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2.1

 ウィールによって新たに建設された5大都市。

 その第一都市の一角に建てられた都営食品加工工場。

 それがウィールによってユウに選定された最適な勤務先だった。


「ふわぁ~・・・」


 大勢の空腹の社員が食堂に出入りする中、ユウは支給された個人弁当に手を付けず、椅子に腰かけたまま、大きな欠伸をしていた。

 腹が空いていない訳ではなかったが、すぐに食べ始めるわけにはいかなかった。


「おっまた~」


 向かいの席に粗雑に弁当が投げ置かれると、1人の男が座った。

 ブロンドの髪を肩まで伸ばし、浮ついた態度を取るその男は、ユウの職場における唯一の友人、メルツだった。


 彼が部署移動して来たのは2年前。

 共通点の少ない相手であったが、同期だったこともあってか話す機会が多く、いつの間にか仲良くなっていた。

 シフトが合う日は、こうして昼食時に集まって歓談する事が習慣になっていた。


「さ、食べようぜ~」

「そうだな・・・」

「なんだ?目なんかこすって・・・」

「あぁ、最近なんだかずっと昼間も眠たくてな」

「この前、遅刻したばっかだろ。ちゃんと寝ろよな~」

「寝てるはずなんだけどな・・・」


 2人は弁当の蓋を開け、異なる中身には特に言及せず、黙々と口をつけ始めた。

 大きな口を開けて、肉を頬張るメルツに対し、ユウは主食、おかず、副菜の順を崩さず、テキパキと食べた。


 人柄が大きく異なる2人。周りから友人関係に疑問を持たれることも少なからずあった。

 しかし、ユウ自身はそれについて、今までに一度も疑問に思ったことは無かった。


 それはウィールが保証してくれているからだった。

 不幸をもたらす友人、というものをウィールは許容しないはずだ。

 メルツは間違いなく、ユウにとっての友人であった。


「ごっそさん!あ~美味かった」

「ごちそうさまでした」

「さてと、本日のお題は・・・『ユウの婚約破談』について話せとさ」


 ユウは口を拭っていたナプキンを握り潰した。

 それとは対照的に、メルツは口角を上げ、指を鳴らした。


「いいね!あの話、もう1回聞かせてくれよ。ほら、喫茶店で会ったいかれた女の話!」

「なんでまた話さなきゃなんないんだよ・・・」

「ぶつくさ言ってないで早く話せってほら」


 ユウがこの話をするのは3回目だった。

 本来ありえない婚約の破談やディスの非常識な奇行談が、どうやらメルツのツボにはまったらしい。

 ユウはほぼ毎日、ウィールがこの話題を選定するせいで、昼食時に語り聞かせる羽目になっていた。


 俺は愚痴って気分スッキリ、メルツも笑えて一挙両得。

 ってことなんだろうな。


 ユウは面倒くさそうに口を動かしながら、ウィールからの通知を一瞥する。


『婚約が破談となった経緯について、メルツに再度語って聞かせなさい』


 昔の俺なら、実感が無くても幸福はそこにあるんだろう、なんて考えていただろうけど、今の俺は知っている。

 実感がない以上、これが最善な未来を指し示しているわけじゃない。


「はぁ、はぁ、腹いてぇ~・・・」


 目の前で机に突っ伏して笑うメルツを見て、ユウは片眉を上げて、諦めた様に少し笑った。


 それでも、俺はウィールの指示に従う。これはマナーの問題だからだ。

 イレギュラーな行動というのは、する/されるに関係なく、多くの人にとって不快で、不安で、怖いものだ。

 俺はそんな感情を、友人に与えたいとは思わない。


「それで新しい相手は見つかったのか?」

「まだだ。これだけ遅いと未成年かもしれないな。そっちは?」

「俺もまだ。ウィール様が自由にやってもいいってさ」


 メルツは親指を立て、にやりと得意げに笑って見せた時だった。

 激しい音を立てて食堂のドアが開かれた。

 音の方を見ると、そこには白髪の老人が立っていた。


「ち、ちょっと待ってください!話はまだ終わってませんよ!」


