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2.3

 フロイデは外のコンテナに、小さなキューブ状に圧縮成形された生ゴミを詰め込んでいる最中だった。


 フロイデはフォークリフトから降りると、ユウ達の下へ駆け寄った。


「お、お疲れ様です、先輩・・・」


 ユウは目線を逸らせつつ、辺りを見渡した。

 目に入ったのは、整頓された梱包資材や手持ち無沙汰な運搬機械、そしてフォークリフト脇に積みあがったコンテナ群だけで、他には誰もいなかった。


 誰を見つけたんだ・・・?


 コンテナ群の中には明らかに梱包途中の物もあり、ぎっしりと詰め込まれた生ゴミキューブがこちらに顔を覗かせていた。


「今日は夜勤か?自分の仕事はどうしたんだ?」

「いや、ちょっと手伝いと言いますか、案内と言いますか・・・」

「こんにちわ。私、こういうものです」


 2人の間に割って入ったディスは、カード型の小さなディスプレイを取り出した。

 画面中央にQRコードが表示されているそれは、電子名刺であった。


 フロイデは儀礼的に感謝の言葉を述べてから、それを受け取った。

 すると、たちまち眼内端末がQRを読み込み、開かれたウィンドウにはルプスのホームページが映し出された。


「は~学生なのに会社経営してんのか。今時の若者はすごいんだなぁ・・・」

「いえいえ、それほどでも~」

「俺は廃棄部署所属のフロイデだ。名刺が無いのは勘弁してくれ」


 ざっくりとホームページを斜め読みしたフロイデは電子名刺をディスに返した。

 彼女は明るい笑顔で感謝の言葉を述べると、それを大事そうに懐にしまい込んだ。


「それで、通知は来てなかったと思うんだが、俺に何か用か?」

「はい。実はですね─────────」


 ディスが問題と依頼内容について一通り説明をしている間も、ユウは辺りを見回し続け、徐々にその表情には戸惑いが滲み始めていた。


「ウィールが解決しない問題なんてあるんだなぁ・・・長生きしてみるもんだ」

「完全無欠のシステムみたいに見えますけど、ウィールだって元を辿れば、人が作ったものですからね。綻びはありますよ」


 会話を続けるディスの後ろで、ユウは未だに現実を直視できずにいた。


 そんなはずがない!

 何十年も勤務してきた人が、突然、盗みなんてそんな・・・ましてや、生ゴミだぞ!?

 全く意味が分からない!


