第十九話「拷問の時間だ、ド外道ッ!」
──ローデストン財団の「宣戦布告」の会見から、数日が経っていた。
エルグラスタの都市の気配は、いまでは不気味と思えるほど静まり返っている。
道行く人の数は減り、街のあちらこちらには物々しい武装の兵士たちの姿。
「……A班、クライアントの到着を確認した。フェーズ2へ移行」
耐術仕様のボディアーマーに身を固めた兵士が、ハキハキと指示を飛ばす。
この街で、このごろ続く「企業間抗争」による市街地戦闘──。その巻き添えを恐れた中流コーポが、急遽契約した“都市警備局”のサプレッサー・サービスだ。
彼らの目的はひとつ。戦争の余波から、契約者とその財産を保護すること。
「うむ、ご苦労……」
企業重役のローファーが、リムジンから降ろされたその瞬間。
──遠方で大きな爆発が生じ、轟音と風が車体を揺らした。
「コード199! 戦闘シチュエーション発生、結界を展開しろ!」
「うおぁっ! くそっ、財団もウロボロスも、街ん中でおっぱじめやがって!」
怒りに青筋を浮かべて、企業重役が拳を掲げる。
護衛のひとりが、彼の頭を乱暴に抑えつけた。
「伏せてください。B班、魔法展開! C班は対象の避難を優先させろ」
リムジンを降りようとしていた企業重役を、都市警備局の兵士が守る。
ガラスドームのような光のフィールドが生じて、彼らの姿を覆い隠した。
背後では、魔法の撃ちあいが始まり、瞬く間に「戦争」に変わってゆく。
ガシャガシャと装甲を鳴らして、大通りを駆け抜ける一機のルーン・ギア。
操縦者である獣耳の傭兵が、拡声器を通じて兵士たちに警告を発した。
『お騒がせしてまーす! 頭は上げないでね……っとッ!』
そのルーン・ギア──《ストリガ》は、側転跳びでリムジンの横を過ぎる。
着地と共に矢を番えて、降り掛かるファイア・ボルトを撃ち抜いた。
空中で霧散する火の粉を被りながら、《ストリガ》は弦に次の矢を掛ける。
『馬鹿みたいに……追って来ちゃってさァ……ッ!』
バシュッと重い音を立てながら、大弓がしなりを見せた。
矢じりの狙いは、《ストリガ》を追跡する一機の敵性ルーン・ギアだ。
メイジ・タイプの《ギリューギル》と呼ばれる軽量級の機体だった。
獣じみた、接地面の少ないつま先立ちと、胴体と一体化した頭部。
腹部には魔法エミッターを三基搭載し、腕は見落とすほどに小さい。
頻繁にポジションを変えては、魔法を撃って逃げ回る設計思想──。
しかし、《ストリガ》の放った矢の方が、その足よりも数舜早かった。
矢は、飛び退こうとしていた《ギリューギル》の腹部に命中した。
魔法エミッターのクリスタルが砕けて、青い破片のシャワーを降らす。
《ギリューギル》は、大きく吹き飛ばされて転倒した。小さな腕部──バランス調整用のカウンター・ウェイトを振り回し、仰向けの姿勢から必死に復帰を試みる。
『──悪いね、ボクも先月まではウロボロス社に雇われてたんだけど』
鋼鉄色のルーン・ギアの足が、《ギリューギル》を踏みつけて押さえた。
『何せ金払い悪いからさ。この戦争は、こっち側でやらせてもらうよ』
獣耳の傭兵、ギドーは舌舐めずりをして、静かに笑った。
菌糸に触れる指先に魔力を込め、矢を番える。眼下の機体に照準し──。
(──陽動ご苦労だった、ギドー。こっちも済んだぞ)
テレパシー越しの男の声に、ギドーは微かに耳を揺らす。
「やあやあ、マルク。お客さんは無事にお迎えできたようだね」
(ああ。アルフレッドを上手く連れ出せた。これから尋問だ)
「オーケー、オーケー。こっちも片付いたところだし、戻るよ」
