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 休日のよく晴れた朝。

 人力と再生可能エネルギーによる電力を用いたハイブリッド車が行き交う道路を渡り、少し古びた喫茶店に入った。

 店内は閑散としており、小さく流れるジャズと空調の音が、いい感じにノスタルジック感を演出している。

 窓側の席に着席すると、カウンターの奥からウェイトレスが現れた。


「いらっしゃいませ。カフェイン飲料。フレーバーはコーヒーでよろしかったでしょうか」

「はい、お願いします。」

「かしこまりました。それではごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスがカウンターの奥へ引っ込むと、視界の左下辺りに吹き出しが現れる。

 それは目の中に埋め込まれているデバイスが投影した政府からの通知だった。


『30分後、相手女性が到着します。相手が着席し次第、再度ウェイトレスを呼び、飲料を注文させなさい。待機時間は指定されたニュースを視聴しなさい。httpspqc://www─────────』


 通知を確認し終えると、男は何も考えずリンクを開いた。


『それでは次のニュースです。新たな固化型核融合炉群の稼働が開始しました。これにより、新造されたデータセンターが稼働を開始。スーパーAIによる未来予測システム、We'll(ウィール)のさらなる公共福祉の充実や知識産業の発展が期待されています』


『また建てたのか・・・今度は海を埋め立てたか?それともまた山を切り開いたのか?全く、地球を埋め尽くす勢いですな』


『環境問題の懸念もわかりますが、人口は増える一方でエネルギーもそれに応じて必要なわけで・・・まぁいずれ解決方法を考えてくれますよ。なんたってあれは私達より賢いですからね』


『環境問題なんぞどうでもいい。問題は90%近いエネルギーをウィールに優先的に注ぐ事だ。エネルギーの選択と集中という考えは確かに正しい。しかしそれよりも、先の統一大戦で地球を覆った宇宙デブリ群の撤去にエネルギーを集中すべきだ。幸福な未来予測なんてなくたって人間は生きていける。無限の宇宙資源が目の前にあるのに行動しないのは─────────』


『お話の途中失礼しますが一つよろしいですか?今しがた通知履歴を遡って確認しましたが、あなたがその様な話をするとは通知されていません。今すぐ勝手な判断で周りを不幸に─────────』


