ver1.3.1
全天を厚い雲が覆った薄暗い昼下がり。
ユウは例のお見合いで訪れた喫茶店に呼び出されていた。
「・・・」
向かいの席に座った呼び出し人であるディスは先ほどから口を開かない。
同席しているマリオンも机の上に三脚を伸ばして静止したっきり、黙り込んだままだ。
長い沈黙の中、ユウはコーヒーカップに映る自分の顔を覗き込んだ。
呼ばれたから、ここにいる。
そう顔に書いてあった。
液面に反射する自分の目からは、およそ気力というものが感じられなかった。
そんな重たい空気を察してか、カウンターの奥からはウェイトレスと店長の男女2人が、ユウらに向けて冷ややかな視線を注いでいた。
それを知ってか知らずか、ディスはガラガラと空になったグラスをストローで混ぜ返し、大きな音を立てる。
そうして何度目かも分からない穏やかにループする店舗BGMを聞きながら、なんとも居心地の悪いその空間に、ユウはただ座っている事しかできなかった。
『さて』
見かねたマリオンが先に口火を切った。
2人は顔を上げ、1人は虚ろに、もう1人は迷ったような視線をマリオンに注いだ。
『いつまでもこのままというわけにもいかない。単刀直入に聞くが─────────』
「あ、そういえばね!!」
ディスが不自然な大声を上げ、マリオンの話を遮る。
「この前、学校で授業中にヘッドホン付けて寝てたら生活態度が悪いって職員室に呼び出されたんだ!別に成績は問題ないんだから、つまんない授業中ぐらい休憩させてほしいのにさ~。「そのままだと、まともな就職先が無いぞ!」って、私もう起業してるけど!?って感じで、自分の生徒の事ぐらいちゃんと見なよ。職務怠慢じゃんって思ってね。あ、後ね。この前、また違うクラスの男子に告白されたんだけど、あれって意味わかんなくない?だって、まともに話したこと無いんだよ?大人は「自由恋愛できるのは学生の時だけ」って言うけどさ。別に大人になってからも独身で、自由に恋愛してる人だっているわけだし、今そんなに焦ってするべき事なのかな?ユウ君はどう思─────────」
『うちに来るのか?』
捲く立てるディスの上から更に被せるように、マリオンは音量を上げて発言した。
厨房で食器が割れる音が聞こえると、ディスは口を閉じ、目を伏せてしまった。
そして示し合わせたかの様に、別の席に座っていた数人の客はレジへと向かい始めた。
「わかりません・・・」
『何か我々以外に再就職先の当てはあるのか?』
「特には・・・」
『それなら、うちに再就職しろ。他に履歴書を送っても、ウィールのお墨付きが無ければ断られるのがおちだ』
「・・・」
『このまま無職でいると、更生センター行きになるぞ』
「はは・・・」
『笑っているが、それがどういうことか分かっているのか?ウィールがもみ消せない重犯罪者達と共同生活する事になる上、出所してからも世間の風当たりは強く、元の都市には住んでいられない。新天地でも噂は流れるし、転げ落ちた先にも幸福なんてあると思うな』
ユウは乾いた笑みを浮かべながら、もう一度コーヒーカップに視線を落とした。
液面は微かに揺れ、液面に映る自分の顔は醜く歪んで見えた。
そんな事は分かってる。
再就職通知を蹴って就活しても、どこも不採用。
しかし無職なら、二度と出てこれないって都市伝説もあるいわくつきの更生センター行き。
カップは更に揺れ、カタカタと音が鳴り始める。
ユウの顔は更に歪んでいき、どんどんと見知ったはずの自身の顔から遠ざかっていく。
通知に従うのがまぎれもなく正解だ。
だって、もう俺の力じゃどうしようもない。
そう。どうしようもないんだから、しょうがない。
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて─────────」
勢いよく机を叩く音が鳴る。
醜く歪んだ自分の顔が、カップの中に溶けて消え、ユウは顔を上げた。
向かいの席を見ると、ディスが無言で立ち上がっており、目を固く閉じていた。
「私は・・・今は・・・」
彼女の眉間の皺は固く、何度も口を開いては次の言葉を探し、そしてゆっくりと、苦しそうにその思いは紡がれた。
「今のユウ君には、来て欲しくない・・・」
ディスから不採用を言い渡されたその日の深夜。
眠れないユウはカップ麺にお湯を注いでいた。
注ぎ口から流れ出すお湯は綺麗な層流を作り出し、それに見入っていると、就寝を告げる警告文が送信されてきた。
ユウは煩わしそうにプラグインを起動し、沈黙したその通知アプリのアンインストールを試みる。
そうして意識を逸らしていると、目測を誤った注ぎ口から熱湯が零れ、ふちで跳ね返るとユウの指を軽く焼いた。
「あちっ!」
慌ててポットを置いたユウは、手を振って指先のお湯を払いながら溜息をつく。
そして飛び散ったお湯を来ていた衣服で雑に拭い、意識をまた通知アプリの方に戻した。
そこには消したはずの同じアプリが勝手に再インストールされていた。
やっぱり駄目か・・・
ネットで検索しても消し方は出てこないし、消せないのか、これ?
