表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/21

第十九話「拷問の時間だ、ド外道ッ!」

 ──ローデストン財団の「宣戦布告」の会見から、数日が経っていた。


 エルグラスタの都市の気配は、いまでは不気味と思えるほど静まり返っている。

 道行く人の数は減り、街のあちらこちらには物々しい武装の兵士たちの姿。


「……A班、クライアントの到着を確認した。フェーズ2へ移行」


 耐術仕様のボディアーマーに身を固めた兵士が、ハキハキと指示を飛ばす。


 この街で、このごろ続く「企業間抗争」による市街地戦闘──。その巻き添えを恐れた中流コーポが、急遽契約した“都市警備局”のサプレッサー・サービスだ。


 彼らの目的はひとつ。戦争の余波から、契約者とその財産を保護すること。


「うむ、ご苦労……」


 企業重役のローファーが、リムジンから降ろされたその瞬間。


 ──遠方で大きな爆発が生じ、轟音と風が車体を揺らした。


「コード199! 戦闘シチュエーション発生、結界を展開しろ!」


「うおぁっ! くそっ、財団もウロボロスも、街ん中でおっぱじめやがって!」


 怒りに青筋を浮かべて、企業重役が拳を掲げる。

 護衛のひとりが、彼の頭を乱暴に抑えつけた。


「伏せてください。B班、魔法展開! C班は対象の避難を優先させろ」


 リムジンを降りようとしていた企業重役を、都市警備局の兵士が守る。

 ガラスドームのような光のフィールドが生じて、彼らの姿を覆い隠した。


 背後では、魔法の撃ちあいが始まり、瞬く間に「戦争」に変わってゆく。


 ガシャガシャと装甲を鳴らして、大通りを駆け抜ける一機のルーン・ギア。

 操縦者である獣耳の傭兵が、拡声器を通じて兵士たちに警告を発した。


『お騒がせしてまーす! 頭は上げないでね……っとッ!』


 そのルーン・ギア──《ストリガ》は、側転跳びでリムジンの横を過ぎる。

 着地と共に矢を番えて、降り掛かるファイア・ボルトを撃ち抜いた。


 空中で霧散する火の粉を被りながら、《ストリガ》は弦に次の矢を掛ける。


『馬鹿みたいに……追って来ちゃってさァ……ッ!』


 バシュッと重い音を立てながら、大弓がしなりを見せた。


 矢じりの狙いは、《ストリガ》を追跡する一機の敵性ルーン・ギアだ。


 メイジ・タイプの《ギリューギル》と呼ばれる軽量級の機体だった。


 獣じみた、接地面の少ないつま先立ちと、胴体と一体化した頭部。

 腹部には魔法エミッターを三基搭載し、腕は見落とすほどに小さい。


 頻繁にポジションを変えては、魔法を撃って逃げ回る設計思想──。


 しかし、《ストリガ》の放った矢の方が、その足よりも数舜早かった。


 矢は、飛び退こうとしていた《ギリューギル》の腹部に命中した。

 魔法エミッターのクリスタルが砕けて、青い破片のシャワーを降らす。


 《ギリューギル》は、大きく吹き飛ばされて転倒した。小さな腕部──バランス調整用のカウンター・ウェイトを振り回し、仰向けの姿勢から必死に復帰を試みる。


『──悪いね、ボクも先月まではウロボロス社(そっち側)に雇われてたんだけど』


 鋼鉄色のルーン・ギアの足が、《ギリューギル》を踏みつけて押さえた。


『何せ金払い悪いからさ。この戦争は、こっち側でやらせてもらうよ』


 獣耳の傭兵、ギドーは舌舐めずりをして、静かに笑った。


 菌糸に触れる指先に魔力を込め、矢を番える。眼下の機体に照準し──。


(──陽動ご苦労だった、ギドー。こっちも済んだぞ)


 テレパシー越しの男の声に、ギドーは微かに耳を揺らす。


「やあやあ、マルク。お客さんは無事にお迎えできたようだね」


(ああ。アルフレッドを上手く連れ出せた。これから尋問だ)


