2.6
暗い応接室では、グラッグ工場長が椅子に座り、ディスとマリオンの説明を受けていた。
『結論から申しますと、問題は解決となりました。対象人物の持病が重篤化。それに伴い、昏睡状態となりました。ウィールによる覚醒予測は、予測限界である5年後以降との結果が算出され、医師の診断では、年齢の事を考慮すれば、そのまま衰弱死する確率の方がきわめて高いとの事。これにより、御社は対象人物へ解雇通知を出し、結果として問題の主因が無くなり、解決に至りました。詳しい経緯説明ですが、我々が工場内で行った調査の内容と対象人物の手口、そして行動動機について─────────』
スクリーンに映し出された資料と長々と続く説明にグラッグは眉を顰めていた。
「ええと・・・すみません。解決したんですよね?」
『はい。なので、こうして事後報告の方を─────────』
「で、ですよね!それなら別に報告書だけ提出してもらえれば結構ですよ。ありがとうございました」
「・・・すみません。一応、理由をお伺いしても?」
ディスはニコニコと気持ち悪い笑みを浮かべながら、嫌味ったらしくグラッグの表情を真似して見せた。
「「だって、ウィールがそう言ってるじゃないですか?」だって。あれは報告書も目を通さないね」
『いつもの事だ』
「そうだけどさ・・・」
雑踏の中を歩く2人を目で追いかける人物は誰もいない。
皆一様に1点を見つめ、器用に彼女たちを避けて歩いていく。
『問題は解決したが、今回は失敗だ。原因は、臨時助手で間違いないだろう』
「あの日、明らかに変だったしね。すごい協力的だったし・・・」
『こっちの進捗でも聞かれたか、はたまた別の何かか。いずれにせよ、対象人物を焦らせる何かを話すなりしたんだろう。でなければ、処方された薬を飲み忘れるはずがない。脳神経の疾患だ。飲み忘れれば、命に関わることぐらい分かっていただろうに』
「・・・」
『だから言ったんだ。アイツは対象人物に近すぎる。参加させるべきではない、と』
「マリオンだって、直接言えたはずじゃん」
『それは・・・』
横断歩道に差し掛かると、信号が赤に変わり、2人は足を止めた。
暫くの間、2人は黙り込み、周囲の人間が立てるざわざわとした音がやけに五月蠅く聞こえた。
『それで、連絡は取れたのか?』
「・・・繋がんない」
『・・・夫人の下に着くまでに、繋がると良いな』
信号が青に変わると2人は、大衆に流されるように横断歩道を渡っていった。
贖罪のつもりだった。
「ミスなんて誰でもする!俺だってミスするんだから気にするな!」
夜の居酒屋は、仕事の疲れを癒すために集った社会人たちでごった返していた。
皆一様に酒を片手に、大声で愚痴を吐き、笑い声を上げる。
そんな喧騒の中、角の席にユウとフロイデは向かい合って座っていた。
「ありがとうございます・・・」
「とりあえず、今日は飲め!俺の奢りだ!すんません!生2つ!!」
「すみません。俺、まだ未成年です」
「知っとるわい!」
「だったら、勧めないで下さいよ・・・」
テーブルに広げられた茶色い食事をつまみながら、2人は談笑を交わす。
そして彼らは周りの喧騒につられるように、次第に声を張り上げ始める。
「すんません!生、お代わり!あと、こいつになんか甘ったるい酒を!」
「いや、だから俺、未成年ですって」
「まったく今時の若いもんは・・・頭が固い!固すぎる!!いいか?俺が若い頃は、皆、度胸試しだったり、大人からこっそり分けてもらったりしてだなぁ─────────」
「・・・え?酔ってる?コップ2杯で?」
「酔ってないし、聞こえてるぞ!」
そうして喧騒はまた大きくなり、そして夜が更けるのと同じように、時間が経つにつれ、小さくなっていった。
