05 ビカム・ア・狂師②
狂師としての初仕事です。04~06まで続きます。
◆
八王子区と日野区の境目にある中王大学。門をでた水田マモヨが肩を落として、坂を下っている。マモヨは彼氏に振られて鬱屈としていた。
憧れの先輩である斉木キオタとようやくつき合えたと思っていたマモヨは幸せの絶頂だった。だが、斉木はことあるごとにマモヨに金を無心してきた。斉木の親が病気で金が必要だというのだ。斉木の為だと思って闇金で数十万円の借金をして斉木に尽くした。じょじょに学生のマモヨには家賃、食費、光熱費が圧迫してきて生活が苦しくなっていた。ついにはもう金を渡すことができないと言うと突然、斉木の態度が豹変してマモヨを殴りつけ、出て行った。マモヨは後から斉木が複数の女性とつき合って金を巻き上げていたことを知った。さらにはマモヨが借りた闇金の取り立てが家に連日のように訪れていた。
何の為に斉木に尽くしたのか、マモヨは絶望で生きる希望を失っていた。気が塞いだまま、マモヨは暗い夜道を下を向いて歩いていた。
「やぁ! 中王大の子? 可愛いね!」
声がするので彼女は前をむくと電柱の暗がりに青いジャージの男がいた。茶髪のロン毛をかきあげると、額に手をあてた。
「・・・・・・」
無視して横を通りすぎた。
「無視かい・・・・・・駄目だよ。水田マモヨ。俺の奴隷を作るんだから」
と呟き、両手を翳した。
「監禁!」
その言葉と共にマモヨの周囲に突如、光が覆って格子状の四角い空間が現れて閉じ込められた。
「何!? 何なの!? やめてぇぇぇ!!」
叫ぶのを見て青いジャージの男は笑う。
「やめなーい! ハハハ君を監禁して連れ帰るからね!」
格子状の空間が宙に浮き、信じられない光景にマモヨは混乱する。
「キャアアアアアアアア!」
「ハハハハハハハハハハハハ! さあ、来るんだよ!」
マモヨは格子が狭まり身体に食い込んでいくと痛みで意識を失った。
どれくらいの時間が過ぎたのだろうかマモヨは目を醒ました。目の前にコンクリートの地面が見える。
「ここはどこ?」
呟くと辺りを見渡し、悲鳴を押さえた。薄暗い空間に二人のボロボロな服を着た若い女性が首輪をして倒れていた。息はあるようだが二人は衰弱しているように見える。マモヨは思わず二人に勢い良く駆け寄ろうとした。
「!?」
マモヨは首を引っ張られ、後ろ向きに倒れた。首もとに手をやると首輪が食い込んでいるのがわかった。さらに服は引き千切られ、下着もやぶれて半裸になっていた。下腹部に生暖かい感触を感じて思わず涙が溢れる。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
暗い空間に悲鳴が響き渡った。
◆
悲鳴をあげたマモヨの姿がモニターに映る。その光景を多木はソファーくつろぎながら、満足そうに微笑んだ。多木は自らに逆らう女はもういない、全て女は奴隷だという全能感に酔いしれていた。
多木は裕福な家庭に生まれ、親からも溺愛されて育った。だが、そのことでいじめに逢いずっと悩んできた。大学に入り優しくしてくれた釜飯トウゲに一目惚れする。そして、勇気を振り絞り告白するがトウゲは振り向かなかった。何としても手に入れる為に執着するがそれでも振りきり逃げた。
その怒りをきっかけにある日、多木は超人に目覚めた。すでに結婚していたトウゲの前に現れてタクオを殺し、トウゲを手に入れようとしたが警察に見られて逃亡。両親は伝手を使い、自宅警備員に入れることで多木を捜査の手から守った。
自宅警備員に入った多木は超人の能力を認められて活躍。しかし、トウゲには手を出さないように上層部から指示され、心に鬱屈を抱えていた。そこで多木はトウゲの代わりに気に入った女性を自らの支配下に置いて満足感を得ようとした。今回も捕らえた女性が一人死んだ為の補充である。
「さて、俺の新しい奴隷をもう一度可愛がるか」
あえて言葉にだして笑みを浮かべながら、地下室に向かった。
◆
豪邸の表札には多木と書かれていた。その豪邸の向かいにワゴン車がとまっていた。車体には「スペシャル清掃」とペイントされている。
「クズめ」
ワゴン車の運転席で米山スドウが吐き捨てるように呟いた。米山は多木をどのタイミングで始末するかを決める為に動向を監視していた。その際に多木が女子学生を拘束し拉致する瞬間を目撃した。
もともと多木の動向を監視する中で中王大学、明性大学の女子学生が帰宅途中に行方不明になる事件が頻発していることが周囲の話から判明していた。ハチオウジでは良くあることだが、今回の行動からその一部は多木の犯行の可能性がある。
「時間がないな」
米山は拉致された女子学生のことを考えて焦るような気持ちになった。だが、女子学生を拉致したことで多木の不可解な行動パターンに説明がついた。多木は気に入る獲物を手に入れる為に巡回していたのだ。皮肉なことにこれで多木の襲撃ポイントの選定がやりやすくなった。
多木の能力も実際に目にすることができたがさすがは自宅警備員だけあり、プロの能力者として実力はあるようだ。米山は高取に多木が始末できるのか? 一抹の不安が過るが高取が敗れたとしても多木なら自分かコールマンならば始末できる。
「腕の見せ所だな、高取コウジ」
そう言って米山は缶コーヒーを飲んだ。
◆
日野区多摩平にある雑木林を高取は走っていた。すでに午後八時をまわり、辺りは漆黒の闇に包まれている。明かりを持たずとも超人の能力によりある程度は周囲を見ることができた。木々にぶつからずに通り抜けることで瞬発力の感覚を養っている。これも後藤から課せられた能力向上の一環であった。
高取は悲劇を思い起こし、怒りと憎しみを高める。一本の木に目をつけると両腕を曲げて脇をしめた。
「しっぺ返し」
ジャキィン! ジャキィン!