 画面上の男たちの口論にうんざりしてウィンドウが閉じると、新たな通知が届いた。


『配信視聴を中断し、バッグの中に入っているミステリー小説を読みなさい』


 男は溜息をつき、隣に置いたバッグの中から本を取り出した。


 いくらウィールが少し先の未来を予測できても、人の思考や行動までは強制できない。してはいけない。

 それ故にこういったイレギュラーが起こる。

 そしてイレギュラーが起こると、決まって不幸がやってくる。


 男は通知通りに行動しない人々に、いつも少しの嫌悪感と疑念を抱いていた。


 どうして幸福な未来を自ら捨てるのか。



 非常に切りのいい段階まで読み進めた時、また新たな通知が届いた。


『5分前。小説をバッグにしまい、ウェイトレスを呼びなさい』


 男は急いで本を置き、前髪を弄り、襟を正し、もう一度前髪を弄った。

 先ほどまで落ち着いていた男は、急にソワソワし始めた。

 そして男は今朝届いた1つの特別な通知を開いた。


 名前はカレン。職種は保育士。血液型はA。身長168cm。体重65kg。垂れた目尻と厚い唇。艶のある明るい茶色の長い髪。


 開いた通知には、とある女性のプロフィールが事細かに、顔写真付きで記載されていた。

 それは今日会う予定の人物であり、そして生涯を添い遂げる最適な伴侶だった。


 ウィールによる10数年分の行動分析結果と遺伝子解析の併用は、演算によって最適な結婚相手を予測するシステムを作り上げた。

 国は、さらなる国民の幸福度向上を掲げ、これを公共福祉として取り入れ、数多くの夫婦間の問題は、システムの普及に伴って、消滅することになった。

 目論見通りに国民の幸福度が改善されたことを受け、国は更に資金を投入した。

 そして現代では、全ての成人した者へ、最適なパートナーを教え、通知に従ってお見合いを行わせるのが一般的となっていた。


 つい先日、成人を迎えた男は通知に書かれたプロフィールを眺めながら、婚約者に思いを馳せていた。


 通知でどんな人か知ってるけど緊張するなぁ・・・

 嫌われる事は絶対にないけど、恥だけは掻きたくないな・・・

 ・・・スリーサイズよかったよな。


 男が邪まな妄想に耽っていると、入店音が聞こえた。

 男が目を輝かせながら、後ろの入り口に目をやると、そこには大きなヘッドホンをした女性が立っていた。

 身長は低く、目尻は鋭く、薄い唇。短髪の黒髪で胸のふくらみは微かに確認できる程度で成人しているようには見えない。

 明らかに違う女性だった。男は緊張の糸が緩み、1つ大きな溜息をついた。

 すると、ドア前の少女と目が合う。

 男は軽く会釈を行い、着席しようとした。

 しかし、彼女は男から目線を逸らさず、テーブルの前まで歩いてきた。


「ここ座るね」


 少女は男の許可なく、向かいの座席に着席した。


「ちょ、ちょっと」

「私ディス。お兄さんは?」

「いや、ここに座るのは─────────」

「な・ま・え!」

「・・・ユウと言います」

「じゃあよろしく、ユウ君。すみませ~ん、店員さ~ん!」


 ユウは強引な少女に眼が泳ぐ。

 通知の見落としを疑うが、視界の左下を見ても新しい通知は届いていない。

 通知履歴まで目を通していると、ウェイトレスが大慌てでカウンター奥から飛び出してきた。