 老人は不機嫌そうに舌打ちをすると、入り口横の支給弁当を取って、大股歩きでドアから遠ざかる。

 そして次にドアから入ってきたのは、胸元に"工場長"と刺繍が入った制服を着た小太りの中年男性だった。


「その通知に従ってちゃ、昼飯食ってる時間が無くなると言っとるんだ!それとも飯食うなってか!?」


 2人は適当に開いている席に向かい合って座った。

 工場長はマスクをつけたキャラクターが描かれたハンカチで脂汗を拭っている。


「しかしですね・・・」

「あの方が効率が良い。俺の仕事は早く片付くし、夜勤組の仕事も減らせる。一石二鳥だ。話は以上!」


 工場長はしどろもどろに目を泳がせながら説教を垂れ、老人の方は右から左へ聞き流しているようで、黙々と弁当を食べ進めている。

 徐々に工場長の語気が次第に強まり、周りの従業員がその空間から退避し始めた。


「うげぇ、またやってるよ・・・あれってお前の元メン─────────」

「・・・」

「おっと、違う話だったな。すまん」

「問題ないよ」

「ところで、ユウの新しい婚約相手だけど、もしかすると未成年かも─────────」


 言い争いに辟易し始めた食堂にいる社員全員に、ウィールから新たな通知が届いた。

 その場に全員が無言になり、残った弁当を胃袋に詰め、足早に食堂から退室していった。


「俺らも行こうぜ」

「あ、あぁ・・・」


 立ち上がったメルツは、他の社員と同じように、迷いなく出入口へと進んでいく。

 ユウも同じように出入口へと歩を進めるが、他の社員とは明らかに異なる態度を見せていた。

 なおも言い争う2人と視線が合わない様に不自然に顔を背け、猫背気味になっていたのだ。


「ユウじゃないか!元気してるか!?」


 老人はユウの背後から大声で話しかけた。

 ユウは驚いた猫の様に、体を跳ねさせ、ゆっくりと後ろを振り返った。


「は、はい。元気ですよ。フロイデ()()


 フロイデは引きつった笑みを浮かべるユウに歩み寄り、肩を叩いた。


「この前、遅刻したらしいじゃないか!」

「あはは・・・すみません」

「俺が若い頃は、体調管理も仕事の内って言ってな─────────」

「ちょっと!まだ話は終わってませんよ!」


 工場長はフロイデの肩を後ろから掴み、ユウに視線で『早く行け』と促した。

 ユウの下へ、ウィールから新たな通知が届く。


『会話を切り上げ、食堂から退室しなさい』


 それは見慣れた警告文だった。

 ユウから笑みがなくなり、少しだけ眉間に皺が寄った。



 あの頃の疑問も、今なら分かる。

 今なら、話せる事がある。

 でも、今更どの口で話すんだ。

 いや、でも、言わなければ・・・


 動かないユウを見かねた工場長は、強引にフロイデの肩を引っ張り、席へ戻そうとした。

 しかし、フロイデはよろけながらも、工場長の手を振り払い、睨んで見せた。


「せ、席に戻ってください」


 溜息をつきながら、フロイデは「最後に」と、ユウに質問した。


「今日は『本』持ってるか?」

「・・・持ってません」

「そうか・・・」

「すみません」

「いやいや、謝る事じゃない。そんじゃあ、午後からも頑張れよ」


 フロイデは、ユウの肩を叩くと、席に戻っていった。

 ユウは少し逡巡した後、去っていくフロイデの背中に一礼をして、その場を去った。



 帰宅したユウはそのまま着替えもせずに、ぐったりとベッドに寝そべっていた。


 体が重い・・・


 暫く薄明るい天井を見上げていると、自動でカーテンが閉まり、室内灯が点灯した。

 眩しく照らし出されたユウは目を細め、照明とは対照的に暗くなった天井に、在りし日の記憶を映し出してみた。


(今日からお前のメンターになるフロイデだ。フロイデ先輩と呼ぶように。間違っても爺さんと呼ぶなよ)

(ユウも読書するのか。実は俺も読書が趣味でな。俺のオススメは・・・ウィールから通知が来てないから読めない?いいから読めって!面白いから!)

(面白かったってのは分かるが、なんだか微妙な顔だな・・・。何がそんなに引っかかってるんだ?)


