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第二十話「いつも思いますの」

 シエラの拷問が激化し、アルフレッドの口にトングを無理ねじ込み、何かを引っこ抜こうとしたタイミングで、ようやくエルニアは現場の地下駐車場に到着した。


 屈強な男たちが、メイド服の狂犬を衰弱した技術者から引き剥がす。


「……アルフレッドォ! がるるる……!」


「──お、覚えていろ、貴様! この扱い、後で必ず告発しイデデデッ」


 財団の緊急医療チームが、怒鳴り散らすアルフレッドを拘束して運び出す。


 マルクとギドーは、シエラの所業に恐れおののき、抱き合って震えていた。


 口ひげの張り付いたダクトテープを拾い上げ、エルニアは大きな溜め息をつく。


「……ねえ、シエラ。聞くまでもないことだけど、収穫はあったんでしょうね?」


 目を細めて笑うエルニアの声色は、マルクも知らないドスの効いた声色だった。


「……スゥ……はぁ……。もちろんだ、ご主人様一号。魔王種の培養施設は、このエルグラスタに後もうひとつ存在するらしい。座標もバッチリ吐かせておいた……」


「ふむふむ。でかしたわ」


 エルニアは笑顔のまま、うんうんと首を振った。


「じゃあ、貴方には今日から三か月、バニーちゃんになってもらおうかしら」


「なっ……!? ま、待て、ご主人様一号。私は確かな成果を……」


「口答えしない。いまからバザール99でコスプレ一式買ってくるの!」


「──しかも自費だと……!? くっ……殺せっ……」


 後退りするシエラに、エルニアは詰め寄って、耳元で囁いた。


「ちゃんとハイレグの強烈な奴を買ってくるのよ、いいわね?」


 シエラの顔が、みるみる内に青ざめていく。

 その背中をエルニアがぽんと叩くと、シエラは肩を落として歩き始めた。


「…………えっと……?」


 シエラの姿が見えなくなってから、しばらくしてマルクが口を開く。


 固定された笑顔のまま、エルニアは彼に振り向いた。


「さあ、グラハムに報告しましょう」


 マルクはギドーの方を見るが、彼女はしれっと視線を逸らした。


 *


 ──三時間後、西ヴェルヘイム地区。


 摩天楼建ち並ぶ都市の真っただ中に、ひときわ異彩を放つ構造物があった。

 