「ど、どうされましたか、お客様」

「適当に食べられるメニューください」

「通知が来ていなくてですね・・・」

「うん。今日来る予定じゃないからね」

「は?」

「在庫は大丈夫です。後であれが予測修正して配達されるので」


 そういってディスは店内に配置された無数のカメラの1つを指さした。


「しょ、承知しました?」

「は~い、よろしくお願いしま~す」


 ディスは微笑み、手をひらひらと揺らしてウェイトレスを見送った。

 かく言うウェイトレスの方は、カウンターの奥へ引っ込むまで首を傾げ続けた。

 それを見ていたユウは軽く眉を顰め、先ほどのニュースで見た男性を思い浮かべていた。


「席を移動してください」


 しかし、ユウの表情を見たディスは極めて愉快そうな表情を浮かべた。


「なんで?」

「なんで、って・・・他にも席は空いてますよね?」

「でも、ユウ君がいるのはこの席しかないよ?」

「どういう意味ですか?あなたは私に何か用があるんですか?」

「うん。それって本でしょ」


 彼女は机の上に置かれたままだった本を指さした。


「そうですが・・・これが何か?」

「今時、紙の本読んでる人なんて珍しいな~と思って、話したくなったんだ」


 ユウはどうして少女が向かいの席に着席したのか理解した。

 先程見た通知履歴には『5分前。本をバッグにしまい、ウェイトレスを呼びなさい』と書かれていた。

 しかし現状は、本は机の上に置かれたままだ。

 結婚相手との対面に浮足立ち、指示を守らなかったため、予測がずれたのだ。


 ユウは頭を抱え、ディスはニコニコとほほ笑みかけていた。

 すると、ユウの元に通知が送られてくる。


『指定外の相手と会話するのをやめなさい。婚約相手がトラブルで遅れています。到着するまで読書をしなさい』


 そうだ会話をやめよう。反応しているから興味を引くんだ。

 この少女は俺の反応を見て楽しんでいるような気がする。

 無視すれば勝手に離れていくとウィールが予想したに違いない。


 ユウは今度こそ通知通りに読書を始める事にした。



 数分の攻防だった。

 ディスが呼びかけるが、ユウはそれを無視した。

 ディスが机をたたくが、ユウはそれに反応しなかった。


「ねぇ~もしかし『無視しろ』って通知が来た感じ?」

「・・・」

「ねぇ~ってば~」


 ユウは何度か気になって目線を向けかけるが、通知を守るため、必死に我慢した。

 次第にディスは頬を膨らませ、不貞腐れ始めた。

 しかし、彼女が別の席へ移る気配は感じ取れない。

 その態度にユウは、嫌悪感や疑念を抱くよりも、焦りを感じ始めていた。


 早くどっか行ってくれ~!婚約相手がもうすぐ来るんだよ~!


 その時、入店音が鳴った。

 驚いたユウだったが、振り返って入り口を確認することはしなかった。

 通知に『振り向け』と書かれていない以上、振り向くわけにはいかなかったからだ。

 ただ通知通りに、堂々と、喫茶店で読書に耽っている成人男性を装う。

 どんどんと近づく足音に心臓が高鳴る。

 しかし、足音は通り過ぎ、1人の年配の女性が奥の方の席に座っただけだった。


 まだ着かないのか?何分遅れるんだ?それまでにこいつはどこかに行くのか?


