第七話「デジャヴって言うんだろうな」
マルクは作戦ブリーフィングのことを思い返し、苦笑した。
──こういうのは、過去に何度も見たことがある。
高額報酬、前払い、詳細すぎる事前情報、饒舌なクライアント。
(いつもなら避けているところだが……)
そうして、二機のルーン・ギアが夜の海を見渡す埠頭へと辿り着いた。
隣に立つ《ストリガ》のギドーが、テレパシーで問いかける。
(そろそろかな?)
《ハイビスカス》の制御槽で、マルクはほくそ笑んだ。
「ああ、多分な……」
クライアントは脱法ポーションの売人グループを自称していた。
この埠頭で、とあるカルテルとの商談を行うらしい。
そのための護衛として、彼らは傭兵二人を必要としている。
到着予想時刻から戦力の詳細──保有ルーン・ギアの機種から歩兵の人数──に至るまで、クライアントから与えられたのは、機密漏洩レベルの情報だった。
この情報が真実であるというなら、カルテルの戦力は大したことがない。
ここまで敵の内情が筒抜けであるのなら、交渉が決裂した場合の対応も容易だ。
報酬額も釣り合わないほどに美味しい。初心者の頃なら飛びついていただろう。
──これは、傭兵狩りの典型例だ。
甘い餌で確実に連れ出して、囲んで袋叩きにする。
それが分かりきっていながら、マルクとギドーが依頼を受けたのは──。
風に紛れるわずかな振動。地面を這うような低周波のノイズ。
マルクが周囲に展開させていた風の探知魔法が“それ”を感じ取った。
──来たな。
マルクは菌糸に魔力を注ぎ直し、通信精霊に囁くように告げた。
「……ギドー、お客さんが来るぞ」
埠頭の薄暗い倉庫群の間に、無数の機影が浮かび上がった。
くれぐれも悟られぬよう、来訪者たちの姿を横目に見る。
アサシン・タイプのルーン・ギアが二機と、ナイト・タイプが一機。
倉庫の屋根にずらりと、ボルト・スロワー装備の歩兵が整列する。
全くカルテルなんかじゃない。よく訓練された、規律立った殺し屋集団だ。
──やはり、クライアントの話は噓っぱちだった。
「9時の高台にスナイパー、6時、4時の方向にギアが一機と二機」
(……オーケー。ようやくだね)
「行くぞ。一気に片付ける」
次の瞬間、マルクは《ハイビスカス》を跳躍させた。
菌糸塊が膨張と収縮を繰り返し、赤紫の巨躯がコンテナの合間を突っ切る。
《ストリガ》は無数の矢を束ねて番えると、弓を構えた。
振り向きざまに強く引き絞った弦を離し、放射状に矢の雨を飛ばす。
例によって、マンドラゴラ入りの矢だった。着弾と同時、致命的な絶叫が響く。
コンテナの上に並んでいた狙撃兵たちは、頭を抑えながらバタバタと倒れた。
『クソッ、気付いていたか……傭兵ッ!』
アサシン・タイプの一機、黒塗りの《アヴァローズ》が跳ぶ。
両手には瘴気を纏う二振りのシックル・ダガー。
エンチャントだ。掠っただけで呪いが侵食することになるだろう。
敵は、確実に命を獲りに来ている──。
『見え透いているんだよ、やり方がさ!』
《ストリガ》は弓の連結を解除し、双剣を振るってシックルを受け止めた。
湾曲した刃の切っ先が、機体の頭部の目掛けて突き付けられる。
──そうはさせるものか。ギドーは舌なめずりをした。
膝蹴りを放ち、敵機のバランスを崩すと、横滑りするように移動。
再び双剣を合体させて大弓に戻し、弦を引き絞る。
一射、二射、通常の強装矢を立て続けに放つ。
敵の《アヴァローズ》は瞬く間に矢衾になった。
手を止めることなく、その背後に居たもう一機に三射目を撃つ。
こちらも同じ装備の《アヴァローズ》だ。
直撃はせず、矢撃はシックルで弾き飛ばされた。
《アヴァローズ》はバックステップで跳び、コンテナの影に消えた。
『マルク、ごめん! そっち行ったかも!』
