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 ユウとメルツは会話もせず、つかず離れずの距離を取ったまま、行く当てもなくさまよっていた。


 こんな夜遅くに、あそこで話すわけにもいかなかったから出てきたわけだが・・・


 ユウが徐に後ろを振り返ると、低木に隠れる人影と機影が見えた。

 それがディスとマリオンのコンビであるのは考えるべくも無かった。


 あれで尾行してるつもりなのか?


「ねえ、やっぱり静かすぎるよ。夜じゃあ尾行は無理だって」

『だからと言って、クライアントを危険に晒せないだろ!』


 ルプスの2人が低木の裏でコソコソと相談している様子を見ながら、ユウは頭を掻いた。

 2人はユウの視線に気づいていない様で、ユウは仕方なしに見ぬふりをして、メルツの背中を追うことにした。


 しかし、こいつはいったい何の用で来たんだ・・・?

 これも持ち出してきちまったし、早く帰りたいんだが・・・


 ユウはポケットに入れた紙片の存在を片手で確認しつつ、前を歩くメルツを見た。

 彼の足取りはどこかぎこちなく、背中は丸まり、挙動不審であった。


 街頭カメラを発見しては、視線を逸らし、発見しては、視線を逸らす。

 その怯えっぷりは、ユウの知る人物像から大きな乖離があった。


 工場長と同じような挙動。

 プラグインは使ってるな。

 ということは、行き先も決まってないんじゃないか?


