2.2
「ユウ君、ここで働いてたんだ~」
「ディス!?なんでここに!?」
ディスの向かいに座っていた工場長が、不思議そうな顔で2人の顔を見比べる。
「えっと・・・知り合いですか?」
「はい!親友です!」
「嘘つくな!」
「え~毎日夜遅くまで、お話する仲じゃ~ん」
「意図的な事実の切り抜きはやめろ!」
なんでディスが座ってるんだ!?
さっきの低い声の主はどこだ!?
ユウは当たりを見渡すが、ディスと工場長の他には、彼女の頭上に浮かぶ球状のドローンがあるだけだった。
身体の成長途中の16歳未満の子供には眼内端末は装着できない。
成長途中で体の大きさと端末の大きさが合致しなくなるからだ。
この問題を解決し、ウィールの恩恵を老若男女問わず与えるために作られたのが、この養育用ドローンだ。
ディスって16歳未満だっけ・・・
ユウは訝しげにドローンを観察すると、それはレンズをつぶさに動かしながら、ユウ自身の顔を興味深そうに見つめ返していた。
ウィールがインストールされているにしては不可解な挙動を取るドローンに、ユウはますます疑心を募らせる。
「あの・・・ところで、君は何をしに来たんだい?」
ユウが工場長の方を見ると、困り果てた様な顔をユウに向けながら、ハンカチで汗を拭っていた。
「えっと・・・通知は行ってますよね?」
「あ、え、あ、ちょっとまって」
工場長は慣れない様子で視線を左下に移し、何かを操作した。
「あぁ・・・え!保管庫内で事故!?」
ユウはディスを一瞥し、何とも言えない居心地の悪さを感じつつも、深々と頭を下げた。
「はい。大変、申し訳ありません。先程、保管庫内で事故を起こし、材料のいくつかを破損させました」
反省はしてるが、早くこの部屋から出ないとまずい気がする。
早退の了承を円滑に得るためにも、ここは"深く反省しています"って態度を示しておかないと。
グラックは更に吹き出した脂汗をハンカチで拭い、胸に手を当て、深呼吸し始めた。
何呼吸かすると、次第に視線は一点に固定され、どこか安心したような口ぶりで話し始めた。
「怪我人は出ましたか?」
「出てません」
「そうですか。では、今すぐ持ち場に戻って、清掃を始めてください。後日、始末書を書いて提出すること。今後は気を付けてください」
「それなんですが工場長。折り入ってお願いがありまして・・・」
「え?・・・いや、え?は?」
グラックは動揺したが、ユウは落ち着き払っていた。
その対照的な2人の態度を比較し、ディスは嬉しそうににやりと笑う。
「はい、ストップ!」
ディスは大きく手を叩き、2人の話に割って入る。
彼女の表情を見たユウは確信してしまった。
こいつに話させてはいけない。
「まだ俺が話してる途中─────────」
「グラックさん。ユウ君、貸してください。いいですよね?」
「え?あ、えっと。いいですよ」
グラックは目を泳がせ、ディスの安易な誘導に簡単に引っかかった。
ユウは目をひん剥き、彼の血迷った発言に驚愕の声を上げた。
「は!?」
「はい、決定!」
「勝手に決めるな!工場長!撤回してください!」
「あ、あれ?よかったのか?いやダメなんじゃ・・・」
グラックは俯き、ブツブツと自問自答し始め、ユウの声が聞こえていなかった。
「社会人なら業務命令には従いたまえよ~」
「喧しい!第一俺は、お前が何でここにいるのかも知らないんだぞ!」
「お仕事だよ。我が社LPTHは─────────」
「嫌だ!聞きたくない!俺は部外者だ!」
「いったい・・・いったいどうすれば・・・」
頭を抱えるグラック、耳を塞ぐユウ、不満を垂れるディス。
そのカオスな状況をドローンは静かに見守るのだった。
ユウの次の出社は、数日後の夕暮れ時だった。
西日の差し込む更衣室で、ユウは小さく欠伸をしながら、制服に袖を通す。
まだ少し眠いな・・・
あの後、すぐに早退したユウは、その後すぐにウィールから休暇を言い渡された。
どうして睡眠不足の警告は出ないのに、休暇の連絡はすぐに来るのか。
ウィールの指示はいまいち理解できないが、休暇自体は大変助かった。
ロッカーの小さな鏡で自分の顔を確認する。
目の下のクマは薄くなっており、睡眠負債もあと少し、といったところだろう。
「う~っす。今日はお前も夜勤か、ユウ」
