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『次は図書館前~図書館前~。お降りの際は─────────』
ユウはバスを降りると、晴れ渡った空を眩しそうに見上げた。
後ろでバスが発進する音を聞き、重いバックを肩にかけ直すと、いつもの様に図書館に向かって歩き始めた。
凹凸のある整備不良な道路であったが、側溝に溜まっていた枯れた枝葉は既にそこにはなかった。
歩道に伸びていた枝はまだそのままであったが、遠くに見える街路樹の周りでは、いくつかの機械が清掃活動に従事しているのが見えた。
機械達は忙しなく動き、伸び切った枝を切り落とし、落ちた葉を拾い、土埃を1か所にまとめていた。
近くには1人の作業員がおり、ヘッドホンで音楽を聞きながら一緒になって作業に当たっていた。
重そうにゴミ袋を運ぶ姿には見覚えがあり、ユウは道を逸れてそこに近づいていった。
「おはよう」
ユウの声に反応した作業員は振り返る。
「おっはよう、ユウ君!」
「ん、差し入れ」
「ありがとう!」
剪定された枝葉を拾っていた一機のドローンが、ユウに気づいて近寄ってくる。
『依頼主がわざわざ手伝う必要は無いんだぞ』
「おはようございます。いえ、これは私がしたい事なので」
『そうか。では、本制作のための材料集めを手伝ってもらおう』
「もう~マリオン。建前は清掃ボランティアでしょ~」
都市が募集をかけていた清掃ボランティア。
その一件にこの辺境がある事を、ユウはあの玄関前で発見していた。
集めたゴミの処理に特に規約が無い事を確認した彼は、その場ですぐにボランティアに応募し、続いて応援依頼としてLPTHの2人に声を掛けたのだった。
「あ、これ差し入れ? です」
『・・・なんだそれは?』
「何を差し入れて良いのか分からなかったもので、ドローンが汚れるかと思ってクリーンシートを・・・すみません」
『・・・わかった。帰り際に社長に渡してくれ。生憎、今日は収納できる機体を用意していない』
マリオンの向こうで作業する大小様々な機械を見ながら、ユウは問いかける。
「あれ、全部マリオンさんの何ですか?」
『そうだが、1人たりともやらないぞ、絶対に』
ドローンマニアなのか・・・?
「ねぇねぇ、それよりお見舞い行ってきたんでしょ。どうだった?」
2人の間に割って入ったディスは口元に笑みを浮かべながらも、真剣な眼差しをユウに向けた。
時刻は3時間前。
ユウはシャーデーに連れられて、フロイデが入院している都市中央区画にある大病院へと足を運んでいた。
「お久しぶりです、先輩」
集中治療室内で横たわるフロイデとの面会は、ガラス越しであった。
何本もの管を通されたその姿は、治療中というよりも、延命中という言葉の方が正しく、目を覚ます姿など想起出来ようも無い惨状であった。
「本作ってるなら、俺にも一言ぐらい言ってくださいよ。今までだって振り回してきたじゃないですか。なんでこんな時だけ黙ってるんですか。もしかして、拒絶してた腹いせですか?」
ユウはガラスに手を当て、話し続ける。
しかし、フロイデからは何の返答も得られない。
だが、それだけの事であった。
「俺がちゃんと作って渡しますから」
ユウはあらためて恩人に誓う。
「ユウさん・・・」
「早く起きてくださいね。シャーデーさんも寂しがってますから」
罪を償うのではなく、恩に報いるために。
ユウは溜まったゴミ袋を重そうに持ち上げ、それら一か所にまとめあげていた。
「こ、れ、どうやって、運ぶんですか?」
『社用車だ。近日中にそれでフロイデが使っていた機材も取りに行くから、後で日程をすり合わせるぞ』
最後のゴミ袋を置いたユウは、袖で汗を拭い大きく息をつくと辺りを見渡してみた。
分かった事は、綺麗になったのは公園のほんの一区間であり、まだまだ伸びた枝も落ちた枯れ葉もごまんとあるという事だった。
「マリオンさんが運転を?」
『私は免許を持っていない。運転は別の者だ。多分、日が沈んだら運びに来るだろう』
あ、もう1人いるんだ。
「はいは~い、ご注目~!」
声に振り向くと、ディスが上機嫌に手を挙げていた。
「最後に社長が大仕事するよ~!」
『別に大仕事と言うほどでもないだろう』
「重大な仕事なのは間違いないでしょ~」
ユウはディスが今から何をするのか、すぐに理解した。
それは自分が彼らに依頼した2つの内の1つ。達成される見込みは未知数の案件であった。
「それじゃあ、いくよ~・・・」
そう言ってディスは街頭カメラを見上げると、両手を重ねて目を瞑った。
それは彼女が工場で見せた裏技そのものであった。
「それで、可能性はどれくらいあるんですか?」
