第四話「幼馴染なんて」
ファイアボルトの炎光が、薄暗い工場内部を次々と照らした。
タンクに詰められた竜の臓器は、燃え上がると同時に嫌な臭いを放ちながら、ドロドロに溶けていく。一方の《ハイビスカス》の両腕からは、煙が立ち昇った。
「これで三十基目。大損失だろうな……」
(考えようによっては、これも立派な社会奉仕よね)
「それもまあ。ドラッグ、ダメ。ゼッタイ……」
他人事のように呟きながら、マルクは焼却処理を続けていた。
端金で受けたこの仕事も、ようやく仕上げに差し掛かっている。
レディントン社の依頼通り、ウロボロス社の培養プラントはほぼ機能不全。
液体で満たされたタンクの中には、飛竜の臓器が保管されていた。
そのほとんどが、高級ポーションの材料となる。ジャンキー垂涎の品だ。
「燃えろ」
照準用魔法陣が煌めき、赤々と燃える炎がタンクを包み込む。
──しかし、その瞬間。
衝撃が背後から襲い、マルクの《ハイビスカス》が大きく前のめりに揺れる。
奥歯を噛み締めつつ、彼は機体を急旋回させると、襲撃者と対峙した。
『はっはっ! うまく急所をかわしたね!』
聞き覚えのある声だった。そして、見覚えのある機体だ。
リフトを突き破りながら、一機のルーン・ギアが降下してきた。
それは、鋼鉄色のアーチャー・タイプ《ストリガ》だった。
「……ギドーか、何しに来やがった!」
彼女はギドー・アザカ。
マルクと同じく、傭兵ギルドに拾われた孤児のひとり。
そして、昔から何かにつけて絡んでくる腐れ縁の少女でもある。マルクは人生二週目の“大人”だというのに、孤児院時代に、あの男勝りに何度泣かされたか。
『ウロボロス社から、ボク当てに緊急依頼が入ってね!』
彼女の言葉に、マルクは舌打ちする。
「つまり、お前は俺の敵ってことでいいんだな」
『お手柔らかに頼むよ!』
ギドーが笑うと、彼女の《ストリガ》が大弓を構え直した。
流れるような動作で矢筒の矢を掴み、スリングに掛ける。
マルクは断続的に魔力を流し込み、機体を連続ステップさせた。
被弾するのはまずい。あれはマンドラゴラ入りの矢だ。
すなわち、着弾と同時に致命的な音響ダメージを発生させる。
たとえ装甲越しであっても、脳と鼓膜が無事では済まない。
《ハイビスカス》は“ヴォイニッチ”を開き、ショックウェーブを放つ。
矢の「悲鳴」の有効射程範囲に入る前に、その全てを叩き落としていく。
『あらぁ~、手の内が割れてるよ……ねっ!』
突如、両機の間に溢れんばかりの閃光が走った。
矢の一本に、フラッシュのエンチャントを施したものがあったのだろう。
目が眩み、マルクは一瞬だけ《ストリガ》の姿を見失う。
咄嗟に《ハイビスカス》の頭部が辺りを見渡した。
どこだ、どこに行ったのだ。右、左。──違う、上だ!
高く跳躍した《ストリガ》が、双剣を手に降りかかってきた。
あれは先ほどまで大弓として使用していた武器だ。
「……舐めるなッ!」
機体の右腕に魔力を集中させ、フォトン・エッジを形成する。
黄金色に輝く光の刃を、鋭い角度で振り上げた。
実体の刃と、魔法の刃。二つが打ち合い、火花が散る。
けたたましい剣戟の音と、機体の駆動音が薄暗い施設内にこだました。
『やるね、やっぱりキミとはこうでなくちゃ!』
「こっちは別に、お前と遊ぶつもりはないんだよ!」
マルクは《ストリガ》を押し返しながら、喉の奥で舌打ちした。
攻撃の手数、機動力、射撃の正確さ。
どれを取っても、彼女の操縦技術は群を抜いている。
生きるために戦い、戦うために生きてきた。
“獣耳付き”のミエーフ人、狩猟本能がそうさせるのか。
まさに、彼女は天性の傭兵といえる人間なのだ。
ギドーは舌なめずりをすると、再び《ストリガ》を跳躍させる。
双剣が弓へと再び変形し、今度は高い位置から撃ち下ろすつもりだ。
『当たれェーっ!』
彼女が言葉を放つと同時に、魔力を帯びた矢が一直線に放たれる。
矢が変則的に加速する。ソニックのエンチャントがかけてあるようだ。
マルクは咄嗟にフォトン・エッジを振り抜き、飛来する矢を弾く。
──が、衝撃が予想以上に重い。
《ハイビスカス》が体勢を崩して、大きく後退した。
着地した《ストリガ》が再び大弓の連結を解き、双剣で斬りかかる。
「……バッカ、お前! この後ろは……ッ!」
『問答無用ッ! てぇーいッ!』
バランスを失っている《ハイビスカス》が押されていた。
一方で、飛びつくように斬撃を続ける《ストリガ》。
切り結ぶ両機は、そのまま縺れ合うように転がり──。
彼らの後方に広がる大穴、リアクター・シャフトへと落下した。