 読書に全く集中できていないユウは、思わずちらりと窓の反射を利用してディスの様子を窺ってみた。

 すると、つまらなさそうに外を眺めるディスと目が合ってしまった。

 ユウは慌てて、顔を本で隠す。しかし、ディスは何か思いついたように、いたずらな笑顔を浮かべた。


「無視してていいのかな~?いい事思いついちゃったんだけどな~?」

「・・・」

「良いんだね~?言っちゃうからね~・・・」


 何を言い出すのかと、ユウは耳をそばだてたが、その好奇心が仇となった。


「その本の犯人は飼ってる犬。飼い犬が起こした偶然の事故ってオチ」

「・・・は?」

「読んだ時は正直がっかりしたな~」

「・・・・・・・は?」


 突然、自分が楽しみに読んでいた本の結末をバラされたユウは呆気にとられた。

 何が聞こえたのか、何を教えられたのか、耳では聞こえたが脳が受け入れるのを拒否していた。

 そして向かいに座るディスは、更に愉快そうに、クスクスと笑いながらユウの表情を観察していた。

 それを見たユウは激怒した。


「はああああああああああああああああ!?な、ふざけ、ふざけんなよ、お前!!何ネタバレしてんだよ!!」

「おータメ口になった」

「そりゃタメ口にもなるわ!」

「で、感想は?」

「最悪だよ!はぁー・・・マジでありえない」

「失礼いたします」


 ユウが怒り狂い、ディスが愉快そうに笑っていると、ウェイトレスが食事を運んできた。


「こちらハンバーグプレートになります」

「ありがとうございま~す。うわ~、美味しそ~!」

「ふざけんなよ!早くどっか行ってくれよ!これ以上、俺を不幸に巻き込まないでくれ!」

『会話をやめなさい』


 ディスはハンバーグに舌鼓を打ちながら、器用に口をすぼめて駄々をこねる。


「え~いいじゃん。せっかく出会えたんだから話そうよ」

「これから大事な用事があるの!頼むから移動してくれ!なぁ!」

「へ~どんな用事?」

「これから結婚相手が来るんだよ!」

「へ~結婚相手・・・」

『会話をやめなさい』


 入店音が店内に鳴り響き、ディスは入り口を確認する。

 しかし、ユウは眉間に手を当てたまま、ぶつぶつと文句を呟くばかりで入店音を気にしていなかった。


「その人ってかわいい?」

「かわいいよ。正直タイプじゃないけどな」

「優しい?」

「保育士だし多分な」

「エッチな体してる?」

「うるせぇな!お前とは比べものにならないぐらい滅茶苦茶エロい体してるよ!」

「・・・え」


 ユウはテーブル横に誰かが立ってる事に気づいた。

 ゆっくりと視点を左に向けると、婚約相手のカレンが引き攣った表情を向けていた。


「えっと・・・ち、違うんです。今のは言葉の綾と言うか、この子が悪くてですね」


 ユウは立ち上がり、しどろもどろに言い訳を始める。

 しかし、カレンはユウの言い訳を聞くことなく、一瞬だけ視線を左下に動かせると、踵を返した。


「すみません。帰ります」

「いや、ちょっと待ってください。話を─────────」

「やめてください!」


 ユウが伸ばした手を、カレンは強く振り払い、侮蔑を込めた鋭い目つきで睨みつけた。

 彼が委縮する姿を見せると、彼女はそっぽを向き、カツカツとヒールの音を強く響かせながらドアの方へ向かった。

 一部始終を見守っていたディスは笑いを必死に堪えていた。


「待って、待ってください。俺は被害者で─────────」

『引き留めるのを止めなさい。あなたは重大インシデントを引き起こしました。結婚相手は再選定となります。大幅な予測修正が必要なため、この選定には数日から数年を要します』

「・・・は?」


 ユウは突然届いた通知にくぎ付けになり、退店音が無情にも店内に鳴り響く。


「あ、ヤバ!ごめん、ユウ君!ちょっと急用で来たから、ご飯代建て替えといて!また今度!」


 ディスは何かを確認した後、朗らかに別れの挨拶を済ませ、嵐の様に店を後にした。


『今すぐ帰宅しなさい』


 通知は無慈悲にも、ユウに帰宅を促す。


「お連れ様と合わせて2050Cになります」


 ウェイトレスは淡々と、食い逃げ犯の代金までユウに請求するのだった。



 鍵を捻り、ユウは自宅のドアを開ける。

 玄関に設置されたカメラがユウを捕えると、自動で証明が点けた。

 荷物を無造作に床に置き、1ルームの短い廊下を歩く。


 小説のネタバレに結婚の破談と最悪な一日だった。


 自室に入ったユウは、まだ昼過ぎだと言うのにベッドに横になり、疲労を感じさせる低い唸り声をあげた。

 今この瞬間、例え通知が来て、外出を促されたとしても、一歩も足が動かない程に疲れ切っていた。


 それもこれもあの少女のせいだ。あいつが居なければ、今頃あの子と楽しくお茶をして・・・犬が犯人とかありえねぇ・・・


 ユウはディスへの苛立ちを募らせつつ、目を閉じた。

 狭い室内に設置された3つのカメラがユウの深部体温の降下を確認すると、徐々に照明を下げていった。



 暫く後、照明が徐々に明度を上げていくと、ユウは自然と目を覚ました。

 閉まっていたカーテンを開け外を確認すると、既に日は沈みかけていた。

 時計は17時前を指しており、約三時間程度の昼寝をしていた事に気づくと、ユウの意識は完全に覚醒した。


 昼寝をしろ、という通知は来ていない!

 新しい通知はないか!?


『本日の夕食は以下の通りにせよ─────────』


 高鳴った胸が徐々に落ち着きを取り戻して行くと、今度は自罰的な思考が湧いて出てきた。


 本当に今日は駄目だ。

 あの少女にペースを乱されて、俺まで通知を守れなくなっている。

 ちゃんとしないと・・・


 勢いよくベッドから起き上がると、顔を軽く叩いた。

 通知に恭順するべく、キッチンに向かい、夕飯の支度にとりかかるのだった。



 風呂を済ませた後、残念な気持ちで本を飛ばし読みしていると時刻は21時を迎えようとしていた。


 そろそろだな。


 21時を過ぎた瞬間、特別な通知が届く。明日の幸福な1日のスケジュールだ。

 ユウは毎夜、このスケジュールを確認し、頭に入れてから就寝するのが日課だった。


 やっぱりか。


 スケジュールには予想通りに『図書館で新たにミステリー小説を借りなさい』と書かれていた。

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