「それにしても、生ゴミが集まる場所なのにあんまり臭くないですね!何かされてるんですか?」

「ああ、それはこいつのおかげさ」


 フロイデが胸ポケットから取り出したのは、白く小さい楕円体状のものだった。


「これを生ゴミと一緒に、中にある機械で混ぜてやれば、あら不思議!完全無臭!ウィールが開発した工業用の最強脱臭剤さ」

「あ~!だから、臭くないんですね!」

「各作業場でも粉にして振りかけてるから、悪臭に悩まされる事無く、快適に働けるのさ。すごいだろ?」


 丸で自分の手柄の様に自慢げに話すフロイデに、ディスは拍手を送った。

 彼は、ますます鼻高々といった様子であったが、すぐに困った様に笑い始めた。


「すまんすまん。話が脱線しちまったな」

「もしかして、警告ですか?」

「ああ。『残業になるから、早く仕事に戻れ』だとさ。嬢ちゃんにも来てるだろ?」

「来てはいますけど・・・」

「つい衝動的に行動しちまう。俺の悪い癖だ。申し訳ない」


 フロイデは片手で謝った。

 態度は軽かったが、確かな誠実さが宿っており、後悔や過剰な自責の念といったものは感じられなかった。

 あっけらかんとしたその謝罪は、どこか憎めないものであった。


 俺もこうやってよく謝られたっけ。


 懐かしい光景にユウは目を細めたが、直視し続けることは出来なかった。

 胸の中で渦巻く罪悪感は、まだ形になる前の言葉を覆い隠し、遠ざけていった。


「いやいや!私が話を振ったんですから、謝るのはこっちの方ですよ!」

「嬢ちゃんが謝る必要なんかないさ。若いもんが相手してくれるからって、年寄りが勝手に舞い上がっちまったってだけの話だよ」


 慌てるディスを見ながら、フロイデは豪快に笑い声を上げた。


「とは言っても、仕事にも戻らんといかんから、手短に頼むよ」

「分かりました!それじゃあまず・・・フロイデさんはこちらの部署に配属されて何年目ですか?」

「だいたい1年ぐらいだな」

「何か怪しい人物を見かけませんでしたか?ポケットが妙に膨らんでた人とか、挙動不審な人とか」

「いいや、見てない」


 ユウは居心地の悪さを感じながらも、淡々と続く事情聴取に胸を撫でおろした。


 誰にでも聞くような普通の質問だ。

 ディスが言った"見つけた"ってのは、きっと重要参考人とか、その辺の意味だったんだろう。

 いくら先輩でも、工場の物を盗むようなマネはしないはずだ。


「最後に・・・ユウ君の先輩ってことは、もしかして"本"を読まれるんですか?」


 突然投げ込まれた問題と全く関係のない質問に、ユウは呆気にとられた。


「ん?なんで、知ってるんだ?」


 フロイデの疑問は至極当然であったが、その僅かな矛盾を、ディスは見逃さなかった。


「実はユウ君とは大の仲良しでして、"本"を教えてくれた恩人だって、よく話してくれたんですよ」

「お前は何を言って─────────」


 2人の会話に割って入ろうとしたユウだったが、マリオンが立ちはだかった。

 無言でユウを見つめるドローンは明確な威圧感を放っており、今にも外殻を開いてテーザー銃を打ち込んできそうな勢いだった。


「恩人とは、随分と大袈裟に紹介してくれたもんだが・・・ユウの友達だったのか。もしかして、嬢ちゃんも"本"読むのか?」

「いえ、私も読書は好きですが、"本"では読まないですね」

「そうか・・・。ユウは、今日"本"持ってるか?」

「・・・いえ、持ってないです」

「ま、通知にないならそうだよなぁ・・・」


 ユウは目元を伏せ、フロイデは肩を落とした。

 ディスは2人の顔を見比べ、何か思いついたように悪戯な笑顔を見せた。


「あ!そういえばこの前ユウ君が、フロイデさんに本を見せたいって言っていましたよ!」


 ユウは勢いよく顔を上げ、呆然とした表情でディスを見た。

 ディスはフロイデに見えない様に親指を立て、ウィンクして見せた。


「本当か、ユウ!?」


 フロイデは目を輝かせ、ユウに飛びついた。

 両肩を掴む手は老人とは思えないほど力強く、ユウの体はがっしりと固定された。


「本当にもう一度見せてくれるのか!?いつだ!?いつ見せてくれるんだ!?なぁ!?」

「ちょ、先輩・・・やめて・・・」


 ユウの体は大きく前後に揺さぶられ、定まらない視界に吐き気を催し始める。

 その様子にディスは楽しそうな笑顔を浮かべつつ、ここぞとばかりに畳みかけた。


