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目を覚ましたユウは、いつもの天井でない事に困惑した。
見覚えのある懐かしい天井は、子供の頃から何百回と繰り返し見たもので、まだ夢の中にでもいるような不自然さがあった。
ユウは頭を掻きながら、寝ぼけた脳みそで現状の把握を行う。
眼内端末の時刻表示を確認すると、既に昼過ぎであった。
辺りを見渡すと、折り畳みコンテナが立ち並ぶ物置の様であったが、そこは確かに実家の自室であった。
昨日、帰ってきたんだっけ・・・
なんだか久しぶりによく眠れた気がする・・・
ユウはベッドに寝転んだまま、欠伸をして体を伸ばした。
「なんで眠れてるんだろうな」
彼は昨晩の事を思い返しながら、呆れた様に独り言を呟いた。
「いきなり辞めて、今後の事は何か考えているのか?」
家族で食卓を囲んだのは、随分と久々だった。
2年ぶりの帰省にユウは懐かしさを感じながらも、その心は深く沈み込んでいた。
『夕食にて、両親と再就職先について相談しなさい』
向かいに座る父は怒った様に顔をしかめ、母も心配そうにこちらを見つめていた。
牧師の言った事が気になって、プラグインを切って、通知に従ってみたけど・・・
「特には・・・」
「「特には・・・」って、なんだその無責任な返事は!同世代のみんなは、毎日頑張って社会に貢献してるんだぞ!」
やっぱり怒られるわなぁ・・・
ユウの好物の1つであった母特製のクリームシチューは、父の長い説教のせいで冷め切ってしまい、心まで冷めたユウには素直に味を楽しむ事など出来なかった。
ユウは顔を洗い終えると深い溜息をつき、リビングに入った。
そこには誰も居らず、父も母も仕事に出かけているのは明白であった。
『着席し、昼食を取りなさい』
机の上には食事が用意されており、その隣にはディスプレイが無造作に置かれていた。
ユウは作り置きのサンドイッチをつまみながら、ディスプレイを起動する。
それは自分の子供の頃のアルバムであった。
警告文は無し、と
指先を左から右にスワイプすると、若いころの両親の姿がそこにあった。
うわ~!
父さんも母さんも若~!
「ただいま~」
ユウが咀嚼しながら唸り声をあげていると、母が帰ってきた。
「あら、起きてたのね。おはよう」
「おはよう、母さん。今日は午後休?」
「そう。ユウが突然帰ってくるから、融通してもらったの」
ユウは小さな罪悪感を感じつつ、「今は話せません」とでも言いたげにサンドイッチを頬張った。
「でもきっと、心配いらないわね」
帰宅して早々、ユウのためにシチューを温め直し始めた母の口調は穏やかなものであった。
「ふぁいが?」
「飲み込んでから話しなさい。行儀が悪いわよ」
「・・・何が心配ないの?」
「ユウの就活」
母は器にシチューを盛り付け、ユウの前に差し出す。
それを受け取ったユウは、言っている意味が分からず首を傾げていた。
「昨日の晩。お父さんとユウが寝静まった後に、それを見ていたの」
母はユウの傍にあるディスプレイを指さした。
ちょうどそこには物心つく前のユウが、笑顔の母に抱かれている写真が映っていた。
「あなた、小さい頃から頑固でね。自分で選んだ玩具でしか遊ばなかったのよ。ウィールもよく根負けして意見を曲げてたわ」
向かいに腰を下ろした母は、ユウからディスプレイを拝借すると、次々に画面をスワイプした。
そして見せたい写真が画面に映ると、母は笑顔になり、ディスプレイを反転させてユウの方に画面を見せた。
そこには積み木を積むユウと、苦笑しながらユウを見守る父の姿が映っていた。
「ほら、この時も。この時も、この時も。全部、自分で選んだ玩具で遊んでた」
「昔も手を焼かせていたって事は分かったから、やめてくれよ」
ユウは小恥ずかしくなり、ディスプレイを両手で覆って突き返した。
なんというか背中がこそばゆい・・・
全然記憶にない無邪気だったころの自分の話をされるのって、結構くるものがあるな・・・
「これを見ていたら分かったのよ。私やお父さんが心配してたのは、忘れてたからだって」
「何を?」
母は画面を見つめ、いとおしそうに撫でて見せた。
「あなたはどれだけ道に迷っても、最後にはちゃんと自分で選んで答えを出せる。私たちは、我が子をそういう風にちゃんと育てたんだって事を」
母は慈しむ様にユウに対して微笑んだ。
「だから、きっと大丈夫」
それから母はユウにディスプレイを差し出す。
「あなたも見た方が良いみたいだから」
『アルバムを借りて、自宅へ戻りなさい』
新たな通知が届き、ユウは迷いながらそれを受け取った。
暗転した画面に映る自身の顔は、久しぶりによく眠れたせいか、少し幼く見えたのだった。
その日の夜。ユウは実家から借りてきたアルバムを眺めていた。
赤ん坊、幼稚園、小学生、中学生に高校生。
ユウの指先は緩慢に動き、各々の時代を生きる過去の自分自身を懐かしむ。
俺も老けたなぁ・・・
自分で言うのもなんだが、こんなに可愛らしい子がこんな小憎たらしい大人になるんだから、人間の成長って恐ろしいよな。