ユウが小さく叫び声を上げて振り向くと、入り口の方にメルツが立っていた。
いつもの様に口の端を吊り上げ、なんとも愉快そうな顔を浮かべている。
「ビックリした・・・」
「ビックリってなんだよ」
「だって、夜勤シフトにしても少し時間が早いだろ?なんでお前、こんなに早く出社してるんだ?」
「何言ってんだ、通知来てるだろ?この前の続きを早く─────────」
「あぁ、そうか・・・メルツ、ごめん!今回だけ勘弁してくれ!」
「・・・は?」
ユウは、突然手を合わせて申し訳なさそうメルツに謝罪した。
自体が呑み込めないメルツは、先程までの笑顔がだんだんと引き攣り始めた。
今、通知見れないんだ。
って言っても、分からないよな・・・
自分ルールより、業務命令の方が優先だから切るわけにもいかないし・・・
ユウが腕を組んで唸り声を上げ始めると、壁面に取り付けられたスピーカーから、滅多に鳴らないチャイムが鳴り響いた。
メルツは小さく叫び声を上げ、スピーカーの方を振り向くと、グラックの上ずった声が聞こえ始めた。
『倉庫管理部門のユウさん。お客様がお待ちです。至急、応接室の方までお越しください』
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない!
早く立ち去ろう!
「ごめん。話は、また今度しよう」
慌てた様にメルツの肩を叩くが、彼はキョロキョロと視線を動かすだけで返事が無い。
先日のグラックと似た挙動をするメルツを見て、ユウはようやく察しがついた。
もしかして”イレギュラーが連続して起こる”と皆こうなるのか?
免疫ありそうなメルツでこれなら、普通そうな工場長なら血迷って当たり前だな。
自分の特異性に無自覚なユウは、もう一度同情する様にメルツの肩を叩き、更衣室を後にした。
一人取り残されたメルツは、その場で通知が落ち着くのを待った。
1個や2個の警告文なら見慣れたものだが、連続して大量に送られてくるこの異様な状態に、彼は思考を放棄する他なかった。
警告文が流れていくのをただただ眺めながら、彼は小さく舌打ちを鳴らす。
軽くロッカーを殴る彼の表情から、既に笑顔は消え失せていた。
ノックをして応接室のドアをくぐると、ドローンがユウの顔を覗き込んできた。
「おっはよ~」
「・・・おはよう。工場長は?」
「グラックさんなら入れ違いで出てったよ。『資料はいつでも自由に見れるようにしておきます。だから、解決したら教えてください』っだって」
「それは色々とダメなんじゃ・・・?」
「プラグインも怖くてアンインストールしちゃったみたいだし、残念だけど私達だけで解決しないとね」
「この前の挙動不審は、やっぱりお前のせいか・・・」
「だって、これがないと仕事にならないんだもん」
ディスとの会話中もドローンは、ユウの周りを旋回し続ける。
鬱陶しくなってきたユウは、ドローンを止めようと手を伸ばした。
『若干の寝不足だが、問題無いだろう。仕事の説明に移ろう、社長』
ユウは驚き、手を引っ込める。
ドローンから聞こえてきたのは、昨日ドア越しに聞いた低い男性の声だった。
「今度からプラグインの使い方には気を付けてよね~。寝不足にさせるために渡したんじゃないんだから」
「いやいやいやいや、誰!?」
『マリオンだ。それでは説明を始める』
「インストールされてるウィールは!?まさか改造?貸出機を?それはなんらかの法に─────────」
『それ以上騒ぐなら、テーザー銃を打ち込むぞ』
ドローンの外殻が開き、数本の針状の電極がユウに向けられた。
ユウは一瞬で静かになり、ゆっくりと両手を挙げた。
なんてもの取り付けてるんだ・・・
『こうしている間にも、人件費で利益は擦り減っていく。効率よく行こう』
応接室の照明が落とされ、設置されたスクリーンに、ドローンが関係資料を投影した。
資料に示された棒グラフは、ある時期を境に、高さが微妙に低くなっていた。
『今回、我々がウィールから依頼されたのは、この工場から出る産業廃棄物量の減少問題についてだ。この工場から出る廃棄物は、この後いくつかの工場へ運ばれ、別の商品として余すことなく再利用される。廃棄物量の減少は後工程の破綻を意味する。多少のバッファー設けられているが、長期的な運用は想定されていない。工程が破綻すれば、多くの人々の幸福度の下降が予想されている。そのため我々は、この問題を引き起こしている人物を突き止め、原因を追究し、解決へと導く』