「"でも、ウィールから通知が来ない"って毎晩嘆いてましたよ~」

「そんなもの無くたっていい!」

「じゃあ、今度の休日に2人でお家に窺っても良いですか~?」

「もちろんだ!家内には言って聞かせる!」

「じゃあ具体的な日程や時間は、後でユウ君経由で決めましょう!」


 そう言い切ると、タイミングを見計ったかのように、工場のチャイムが鳴り響いた。

 その音で我に返ったフロイデは、慌てた様にユウから手を離す。


「すまんが、今日はここまでにしてくれ!仕事を終わらせないと、色々不味い!」

「長々と引き留めてしまってすみません。ご協力ありがとうございました!」


 ディスが丁寧にお辞儀すると、フロイデは踵を返して仕事に戻っていった。


「お~い。帰りま~すよ~?」


 ディスの掛け声も虚しく、ユウはその場で放心して固まり、フロイデの楽しそうな背中を見送るのだった。



「本当に先輩なのか!?」


 応接室に戻ってきて早々に、ユウはディスに詰め寄った。


「うん。警告に慣れ切ってるあの反応から見ても、フロイデさんで間違いないと思うよ」

「反応って・・・そんな感覚的な話されても、証拠がないだろ!」

『先程、お前たちが話している間にウィールに申請していたカメラ情報だが、今しがた入手できた』


 応接室の照明が落とされ、ドローンが壁面へと映像を投射した。

 そこには確かに、生ゴミキューブを自分の胸ポケットに入れるフロイデの姿が映し出されていた。


『出勤時には、こうして毎回2から4個程度のキューブを持ち出しているようだ。これは減少量のデータと合致する』


 投影された無数の映像記録は、グリット状に並べられ、左上には違う日付がラベリングされていた。

 ユウは信じられないものでも見たかのように、投射される映像にくぎ付けになっていた。


「胸ポケットに消臭剤も入れてたし、間違いなさそうだね。ご苦労様~」


 映像が切れ、照明がひとりでに点灯した。

 ディスは椅子に腰かけ、ひと伸びした。


『ここまでは順調すぎるぐらい順調だな・・・』

「毎回、仲良くなるきっかけ作りまでが大変だもんね~」


 壁から目を離せずにいたユウは、ディスの言葉に強く反応した。


 仲良く・・・?


 ユウは壁から目を背け、ディスにもう1つの疑問をぶつけた。


「そうだ!なんで先輩の家に行くことになってるんだ!?しかも、俺も一緒に!」

「・・・フロイデさんが"本"に興味持ってるからだけど」

「問題解決となんの関係があるんだ!証拠も揃ってるなら、あとは警察の仕事だろ!」


 ユウは額に汗をにじませ、少し錯乱した様子で、ディスににじり寄る。

 警戒したマリオンがディスを庇う様に割って入った。

 2人がにらみ合いを始めると、応接室内の空気が張り詰め、時計の秒針が動く音が室内によく響いた。


「関係あるよ」


 そういうとディスはゆっくりとドローンを横にどけ、マリオンに目配せをした。

 意図を理解したドローンだったが、警戒は緩めず、ユウを捕えたままディスの後ろに後退していった。


「警察に突き出すだけじゃ、本人から選択肢を一時的に奪っただけで、何の解決にもならないんだよ。また選択ができるようになれば、同じようにイレギュラーを引き起こしてしまう。根本から解決するには、動機を知らないといけないんだ」


 ディスはユウに歩み寄る。

 彼女の真っ直ぐ瞳で貫かれた彼は、その誠実な態度に感化され、徐々に落ち着きを取り戻していった。


「動機をよく理解して、別の選択がないか一緒に考える。それが私達、ルプスの解決方法だよ」

「・・・それでも俺が行く必要はないだろ。"本"なら、ディスが借りてくればいい」


 視線を逸らしたユウは、ブラインドの閉まっていない窓の方を見た。

 既に日は落ち、窓には自分の顔が反射して映っていた。

 その顔はひどく老けて見え、丸で何年も収監された囚人の様な顔つきにも見えた。


「あるよ。ユウ君いないとこんなに早く仲良くなれなかったし、何より・・・」

「・・・何より?」

「仲直りのきっかけにもなるでしょ?」


 ディスはくるりと身を翻すと、窓の方へと向かった。


「ウィールの言う事を無視して痛い目に合った。だから、今度はちゃんと通知を守ろう。そしたら先輩と疎遠になっちゃった。今は、あの時は悪い事をしたと思って逃げてる感じかな?」

