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ユウはコーヒーを片手に、眼前に広がるデータ群に目を通していた。
病名は、チャネル病?
聞いたこと無いな・・・
すごい。植物の種類から花言葉、付着してた塗料のメーカーまで調べてある。
家系図、通院歴、友人関係、勤務先、所属先、趣味趣向、学歴、身長、体重、性格分析、感情特性、認知傾向、意思能力、尾行結果、等々。
そのデータ群は、あの応接室で見たものとは全く違っていた。
整然としておらず雑多であり、無駄な情報が付随した全く加工されていない生のデータ。
それは実に見難く、しかし、より子細な情報の塊であった。
・・・俺って本当に部外者だったんだな
少し肩を落とすユウだったが、すぐに持ち直すと、メモアプリを開いて自分だけが知っている情報を書き加えた。
『先輩は過去に自分で決めずに後悔したことがある』
一体、何を決めなかった?
思い当たる節は1つしかなかった。
ユウは手際よく情報群の中から、最終訪問日の口述筆記記録を引っ張り出す。
それにざっと目を通すと、問いとその答えをメモに付け加えた。
『何を決めなかった→子供をもうける事』
先輩が自分で自分の事を決めない、決められないなんて事は考えづらい。
恐らく、誰かが関わってた。それはきっと不幸にしたくない大切な相手だろう。
肉親がいない先輩にとってのそういう関係はシャーデーさんしかいない。
とすると、シャーデーさんとの間で、過去に問題になったのはこれ以外ない。
そしてユウの思考が止まる。
彼は腕を組み、唸り声を上げた。
それがなんで"本の作成"になるんだ?
黙考するユウは貰ったデータを漁り、自分の記憶を辿ってみる。
まるでコーヒーの熱が前頭葉に移ったかのように、片方は冷め、もう片方は熱くなる。
・・・それが残るものだったから。
古今東西、昔から創作者は自分の作品を我が子だという。
先輩は"本"をそれに見立てた?
"本"=我が子。我が子は手で触れられるから、もちろん作る"本"も手元に残る物でなければならない。
開きっぱなしの目は乾き、いくばくかの時間が過ぎ去った。
でもこの場合、"本"は"執筆された作品"ということになるわけだけど、あの紙に書かれた文章は物語じゃなかった。
それにそもそもこの前提だと"本"じゃなきゃいけない理由にならないし、シャーデーさんとの関係がなにも無い。
子供が欲しかった先輩が独りよがりに暴走した? シャーデーさんを不幸にしてまでか?
軽く暴走するかもしれないが、先輩はすぐに気づいて謝罪する。
そもそも、そんな短慮な人なら、俺は慕っていない。
・・・だめだ。わからない。
行き詰まったユウはデータとメモを最小化し、一度立ち上がってベッドの方を見た。
思いつかないのは、やっぱり寝てないからか?
・・・しょうがない。ちょっと休憩するか。
ユウは棒立ちしたまま動かず、思い直したように再度椅子に腰かけた。
さっきから眠気が無い。
これじゃあ、目をつぶっても考えてそうだな・・・
しかし、一休みは入れたかったユウは、何とはなしに借りてきた本に手を伸ばした。
彼が休暇中、一人の時間にすることと言えば専ら読書であり、その行動はほとんど無意識であった。
そういえば先輩に本を渡したときは・・・
だというのに、彼の思考は休むことをせず、訪問初日のフロイデの行動を追想し始めた。
そうしてあの日のフロイデと同じように、装丁を撫で、ページをパラパラとめくった。
もし俺がこれを作ろうとしてたら、普通に諦める。
こんな上質な装丁なんて作れる気がしない。
各ページの紙、書かれた文字の形、どれをとっても手作りで真似できるなんて思えない。
次に1ページ目を捲り、本文に目を通す。
じっくりと読み込むことはせず、話の流れだけを追ってみる。
内容だってそうだ。
想像だけで、こんな何万字も書いて、かつ綺麗な物語にする。
そんなこと俺には無理だ。そんな創造力、俺にはない。
出来たとしても写真付きで1ページ、今日会った事を書くのがせいぜいだろう。
・・・って、それじゃあ日記じゃないか。
そこでユウのページを捲る手が止まる。
本を机に置くと、次に取り出したのは実家から借りてきたアルバムであった。
子供をもうけなかった事は問題じゃない。
子供がいないという事の意味を考えるべきだったんだ。
ディスプレイをつけ、写真を流し見する。
次々と流れていくたくさんの写真。幼い自分と身に覚えのない過去を語る母。忘却と心配。
そしてユウは確かめるように、貰った情報の中から写真に関する情報を探してみた。
やっぱりだ・・・
先輩の家には写真を飾るディスプレイが1つも無い。
旅先で撮った写真の1枚ぐらいあるはずだろうに、これは不自然だ。
写真を飾りたくないからなのか、はたまた存在し無いからなのか。
ユウは顎に手を当て、思考を書き出し、手元の情報を吟味する。
特に夫婦間で問題があったような情報は無い以上、後者としてみた方が良いか。
しかし、何故だ?