『0という訳では無いが、前例がない以上、本当にフロイデが復調するかは完全に賭けだ』
「そうですか・・・」
短い会話を終えたユウとマリオンはただ静かに、彼女の祈りを見守る。
徐々に太陽は赤みを帯び、夜を告げる風が木々を揺らしていた。
ディスのバグの特性は、端的に言い表すならば"祈ったことが、彼女の幸福だと認識される事"だ。
そのバグを利用して"先輩の完全治癒"を願えばどうなるか。
ユウはディスと同じように目を瞑り、両手を重ねて祈り始める。
俺は医者じゃない。研究者じゃない。超能力も使えない。
可能性に賭けるしか方法が無い。
こんな方法しかないのは不甲斐ないと思ってる。
だけど、どうか─────────
「はい、お仕事終わり!」
ディスが大きく手を叩くと共に、ユウは目を開けた。
視線の先では、ディスがニコニコとはにかんでおり、どこどなく小恥ずかしさが込み上げた。
『さて、仕事風景も見せた事だ。依頼料の話に移ろう』
ユウの隣にいたマリオンは、ディスの方に向かって動き始めた。
すると、ディスは口をとがらせ、ドローンの背を睨んでいた。
『本の制作、並びに、毎日の裏技の使用。どちらも継続的な案件であり、終わる目途も立っていない。無職が今後も依頼料を賄っていけるのか、その根拠を示してもらおう』
ドローンからの眼差しは冷たく見えたが、それはもっともな質問であり、ユウは既にこの問いに対して、返答する準備があった。
「このまま無職なら払えません」
ユウは実に堂々とした態度で、そう言い切った。
ディスは驚いて口を開いていたが、マリオンは至って冷静に、事前に示し合わせたかのように更に問う。
『職にあてはあったはずだな?』
「はい」
ユウはディスの前へと歩み寄る。
「ということで、雇用してもらいたいんだが・・・許可はもらえるかな、社長さん?」
そっと差し出された彼の手を、ディスはまじまじと見つめていた。
「・・・」
「・・・え~っと、ディス?」
あまりの反応の無さからか、ユウは若干不安そうにディスの顔を覗き込もうとした。
その瞬間、彼女は声にならない声をあげ、大きく腕を振りかぶった。
「大・歓・迎!!」
ディスは歓喜の大声を上げながら、勢いよくユウの手を取る。
バチンと大きな音を立てて取られた手には、痛快な痛みが走った。
「いってぇ!」
「なになに! もしかして事前に2人で打ち合わせしてたの!?」
「いや、そっちがしてたんじゃないのか?」
『簡単な予想だ』
2人はマリオンの方に視線を向けた。
それは無機質なドローンだと言うのに、どこか得意げな表情を浮かべているようにも見えた。
『資金がいるのに、斡旋されている職場はここしかないのだから順当な結果だろう』
「・・・とか言って、マリオンも話が上手くいきすぎて驚いてるでしょ」
『・・・驚いてなどいない』
ディスはニヤニヤと頬を緩め、マリオンをからかい始める。
マリオンは嫌がる素振りを見せ、いつもの様に棘のある言動をするが、それもどこか柔らかく、辺りに和やかな雰囲気が流れていた。
そんな夕日に照らされた2人を見ながら、ユウは目を細めていた。
あんな始まり方で・・・
色んな事があったけど・・・
この終わりに続いてるなら・・・
ユウは郷愁を感じさせる夕日に向かって、笑みをこぼした。
まぁ、納得できるかな?
それは変えるつもりのなかった彼の不幸な過去が、今まさに実感を伴って変わった瞬間であった。
幾日後の朝。都市中心の一区画に設けられた厳かな教会。
そこで、1人の男が長椅子に座り、固く目を閉ざして聖堂奥の祭壇に向かって祈りを捧げた。
祭壇には豪奢な彫像が飾られていた。
歯車の様な、舵輪の様なモチーフと放射状の模様があしらわれ、その周囲をラッパを咥えた羽の生えた子供達が取り囲む。
天窓からは陽光がそれらを照らし出し、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「ラック牧師様」
女性の声だった。
穏やかに目を開いたラックは後ろを振り向く。
そこに居たのは、眼鏡にスーツ姿でいかにもビジネスウーマンといった様相であった。
「ピニオン君。今は大事な祈りの最中ですよ」
「中央議会議員らとの会食の予定が迫っております」
「秘書だからと言って、この時間を邪魔されますと─────────」
「早くしてください。あなたは特別でも、周りは凡俗です」
ピニオンの吊り上がった目に睨まれながら、ラックは溜息をついて両手に抱えていたモチーフを放した。
「啓示は得られましたか?」
立ち上がり、身廊を歩くラックの後ろに、ピニオンはピッタリと並ぶ。
「ええ・・・待ち人は、まだ来ないそうです」
「そうですか。信者獲得ならずですね。ご愁傷様です。会食後は更生センターにて教誨です」