ユウは苦笑を浮かべつつ、右へ左へスワイプを繰り返す。
しかし、いつまで見てればいいんだろうな・・・
徐に通知の履歴を遡ると、最新の通知は1時間前。
『借りてきたアルバムを眺めなさい』
それっきり、ウィールからは音沙汰が無い。
ユウの指は雑に動き始め、どんどんと写真をスワイプする速度が速くなっていく。
赤子に戻ったり、青年に成長したり、行ったり来たりと写真を動かし、飽き始めたユウは次第に自分以外の被写体に目を向け始めた。
父さんも、母さんも端に居てばかり・・・
というか、俺が映っていない写真がほとんどない・・・
写真の中心には常に自分がいた。そしてその周りには両親がいた。
時を重ねる毎に大きくなる自分自身の隣で、次第に老けていく笑顔の両親の姿。
ユウは一抹の寂しさを覚えつつも、同時に彼らから愛情を注がれて育てられたことに言葉にならない感動を覚えた。
ユウは涙ぐみながら、最後に撮られた高校の卒業写真を眺める。
照れ隠しか、不愛想に口をへの字に結んでそっぽを向く青年。
まだ両親の愛情を実感しきれていない自分自身の姿がそこにあった。
写真を撮られているこの時は、何も感じなかったのにな・・・
そしてふと、図書館で出会った牧師の説教を思い出す。
「過去を変えるのです」
ユウは暫く指を止め、その写真に写る小憎たらしい自分の顔を見ていた。
静かに変わりゆくユウの心の内。それを見透かすように、室内カメラは次の予測を思考し始めた。
その時、チャットアプリが新着メッセージの受信を知らせた。
それはディスからの連絡であった。
『夜分遅くにごめんね。ちょっと急ぎで会って欲しい人がいるの』
『就寝しなさい』
被せる様にウィールが通知を告げる。
ユウはディスプレイを置くと、腕を組んでディスへの返信を書く。
『こんな夜更けにか?』
『突然でごめん。でもその人、勇気を振り絞って私達のところまで来てくれたんだ。だから、お願い』
『誰なんだ?』
『最近、ユウ君の周りで起きた事件に関係がある人』
なんとも判然としない回答に、ユウは頭を悩ませる。
最近起きた事件・・・
そんなの1つしかない。
だとすると、今会いに来ているのは・・・
ユウの頭には1人の老婆の顔が思い起こされていた。
居ても立ってもいられなかったユウは、すぐに引き出しを開けると、紙片を取り出した。
それから椅子を蹴って立ち上がると、そのまま一目散にドアを開けた。
そこでユウの足は止まる。
眼前には暗い廊下が現れ、その先にあるはずの玄関は目視出来ない。
本当に渡すのか・・・?
それで俺は納得できるのか・・・?
この先にある未来が思い描けないユウは唾を飲み込む。
足は竦み、紙片を握る手は徐々に脱力を始めていた。
『外出せず、紙片を捨てて就寝しなさい』
立ち止まるユウにウィールは警告した。
それは正しい行いではない。その先にあるのは不幸だ、と。
引き留める意図しか読み取れない警告文に、ユウはすぐさまプラグインを起動する。
視界から目障りなウィールが居なくなったことを確認すると、彼は深く息を吸い込み、大きく吐き出した。
ありがとう、ウィール。思い出させてくれて。
そして目をぎらつかせ、暗い廊下の奥を睨みつけた。
その指示だけはありえないってことを!
手に持っていた紙片を丁寧にポケットにしまい込み、暗い廊下に一歩を踏み出す。
照明は自動で点灯されず、ユウも照明に頼ろうとはしなかった。
最初から渡すことは確定してたんだ。
泥棒、恩知らず、人殺しだと言われるだろう。
だけど、それでいい。そうだとしても、俺にはこれを渡す責任がある。
ユウは鼻息を荒げて玄関へと向かう。
暗い廊下を勇み足で突き進む。
この機を逃したら、もう渡せないかもしれないんだ。
過去がどうのなんて言ってる暇はない。
これで納得できるはずだ。実感できるはずだ。
これでやっと─────────
『今のユウ君には、来て欲しくない・・・』
『なんだその無責任な返事は!』
突然現れたフラッシュバックにユウは吐き気を催す。
口から出そうになるものを手で押さえた時、ユウは自分の口の端が吊り上がっている事に気づいた。
歯を食いしばっていたのか?
彼は咄嗟にそう考えた。
苦痛に向かって突き進む現状を思えば無理もない認識であった。
しかし、その表情は確かに笑っていた。
ユウはそれに気づかず、苦痛に歪んだ笑みを浮かべながら自己正当化の文言を小さく唱える。
「これでいい。間違ってない。大丈夫。俺が悪い。罪は償えない。それが正しい。納得できる。大丈夫」
『どこに向かえばいい?』
靴に足を滑り込ませながらディスへ返信を送ると、玄関ドアを勢いよく開けた。
前のめりに外に出たユウは、玄関先に立っていた人物とぶつかりそうになる。
「うお!!」
叫び声を上げて、後ずさる男。その声には聞き覚えがあった。
ユウは全く予想だにしない人物の登場に面食らい、立ちすくんだ。
「ひ、久しぶりだな、ユウ」
男は気まずそうに、視線を泳がせながらユウに声をかける。
「なんでここに・・・」
そこにいたのは、ユウが憤りの果てに暴力を振るい、絶縁したはずの相手。
メルツがそこに立っていた。