「おい。どこまで行くんだ」


 怒りを削がれたユウは不意に声をかける。


 大雑把で自信過剰、ポジティブ思考の浮気な男。

 だったはずの旧友は、慌てて振り返ると、取り繕った様子で先を指さした。


「そこの、噴水までだ」

「分かった」


 ユウは足早にメルツの隣を通り抜け、目前の噴水広場へと急ぐ。

 途中、後ろからメルツのか細く引き留める声が聞こえたが、ユウの心には響かなかった。



「着いたぞ。ここで何するんだ?」

「いや、場所はどうでも良くて・・・」

「ああ、そう。じゃあ早く要件を言ってくれるか。見て分かる通り、今、深夜なんだよ」


 ユウは気だるそうに広場に設置された時計を指さす。

 時刻が深夜2時を過ぎている事を確認したメルツは、ざっと辺りを見渡した。

 広場には人っ子一人おらず、また、隠れる場所もない。

 そのためか、ディスとマリオンは遥か後方の広場入り口付近から2人の様子を伺うので精一杯という様子であった。


「・・・」


 そしてメルツは俯き、黙り込んだ。

 額に脂汗を浮かべながら、時折、迷う様に視線を漂わせる。


 会話もままならないって・・・

 ウィールの通知が見えないだけで脅え過ぎだ。

 一体、何をそんなに気にして─────────


 噴水から大きく水が吹き上がる。

 誰にも鑑賞される事の無かった噴水ショーを背に、ユウは1つの仮説を口にする。


 噴水からは絶えず水が流れ落ちているが、大きく水が吹き上がる事は無い。

 時刻は深夜。誰にも観賞されないはずなのだから、それは無駄でしかない。


 そして2人の間に流れるこの時間も、また無駄であった。

 ただ意味のないこの時間を終わらせたかったユウは、1つの仮説を口にする。


「さっさと要件を言えば殴らないよ」

「・・・え?」


 顔を上げたメルツはキョトンとした表情でユウを見る。

 ユウは視線を逸らすと、皮肉な笑みを浮かべて次の仮説を口にした。


「それともあれか?もしかして殴れるチャンスを窺ってるのか?だったら、さっさと殴れば─────────」

「違う違う!そんな事は考えてないって!俺はただ謝りたくて・・・」

「謝る?」


 メルツはハッとした顔をした後、乱暴に頭を掻きむしって唸り声をあげた。

 そして自身の頬を強く叩くと、ユウを真っ直ぐに見つめ、意を決した様に深々と頭を下げた。


「今までユウの事、ずっと陰で馬鹿にしてた。それを聞いたから怒ったんだろ?だから、ごめん!」


 ユウはそのあまりに愚直な謝罪に呆気にとられた。

 つい先日まで、自分の事を馬鹿にしていた人物が、まさか本当に謝るとは思っていなかった。



 暫くの間、広場には水が流れ落ちる音だけがあった。

 反応のないユウを気にしてか、メルツはゆっくりと顔を上げる。

 ユウはしかめ面をしながら、メルツに疑いの目を向けていた。


「随分と変わり身が早いな。ウィールにそう言う様に指示されたのか?」

「違う。これは俺の意思だ」

「じゃあ、そういう風に言えば、また俺を玩具に出来るって思ったって事か?」

「だから違うって! そんな事考えて無ぇよ!」


 さっきの謝罪・・・

 言葉に淀みが無かった。


 ユウは冷静にメルツの顔をもう一度観察する。


 目は時折泳ぎ、額には脂汗。こんなに不安そうにしてるのに変だ。

 まるでさっきの謝罪は、前から想定していたみたいじゃないか。


 ユウは言葉の裏について思案するが、メルツの狙いが何なのか全くわからなかった。

 しかし、そんなことはどうでも良かった。

 既にユウの中では、メルツへの対応は決まり切っていたからだ。


「言っとくが、許す気は無い」


 その言葉にメルツは、ユウの瞳を覗き込んだ。

 揺れ動かない瞳と縋る様な瞳が交錯し、そして彼は肩を落とした。


「ま、来る日が来たって感じか・・・」


 諦めた様に溜息をつくメルツに、ユウは眉を顰めた。

 メルツの態度は、先程の謝罪はただ実直に仲直りのためのものであった事を物語っていたからだ。


「・・・許されないのは想定外だったか?」


 ユウは鼻で笑って見せる。

 それはメルツの狙いが見えない現状の気持ち悪さから発露した煽りであった。


「・・・いいや、想定内だな」

「は?」

「だってお前、頑固じゃん」


 メルツは苦く笑って見せ、ユウは身に覚えのある状況に混乱した。


 想定内なのに謝罪したのか?

 許されないのが分かってるのに、なぜ?

 ・・・こいつも楽になりたかったのか?


 その過った考えにユウは、ポケットの中の紙片から手を放す。

 自分が何に酔って、吐き気を催していたのか。気づいた彼は、注意深く眼前の男を観察した。


 メルツもそうだったのか?

 もしそうであったなら、今どんな未来にいるんだ?


 ユウは口を手で押さえながら、そこにあるはずの答えを覗き見た。

 そこにいたのは、欲しかった未来が手に入らなかった事を悔やみ、ただただ残念そうにしている男が佇んでいた。


「昔、がっかりしたんだぜ? 全然噂と違う、ちょっと頑固なだけの一般人なんだもんな」

「・・・噂?」

「同期の中で社内に変なもの持ち込んで、1人で飯食ってる可哀想な奴がいるって噂」


 ユウの目つきが思わず鋭くなるが、メルツに気にする素振りは無い。

 それどころか、先程まで表に現れていた不安や恐れが忽然と無くなっていた。

 代わりに現れていたのは、諦念であった。


「次の部署移動で一緒になるから、内輪で話すネタに丁度いいじゃんと思って近づいたんだけど、これが想定外! 至って真面目。通知通りに生きてる大して面白い話もない普通の男ときた! いくらウィールが勧めるからって、本当に最初はつまんなかったわ~」


