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ver1.3.2

 エレベーター内に会話は無く、ユウは冷や汗を流しながら、鳴りやまぬ自身の鼓動を耳にしていた。


 なんで通知見てないのに気付いた!?

 というか、見てないからってなんで乗り込んでくるんだ!?


 ユウは視線の端で無言のまま隣に立つ巨漢を捕え、注意を向け続ける。


 怖い!とにかく、怖い!!

 俺に何の用だ!?

 こんな密室で襲われたひとたまりもないぞ!?


 すると、男は突然ユウに向き直った。

 その動作に、ユウは反射的におっかなびっくりとした防御姿勢を取る。


「すみません。怖がらせてしまいましたね。謝ります」


 ユウの予想と裏腹に、男は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

 ユウは相変わらず警戒したままであったが、怯えた様にしか見えない防御姿勢を解いた。


「ワーカーホリックも程々にしないといけませんね・・・おっと、申し遅れました。私、こういう者なんです」


 顔を上げた男は懐から電子名刺を取り出した。

 ユウの眼内端末がすぐさまQRを読み取ると、とあるホームページに接続された。


 ファニム教 ラック牧師


「ファニム教・・・?」

「はい。以後、お見知りおきを」


 ラックは胸に手を当て、軽くお辞儀をする。

 ユウには、その所作には確かに品位が感じられたが、聞いたことのない宗教に眉を顰めた。


 宗教って、学生の頃に歴史の授業で習ったぐらいしか知らないけど、なんか全能の人型の実体が存在するとかそんな感じのやつだっけ?

 でも、AIの台頭で廃れて無くなったって習った気がするんだけど・・・


 ユウは目の前の男とホームページのプロフィールや経歴を交互に見比べながら、じっくりと値踏みする視線を送る。

 しかし、男は慣れた様に微笑むと、そのまま軽快に続きを話し始めた。


「先程、挨拶を返して貰えなかったので、もしかするとあなたは通知を見ていないのかも、と思いましてね」

「気を悪くさせたなら、謝りますが・・・」

「いえいえ、怒っているわけではないのです。ただ少しお力添えできればと思っただけなのです」

「力添え?」

「何か問題を抱えていらっしゃいますよね?」


 ラックがそう告げると、エレベーターの扉が開かれた。


「さあ、どうぞ」


 ラックは開ボタンを押しながら、ユウに先に降りるように促した。



 2人は書架の間を歩きながら、話を続ける。


「職業柄、私は様々な人の話を聞く機会があります。ただの雑談から、消えぬ罪悪感に関する人生相談まで。本当に色々と」


 先を行くラックの大きな背中を見ながら、ユウは首を傾げる。


 俺が先に行かないと、はぐれないか?

 別にそれはそれで、構わないんだけど・・・


「もちろん、あなたの様に通知を意図的に遮断する人物とも沢山お話してきました。だから分かるのです。あなたには今、相談する相手が必要なのだと」

「はぁ・・・」

「しかも、その相談相手は誰でもいいと言うわけではありません。何でも話していい。どんな迷惑をかけてもいい。しかし、内容は誰にも漏らさない。次に会うのは自由で、これっきりの関係にしても良い。そういう都合のいい相手でなければなりません」


 ラックは迷いなく書架の角を曲がる。

 そこは奇しくも、ユウが借りるべき図書が収められた書架だった。


「なっ─────────」

「しかしながら、そういった人物は稀です。なぜなら誰も買って出て不幸に巻き込まれたくはないからです。本来であれば、あなたは解決困難な問題の前に、寄る辺なく打ちひしがれる他ありませんでした。ですが幸運にも、そういった人物に巡り合えた」


