魔境不忍池!
東京上野にある不忍池では今日もいろんな人を見かける。
「スカイツリーがきれいやなあ」
不忍池からは、スカイツリーの先端を見ることができる。
「曇り空やからねえ。」
見た目が70代くらいのおじいさんに話しかけられた。
私は池の目の前のベンチに座っていた。
たしかに曇り空で、スカイツリーはいくぶんか風景に溶け込んでいた。
「このあたりに用事があってねえ。」
「隣座ってもいい?」
おじいさんが矢継ぎ早に話しかけてくる。
あまりよくはなかったが、むげにするのも悪い気がして「どうぞ」と返事をした。
「ありがとうね。」
そう言って、私の左隣に腰かけた。
「今日休みなの?」
「まあ、そんな感じです。」
「いつも今週休み?シフト制なの?」
「そうですね。」
私は詮索されたくなくて、適当に答えた。
「医療関係かな?」
急に突っ込んだことを聞かれて驚いた。私は医療関係者だったことがある。二重で驚いた。
「看護師さん?」
それは偏見だろうとようやく気付いた。仕事がシフト制で夕方に上野でふらふらしている人は、看護師だろうという偏見。そう思う自分も、だいぶ偏見なのだが。
「色白いねえ。おじいさんの手と比べてごらん。」
おじいさんが、ゆっくりと私の手を握った。
これだから不忍池は。
しかし、おじいさんだから、勢いよく手を振り払うわけにもいかず、そのままじっと耐えた。
おじいさんは間違えなく「常連」だ。
タイミングを見て、手を引っ込める。
「そろそろ行きますね。」
おじいさんに後をつけられていないか気にしながら、私は不忍池をあとにした。
「私」は誰かって?私は48歳のダジャレ好きな専業主夫で、「熟練ナンパ師」専門相手だ。
こうして、いつも不忍池のベンチで熟練ナンパ師を心待ちにしているのだ。
なんのために?
こういった、熟練ナンパ師の最後の相手となるためだ。
相手は熟練なのだから、その相手である私はもっと熟練でなければならないのだ。
こういった秘密は、不忍池を盛り上げることになるだろう。
不忍池はいつでもあなたを待っている。