 どうしてあの時、相談なんかしたんだろう。

 ウィールよりも、自分の考えを優先する人だったからだろうか。

 そういえば、それでよく迷惑してたっけ。

 しょっちゅう謝られたけど、俺も仕事で迷惑かけっぱなしだったよなぁ。


 ユウは、かつて同じ部署に勤め、持ちつ持たれつの関係にあったフロイデの事を思い出し、思わず笑みが零れた。

 そして次の瞬間には、胸の中に暗い靄が立ち込めた。

 ユウは、顔を腕で覆い、視界を遮る。


 友人が減って、通知に従って遠ざけて・・・

 大事なことに気づかせてくれたのに、最低だな。


『本日の夕食は以下の通りにせよ─────────』


 ユウが自己嫌悪に浸っていると、いつも通りにウィールの通知が届いた。

 眉間に皺を寄せると、ユウは腕の隙間から室内カメラをじろりと見つめた。


『やっほ~。転職する決心は出来たかな~?』


 ユウの眉間の皺が少しだけ伸びた。チャットの送り主はディスだった。


 あれから毎日メール送ってくるから、チャットのアカウントを教えたけど、こいつも本当に飽きないな。

 こっちにはメリットしかないから良いんだけど。


 ユウはいつも通りに、プラグインを起動し、ウィールからの通知を切った。

 彼はプラグインの起動にルールを決めていた。


 1.自宅である事

 2.ディスとの会話中である事


 これを破ったら図書館に行かない事を自分自身と固く約束していた。


『する気は無いって言ってるだろ』

『え~しようよ~転職~』


 毎度のやりとりをしながらベッドから起き上がり、服を着替える。


『そんな事よりだ』

『そんな事、じゃないよ?』


 床に置いてあるビニール袋の中から完全栄養食のシリアルバーを適当に手に取り、机に座る。


『ディスが勧めてくれた小説だけど、登場するキャラクターの名前、長すぎないか?』

『無視?』


 ディスにわざわざチャットアカウントを教えたのはこのためだった。

 感想を言える相手。ユウは、そういった読書仲間が欲しかったのだ。


 もう昔の読書仲間から連絡は来ないし、連絡取ろうにもイレギュラーになる。

 ネットの批評サイトに書き込む勇気はないし、かといって見てるだけじゃ物足りない。

 そこに、ウィールの通知も、周りの目線も、顔色さえ、気を配らなくても良い相手が現れた。

 かなり変な奴だが、最悪、泣いて、怒って、縁が切れても問題ないから、インスタントな話し相手にはもってこいの人物だった。


 ユウは、力を入れて足元のペダルを漕ぎ、シリアルバーをかじる。

 口内に広がった風味から、自分が適当に持ってきた商品は、カレー味だったことを遅ればせながらに知ることになった。


『昔々のミドルとかラストネームって言うのがあった時代の奴だからね』

『だとしても、メモ取りながらじゃないと読みづらくてな』

『全部メモしてたら、その内視界埋め尽くされちゃうよ』


「・・・マジで?」


 ユウがチャットで送る文章を口にした瞬間、室内照明が落ちた。

 突然の事だったが、ユウは動揺することなく、プラグインをオフにし、通知を確認する。


『今週の個人使用電力量の上限を超えました。電力量の制限を行います』


 確認し終えると、再びプラグインをオンにし、足元からペダル式発電機を引っ張り出した。

 デスクライトの電源を差し込み、机の上に出していた本を開く。


『出来るだけ覚えるようにしてみるよ。それじゃあ、今日のチャットはこれで切り上げるから』

『早っ!まだ20時前だよ!?』

『本が読みたいんだよ。それじゃ』

『しょうがないな~。おやすみ~』


 チャットは最低限で済んだわけだが・・・

 さて、発電機はどれだけ持つかな。


 ユウはチャットアプリを閉じ、そのまま開いたページへと目を落とした。

 細かく読みづらい文字を丁寧に追い、捲る紙のこすれる音が耳をくすぐる。

 先程まであった眠気は消え、口元は少し綻んでいた。


 自己嫌悪も忘れ、僅かな苛立ちも忘れ、就寝時刻も気にせず、ユウは夜遅くまで本を読みふけるのだった。



 大きな音が倉庫に響き渡った。

 床には、折り畳みコンテナに収納されていた野菜が、零れ落ちて散乱した。