拡声器で叫ぶ声に、マルクは一瞬だけ意識を向けた。
──アサシン・タイプがこちらにやって来るか。
眼前に立つ《モルドレッサー》を睨みつけながら、彼は魔力を迸らせた。
《ハイビスカス》が持つ“ヴォイニッチ”のページがめくれ、発光する。
「──燃え盛れッ」
《モルドレッサー》の足元に魔法陣が発生し、瞬時にして業火が立ち昇った。
炎が機体全体を包む前に、相手は突進で距離を詰めてきた。
長いランスの切っ先が、《ハイビスカス》の胸部へと迫り寄る。
「そこで止まれ」
あらかじめ仕掛けておいた魔法陣から、氷の鎖が無数に射出されていく。
鎖はランスに巻き付いて、《モルドレッサー》の動きを制止させた。
「……後ろかッ!」
フォトン・エッジを形成し、ノールックで背面に振りかぶる。
剣と剣が打ち合う轟音。《アヴァローズ》のシックルが迫っていた。
《ハイビスカス》は力任せに押し返すと、その背後に回り、勢いよく蹴り飛ばした。飛ばされた《アヴァローズ》が、構えられたランスに突き刺さって沈黙する。
“ヴォイニッチ”を再び開き、掌をかざした。
ライトニングの鋭い稲妻が、二機のルーン・ギアを貫通して煌めきを放つ。
『がああぁぁ……ッ!』
閉じた“ヴォイニッチ”を下げると同時に、敵機のフレームが瓦解していく。
深呼吸めいた動きで、《ハイビスカス》から残留魔力のガスが抜けた。
『……っと、終わったね』
「ああ、エルニアに報告しよう──」
*
数時間後、マルクとギドーは陸橋下のガレージへ戻った。
「ただいま、お婆ちゃん! 囮役のお勤め、ばっちり遂行してきたよ!」
「お婆ちゃん言うな!」
エルニアは魔導タブレットのと睨み合い、解析を続けていた。
情報の海の中を泳ぎ回るように、指を素早く走らせる。慣れた手つきだ。
「さて、ご苦労さま。おかげ様でうまくいったわ。今回、貴方たちを狙って来たのは……」
「黒の宮廷教団だろ。傭兵ギルドの商売敵、仲間内で殺しの腕を競うカルトだ」
「その通り。独自の教義に基づいて、彼らは殺しを生業にしている。いまから十二時間前、『バインリッジ交易社』から貴方たちの暗殺が依頼されていたわ」
ギドーが尻尾を揺らし、首を傾げた。
「……ウロボロスじゃないの?」
エルニアが目を細めて笑う。
「これね、裏社会じゃ割と有名な“ペーパーカンパニー”なの。表の顔が、もちろんご存知のウロボロス社。そして、この会社を使う役員はただ一人──」
彼女の指が止まり、帳簿に浮かび上がる名前を指差した。
「アルフレッド・ハーケンフォードよ」
「そいつが俺たちの暗殺を計画したってことか……聞いたことがある名前だ」
マルクは腕を組んだまま、エルニアの言葉に考え込む。
その隣のギドーが尻尾をピンと立てて、驚いたように声を上げた。
「それって、ウロボロスの“オムニ・ルーン開発部門”のトップじゃない?」
「あら、知ってたのね」
エルニアが意外そうに眉を上げる。
「そりゃあね、傭兵ギルドにいたら大企業のエグゼクティブくらいは把握するでしょ。技術屋のトップ魔導士が、魔王種うんぬんの責任者ってわけか。納得だね」
ギドーの言葉に、マルクが続いた。
「で、コイツをどうするんだ? 消すのか?」
「それだと、頭がすげ変わるだけで、依然として貴方たちの首は狙われるわ」
「じゃーどうするのさー」
エルニアは魔導タブレットの画面いっぱいに、アルフレッドの顔を表示させた。
「彼に直接、停戦交渉をしに行くのよ!」
「停戦……交渉……? 直接? お前、正気か」
「大丈夫、大丈夫。お姉さんにいいアイデアがあるから!」
マルクは手で顔を覆った。ギドーも耳を垂れさがらせる。
「ねえ、マルク。なんだか嫌な予感がするんだけど……」
「……こういうのを、デジャヴって言うんだろうな」