・・・まぁそもそも消したい方がおかしいんだって話か。
ユウは自嘲したように鼻で笑うと、椅子の背もたれにしなだれかかった。
脱力した彼はずるずると腰を前にずらしていき、非常に悪い姿勢でカップ麺の蓋の隙間から漏れる湯気を眺め始めた。
『紙を捨てなさい』
思考の片隅にべっとりとこびりつき、自分の声で再生されるその文言に、ユウは溜息を漏らす。
徐に机の引き出しを開けると、歪な紙片を取り出した。
先輩の意識は戻らない。
面会しようにもシャーデーさんの同伴が必要。
肝心のシャーデーさんは会ってくれないし、ましてや会話も難しい。
無理矢理送り付けても、通知が届いてそのまま捨てられるかもしれない。
・・・八方ふさがりだ。これ以上何もできない。
次に机の脇にあるゴミ箱に目が行く。
不調だと言うのに思いの他よく回る頭は、いらぬことを考え始める。
ユウは少し逡巡した後、上体を跳ね上げてもう一度椅子にしっかりと座り直した。
明日は本の返却日だし、父さんから呼び出しも食らってるんだ。
馬鹿な事考えてないで、これ食ってさっさと寝よう。
ユウは紙片を引き出しに戻し、箸を手に取った。
それからカップ麺の蓋を勢いよく外すと、彼は唖然とした。
「薬味入れてない・・・」
夜更かしした朝。少し寝坊したユウは、大勢の学徒と一緒にバスに揺られていた。
走り回る子に奇声を発する子。ウィールの指定した時間に乗車出来なかったがために、ユウは、縦横無尽、自由奔放な学徒たちの喧騒を我慢する羽目になっていた。
「おじさん、どこいくの~?」
唐突にユウの隣に少女が座り込み、小首を傾げた。
すると、椅子下に収納されていた一台のドローンが少女の頭上へと移動した。
警戒のためなのか意図は図れないが、ユウは特に意に介する事無く少し微笑むと、少女の発言をわずかに訂正した。
「お兄さんは図書─────────」
「わたし、きょうはえんそくで!きゃんぷで!!おとまりするの!!!」
「そ、そう。よかったね~・・・」
少女はユウの話を聞かずに、心底楽しそうに笑いながらペラペラと話し始める。
ユウは笑顔を引き攣らせながら、ドローンを一瞥し、空返事を繰り返す。
最近なんだかこういう小さな不幸みたいなのによく合うなぁ・・・
無視してるからなんだろうけど、疲れる・・・
暫くすると少女は満足したのか、「バイバ~イ」と手を振って元の席に帰っていった。
ドローンも椅子下に戻り、ユウは安堵の溜息を漏らした。
しかし、今度はチャットアプリにメッセージが届いた。それは母からのものだった。
『夕ご飯は、あなたの好きなクリームシチューにしたから。気をつけて帰って来なさいね』
食ってる時に父さんいなきゃいいけど・・・
スケジュールにあった以上、十中八九居るだろうなぁ・・・
『間もなく図書館前~図書館前~。お降りの際は停車ボタンを─────────』
憂鬱なユウはバッグにちゃんと2冊の本が入っている事を確認すると、停車ボタンを押そうとした。
ピンポーーン。
押してないのに鳴ったボタンに、飛び上がる。
すると、前方の方でクスクスと笑い声が聞こえた。
目を見やると、先程の少女とその隣の男児が顔を見合わせ、ユウの方を見ながら愉快そうに笑い合っているのだった。
歩く道の側溝には枯れ葉や枯れ枝が積もっている。
植えられた街路樹や低木は剪定不足で、通行の邪魔になりそうな箇所がある。
ユウは歩きながら、そういった園内の整備不良を目ざとく見つけていった。
今まであんまり気にしたこと無かったけど、なんだか綺麗じゃないな・・・
先輩の家の中とは大違いだ。
ユウは欠伸なんかをしつつ、相変わらず後にも先にも誰もいない道のりを歩いていく。
そして石棺の様な図書館が近づいてくると、1階のガラス張りのエントランスで何かが動いているように見えた。
清掃ドローンとかかな?
