋がれた鎖を次々と切断している。仮面の男はマモヨに近寄ると鎖を切断した。そして、再び、入口に姿を消すと毛布を抱えて入ってきた。仮面の男はマモヨと二人の女性に毛布を手渡す。マモヨは毛布で半裸の身体を包んだ。
「あなた達は自由です」
仮面の男はそう言うと部屋を出ていった。マモヨは入り口の光を見つめた。マモヨは二人の女性と共に抱きあうと自然と涙が出てきた。
マモヨは生きて外に出られることを喜んでいた。マモヨ自身の問題は解決されずにより酷くなっている、それでも絶望の中でも救いがあると思えたことが小さな希望となった。