 それは白く、巨大な五角形の重厚な建物だ。

 五つの各頂点には、象徴的な螺旋の塔のオブジェがそびえている。


 通称──“ロードゲート・ファルクラム”。


 もとはエルグラスタ最大の商業エリア「パードラム・スクエア」の物流を支える流通制御ハブであったが、本抗争の開始と同時に、財団が買収して軍事拠点化した。


 いまでは此処に“本陣”が敷かれ、財団の総戦力の三分の一が駐留し、ウロボロス社の勢力支配圏である東ヴェルヘイム地区侵攻の足掛かりとして、利用されている。


「オーライ、オーライ!」


 ファルクラムのトランスポート・デッキに、二台の偽装トラックが停まった。

 蜂蜜メーカーのロゴが入ったコンテナの積み荷は、蜂蜜ではなくルーン・ギア。


 財団と提携した傭兵たちの愛機──《ハイビスカス》と《ストリガ》である。


「アハァー、肩が凝ったねェ~……」


 荷台から飛び降りるなり、ギドーが腕を回しながら溜め息を吐く。


「ちょっとグラハムと話をしてくるわ。貴方たちは休んでなさい」


 運転席を降りたエルニアが、手をひらひらと振りながら言った。


「おう……」


 助手席から、フラフラとマルクが降車した。


「……アイツ、運転荒すぎるだろ」


 マルクは吐き気と共に、ターミナルへ向かうエルニアを見送った。


 ──完全に酔った。

 ルーン・ギアの操縦では、乗り物酔いなどしないというのに。


「ギドー、機体をハンガーに入れといてくれ」


「はぁ? めんどくせー。どこ行くのサ」


 尻尾をぶんぶんと振って、ギドーが不満を露わにする。

 マルクは血の気が失せた顔を向け、掠れた声で答えた。


「俺は……医療所で薬を貰ってくる……おえ……」


 *


 黒曜石のテーブルをはさみ、二人のエルフは向かい合って座った。


「グラハム、アルフレッドから情報を引き出せたわ」


「やけに早かったな。一体どうやって……いや、聞くまい」


 渋い顔をして、グラハムは首を振る。


 エルニアは苦笑した。


「賢明な判断ね。ここまで出世されたのは、その嗅覚のおかげかしら?」


「くだらん世辞を言うな。大コーポの重役など、大抵は長命種族だろうが」


 眉を寄せるグラハムから視線を外し、エルニアは意地悪そうに微笑んだ。


「そうね。だから新陳代謝もなく、この都市は腐敗していくんだわ」


 エルニアのくすくすという笑いと、グラハムの溜め息が重なる。


「……喧嘩を売りに来たのか? お前は」


「気を悪くしないでよ。今のは軽い雑談だから」


「もういい、ビジネスの話をしよう」


 魔導タブレットを取り出し、エルニアが話す。


「それで、さっき送った第三の魔王種培養施設の情報だけど──」


 と、グラハムが手をかざし、彼女の言葉を制した。


「なにかしら」


「先にやってもらいたい案件がある。これを見ろ」


 彼は指を鳴らし、壁面のスクリーンを起動した。 


「……パードラム・スクエア?」


 映し出されたのは“パードラム・スクエア”。ブティックから百貨店。高級ホテル、アミューズメント施設までもが立ち並ぶ、エルグラスタ最大の商業エリアだった。


 平時であれば、この大通りと遊歩道の交差点を、多くの市民たちが行き交う。


 ──が、戦時下のいまとなっては、誰も外を出歩いてなどいない。


 皆、街中を縦横無尽に駆けるルーン・ギアに踏み潰されたくなどないからだ。


 現に映像の中でも、ローデストン財団の私設軍所属機体が整列していた。


「封鎖線ね。これがどうかしたの?」


 パードラム・スクエアは、東ヴェルヘイム地区との境界線に位置する。東区には、ウロボロス社の本社があり、この封鎖線の向こうは尚も彼らの勢力の影響が強い。


 故に財団は開戦初期から、ここ封鎖してウロボロス社の軍事行動を滞らせていた。


「……まあ、見ろ」


 グラハムがテーブルのコンソールを触り、映像を早回しする。


 何の変哲もない、封鎖線の警備風景がしばらく続いて──。


「……えっ?」


 なんの脈絡もなく、財団のルーン・ギアが一機、崩れ落ちた。


 ──バラバラだった。


 手も足も切り離され、胴体部な無惨な輪切りの状態に。


 細切れになった制御槽から、びしゃりと血が溢れる。


『なんだァ!? 何が起きた!』


『コボルト2! 応答しろ、コボルト2! ……クソッ!』


 残された二機の《モルドレッサー》が、防御陣形を整える。


『第三封鎖線よりHQへ。狙撃を受けたが、敵の位置不明!!』


『いや、これは狙撃じゃな──』


 言葉の途中で、その《モルドレッサー》の腰から上がずり落ちた。


『ひ、ひぃぃ……!?』


 ランスと盾をコンパクトに構え、最後の一機が縮こまる。

 ガツン、ガツンと、コンクリートを打つ音が近づいてきた。


 通りの向こうから現れたのは、一機の紅いルーン・ギアだった。


『わたくし、ホラー映画を見ていて、いつも思いますの……』


 その深紅の機体は、何の得物も持ってはいない。

 だが、間違いなく同僚たちを死に至らしめたのはコイツだ。


 そう《モルドレッサー》の兵士は確信して、構えた。


『な、何を言っている……? すぐに機体から降りろ!』


『最初の噛ませって、わけも分からずに死ねますでしょう?』


 甘い、とろけるような声色が、ざらついた拡声器から鳴る。


『何も感じることなく一瞬で──』


 深紅のルーン・ギアが両手を広げた途端に、何か光の煌めきが二機の間を駆け抜けた。瞬間、《モルドレッサー》の両腕が飛び、ランスと盾が無造作に転げ落ちる。


『けれども、最後のひとりだけは、たっぷりと味わうのですわ』


 再び、女の声と共に紅い機体が両手を手繰る。


 次は《モルドレッサー》の膝が断たれて、胴体部が地面に激突した。


『ぐああぁぁッ!』


『恐怖も、絶望も、そして死も。たっぷりと、味わうのですわ……』


 そして最後に、その細い腕部を振り払った。


『──ああ。様式美、演出の都合とはいえ、些か可哀そうですわよね』


 《モルドレッサー》の胴は八つ裂きになり、打ち捨てられた。

 ひしゃげた装甲の亀裂から、血とも肉ともつかぬものが流れ出す。


 記録映像に目を凝らしていたエルニアは、そのとき確かに見た。


 深紅のルーン・ギアが、指先に糸のようなものを垂らしている姿を。


 ──機体の装甲をも引き裂く“糸”。あれがこの惨殺の凶器だ。


 やがて、紅い機体が踊るようにターンしたかと思えば、映像が途切れた。

 カメラが破壊されたのだろう。あとはノイズが続くばかりで、何も映らない。


 終了だ。と告げんばかりに、グラハムが息をついた。


「……こいつは誰なのよ?」


「さあな、さしずめウロボロス社の差し金だろう。傭兵ギルドに登録がないから、女の素性は一切掴めていない。封鎖線を突破して以来、その行方もわからんのでな」


 半ば投げやりに、グラハムは言った。


「この地区に入ったまま、出てきていないことは間違いない。静かなものだ」


「目的がわかんないのがウザいわね。そっちの兵隊さんで対処できないの?」


「言っておくが、封鎖線に並べてた奴らは、それなりに上澄みだったんだぞ」


 エルニアが、うーんと唸った。


「困ったわ。培養施設への侵攻は後回し。主力を動かす前に掃除しないと……」


「そういうことだ」


 グラハムはソファから立ち上がり、ぐぐっと腰を伸ばす。


「お前の傭兵、すぐに動かせるか? イオリクと一緒に“狩り”に行かせる」


 彼の言葉を肯定するように、エルニアは薄く笑ってみせた。

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