「先輩。警告来てますよ。そろそろ帰らないと」
「うるせ~・・・良いんだよ、今日は~・・・」
「何が良いんですか・・・」
また、こうして話せる日が来ると思っていた。
ユウはソフトドリンクを飲みながら、満足そうな顔をして酔いつぶれているフロイデを見る。
「・・・前から聞きたかったんですけど、先輩ってたまに通知無視しますよね?」
「あ・・・?ああ・・・」
「怖くないですか?」
フロイデはむくりと上体を起こすと、更に酒を煽った。
ゴクゴクと喉を鳴らしながら、酒を飲み干すと、大きく息を吐いた。
「怖いけどな・・・自分で選んだ気がしない。俺はそっちの方が、嫌だ」
「でも、不幸になりますよ?」
「・・・選ばない幸福より・・・選んだ不幸の方が・・・納得できる・・・だろ・・・?」
そう言い切ると、彼は再び崩れ、机に頭を打ち付けようとした。
ユウは慌てて、手を前に伸ばす。しかし、その手は、どこにも届かず、鈍い音が響いた。
幻聴に驚いたユウは目を覚ました。
天井に向かって伸びる自分の手が目に入ると、彼はゆっくりと体を起こす。
そして嫌な汗が体にじっとりとまとわりついているのを感じながら、逆光で何も見えないカーテンの隙間を眺めてみた。
このすぐ後だっけ、相談したの。
実感と納得。割と近い所にいるのを、無意識に感じてたのかもなぁ・・・
ユウはそのまま膝を抱えて蹲った。
腕に目を押し当て、2度と戻りはしない在りし日の思い出を瞼の裏に探してみる。
決めてこなかったからこうなったんですか・・・?
それとも、決めたから・・・?
納得のできない彼は暗闇の向こうに答えを探す。
しかし、そこにはもう何も映らない。
ユウはじっと蹲ったまま、薄暗い部屋の中で1人、確かな不幸を実感していた。
赤い日差しが部屋の中に差し込み始めたころ、インターホンが鳴った。
ユウは一度だけ、玄関の方を垣間見たが、またすぐに腕に顔を押し当て、また、静けさが戻ってくると、彼は大きく溜息をつく。
ユウは一度だけ、玄関の方を垣間見たが、またすぐに腕に顔を埋めた。
そうやって無視していると、静けさが戻ってくると、彼は大きく溜息をつく。
その次の瞬間、来訪者はけたたましくインターホンを連打し始めた。
彼は気だるげにベッドから降りると、玄関口へと向かった。
重たい足どりで廊下を歩き、ドアを少しだけ開いて外の様子を窺った。
「誰ですか?」
怪訝そうな視線で覗き込むと、そこには一心不乱にインターホンを押しているディスが1人で立っていた。
目が合うと、強張っていた彼女の表情が、少しだけ和らいだように見えた。
「連打してごめんね。起こしちゃった・・・?」
「何でここが・・・ああ、アレか。やっぱり俺の居場所も分かるんだな」
ユウはドアを開け放し、ドア枠にもたれ掛かると、そのままディスと立ち話を続けた。
「何か用か?」
「全然連絡つかないから、心配で来たんだよ」
「あー・・・それは悪い。全部、通知切ってたんだ」
ユウはその場でチャットアプリを開き、ディスから通知が何度も来ていたことを確認した。
「シャーデ―さんの所・・・」
「きっと1人じゃ辛いだろうから、行ってきたよ。それで、はいこれ」
差し出されたのは、ユウが図書館で借り、最後にフロイデに渡した本だった。
ユウは息が苦しくなるのを感じながら、ゆっくりとその本を手に取った。
「もう来てほしくないって」
ディスは伏し目がちに、憂いを帯びた声でそう言った。
「・・・そうか」
「うん・・・」
ユウは理由を察し、ディスにそれ以上何かを追及することはしなかった。
ディスもまた、ユウの心境を慮り、それ以上何かを話すことは出来なかった。