「オーケー、オーケー。こっちも片付いたところだし、戻るよ」


 剣山めいて矢衾(やぶすま)になった敵機の残骸を後に、《ストリガ》は立ち去った。


 *


 薄暗い地下駐車場、数台のトラックが囲むように停まっていた。


 その輪の中心に置かれたパイプ椅子には、白髪の男が座らされている。


 彼は両手を後ろ手に縛られ、口をダクトテープで塞がれていた。


「んー! んぐぅぅー! んぐぁーー!」


 男は言葉として成立していない、この世の終わりのような絶叫をあげた。


 ──トラックの合間の暗闇から、マルクとギドーが現れたのだ。


「ぐへへ……オッサン、ボクたちを覚えてるみたいだね?」


 ギドーがダクトテープを乱暴に引っ張り、剥がした。


「お゛ぉう゛ッ」


 男──アルフレッド・ハーケンフォードが悶絶する。


「さあ洗いざらい……あっ……」


「えぇっ……? 嘘でしょ……?」


 彼の口ひげが、ぴったりとテープにへばりついていた。

 まるで判で押したように、カーブした形状が、そっくりそのまま。


「貴様らぁ……!」


「ご、ごめん……そんなつもりじゃ……」


「謝るくらいなら誘拐……うっ……痛ゥ……がぁ……」


 と、アルフレッドが身をよじりながら、口元を歪ませる。


 ……喋り始めたら痛かったのだろう。


 マルクは困惑し、頭を掻いた。


 ギドーは耳をしゅんと下げ、口元に手を当てて固まっている。


 苦痛に悶えるアルフレッド。動揺し、おろおろと狼狽える傭兵ふたり。


 彼らの元に、コツコツと早いヒールの音が迫った。


「……シエラ?」


 マルクが振り向けば、シエラがいつものメイド服で向かってきている。

 シエラを見て、口元をモゴモゴさせていたアルフレッドが笑顔になった。


「き、君はシエラ・ワイアットアープくん!」


 ぎょっと、マルクは嫌な予感がした。


 なぜ彼女がここに居る? エルニアから尋問を任されたのは自分たちのはず。

 そもそも、シエラは捕虜であり、元はウロボロスの警備部門の責任者。


「ようやく助けにきてくれたのか!? さあ、コイツらを早く……」


 まずいか。マルクとギドーは彼女の真意を測りかね、静かに身構える。

 ヒールの音と共に、フリルの過剰なメイド服がさらに近づき、やがて──。


 アルフレッドが椅子もろとも、蹴り飛ばされて、大きくぶっ飛んだ。


「私はァ! シエラ・レオンハルト・アーチアイズ・リンダソニアⅡ世だッ!」


 風を切る音と共に、アルフレッドはトラックの車体に叩き付けられた。


「拷問の時間だ、ド外道ッ!」


 シエラが威勢のいい声と共に、スカートからヤバそうなトングを取り出す。


「ぶっ……上級主任警備官である君が、いったい何故だぁッ……!」


「問答無用! 魔王種など! 人間の明日を! 脅かす魔物を育て! あろうことか私に! 護らせていた外道がッ! もはや私はウロボロスの人間ではなァい!」


 シエラのヒールが、がすがすと何度もアルフレッドのふとももを蹴る。


「う、うわぁ……腫れそう……ヤバすぎ……」


「これ……止めた方がいいヤツか……?」


 アルフレッドはただ、叫びながら身を縮め込めていた。


「ひ、ひぃぃ! や、やめっ……! 俺はただ言われた通りに研究を……!」


「問答無用と言ったッ!」


 マルクは恐る恐る近寄り、シエラの肩を叩いた。


「ちょ……待てよ、シエラ。思うに問答がないと尋問にならな……」


「やかましいぞ、ご主人様二号ッ!」


 ぎろっと睨まれて、マルクは高くて短い悲鳴をあげる


「この尋問はッ! 既に『拷問』に変わっているのだ……!」


 ガチン、ガチンとトングで威嚇する彼女に、マルクは即座に口をつぐむ。


 ギドーは素早く魔導タブレットを開き、エルニアに救いを求めた──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
緊張感あふれる描写からのギドーちゃんの警告がユルいw ギリューギルが仰向けで倒れるの、亀がひっくり返って必死なとこを想像して、少しかわいそうになってしまいました。戦争だからね……。仕方ないね……。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