「忙しないですねぇ・・・」
ラックは苦笑いを浮かべると、天窓から差す光は消え去り、代わりに扉から差し込む光に照らされた。
完璧なタイミングで自然の照明が移り変わった訳だが、彼らはそれを見ても驚愕しない。
「ですが、これも全て決まっていた事。私は託宣通りにあの図書館を焼き払うために、尽力しましょうとも!」
ラックは柔らかな微笑みを湛え、高らかに宣言する。
光は彼らを優しく包み込み、そして重厚な扉はゆっくりと閉ざされた。
無人となった暗闇の聖堂内。
静謐に満ちたその空間にあったそれは、無数の目をしりきに動かしていた。
「こちらにサインお願いします」
「は~い」
ユウの母は、配達員から小包を受け取った。
お互いに一礼を済ませると、配達員はペダルを漕いで次の配達に向かっていった。
「届いたのか?」
玄関に顔を覗かせたユウの父が、物欲しそうに袋を見ていた。
「ええ。あの子も直接渡しに来ればいいのに」
「新しい生活が始まるんだ。色々と忙しいんだろう」
父は母から小包を受け取ると、すぐに内容物を取り出した。
それはあの日ユウが借りて行ったアルバムであった。
「うお~! わっかいな~!」
好奇の大声を上げながら、スワイプを繰り返し、自分たちの過去を鑑賞する。
「ハハ! 母さんも若い!」
「・・・まだ若いでしょ?」
「・・・」
「今日の夕飯はいらないって事ね」
「いや、違うんだ。この写真なんだが・・・」
そう言って、母に見せつけた画面はユウの高校卒業の日に撮った写真であった。
「あいつ、あの日こんなに笑ってたか?」
「笑ってたから、取れたんでしょ? 話を挿げ替えないでよね」
笑顔でピースサインをこちら向けるユウの写真に首を傾げながら、2人はドタバタと室内に戻っていく。
軽口を叩き合いながら、笑う彼らの姿をそれは静かに音を立てて見守っていた。
日は落ち、街明かりが眩しい夜。
仕事を終えたディスは自宅のドアを無言で開けた。
真っ暗な廊下が彼女を出迎えたというのに照明が点灯することは無かった。
室内カメラには布が掛けられており、ディスは手に抱えた小包をめんどくさそうに持ち直した。
そして薄っすらと見える物体の輪郭を頼りながら、彼女は廊下を進んでいく。
その途中で小包を乱暴に破り、中身を取り出し一瞥した。
それは1冊の本とメッセージカードであった。
ディスは手慣れた様に、本のタイトルだけを確認すると、迷いなくゴミ箱に向かった。
蓋を開け、それらを押し込むが既に入れていた別の何冊もの本が邪魔で入りそうになかった。
「もう!!」
ディスは致し方なく溜息をつくと、本をゴミ箱脇に置き、しかしメッセージカードだけは、これでもかと手に力を込めて圧縮してゴミ箱の奥に押し込んだ。
その後、ふかふかのソファに横になった彼女は溜息をついて、とあるウィールからのメールを確認した。
それは未成年の彼女には届くはずのない通知。婚約通知であった。
「名前、ユウ。年齢、20歳、3歳差。身長、178cm。体重、59.8kg。職業、会社員。学歴─────────」
小声で読み上げるディスの声は冷たかった。
けれど、虚空に映し出されたウィンドウに注がれる眼差しにはどこか期待が含まれていた。
そんな複雑な彼女の様子を、無垢なるそれは気取られる事無く垣間見ていた。
ユウはカーテンを開け、朝日を浴びる。
いつもより少しだけ早く起きた彼は、朝日に向かって大きく伸びをして見せた。
「さて、準備しますか」
無垢なるそれは、羽音にも満たない小さな音を立て、ユウが身支度を整えるのを眺めていた。
彼は概ね予定通りに、シャワーを浴び、歯を磨き、髭を剃って朝食を食べている。
そんな取り留めのない成人男性の朝の身支度は、それにとって全く持って良いものであった。
「体力万全。身だしなみOK。栄養補給完了。経路も記憶したし、荷物も問題なし」
ユウは、少しだけ浮ついたように1つ1つ指差し、声を出して確認していく。
完璧な身支度をし終えると、彼は颯爽と玄関へと向かった。
靴を履き、紐を結び、立ち上がってドアノブに手を掛けた瞬間、1通のチャットが届いた。
『俺が言うのもなんだが、頑張れよ。応援してる』
突然、予定に無かった激励が届き、ユウは嬉しそうに表情を緩めた。
そうして彼はドアノブを捻りながら、軽い返信を書く。
「良い日だなぁ・・・」
そんな他愛もない、言ったかどうかすら覚えていない様な独り言を呟きながら、ユウは新たな一歩を踏み出していった。
拙作をお読みいただきありがとうございました。
続きの構想はありますが、今回はここまでとさせてください。
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それでは、またどこかで。