ユウは説明を聞きながら、その意味を理解しつつも、視線は宙を彷徨い、集中できない様子だった。
「どうしたの?」
「いや、どこから言っていいのか・・・」
「ユウ君は新入社員だから、何でも質問していいよ」
「誰が、新入社員だ」
ユウは、こちらを無言で見つめるマリオンの視線に恐怖したが、意を決して質問することにした。
「そもそも何をする会社なんだ?」
LPTH.incとは、ウィールが抱える[長期的解答保留問題]への対処、解決を目指し立ち上げられた組織です。
[長期的解答保留問題]とは、ある特定のイレギュラーを起因として、ウィールが個人の幸福を鑑みた最適解実行のために演算を停止させず、ほぼ無限に演算し続けてしまう問題です。
簡単な例として、ある朝ケーキが食べたくなったAさんがいたとします。
しかしウィールの予測では、Aさんの健康上の問題から、今すぐケーキを食べるべきでないと結果が出ます。
そうするとウィールは、Aさんがケーキを食べる最適なタイミングを見計うため、1日でも100年でも演算を続けてしまうのです。
ウィールの演算リソースにも限界はあり、有識者の見解によれば、これ以上、平均寿命が伸び、人口が増加すれば、ウィールシステムはリソース不足でいずれ崩壊すると言われています。
様々な研究者、エンジニアがこの問題に対処するために、ウィールのアルゴリズムの改修を試みました。しかし、今日に至るまで、日々自己学習を繰り返すウィールを超えるシステムを構築する目途は立っていません。現状は、データセンターや核融合炉の乱立で応急的に対処しているという状態です。
我々LPTH.incはこの問題について、理論的ではなく、実践的アプローチをもって対処します。
精緻な現場分析、綿密な計画立案、迅速な介入行動をもって、幸福円満な解決を目指します。
「そんな問題があるなんて初耳ですね」
『一般人には知らされていない。心の脆い人間が聞けば恐慌状態になるからな。だから、工場長には伏せて説明している』
「ユウ君、あれ何してるの?」
「知らない」
一同は廊下を歩きながら、廃棄場へと向かっていた。
「ええと・・・自分って心が強そうに見えますか?」
『いいや、全く。だが、この後こちらの仕事を手伝うんだろう?この程度で壊れるメンタルなら、いない方がマシだ』
この人、いちいち物言いがきついな・・・
「そっちの大きい機械は何をする機械なの?」
「さあ?俺も他部署の事は詳しくないんだ。あ、マリオンさん。もう少しだけ質問─────────」
「皆、一列になって何切ってるの?向こうは何運んでるの?この食材ってどこで収穫されたの?あ!あの料理は食べた事─────────」
「うるさい!工場見学じゃないんだぞ!」
ユウは、作業場の見える窓にへばりついて歩調の乱れたディスに一喝を入れた。
ディスは不服そうに、じっとりとユウを睨みつける。
しかし、ユウは気にせず、マリオンと会話を続けた。
『社長もその辺にしてくれ。それで質問は?』
「何で人探しなんですか?機械の故障という線もあるかと思いますが・・・」
『ウィールがその程度を見逃すはずがない。人物探しで間違いはない』
「でも、イレギュラー起こしてる人物の情報は無いんですよね」
『ウィールとしては、最適解は出せているわけだし、教えたくないんだろう。しかし、問題の先送りも得策じゃない以上、折衷案として、こういった歪な依頼内容になるんだろう』
「ウィールの通知に書かれている事が絶対ではない。ディスのスカウトで入社したなら、あなたも同じ考えですよね?だったら、やっぱり機械の問題だったという線もあるんじゃないですか?」
ユウはマリオンに食い下がった。別に彼が気に入らなかったからとか、仕事の邪魔をしたかったからとか、そういうわけではない。
突然告げられた問題と犯人捜し、そしてなにより、今から向かう現場にユウは戸惑っていたのだ。
今日シフト入っているのか知らないけど、まだどう話していいか分からないのに、それに加えて今のこの状況。
余計に何から話せばいいんだよ・・・
そこに行くには、彼の心の準備は、まだ不十分であった。
