第十八話「すべきことをして」
《ハイビスカス》が光の粒子を纏う。あの“夜”以来のことだった。
光を放つルーン・ギアの周囲を、黄金に輝く刃が舞っている。
都市の暗い霧を裂いて、宙を飛び交う無数のフォトン・エッジ。
「──また、この力だ……」
灼熱を感じる右目を抑えながら、マルクは制御槽で独り言ちた。
「見えるか、エルニア。飛竜プラントで発現したのと同じ能力だ」
(…………)
「エルニア? 聞こえてるか?」
(──“その者、金色の光の剣を率いて、大いなる魔を討ち払わん”……)
これまで彼女から幾度となく聞かされた、勇者誕生の予言の一節。
それは10万年前に、マルクが果たすべきだった使命だ。
もはや意味のない、だが今を指す予言を語って、エルニアは静かに続けた。
(マルクくん。カメラはバッチリ回ってるわ。すべきことをして)
“すべきこと”
マルクは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
──傭兵として、勇者として、自分として。
「……マルク・マルグレイヴ、作戦目標を討滅するッ!」
光刃を従える《ハイビスカス》が、王の号令のように手を掲げた。
フォトン・エッジの群れが、ペイルライダーに殺到を開始する。
「ゴガアァァァァーーーッ!」
浴びるほどの光刃を突き立てられ、ペイルライダーが呻く。
だが、なりふり構わず四本の黒い脚が躍動し、巨体が走り出した。
「ギドー、右へ回り込め! 足をぶった切る!」
『アイサー! バラバラにしてやる!』
強引な突進をかわして、二機は同時にペイルライダーとすれ違った。
軽やかに《ストリガ》が跳び、怪物の側面へと回り込む。
《ハイビスカス》は、浮遊する刃の一本を掴み、反対方向へと駆けた。
『せーのっ!』
ギドーの軽快な掛け声に重ねて、フォトン・エッジを振りぬいた。
ぐしゃりと鈍い音、そして確かな手応えと共に、目の前で巨体が揺らぐ。
瞬く間に四本すべての膝から下を失って、ペイルライダーが沈んだ。
『よし!』
「まだだ!」
膝の断面から、寄生生物が這い出すかのように、触手がにゅるりと現れる。
触手の鋭い先端が、凄まじい勢いで《ハイビスカス》に突き出された。
が、しかし。
即座にフォトン・エッジが自律して生成され、盾となって防ぐ。
刃はそのまま円環状に広がり、ミキサーのように触手を切り刻んだ。
ギドーも《ストリガ》の双剣を回して、触手を撥ね退けている。
『──そろそろシメかな? 勇者サマ!』
体液を垂れ流し、もはや抵抗の意思も薄い、巨大な黒い肉の塊。
《ハイビスカス》がステップで、その前面へと回った。
「終わらせるとしよう……!」
フォトン・エッジを両手で握りしめる。
彼の放つ莫大な魔力が、機体を通して都市の空気を振るわせた。
その気配に呼応するように、宙を舞う剣が集束する。
《ハイビスカス》の手元には、一本の巨大な剣が生み出されようとしていた。
「ガガゴガァァーーーッ!」
最後の抵抗──とばかりに、首の根本から触手が湧いて出る。
《ストリガ》の矢が、それらを全て迎撃してみせた。
『今だ、マルク!』
「はぁぁぁぁーーーッ!」
ガラスを割るような甲高い音と、目の眩むほどの閃光が散る。
瞬間、長い光の剣の切っ先が、都市の淀んだ雲を裂く。
──力の限りに振り下ろされた大剣は、歪な漆黒を二つに両断した。
*
「──ご覧いただいた映像は、我々が強制監査によって入手したものであります」
大理石の演台に立ったグラハム・アル=アレイドは、厳かに言った。
ローデストン医薬学術財団、本部──セントラル・ホール。
グラハムは、この場に各界隈のマスメディアを招集して、会見を行っていた。
「映像は、今から約三時間前。エルグラスタ北部・キネープ地区にて撮影されたものです。この怪物は“魔王戦争”時代に、人類全体を脅かした魔王種のひとつ──」
ざわめきが、聴衆の間に波紋のように広がる。
彼らの注目を惹きつけるように、グラハムは声を張り上げた。
「──そう、ウロボロス・テクノロジー社は、人類すべての天敵である魔王種の復活を試みていたのです。そして、それを何等かの目的で飼育し、管理しようとした」
彼の背後で、プロジェクターの映像がかちりと切り替わった。
荒れ果てた市街、無人となったキネープ地区の様子だ。
街頭がへし折れ、車が横転し、道路には地割れのような亀裂が。
「ウロボロス社は、この事態を"瘴気漏れ"という偽装のもと、隠蔽に努めました。しかし、我々の監査結果によって、彼らの所業如何は、もはや明らかであります」
個人ライターや中小メディアが、怒りのあまり声をあげる。
グラハムは彼らをそっと手で制して、静粛にするよう求めた。
「……皆様がご存じの通り、エルグラスタに正当な政府は存在しません。都市は企業の契約と自己統制によってのみ成り立ち、維持されている。しかし──ウロボロス社は、この都市の安定と協調の基本原則を踏みにじり、危険な魔王種を復活させた」
会場に集った記者たちは、がさごそと動き始めた。
レコーダーを前へと突き出し、メモを握る者はペンを滑らせる。
「このような無責任かつ、明白な反社会的行為を決して看過できません。我々財団は、ウロボロス社に対し、武力を含む直接的な制裁を行うことをここに宣言します」
場内が騒然とし、それぞれのメディアたちが関係各所に連絡を入れる。
「あるいは、ウロボロス社は大きな抵抗を示すことでしょう。しかし……」
グラハムは大きく息を吸い込み、ゆったりとした瞬きの後に告げた。
「私は、このエルグラスタに暮らす市民の皆様にお約束します。これから始まる“戦い”は正義と秩序の在り方を問うものであり、必ずや我々が勝利するのだと──」