「なんで知って・・・」

「図書館で聞いてた話とさっきのユウ君の態度を見れば、なんとなく察しはつくよ。本当にユウ君は真面目だね~」


 彼女はブラインドを降ろすと、悪戯な笑顔をユウの方に向けた。

 その態度にユウは何でもいいので反論を述べようとしたが、言葉が詰まって上手く話すことが出来なかった。


『さて、社長。残りの注意事項を臨時助手に話しても?』

「・・・あと何話してないっけ?」


 ドローンのスピーカーから、マイクに息を吹きかけているようなノイズが聞こえた。


『残りは3つだ。犯人と呼ばず、当事者・対象者・本人と呼ぶ事。後、口外禁止。以上だ』

「あ、それそれ!」


 ディスは先程までの誠実な態度とは打って変わって、軟派な態度を見せた。


 しっかりしてるのか/してないのか。

 よくわからない奴だ・・・・


 ユウは頬を掻きながら、思いついたいくつかの質問をマリオンに投げかけた。


「・・・えーと、1つ目は社則だとか倫理観的な事だと思いますが、2つ目はなぜですか?」

『不測の事態への備えだ。第三者の愉快犯に知られ、対象者になんらかの介入行動を取られれば、ウィールの予測が大きく書き換わる可能性がある。これを避けるためだ』

「書き換わるとどうなるんですか?」

『最悪の場合、ウィールが重大インシデントと判断し、誰かに警察へ通報するよう促す。対象者は逮捕され、案件は立ち消え、無報酬となる。誰も幸せにならないが、問題は無くなる。せめて被害を最小限にしようとするウィールの最終手段というわけだ』

「・・・2人の行動は、その、書き換わる要因にならないんですか?」

「私たちは部外者だからね。何もわかりませんでした~って言って、ここから居なくなれば、今まで通りの日常に戻っていくから、よっぽどの事でもしない限りは大丈夫」

「なるほど・・・」


 神妙な面持ちのユウを見て、マリオンはフッと笑った。


『などと警告はしたが、この問題を話題に上げるような通知は来ないから、軽く注意しておけば誰に話す事もない。安心しろ』

「は、はい・・・」


 ユウは眉間を指でさすりながら、首をかしげていた。

 そんな警戒心をほどいた2人のやり取りを見ていたディスは微笑み、手を大きく鳴らした。


「はい!それじゃあ今日の業務はこれでお終い!」


 ユウは大きな音に驚いた後、ひどく長く感じられた業務から解放された事を自覚した彼は、ほっと胸を撫でおろした。


 今日は色々と考える事が多くて、妙に疲れた・・・

 休みの間に整理しきれればいいけど・・・


「わかった。とすると、今度会うのは休日だから─────────」

「明日からも聞き込み続けるからお願いね、ユウ君!」


 ディスの発言にユウは目を丸くした。


「・・・なんで?」

「これじゃフロイデさんが当事者だって、丸わかりだからね。カモフラージュだよ」

「・・・必要あるか?」

「万が一のためだよ。通知に無い以上、誰も私たちに興味はないだろうけど、もし工場長にでも知れたら、即通報されちゃうからね」

「・・・俺抜きじゃ駄目か?」

「カモフラージュだもん、駄目だよ。さぁ明日からも一緒に頑張ろ~!」


 ディスがはつらつと拳を高くつき上げると、ユウは力なく項垂れ、膝をついてしまった。


『ふむ。若干、過労になっているな。そんなんじゃ明日から大変だぞ、臨時助手』


 せめて労って・・・


 先程よりも深い溜息は、静かな応接室によく響くのだった。



 ユウと別れた2人は、明るく照らし出された夜道を帰路についていた。


『あれは大丈夫なのか?』

「何が?」

『臨時助手だ』


 目の前の信号が赤になり、2人は横断歩道の前で立ち止まった。

 暫くすると、車が行きかい始め、こちらと向こう側にいる人々は無表情に一点を見つめだす。

 そんな何の変哲もない日常を目にしながら、ディスは更に会話を続けた。


「ユウ君?」

『対象人物と少なからず関係を持っていた。警察なら真っ先に捜査から除外する』

「でも、私たち警察じゃないからね~」

『加えて、今回が初めての現場で、かつ相手は老人だ。残り短い余生。後に引けない者も多い。かなり難題だぞ』

「・・・そうだね~」


 ディスはおもむろに夜空を見上げた。

 眼前に広がったのは、明るすぎる街明かりと太陽光を反射する人工衛星の残骸によって作られた、偽物の光が疎らに浮かぶ暗すぎる空だった。


「それなら尚更、仲直りさせてあげたいじゃん」

『・・・忠告はしたぞ』


 路上に信号が変わった事を知らせる誘導音が鳴り響いたが、ディスはその夜空を見上げ続けた。

 彼女は雑踏の中、残骸の向こうに燦然と輝く本物の星を探していた。


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