「やっちまった・・・」


 ユウはフォークリフトから急いで降り、野菜を拾い集める。

 周囲の人間はこちらを確認こそしたが、駆け寄ってくる気配はない。


 これは・・・全部、廃棄かな。


 傷や汚れが付いた野菜をコンテナに戻しつつ、ユウは一人、肩を落とした。


『その場は他の者に任せ、今の失態について、出入口にいるメルツと談笑しなさい』


 通知が届くと、何人かの人間がユウの周りに集まり始めた。

 1人はユウに怪我はないか聞き、1人はユウの失敗の後始末を買って出た。

 何人かがテキパキと作業に取り掛かり始め、ユウはそれに感謝を述べて歩き出した。


 出入口には、メルツがにやけ面で壁にもたれ掛かっていた。

 ユウは罰が悪そうに視線を泳がせ、肩をすくめて見せた。


「最悪な気分だよ」

「いい話のネタができたじゃん。『わざと寝不足になってみた!』」


 ユウの眉間に皺が寄る。メルツは、それを気にしない。


「寝てるっていってるだろ」

「いやいや。その目元みれば分かるって。ひどいクマだぞ」


 メルツは吹き出しながら、目元を指さした。

 ユウは、自分の顔を確認したかったが、辺りに鏡になりそうなものは見当たらなかった。


「・・・クマってなんだ?」

「お前、それ本気で言ってんの?目の下の黒い奴だよ」

「黒いと、何なんだ?」

「おいおい、マジかよ。お前寝不足になったこと無いの?」

「ないけど・・・ウィールの言うとおりにしてたらならないだろ」


 メルツは頭を抱えて笑い始めた。


「普通、子供の時に1回ぐらい夜更かししてみたりするだろ!どんだけ真面目なんだよ!」


 ユウの眉間の皺は更に深くなっていく。


「確かにここ最近、俺は就寝時刻を守ってなかった。それで寝不足の症状が出てる。だから、俺は寝不足だ。それは、わかった、ここまでは認めるよ。じゃあなんでウィールから警告が来ないんだ」

「嘘も程々にしとけって。俺を笑い殺したいのか」

「本当だって!」


 ユウは急いで過去の通知履歴を遡ったが、実際、睡眠不足に関する警告文は1つも届いていなかった。

 しかし、それをメルツに見せることは出来ず、ユウは歯噛みするしかなかった。


『会話を終わらせ、イレギュラーを応接室にいる工場長に報告しなさい』


「おっと、オチまでついて完璧だな!」

「・・・」

「今度、話聞かせろよ。楽しみにしてるぜ~!」


 そう言ってメルツはユウの肩を強く叩き、鼻歌交じりに持ち場へと歩いていく。

 ユウは肩をさすりながら、去っていくメルツの背中を細めた目でじっと見つめていた。



 さっきの会話はなんで必要だったんだ。


 ユウは眉間の皺を伸ばしながら、早歩きで応接室へと向かっていた。


 俺がまったく幸福になっていないじゃないか。

 それとも、実感がないだけか。

 いや、実感はあったぞ。幸福じゃなくて、不幸の方だけどな!


 皺は伸ばしても伸ばしても広がらず、靴音は激しさを増す。


 それになんで警告してくれなかったんだ!

 最近、無視するから、俺の幸せはどうでもよくなったってか!

 ふざけんなよ!こちとら納税者だぞ!


 ユウがまったく自制の利かない頭で苛立ちを募らせていると、すぐに応接室に着いた。

 ドア越しに室内の音が聞こえ、工場長の声に交じって低い男性の声が聞こえていた。


 ユウは深呼吸をして、気持ちを落ち着けようとする。

 2度、3度、深く息を吐くと、今度は眠気が襲い始めた。


 あ~眠い。とにかく眠い。

 体もだるいし、思考もまとまらない。この後も仕事なんて、到底無理だ。

 説教の後、体調不良で早退させてもらおう。


 辟易とした覇気のない溜息をつき、ユウはドアをノックした。


「入りなさい」

「失礼します」


 そういえば、なんで詰所じゃなくて応接室なんだ?


 ふと、そんな疑問を抱きながらドアを開けると、そこには見覚えのある少女が座っていた。


「あれ?ユウ君だ!」


 新たな厄介ごとの気配に、ユウの眠気は、また吹き飛んでいくのだった。


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