そうして少しの間、2人は本を見つめて、静かに佇んでいた。
「・・・マリオンが心配してたよ」
「ごめん。謝っておいてくれ」
「ちゃんと眠れた?ご飯食べた?」
「それなりに。ご飯は今から食べるよ」
少しだけ続いた会話もすぐに終わり、また再び憂いを含んだ静けさがやってくる。
これ以上話すことは無いはずなのに、ここから離れることが出来ない。
そんなもどかしさを感じながら、2人は暫くじっとしていた。
そうして夕日がビルの向こうに沈み始めた頃、通路の奥の方でエレベーターが開く音が聞こえた。
子供達の明るい笑い声が聞こえ、別れの挨拶を終えると、1人の足音がこちらに向かってきているようだった。
ディスは、一度唇を固く結び、そして困った様に笑って見せた。
「そろそろ、行くね」
「送ろうか?」
「大丈夫」
精一杯作った顔は今にも崩れそうだった。
「そうか・・・気をつけて帰れよ」
「うん」
「またな」
ユウもまたディスと同じように困った様に笑って見せた。
彼女は目を見開き、少し間をおいてから彼に手を振った。
「うん。またね」
彼女はいつもの様に屈託のない自然な笑顔を浮かべ、エレベーターに向かって歩いて行った。
夜も更ける頃。
ユウは暗い部屋の中、窓際に椅子を置き、一枚の紙片を手に夜風に当たっていた。
これをどうするべきか・・・
ざらざらとした紙片の表面を指の腹でさする音を聞きながら、何とはなしに街明かりを眺める。
人類の最大幸福を実現した都市。何もかもがつつがなく運営される理想都市。
目に映る景色は変わらないはずなのに、今まで見た事もないような景色を見ている、そんなおかしな気分を感じながら思案を続ける。
見方が変わったのは、俺の決断の結果か?
違う。俺は決断していないはずだ。
でも、結果として見方を変えてしまっている。
ウィールに言われたら、見方を戻そうとするだろうか?
いや多分、誰に言われたところで、戻そうにも戻らないだろう。
俺は決断している。なのに、結果は不本意なままだ。
決断していないのに、決断した様な結果となる。
決断したのに、決断していない様な結果となる。
その意図しない結果に納得できるか?
いや出来るわけがない。
つまり、俺が決断する事で、反ってシャーデ―さんを更に不幸にする可能性があるわけで、その結果に納得なんて誰もできなくて・・・幸福な実感は、もちろん無い。
もうどうすればいいんだか・・・
長々と思案に耽るユウだったが、訪れた睡魔は1つの大きな欠伸をもたらした。
ふと時計を確認すると、そろそろウィールからスケジュール通知が届く時間となっていた。
何もしてないはずなのに、もうそんな時間か・・・
ユウは、1日つけていたプラグインをオフにした。
『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』『紙を捨てなさい』・・・
目に飛び込んだのは止まない警告だった。
な!?
ユウは驚いて紙から手を離してしまった。
慌てて拾おうと、手を伸ばすが、手は空を切り、紙はそのままひらりと舞い落ちていった。
肝を冷やしたユウだったが、幸い窓の外に飛ばされる事は無く、自室の床に落下した。
その様子を目で追いかけ、胸を撫でおろしていると、警告は止まり、明日のスケジュールが届いた。
どうなってるんだ・・・?
ディスの時でもここまでひどい事には・・・
床に落ちた紙を拾い上げると、また警告文が止まらなくなる。
ユウはおどろおどろしい文字の羅列に動揺しながらも、腹の底から込み上げるものを感じていた。
紙を捨てろ?捨てろだって?
俺が、捨てるのか?これを?
・・・それだけはないだろ
それだけはありえないだろ!