 ラックは指で本をなぞると、徐に1つの図書を書架から抜き取った。


「こうして出会えたのも神の思し召しかもしれません。どうでしょうか、少しだけ私と話をしませんか?何かお力添えできるやもしれません」


 ラックは柔和に微笑み、胸の前でタイトルが見えるように図書を掲げる。

 ユウはそれを見て目を見開く。


 それは紛れもなく、ユウがウィールに指定されていた借りるべき図書であったからだ。



 書架の奥。読書スペースに並べられた机に、2人は向かい合って座った。


 ユウはジロリとラックの手元を確認する。

 そこにはユウの目当ての本が置かれ、微笑む牧師はそれに手を重ねていた。


 話すまでは渡せないって感じか・・・

 なんでその本だとわかったのか聞きたいところだけど、時間がない。

 帰りのバスが来るまでに本を返してもらわなければ・・・


「詳細に全てを話す必要はありません。あなたが話したい部分だけで構いませんよ」


 なにが「話したい部分だけで構いません」だ。

 話しの主導権を握ってるのは、そっちだろ。


 ユウは不服そうに表情を歪めてみるが、なおもラックはニコニコと笑い、本を差し出してくれそうもない。


 時間もないけど、信用もできない。

 こっちの情報は最小限にしないと・・・

 それでいて向こうが得意げに助言できそうな話は・・・


 ユウは少しの間だけ目を瞑り、話の構造を組み立て始める。

 天井に備え付けられたカメラは、その様子を静かに見守っていた。


「ある日、Aさんが暴飲暴食をしてしまいました。その結果、翌日、腹痛を引き起こして親しい友人との遊びに遅刻してしまいました」

「それはよくないですね」

「あくる日、反省したAさん、いつも通りの食事を取りました。しかし翌日、また腹痛になり、親しい友人との遊びに遅刻してしまいました」

「それは悲しいですね・・・」


 ラックは都度、表情を険しくしたり、悲しくしたりと忙しない。

 ユウは警戒こそしていたが、その表情の豊かさからか、いつの間にか肩の力が抜けてしまっていた。


「自分の意思に依る/依らないに関わらず、自分のせいで誰かを不幸にしてしまった。そういう時、その結果に納得する・・・・いや、ええと・・・そう!そういう時は、自分の意思に依らずにすぐに謝るべきですよね?」


 ちょっと口が滑ったけど、概ねこんな感じでいいだろう。


 ラックは神妙な面持ちでユウの目を覗き込んだ。

 その視線は眼球を通し、神経を遡り、ユウ自身の心の奥を見透かそうとするものであった。

 ユウは自分の内側を弄られるその感覚に、たまらず視線を逸らしてしまう。



 ラックは目を瞑り、顔を上げた。

 顎に手を置くとそのまま黙考を始め、辺りは静寂に包まれた。

 そしてユウは、はい/いいえで終わる自作の問いの答えを固唾をのんで待っていた。


「謝るべき・・・と言えば、そうなのかもしれません」


 ラックは慎重に言葉を発し始め、その単純明快な解答にユウの表情が明るくなる。


「しかし、それではあなたが納得できないでしょう」


 一瞬の楽観だった。

 ユウは自分の眉間に皺が寄らない様に気をつけつつ、表情を取り繕う。

 真剣に、切実に、食い入るように、ラックの回答を聞くふりをする。


「納得できなくても、仕方ないのではないですか?だって、迷惑かけてますし・・・」

「そうですね。謝罪はしなければならないでしょうし、そこに納得は必ずしも必要ではないかもしれません。しかし、それはとても重要で、上辺だけの謝罪は誰も幸福になりません。かえって、溝が深まる可能性だってあります」

「じゃあ、どうしろと?」

「過去を変えるのです」


 ユウの眉間にくっきりとした皺が出来る。


「少しお待ちを」


 ラックは本を持ち、席を立つ。

 書架に向かうと、上段の方から3冊の図書を抜き出し、すぐに席に戻ってきた。


 ラックはそれらの図書を、ユウに背表紙が見えるようにして、机の上に立てて並べた。

 背表紙に書かれたタイトルはどれも同じで、末尾にナンバリングがされている事から、シリーズものの小説であることが見て取れた。


「さて、このファンタジー小説を読まれたことは?」

「まだありませんが・・・」

「それでは今からあらすじを話します。その後、私の質問に答えてください。大丈夫。そんな目をしなくても、すぐに終わりますよ」


 ユウは態度を改めることはせず、そのまま懐疑的な視線を向け続ける。

 しかしラックはユウの視線を気に留めず、1巻目を前に突き出した。


「まず1巻目。これは実にシンプルです。魔王の軍勢に村を焼かれた主人公が旅に出ます。仲間を増やし、試練を乗り越え、聖なる武器を手に入れる。そしてついに悪の権化たる魔王を滅し、世界に平和が訪れて終わります。さて、このお話で主人公は納得する結果が得られたと思いますか?」

