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第六話「魔王種って言ったわよね」

「へえ、ここがエルフとのヤリ部屋ってわけだね」


 ギドー・アザカは、マルクの陸橋下アジトで唯一のソファに堂々と寝っ転がり、猫のように伸びをした。もっとも、彼女は狐のミエーフであるのだが。


 彼女は獣耳をピクピクとさせ、挑発的な笑みを浮かべている。


「ああん、ボクまで連れ込まれちゃったよ。何されちゃうんだろ~」


 ふさふさの尻尾がはみ出すホットパンツを、左右に振る。


「やかましいぞ女狐。もう一度そのネタを使ったら、尻尾をちょん切る」


 マルクは溜め息とともに、彼女を一瞥した。この“男友達”のような感覚のせいで、その女性らしい体つきとの印象に頭がバグりそうになることが、しばしば。


 ソファの上で背伸びしつつ、ギドーはだらしなく体を投げ出していた。


 片足だけニーソックスを履いた脚が、ソファの端でゆるく揺れる。クロップド丈ジャケットは半開きにされ、体にフィットした黒いインナースーツが覗いていた。


 胸のふくらみに目が留まった。そうか、コイツも女なんだな……。


 ふと視線を上げると、彼女の青い目が、プラチナブロンドの髪の合間からマルクを見据えている。二人はしばしの間、ただ沈黙して見つめ合っていた。


「……スケベ」


 マルクは面倒くさそうに、舌打ちを返して手をひらひらと振った。


「そんなことより、クライアントへ報告だ。口裏合わせるぞ」


「はぁーい。ボクたちは何もみませんでした、まる」


「そうだ。俺が施設を爆破し、お前は阻止に失敗した」


「システムログを解析されたら?」


 魔導タブレットを入力しながら、ギドーが尋ねた。

 マルクは鼻で笑いながらに答える。


「あの自爆はどう考えても証拠隠滅が目的だ。ログなんか残さんよ」


「なるほどね。じゃあ、ボクたちのレポートに矛盾がなければ……」


「そういうことだ。ちょっと見せてみろ」


 マルクは、彼女の魔導タブレットを奪い取って画面を確認する。


 ──18:50 現着。敵性ルーン・ギアと交戦を開始する。


 ──19:00 敵の撃退に成功。技術流出の痕跡なし。

   19:20 持ち込まれた高性能爆弾の起爆を確認。脱出。


「あとは俺がレディントン社に『施設の破壊を完了し、企業としての市場支配力を削ぐことに成功、残骸から有用な情報は無し』つっとけば完璧に安泰だ」


「……ん-とさ、ウロボロスとレディントンって敵対企業じゃん?」


「ああ、そうだな」


「この口裏合わせって意味ある?」


「競合他社である以上、産業スパイが必ず居るだろ? 彼らを経由して俺たちのレポートが双方に知られることもあるだろう。俺たちの言い分が違うのはマズい」


「あー、そっか」と、ギドーが納得を露わに頷いた。


 尻尾をパタパタとさせながら、彼女はソファに寝そべる。

 クライアントにレポートを送信したのだろう。


 魔導タブレットをテーブルに放り出し、仰向けに転がった。


「そのまま寝ていいぞ、川に遺棄してやるからな」


「美少女に向かってひどいこと言うなぁ……」


 言いながら、ギドーはどこから遠くを見るような目をしていた。


「……あの触手のカタマリ、いったい何だったんだろうね」


「忘れろ忘れろ、面倒ごとは忘れるに限る」


「たしか……“魔王種”、とかって言ってたっけ……?」


 その言葉と同時、ガタッと扉が開かれた。

 扉の向こうから顔を出したのは、ストリート風のエルフだ。


「生きてたのね! 危うく『英雄を偲ぶ……』を投稿するところだったわ!」


「……エルニア、すまない。お前のこと完全に忘れてたよ」


「それより“魔王種”って、言ったわよね……!? その話、詳しく!」


「……はあっ、こうなるか~~」


 *


「なるほどね、あのプラントの地下にそんな物が……」


 うんうんと頷きながら、エルニアは話を聞いていた。


 どうやら、ギドーとのエンカウントまでは把握できていたが、それ以上先の区画では、通信精霊のテレパシーが機能していなかった、ということらしい。


「繭のような化け物に、再生する触手……おそらく『インキュベーター』ね」


「知ってるのか? エルニア」


「さっすがー、お婆ちゃんは何でも知っているね~」


 エルニアは目を細めて、ギドーを睨みつけた。


「やめて。……コホン。ひとつ言っておくと、貴方たちは魔王について誤解しているわ。10万年前に人類が滅ぼした魔王。それは魔王種の一個体でしかないの」


「何? どういうことだ」


「魔王──またの名を『アバドン』。すべての魔王種の統率する上位知性型よ」


「その魔王種っての、何? いっぱい居るわけ?」


「謎が多くてね、はっきりしてるのは『魔力を摂食する怪物』ってことくらい。さっきも言ったけど、いっぱい居たのは昔のことで、もう絶滅したわ。人類の勝利よ」


 クッションを抱きながら、ギドーがあくびを繰り返す。


「さっきも言ったけど、ボクたちはその“魔王種”とやらに襲われたんだけど?」


「……インキュベーター、これは原型体とも呼ばれ、魔力を捕食することで様態を変え、繭の中から更なる魔王種を誕生させる品種ね。昔はウジャウジャ居たわ」


 呆然と、受け入れがたいというように、マルクが呟いた。


「魔王軍って、オークのことじゃなかったのか」


「というより、魔王種に屈服し、忠誠を誓ったのが当時のオークたちだった」


 かつても魔王軍の主力を担ったのは、今のオークの祖先たちである。

 その過去から、オークは今や、被差別的民族の筆頭だった。


 先祖代々の罪を背負い、社会の輪から爪弾きにされ、虐げられる者たち。


 だが、魔王軍の主力がオークであった、ということは──。

 そうか、それ以外に魔王軍を構成していた要素があったのか。


「なるほどな……。もう一つ、俺の右目の証が反応した」


「貴方は勇者だもの。本来の敵と10万年越し相まみえた、といったとこね」


「あれってマジで言ってたんだ……疑ってごめんよ、マルク……」


 拝み手で謝るギドーに、マルクは横目で舌打ちを返した。


 状況が掴めてきた二人と対照的に、エルニアはより深刻な顔つきとなった。


「いやあ、マズイわ……色々と。貴方たち間違いなく“消される”わよ……」


「やっぱり……そうなるよな……?」


 片方の眉を持ち上げて、マルクがげんなりと聞き返す。

 エルニアは溜め息をつき、深く頷いてみせた。


「目的も経緯もわかんないけど、ウロボロス社が魔王種の研究をしていたのは間違いないし、施設を自爆させたことからも機密保持には気を使ってるみたいだし」


「つまり、あれを見た可能性のあるボクたちを始末しに掛かる?」


「私がウロボロス社の偉い人だったら、そうするわね」


 二人の傭兵は、同時に肩を落とした。

 エルニアは彼らの元に寄り、力強く肩を叩いた。


「ここはお姉さんに任せなさい! たった今、良いアイデアを思いついたから!」


「なんだか嫌な予感がする……」


「奇遇だね、マルク。ボクも同じことを言おうと思ってたよ」


 二人の言葉に、くふふと笑って、エルニアは首を傾げた。

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