ユウはプラグインを起動し、大量の警告文を視界から排除する。
一瞬で静まった視界を数瞬だけ黙視すると、緊張の糸をほどくように彼は溜息を漏らした。
そしてそのままゆっくりと紙片を机の上に置くと、よろよろと崩れるように床に座り込み、彼は頭を抱えて項垂れた。
なんで・・・
なんでそんな事言うんだよ・・・
ユウは、脳にこびりついた正解を振り払おうと、必死で頭を振った。
平衡感覚が失われていくのを感じながら、どこかから聞こえる笑い声を耳にする。
どうすればいいんだよ・・・!
どうするのが正しいんだよ・・・!!
誰か教えてくれよ・・・
カーテンを揺らす夜風が運んだ耳障りな誰かの幸福に苛まれながら、彼は重い拳を床に叩きつけるのだった。
廊下をすれ違った2人は、笑いながらこう言っていた。
「あの爺さん仕事辞めたみたいだぞ。なんでも入院して寝たきりになったらしい」
「どうせイレギュラー起こして、事故にでもあったんだろ。自業自得だよ。居なくなって清々するわ」
詰所に呼び出した工場長は、嬉しそうにこう言っていた。
「叱るのにも体力、気力が必要でね。あの問題社員のせいで、僕の幸福は著しく害されていたんだ。ほら、この脂肪。これもストレスの結果でね。実はこの間体重を量ったら、なんと1kgも落ちてたんだ!全部、君のおかげだよ。ありがとう。ウィールの評定でも、次のボーナスはいつもより多くなるみたいだから、期待しておきなさい─────────き、聞いてるかい?」
食堂で背後に座った数人の社員は、楽しそうにこう言っていた。
「おい、後ろのこいつ。自分の元メンター病院送りにしたって噂だぞ」
「マジで?」
「マジ。何でもそのメンター、しょっちゅうイレギュラーを起こす変わり者で、それに振り回され続けた恨みで自宅まで尾けていってボコボコにしたみたいだぞ」
「尾ひれつけすぎ。そんなの警察に捕まってるだろ・・・嘘だよな?」
曇天の空模様を窓越しに見上げながら、ユウは食堂の隅で項垂れていた。
それは、いつもの様に夜勤シフトのメルツと顔を合わさないためだった。
夕日の差し込まない食堂の中は、ディスプレイや自販機の明かりでぼんやりと照らし出されて薄暗く、誰しもが入室をためらうような気味の悪い雰囲気を放っていた。
更に隅ともなればほとんど暗闇。そんな場所で、ユウは視界の隅をうろつく猫に小さく舌打ちを鳴らしていた。
今だけでもいいから消えてくれよ・・・
終業のチャイムが鳴ったのは、つい先ほど。
明るい廊下の方からは、ざわざわと人が行き来している音が聞こえていた。
誰しもが笑顔で楽しそうに会話しながら、更衣室へと向かう。
そんな姿を想像するだけで、ユウの心は締め付けられた。
なんで他人が不幸になっているのに、皆、笑っていられるんだ。
なんで笑い者にできるんだ。
ユウは両手を合わせ、強く握りしめながら、じっと更衣室から人がいなくなるのを待つ。
遠くから聞こえる笑い声が、誰を嘲ったものなのか、彼には判断がつかなかったが、無性に腹立たしく、彼は歯を強く噛みしめた。
「話してないで、さっさと帰れよ」
誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた時だった。
「誰かいるのか?」
聞き覚えのある声が聞こえ、反対側の入り口を見た。
そこには確かに人影が立っており、しきりにユウのいる暗闇を覗き込もうとしていた。
ユウは静かに、その男が興味を無くすのを待ったが、男は恐る恐るといった歩調で、ユウの方に近づいた。
そして眼内のデバイスが明るさを補正できる距離にまで近づくと、その男は拍子の抜けた声をあげた。
「ユウ、か・・・?」