アームカバーから二対の刃が突き出て、両腕を振りかぶった。
「ハァァァァァ!」
刃で斬撃を繰り出し続けた。汗が飛び散る。同じ部位に斬撃を繰り返すことで木に裂け目ができる。
次の瞬間、ベキィベキィッ! 激しい音と共に木が二つに分かれた。木が倒れかかるところにさらに斬撃を加える。
「ハァァァァァ!」
力を込めた、高取の刃が素早く、何度も斬りつける。
地面に着く前の木がさらに三つ、四つと分かれ地面に落ちた。高取は上がった息を整えている。
「後藤さんも厳しいことを言う・・・・・・」
後藤からは倒れた木をさらに細切れにしろという修行を課せられていた。まだまだではあるが着実に力をコントロール出来ているという実感はあった。
修練を終えた高取は豊田駅に繰り出し、駅の近くにある「鳥平民」という居酒屋へ向かった。酒、食べ物ともにリーズナブルであり、学生やサラリーマンに人気の居酒屋である。
地下にある店に入ろうとすると短髪で白いスーツを着た男が急いで駆け上がり、ぶつかりそうになった。
「失礼」
短髪の男が言うのへ、高取は睨み付けた。走っていく男を目で追いながら店へと続く階段を下りた。カウンターに着くとメニューも見ずに店員を呼ぶ。
「生ビールとピリ辛きゅうり、ももと皮を塩でください」
注文を待つ間、高取は携帯端末を取りだし、過去の写真を見返した。高取とカヨコ、同僚の田島リキの家族でバーベキューに行った時の写真があった。
あの時、カヨコが田島の二人の娘を見て、子どもが欲しいと言っていたことを思い出した。それに対して田島は子育ては大変だとぼやいてたが、彼がしっかり親バカをしていて、カヨコと共に笑いあった。
田島は高取の同僚にして友人でもあり、結婚式でも彼は大泣きして祝福してくれた。カヨコとの出会いを作ってくれた田島には感謝をしていた。だからこそ高取は狂師の道を進むと決めた時に田島を巻き込まないように距離を置くようにしていた。
「お待たせしました」
店員が注文した生ビールと食べ物をカウンターに置いた。高取は生ビールのジョッキを掴むとゴクゴクと飲んで喉を潤した。きゅうりを食べ、さらに携帯端末の写真を見続ける。
カヨコと新婚旅行で行った伊東の写真がでてきた。花火の前で自撮りをしている中年の女が写っている。高取は思いだして笑った、たしか、女は伊東の花火大会で沿道で皆が座って見ているのに、一人沿道に立ち自撮りしようとしていた。だが、花火とタイミングがあわずにうまく自撮りができず焦っていた。それを見て二人して笑ったという他愛ない出来事だった。
高取は蘇った思い出に涙がこみあげた。手で拭って、ビールを一気に飲み干した。店員を見つけて手をあげると店員が近づいた。
「すみません。芋焼酎のソーダ割りをください」
高取はもうあの頃には、過去には戻れないと理解していた。そして、復讐を成し遂げることしか道はないことも。
■
BARヤギの奥にある部屋。この部屋は狂師の作戦会議室として使われていた。部屋には応接セット、作業台、PCや各資料、武器や防具等の装備が収納されたクローゼットが設置されている。
作業台の上には黒い仮面が置かれていた。仮面の中央には矢じりのように鋭いV字型の赤いシールドが嵌められている。その横には黒いレザーの上下そして、黒いアームカバーがあった。
作業台を囲むように高取と後藤、コールマン、米山が立っていた。
「お前が狂師として戦う為に用意した装備だ。黒い上下は見た目は薄いが防刃、防弾、防火機能を持っている。仮面も同様だがより強度を持ち、通信装置や戦闘補助としても役立つ。このアームカバーだがお前のしっぺ返しはアームカバーがあることで能力が向上することがわかった、アームカバーもスーツと同じ材質だ」
高取に向けて後藤が説明した。
「後藤さん、こんな装備をどこで?」
「私には伝手が色々あるといっただろ。その一つからだ。だが、これを着ているからといって安心するな。任務の遂行と命の保証は結局、自分自身の能力にかかっている。米山、頼む」
「いいですか?」
米山が言うと壁にプロジェクターの映像が映しだされた。八王子区舟木町周辺の地図である。
「ここ最近の多木は護衛の仕事とドライブ、若い女性を拉致したことぐらいだ。そこからわかったことは火曜日は確実に会社から拉致する女性を物色する為に中王大学の辺りをドライブしているよ」