 メルツは徐に噴水に向かって歩き始めた。

 ユウはそれを目で追い、彼の話に静かに耳を傾ける。


「イベントも無ければ、ハプニングもない。もう友達辞めたいな~とか考えた事もあった。でも、お前があの話を持ってきたのをきっかけに、またまた予想外な事になる」

「あの話って?」

「婚約破棄さ」


 一瞬、街頭カメラに目を奪われるメルツであったが、既に彼にとってウィールの予測する未来は、憂慮すべき事柄ではなくなっていた。


「正直驚いた。俺もたまに通知に従わない事はある。だけど些細な事だ。夕食をカレーじゃなくてハンバーグにするとか、ちょっと2、3時間夜更かししてみるとかそういう本当に些細な事だ。だけど、婚約破棄は次元が違う。結婚なんて人生のかなり大事な部分だろ。それが駄目になったっていうのに、飄々としているお前に一番驚いた。さも不幸な事があったような演技をするが、その実ほとんどダメージになっていない。こいつはどういう思考回路してんだ!? って俄然興味が湧いたさ」


 彼にとっての憂慮すべき未来は既にここにあり、そして今にも過ぎ去ろうとしていた。


「よく話をせびってただろ?あれはそういうこと。そんで聞くたびに思うわけ。ほんの些細なイレギュラーに脅える自分と、平然としているお前。仲間内で馬鹿する自分と、一人で飯食ってても平気なお前。なんだか悔しくって、申し訳なくって、自分の度量の狭さに自己嫌悪もした。そんでいつのまにか、その自由さに憧れてた」