「そりゃ得られたでしょう。魔王倒してるんですから」


 ラックはユウの発言を確かめるように頷き、微笑んだ。

 そして1巻目を引っ込めると、次に2巻目を前に突き出す。


「それでは2巻目に移りましょう。こちらでは、再び復活した魔王を滅するため、主人公が再度旅に出ます。しかしそれは、主人公の力を恐れた国家の陰謀であり、謀略のすえ主人公は殺されてしまいます。さて、このお話で、主人公は納得する結果が得られたと思いますか?」

「納得なんかできないでしょう。1巻で世界を救ったのに、あんまりな仕打ちじゃないですか」

「そうですね。私もそう思います。では、2巻のあらすじを知った上で、1巻目の結果に納得できますか?」

「それは・・・」

「1巻目の結果が2巻目の結果が引き起こしている。そう考えると、魔王など滅ぼさない方がよかったと考える事も出来ませんか?」


 ユウは黙り込む。


 その理屈は理解できる。

 でも、飲み込めない。

 それを飲み込めば、ただの虚無だ。


 ユウは感情的に思考したが、それとは裏腹に、自然と嚥下する自分の喉に驚いた。

 湧き上がる感情に反して、理性はあまりにも冷たく、正しくあった。


 そうやって返答を返さないユウを見て、ラックは満足そうな表情を浮かべた。

 彼は指で1、2巻を倒すと、続けて3巻目を前に突き出した。


「最終巻です。死んだ主人公は地獄を旅し、打倒したはずの魔王と出会います。魔王は人の醜さを語り聞かせ、絶望した主人公の魂を食らう事で、復活しようとしていました。しかし、人への希望を捨てなかった主人公は、魔王の存在を完全にこの世から消し去ります。それを見ていた女神は祝福を授け、主人公は見事、現世に復活を果たします。復活した世界では、既に国民の手によって国王が追放されており、主人公は新たな国王として国民に暖かく迎え入れられました。さて、いかがでしょうか?」

「・・・納得は出来ると思います」

「1巻目と2巻目の結果には納得出来そうですか?」


 ユウはひどく難しい顔をしながら、少しの間だけ考え込んだ。

「飲み込めないほどではない」とでも言いたげな声で結論を述べた。


「・・・「最後にそういう結末を迎えるための途中経過だった」と言う事で納得できるかもしれません」


 ラックはユウの目を見つめながら、更に満足そうに頷いた。


「そう。2巻を読めば1巻は途中経過となり、最終巻を読めば2巻もまた途中経過となる。そしてその都度、各巻数における結論は捉え直され続ける。つまり、未来によって過去は捉え直され続ける。これが私の言う「過去を変える」という事です」


 横たわる2冊を無視して、ラックは最終巻を手に取った。

 そのまま表紙を手で叩き、静かな空間に重厚な音を響かせる。


「それでは、我々の人生の最終巻とはどこなのでしょうか?」


 ユウは質問には答えず、ただ静かに彼の説教に耳を傾ける。


「それは紛れもなく"死"です。"死"という終わりだけは変えることが出来ません!」


 ラックは手元の最終巻を雑に机に投げ捨てると、ユウの目当ての図書を手に取った。


「しかし翻ってみれば、そこまではどのようにも過去は変えることが出来るのです!」


 そうして自信満々に言い放つラックであったが、ユウはというと、腕を組んだまま、その論にいまいち実感が湧いていない様子であった。


「そう結論を焦らず。まだ実感がないかもしれませんが、すぐにわかりますよ」


 ラックはなだめるようにユウを諭しながら、手にしていた本を差し出した。


「さぁ、そろそろバスが来ます」

「あ、本当ですね」


 ユウは立ち上がり、本を受け取った。


「私は迎えが来ますので、ここでお別れですね」

「そうですか・・・相談に乗っていただきありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。ワーカーホリックの心を満たしてもらいましたので、ありがとうございました」


 2人はお辞儀を交わすと、ラックは何かを思い出したかのように「最後に」と付け加えた。


「2~3日の間だけで良いので、通知に従ってみてください。きっと理解の手助けになりますよ」


 ユウは首を傾げつつ返事をして、エレベーターへ向かった。

 書架の間を真っ直ぐ歩く彼の背後では、ラックが散らかった本を束ねて、整える音が聞こえていた。


 思いの外、聞き入ってしまったな・・・


 ユウが書架を曲がろうとした時、奥の机の方を少しだけ垣間見た。

 そこには片手を後ろに回して、ユウに笑顔で手を振り続けるラックの姿があった。


 やっぱり、変な人だ・・・


 ユウは歩きながら会釈をすると、足早にエレベーターへと向かうのだった。

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