「拉致ですか?」
高取が嫌悪の表情を浮かべ訊ねた。
「そうだ、トウゲさんも本来だったら捕らえられていたんだろうね。とにかく、多木の行動はわかった。この中王大学周辺で人目につかないポイントで実行するべきだと思う」
そう言うとプロジェクターに接続したPCを操作した。地図の一ヶ所に光点がついた。
「中王大学と明性大学の間にあるハチオウジモノレール沿いのトンネルだ」
「良し、米山の言うポイントで襲撃する。コールマンと米山はバックアップで付近に待機して指示を待て。高取、できるな?」
後藤が高取に問いかける。コールマン達も高取方へ視線を向ける。
「ええ、問題ありません」
■
ハチオウジモノレールのコンクリート線路。その高架下にある道路を黒いワゴン車が走っている。高幡不動駅、程久保駅と通りすぎた。タマ動物公園駅の近くまでくると脇道に入り停車した。
ワゴン車の運転席では後藤がインカムを調整している。後部座席では高取、コールマン、米山が特殊スーツに着替えていた。
高取は腹から胸へとジッパーを引き上げた。グローブをはめて、ブーツを履き、ベルトを調整、さらに黒いアームカバーを装着する。ギュッ、確認するようにアームカバーの袖を握る。そして、黒い仮面を被った。黒い仮面の視界にあたるシールドはコールマンは紫色のハート型、米山は緑色の凸型、高取は赤色のV字と夫々差別化されていた。
コールマンの話しでは後藤は常に側面支援に徹しているという。以前は政府機関の凄腕超人エージェントとして活躍していたというが度重なる戦いにより身体がボロボロになり短時間の戦闘が限界のようだ。それでも高取に稽古をつける時、あれだけの力を出せるならば全盛期はどれだけの力を持っていたのだろうか。
「多木を仕留められるか?」
横から米山が問いかけた。凸型のシールドが無機質に高取を見つめた。
「当然です。そうでなければカヨコの仇を取ることすらできないですからね、それに多木の行為は許されない」
「そう念じておくんだ。これからお前が手にかける男はクズだが、人殺しは人殺しだからな」
米山の言葉が高取の心に響いた。初めて人を殺す、この重みを乗り越えなければカヨコの仇を討つことができない。だが、同時に今まで教師として自らにも生徒にも倫理を説いていた自分自身も殺すことになる。高取は改めて後戻りできないという決意を固めた。
「まー、そんなに固くなるなよ、俺たちがサポートしてんだ。終わったら俺がマッサージしてやるよ」
「結構です」
「そういうなよ、高取、俺の腕は並み大抵じゃないぜ。俺のマッサージで何度も男と女を快楽で悶絶させてきた」
「米山さんはたしかマッサージ店をやっていたんでしたね。もしかして、いかがわしい店とかですか?」
高取が米山に仮面の中から軽蔑の眼差しを向けた。米山も雰囲気で気づいたのか慌てて首を振る。
「ふざけんな、俺の店はまっとうで普通のマッサージ店だ。普通の施術をしていても勝手に絶頂を迎えてしまうんだよ。ま、そのおかげでそこそこ儲かっているけどな」
「米山、あんまり彼をからかわないで」
「良いじゃないないか、こいつも気持ちよくなりたいかもしれないじゃないか」
「興味ありませんよ」
「興味ないわけないだろ、まぁ、いつか体験させてやるよ」
米山はそう言って笑った。高取も鼻で笑いながらも、緊張が少しほぐれていることに気づいた。
暫くすると車が停車した。ギーッ、音を立てて後部ドアが開いた。外はすっかり暗くなっていて街灯に照らされた雑木林が見える。コールマン、米山が無言で立ち上がって外に降り立った。高取はゆっくりと腰を上げて、後部ドアから外に降りた。コールマンと米山が立っていることで暗い中にぼんやりと紫色のハートと緑色の凸が浮かんでいるように見えた。高取は振り返って車体に映る血のように赤いV字の光を見つめていた。
『準備は良いか?』
後藤の声が仮面の中から聞こえ、高取は頷いた。
『うむ・・・・・・頼んだぞ』
高取はその言葉と共に一歩踏み出した。コールマンと米山も後に続くとアスファルトに三人の靴音が反響した。いつの間にか高取はコールマン、米山と横一列になると闇の中へと進んでいった。