彼は目を凝らして中を窺うが、本日は快晴という事もあってか室内の様子はよく見えない。
しかし、ユウにとってそれはさほど大事な事ではなかった。
不審者ということはまずありえない。なぜなら、ここで人と出会ったことなど一度しかないからだ。
・・・昨日の今日で、さすがにいないだろ。
ユウは躊躇なく自動ドアを通り抜け、エントランス内に足を踏み入れた。
そこにいたのはドローンでもディスではなかったが、それは確かに人であった。
彼は目を丸くし、足を止めてしまう。
その男性は中央に設置された案内図を見ていたが、外の風音が聞こえた事に気づくと出入り口の方に振り返った。
首には歯車の様な、車輪の様なモチーフをあしらったネックレスを下げ、目尻にはくっきりと皺が入り、普段からよく笑っている事が見て取れた。
年齢は40~50代ぐらいに見え、立襟姿のその男性はユウと同じような素振りを見せてこう言ってみせた。
「おや、こんなところで人に会うとは珍しい」
しかし、ユウにはその男が内心では全く驚いていないように見えた。
口ぶりに反し、所作はゆったりとしており、そこにはおよそ心の隙のようなものは感じ取れなかったからだ。
誰かと会うなんてスケジュールに書かれてなかったと思うが・・・
一旦、プラグインを切って見るか・・・?
そうしてユウが不信感を募らせると、男はまるでユウの緊張を察したかのように、にっこりと目尻に皺を寄せて妖しく微笑みかけた。
ユウは眼前の怪しい男に会釈をすると、そそくさと返却口の方へと移動した。
男は変わらず微笑みながら、ユウから目を離さずにいる。
なんというか、変な人だ・・・
例え新しく通知が来てても、あんまり関わり合いになりたくないな・・・
ユウは猜疑心を強めながら、返却口へ順番に本を入れつつ横目で案内図の方を伺い見た。
「おはようございます」
背後から声をかける男は柔和な笑みを湛えているが、何かを試しているようでもあった。
図書館利用者って、皆こんな人なのかな・・・?
ユウは引き攣った愛想笑いを浮かべながら、挨拶を返し、エレベーターの方へと向かった。
男の視線を感じつつ開閉ボタンを押すと、既に1階に止まっていたようで扉はすぐに開いた。
これ幸いに、エレベーターに駆け込むと急いで行き先ボタンを押し、続けて閉ボタンを押し込んだ。
扉は指示通りにすぐに閉まっていき、ユウは狭まっていく空間を眺めながら肩の力を抜こうとした。
ちょっと失礼だったかな
ユウがそう思った刹那。
ガコン!!
扉が閉まり切るその寸前、分厚い手が扉に差し込まれた。
セーフティー機構が作動し、扉はゆるゆると観念した様に開いていく。
「あなた─────────」
開き切った扉の前には、先程の不審者が顔を覗かせた。
「通知を見ていませんね?」
ユウはたじろいで後ずさると、背の高い男はエレベーター内に足を踏み入れる。
そして扉は思い出したかのように動き出し、2人を中に閉じ込めるのだった。