何故先輩は、なりふり構わず材料を集め、病気の体を押して無理にでも"本"を作ろうとしたのか?
急に思い出を残そうとした動機・・・
急に降りかかった問題・・・
ユウは気になっていた1つの情報を詳しく調べ始める。
そして一度だけ頭上のカメラの様子を伺った後、思考をメモに書きなぐり、視界の中央に配置した。
うん。これなら、シャーデーさんに秘密にしてた理由も紙に書かれてた内容とも合致する。
恐らくこれが先輩が"本"を作ろうとした理由なんだろう。
彼は納得した様に数回頷くと、突然頭を抱えて机に突っ伏した。
で、だ・・・
その上で俺に何が出来るかと問われれば、それはもう"本"を作ることぐらいしか思いつかないわけだが、それだけじゃ足りないのも事実で、というかそもそも紙の大量生産が必要不可欠なわけだけど、肝心の材料の当てがないわけで・・・
どうするんだ、これ・・・
詰み始めたと認識した瞬間、ユウは襲う睡魔に負けそうになる。
「・・・だぁああああああああ!!あがくって決めただろうが!!」
発奮した彼は勢いよく起き上がると、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
ユウはまずウェブ上で紙の材料について検索をかけた。
いやおうなしにウィールの要約画面が現れ、書かれた材料名に目を通す。
木材に、麻に、竹などなど。一筋縄では手に入らなさそうな材料名に、ユウの気分は沈み込んだ。
しかし、諦めないユウは次に各材料の入手先を探す。
製造元のホームページを開き、単価を確認して腰を抜かすことになった。
あまりにも高すぎる・・・
定職に就いていたとしても手が届かないその額面に、ユウの気分は更に沈み込んだ。
たったの開始数分で彼の心は折れそうになっていた。
ピンポーン。
インターホンが鳴ったのは、そんな時だった。
ユウにとってその来客は心当たりが無かったが、それが逆に誰が訪れたのかを示す指標になっていた。
「やっほ~。差し入れ持ってきたよ~」
片手に雑多な食品が入ったビニール袋を持ったディスは、苦笑いを浮かべた。
「・・・なんでそんなに汚いんだ」
「ああ、これ?さっきまで、お仕事してたから」
持っていたビニール袋は綺麗そのものであったが、彼女の頭や服には折れた枝や葉、泥や砂埃が付着しており、まるで公園で好き勝手暴れまわった子供の様な姿をしていた。
「どんな仕事なら、そうなるんだよ・・・」
「色々だよ、色々」
そう言いながら、ディスは玄関先でバタバタと汚れを叩き落とし始めた。
「おい!枝が飛んで来たぞ!」
「あはは。ごめんごめん」
「ったく・・・」
そう言って彼は枝を拾うと、散らかった玄関先を見た。
あれ? どっかで同じような光景・・・
「お、やっぱり今日は当たりの日だ」
理解できない発言をするディスを見上げると、彼女はユウの部屋の奥を眺めていた。
ユウは振り返り、ディスが何を見ていたのか確認しようとした。
瞬間、ユウの視界は赤く染まり、その眩しさに目を細める。
それには見覚えがあった。
「ユウ君の部屋、綺麗に夕日見えていいな~」
赤々と燃える夕日が窓から玄関に向かって真っすぐに差し込んでいた。
そしてユウは思い出す。この郷愁を帯びた綺麗な夕日を見たあの日の事を。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・どうしたの?」
ディスがユウの顔を覗き込むと、瞳の中の端末が忙しなく動いているのが見えた。
自分の考えが実行できる何かを検索し、アイデアをメモに書き留め、貰った情報と持っていた情報を並べて整理する。
「1つ聞きたい事がある」
そう言ってユウはすっと立ち上がると、またすぐにしゃがみこんだ。
頭を抱えて蹲ったかと思うと、また立ち上がり、しゃがみこむ。
意味深な屈伸運動を繰り返すユウに、ディスは不審な目を向けた。
「何?大丈夫?ちゃんと寝た?」
「寝てない。大丈夫じゃない。行き詰ってる」
「まあそうだよね・・・。1回ちゃんと寝てから考えても─────────」
ユウは最終的に立ち上がると、夕日を見つめたままディスに宣言した。
「でも、依頼内容は決まりそうだ」
ユウはディスの肩を強く掴む。
夕日に照らされたディスは驚き、身をすくめた。
「今から言う事が出来る/出来ないじゃ無く、可能性があるかどうか教えてくれ」
真っ直ぐにディスの瞳を見つめたまま、ユウは僅かな希望に賭ける。
確証は無く、自信は無く、正しさは無く。
責任は無く、実感は無く、納得もまた無い。
そこにあったのは、ただ迷いと祈りだけであった。