「ああ。久しぶり、メルツ」
なんで今日に限って、こんな所うろついてるんだよ・・・
「脅かすなよ~。そんなところで辛気臭い顔浮かべてるから、一瞬、幽霊でも出たのかと思ったじゃん!」
「はは・・・」
「いやマジで久しぶりだな!俺に会えなくて寂しくなかったか?女のいないお前が心配でしょうがなかったんだよ・・・」
上機嫌なメルツのからかいを、ユウは苦笑いで受け流していた。
すると突然、メルツの顔が強張った。
『即刻、ユウとの会話を辞め、前述の通知通りに行動しなさい』
視界に映し出された警告文に、メルツは息をのみ、そしてユウの方を見た。
友人がこの警告にどう反応するのか、まじまじと覗き込むと、補正の効いた暗闇で、彼は至って普通に笑っていた。
自分の知らない友人の姿を前にして、メルツは緊張した。
何故、平然としていられるんだ。
何を考えているんだ。怖い。
「そろそろ始業だろ。早く行けよ」
そっけない言葉を投げかけるユウだったが、メルツには、警告に縮み上がる自分に気を使ってくれた様に見えていた。
でも、知りたい。ユウが何を考えているのか。
これを超えなきゃ、きっと友達になれないような気がする。
彼は大きく深呼吸し、決意した様に言葉を紡ぎ始める。
「いや、大丈夫だ。それよりも、次にユウに会ったら、聞きたい事があったんだ」
「・・・」
「お前はイレギュラーについて、どう思ってるんだ?警告文を無視して平気なのか?」
「・・・どうでもいいだろ、そんなこと。早く行けって」
「怖くないのか?いったい何を考えて─────────」
「五月蠅いなぁ!さっさと行けって言ってるだろ!」
食堂に怒声が響き渡り、メルツはたじろぎ、少し後ずさった。
「な、なんだよ。俺はお前の事を知りたくて・・・」
「・・・もういい」
ユウは勢いよく立ち上がると、早足で出入口へと向かおうとした。
ズンズンと歩いていくユウの後ろを、メルツは慌てて追いかけ、彼の肩を引っ掴んだ。
「ちょ、ちょっと待てって!なんでそんなに怒ってんだよ!?」
「放せよ」
「からかったのは謝るから、話聞けって!なあ!!」
「放せって」
話しに応じないまま、手を振り払おうとするユウに、メルツは頭に来た。
「お前が先に俺に迷惑かけてたのに、何怒ってんだ!」
ユウはその言葉に立ち止まった。
「迷惑?」
「食堂にお前がいるなんて書かれてなかった!最初にイレギュラーを起こしたのは、お前だ!!」
「・・・」
「他人様に迷惑かけといて、キレてるんじゃねぇよ!!」
迷惑。
確かにイレギュラーは周りに迷惑をかける。
それは俺が悪い。こいつの言い分もわかる。
ユウはメルツの方にゆっくりと振り返る。
でもそれが、怒る権利も悲しむ権利も奪われる理由になるのか?
不幸を望まれ、笑い者にされなきゃいけない理由になるのか?
そこまで恨まれる事を俺たちはしたのか!?
怒気を含んだ声色で、彼への最後の言葉を言い放った。
「お前らのネタにされるのは、もう御免だ」
そしてユウは、固く握った拳でメルツを殴りつけた。
鈍い音が鳴り、生まれて初めて人を殴る感触が拳に伝わる。
全く気持ちのいい物ではないその痛みを胸に刻み込みながら、ユウは逃げるようにその場から立ち去るのだった。
そして、その週の終わり。
ユウは、誰に別れを告げるでもなく、退職届を提出した。
『再就職通知:あなたの適正分析に基づく、再就職先を提言します。
企業名:LPTH Inc.
住所:第一都市南西居住区画48-55-6-65
代表者名:ディス
URL:httpspqc://www.LPTH─────────
連絡先:URL先HP参照の事
あなたの幸福な人生の一助になれば幸いです。』