剣山めいて矢衾になった敵機の残骸を後に、《ストリガ》は立ち去った。
*
薄暗い地下駐車場、数台のトラックが囲むように停まっていた。
その輪の中心に置かれたパイプ椅子には、白髪の男が座らされている。
彼は両手を後ろ手に縛られ、口をダクトテープで塞がれていた。
「んー! んぐぅぅー! んぐぁーー!」
男は言葉として成立していない、この世の終わりのような絶叫をあげた。
──トラックの合間の暗闇から、マルクとギドーが現れたのだ。
「ぐへへ……オッサン、ボクたちを覚えてるみたいだね?」
ギドーがダクトテープを乱暴に引っ張り、剥がした。
「お゛ぉう゛ッ」
男──アルフレッド・ハーケンフォードが悶絶する。
「さあ洗いざらい……あっ……」
「えぇっ……? 嘘でしょ……?」
彼の口ひげが、ぴったりとテープにへばりついていた。
まるで判で押したように、カーブした形状が、そっくりそのまま。
「貴様らぁ……!」
「ご、ごめん……そんなつもりじゃ……」
「謝るくらいなら誘拐……うっ……痛ゥ……がぁ……」
と、アルフレッドが身をよじりながら、口元を歪ませる。
……喋り始めたら痛かったのだろう。
マルクは困惑し、頭を掻いた。
ギドーは耳をしゅんと下げ、口元に手を当てて固まっている。
苦痛に悶えるアルフレッド。動揺し、おろおろと狼狽える傭兵ふたり。
彼らの元に、コツコツと早いヒールの音が迫った。
「……シエラ?」
マルクが振り向けば、シエラがいつものメイド服で向かってきている。
シエラを見て、口元をモゴモゴさせていたアルフレッドが笑顔になった。
「き、君はシエラ・ワイアットアープくん!」
ぎょっと、マルクは嫌な予感がした。
なぜ彼女がここに居る? エルニアから尋問を任されたのは自分たちのはず。
そもそも、シエラは捕虜であり、元はウロボロスの警備部門の責任者。
「ようやく助けにきてくれたのか!? さあ、コイツらを早く……」
まずいか。マルクとギドーは彼女の真意を測りかね、静かに身構える。
ヒールの音と共に、フリルの過剰なメイド服がさらに近づき、やがて──。
アルフレッドが椅子もろとも、蹴り飛ばされて、大きくぶっ飛んだ。
「私はァ! シエラ・レオンハルト・アーチアイズ・リンダソニアⅡ世だッ!」
風を切る音と共に、アルフレッドはトラックの車体に叩き付けられた。
「拷問の時間だ、ド外道ッ!」
シエラが威勢のいい声と共に、スカートからヤバそうなトングを取り出す。
「ぶっ……上級主任警備官である君が、いったい何故だぁッ……!」
「問答無用! 魔王種など! 人間の明日を! 脅かす魔物を育て! あろうことか私に! 護らせていた外道がッ! もはや私はウロボロスの人間ではなァい!」
シエラのヒールが、がすがすと何度もアルフレッドのふとももを蹴る。
「う、うわぁ……腫れそう……ヤバすぎ……」
「これ……止めた方がいいヤツか……?」
アルフレッドはただ、叫びながら身を縮め込めていた。
「ひ、ひぃぃ! や、やめっ……! 俺はただ言われた通りに研究を……!」
「問答無用と言ったッ!」
マルクは恐る恐る近寄り、シエラの肩を叩いた。
「ちょ……待てよ、シエラ。思うに問答がないと尋問にならな……」
「やかましいぞ、ご主人様二号ッ!」
ぎろっと睨まれて、マルクは高くて短い悲鳴をあげる
「この尋問はッ! 既に『拷問』に変わっているのだ……!」
ガチン、ガチンとトングで威嚇する彼女に、マルクは即座に口をつぐむ。
ギドーは素早く魔導タブレットを開き、エルニアに救いを求めた──。