 彼は過去を振り返りながら、過去になろうとする今を手放す決意を固める。


「でもダメだな。俺に自由は怖すぎる」


 ユウに振り返ったメルツは困った様に笑った。


「・・・なんで」


 ユウは聞かなければいけなかった。


「なんで、今そんな話をするんだ」


 彼が何を思い、何を考え、どうしてそんな昔の話を振り返るのか。

 それがどんな未来を引き寄せるのか。

 ユウには知る必要があった。


 しかし、メルツは肩を竦めて首を傾げる。


「さあな」

「なんだよそれ。何も考えてなかったのか? これを言えば泣き落としが出来るとか、自分の気が晴れるとか、普通なんかあるだろ」

「無いと思うぞ? 今はただ好き勝手話してるだけで、特に何の意図もない」

「・・・聞き手のことも考えろよ。勝手な奴だ」

「勝手なのは分かってる。でも俺は予想通りの未来だったとしても、最後に本音をぶちまけておきたかったのさ」


 メルツがそっと今を手放したその時、噴水が大きく吹き上がった。


「あれで終わりなんて納得できないってな」


 高々と打ち上げられ、水面を叩く水音が響く中、ビルの間から朝日がそっと顔を覗かせた。

 水しぶきは燦然と輝き出し、今まさに夜は過去となり、朝の前の静けさに書き換わった。


「・・・そうかよ」


 そしてメルツと共に噴水を見上げるユウの中でも、確かに過去は書き換わりつつあった。



 早朝の閑散とした駅前をメルツは歩いていた。

 背を丸め、地面を見つめながら、彼はいくつかの街頭カメラの横を通り過ぎた。

 しかし、顔は上げず気にする素振りすらない。

 それは静かな視界になれたわけでは無く、今日以上の不幸など、なかなか起こらないだろうと腹をくくっていたからだった。


 という訳でもなく─────────


「なんでついてくるんだ?」


 メルツは訝しげに後ろを振り返った。

 彼の背後には、噴水広場から無言で尾いて歩くユウの姿があった。


「考え事だよ」

「はぁ?」

「次の電車の時刻は?」


 メルツはユウの要領を得ない解答に首をさする。

 ユウは真剣な顔つきで、メルツの返答を待っていた。


「さぁな。ウィールの通知を見る気にもなれないし、適当に来た電車に乗るよ」

「そうか。それなら言っても良いか」


 ユウは目の前で疑問符を頭に浮かべるメルツに向かってさらっと言い放った。


「もうブロックしてないから。今後は、こんなまだるっこしい方法で呼び出すなよ」


 メルツは口を開けたまま放心する。

 しかしながら、ユウは何食わぬ顔で更につらつらと付け加える。


「間違えるなよ。許したわけじゃないからな。お前はこうなる事が分かっていながら、俺の事を貶し続けたんだ。その償いはしてもらわなきゃ割に合わないってだけの話だ」


 ユウはメルツの前にそっと手を指し出す。


「だから、今日から再スタートって事で、よろしく」


 メルツはその手を見ながら暫く固まった。

 彼の予想の範疇を超えた状況に脳は硬直していた。


 呆けた顔で硬直するメルツに痺れを切らしたユウは、手をもう一つ前に突き出し催促する。


 動いた手に驚いたメルツはユウの顔を見て、そしてまた手を見つめた。

 徐々に思考が働き出し、ユウの意図を理解し始める。


「いいのか?」


 メルツは頬を緩めながら、目に溜まった涙を袖で拭う。

 その姿にユウは皮肉に笑って見せた。


「嫌なら辞めるか?」

「辞めねぇよ!」


 メルツはユウの手を取り、2人は固い握手を交わした。

 それは贖罪の契りというには優しすぎる握手であった。


「ありがとう・・・」

「勘違いするなって言ってるだろ」

「それでもだ・・・」


 ユウは頬を掻きつつ、メルツから視線を逸らす。

 それを見て、メルツは含み笑いを浮かべた。


「なんていうか・・・」

「なんだよ」

「お前ってウィールが無いと、そんな感じなんだな」

「お前もな」


 メルツが勢いよく鼻をすすり顔を歪めると、ユウは忍び笑いを漏らした。

 そうして2人は顔を見合わせると、今まで抱いていた印象と違う友人の姿に声を出して笑い合った。


 道端で笑い合う2人を見て気味悪げに遠ざかる人もいたが、幸福が保証されていなかった2人の未来の空は、驚くほど綺麗に澄み渡っていた。



 それからユウはメルツが駅構内に消えていくのを見送り、振り返るとチャットアプリを立ち上げた。


『ちょっと来い』


 そう送信すると建物の影から、おずおずとディスとマリオンが現れた。


「あのチャットが誤解を与えると分かって送り付けたな?」

「・・・ごめんなさい」

『しかし、素直に依頼主の名前を出しても、外には出てこなかっただろう・・・?』


 ユウはドローンのレンズ越しにマリオンを一瞥した。

 睨みつけたわけではなかったが、ドローンは気まずそうに少し下がると、ディスの後ろに隠れてしまった。

 声に反して幼い動きに、ユウは不思議そうな顔をして、ディスの後ろを覗き込んだ。


「ふわぁ・・・」


 すると、ディスが大きく欠伸をした。

 ユウはわざとらしくディスを一睨みすると、ディスは慌てた様に顔の前で両手を振った。


「違うよ!ちゃんと悪いとは思ってるから!」

「本当か~? 最初に合った時は、俺の顔見てケタケタ笑ってたじゃないか」

「あれは─────────」

「まぁそんなことよりだ。俺から2人に依頼をしたい」


 その発言にディスは瞬きを繰り返し、マリオンが背中から顔を覗かせた。


「え、依頼?」

「内容は・・・追って連絡する。とりあえず先立って、先輩の一件で集めた資料をくれないか」

『どういうことだ?』

「依頼内容を考えるのに使いたいんです。もしかしたら、あんまり使わないかもしれませんが・・・でも、今はとにかく情報が欲しいんです」

「何をするのかは決まってないけど、何かするのは決まってるって事?」

「そうだ」


 顎に手をあて考え込むディスであったが、マリオンの方はこれにすぐ反応を示した。


『いくら一時的な関係者とはいえ、社外秘を漏らすわけには─────────』

「いいよ」


 マリオンはディスの顔を覗き込むが、ディスはユウの目の奥を見つめていた。

 そこに映っていたのは、曇天の空の下で見た弱いものではなく、図書館で出会った時のものと同質のもの。

 実感を欲する彼の根底が映り込んでいた。


「恩に着るよ」


 朝日を見上げたユウは決意を固める。

 ウィールの指図でなく、牧師の言葉でもない。唯一の友が身をもって教えてくれた事。


 さて、あがいてみるか。


 過去を変えるための一歩を、彼は踏み出した。


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