『部分的には同意するが・・・・それよりも、うちの社長を呼び戻してくれないか?』
ふと振り返ると、そこにディスの姿がなかった。
ユウは、マリオンの視線の先を追いかけ、作業場を臨む窓の外を覗く。
するとそこには、作業場に突撃し、従業員に質問攻めを行っているディスの姿があった。
「いや、マリオンさんが戻してくださいよ」
『お前は助手だろ』
「助手じゃないですよ!?」
愉快そうなディスとは対照的に、作業員はしどろもどろに慌てふためいており、罪悪感の限界に達したユウは、急いで後方の作業場出入り口へと走る事となった。
廃棄場へと到着したのは、応接室を出て2時間が経過した後だった。
興味関心の赴くままに他の従業員に話しかけるディスを制止し、代わりに質問攻めを受け続けたユウの顔には疲労が浮かび上がっていた。
「・・・いつも・・・こうなんですか・・・?」
『こちらも頭を抱えている。この前なんて、勝手にいなくなったと思ったら、昼食を食べて帰ってきたよ』
確実に、この前の喫茶店だな・・・
「おっきい機械だね!こっちの四角いのは何?生ごみ臭くないね。なんで?こっちのコンテナには何が入ってるの?」
2時間動き回り続けてなお有り余る彼女の体力と好奇心に、ユウは膝に手を付き、俯いてしまった。
『社長。いつまでもそうしているなら、そろそろ"アレ"だぞ』
「ごめんって・・・そんなに怒んないでよ~」
少し低くなったマリオンの声に、ディスは苦笑いを浮かべた。
平謝りを繰り返す彼女の横で、ユウは顔を上げ辺りを見渡した。
幸い、彼が探している人物は、見当たらなかった。
「じゃ、仕事始めますか!」
「・・・それでどこから始めるんだ?事情聴取か?それとも証拠集めか?」
ユウは自分の好きな推理小説を思い出していた。
綿密な捜査と緻密な推理で予想外なトリックを紐解き、浮かび上がる真実に胸を躍らせる。
そんな体験が出来るかもしれない、などと淡い期待を膨らませていた。
「しないよ」
「・・・は?」
「だって、すぐに当事者見つかるし」
ディスは、処理場の天井の隅を見上げると、目を閉じ、徐に両手を組んで祈り始めた。
ユウは全く予想していない出来事が目の前で起こり、呆気に取られていた。
『社長の裏技だ。これのおかげで、我が社は辛うじて利益を出せている』
「裏技?」
『社長のウィールの予測がバグっているのは知っているだろう。そのバグは、度重なるイレギュラーによって、ウィールが社長の幸福が何なのか理解できなくなったことで発生していると思われる。ということは、社長が直接ウィールに懇願すれば、明確な幸福を提供するために、アレは喜んで願いを叶えようとする』
「・・・あ!」
ユウは図書館でディスに先回りされていた時の事を思い出していた。
ディスが図書館で言っていた"バグ"と"先回り"がいまいち繋がらなくてピンと来ていなかったけど、そういうわけだったのか。
ユウは納得した様に何度か頷いて見せたが、その後すぐに何かに気づき、うつろな目をして背中を丸めてしまった。
『もちろん、一定の制限はあるそうだ。ウィールの思考がブラックボックスなせいで明確には分からないそうだが、大勢ないし個人への危害が加わるもの、だとか、国家機密や個人の秘密や悩みを聞き出す、だとかは無理だそうだ。曖昧な基準だが、こと人探しにおいて、願いが叶わなかったことは無い』
「しかし、これだとミステリーの醍醐味が・・・」
『・・・話を聞いているのか?』
目を開いたディスは、少し不服そうな目をしながら、廃棄場の排出口の方へと、歩き始める。
「見つけたからついてきて~」
マリオンは慣れた様に彼女の後ろに続き、ユウは更にその少し後ろを続いて歩いた。
前から聞こえる「うるさい」という呟きを聞きつつ、ユウは小声でマリオンに疑問を投げかける。
「あの・・・最初から犯人が分かるなら、警察に突き出して終わりじゃ駄目なんですか?」
『我々の仕事は犯人探しではなく、問題を解決する事だ』
「言っている意味がよく・・・」
『すぐにわかる』
「あ、いた。すみませ~ん!」
ディスが手を振る方に視線を向けたユウは、目を見開いた。
「ユウじゃないか!なんでこんなところにいるんだ?」
そこには、ユウが今最も会いたくない人物、フロイデの姿があった。




