第十三話「実力行使で排除する!」
そうして、青いルーン・ギアが腰を低く落とした。
ランスの切っ先が、《ハイビスカス》に狙いを定める。
『最後の警告だ。直ちにこの場から立ち去れ、さもなくば──』
マントをばさりと翻し、その機体がマルクたちの前に着地する。
『ウロボロス・セキュリティ・ディヴィジョン所属、上級主任警備官であるシエラ・レオンハルト・アーチアイズ・リンダソニアⅡ世が貴様らを実力行使で排除する!』
『……なんて?』
拡声器で尋ねるギドーの声に、マルクは内心で同意した。
正直、ウロボロス──以降が早口すぎて聞き取れなかったのだ。
『心せよ、我が愛機 《ブルーハウンド》の牙は、不届き者を決して許さん!』
『あ、機体の方はシンプルな名前で良いね』
声に反応して、ランスの照準がギドーの《ストリガ》を向く。
『去らぬつもりか、ならば覚悟! ……はァッ!』
直後、青色の機体──《ブルーハウンド》の姿が視界から消えた。
「……速いッ!?」
『うわッ!』
見回すより早く、ギドーの短い悲鳴が聞こえた。
轟音に振り向けば《ストリガ》が、派手にぶっ飛ばされていた。
「ギドー! 生きてるか!」
『…………正直、舐めてたね』
ぺっ、と血を吐き捨てる音がした。
『コイツ、マジで殺しに行かないとダメかも』
めり込んだ壁から機体を引き剥がし、大弓を構える。
『抵抗は無意味だ、大人しく投降しろッ!』
『誰がするもんか、バーカッ! 死ね!』
矢をつがえ、同時に数本、撃ち放つ。
マシンガンのような連射で放たれたマンドラゴラの矢。
最低最悪の初見殺しだ。
大抵の場合、これで勝負が決まる。
予想の通り、《ブルーハウンド》が大盾を構えた。
三本の矢が盾の装甲面にぶち当たり、砕ける。
生まれの不幸を呪うような、凄まじい絶叫が轟いた。
──が。
『……くっ、はァッ!』
《ブルーハウンド》は踏みとどまり、盾を振り払った。
『……なっ!?』
「耐えただと……?」
『アーチアイズは貴族の血統……ッ! 舐めてくれるなッ!』
マルクは驚愕した。
この女、凄みだけで脳の破裂を堪えたというのか。
「俺が前に出る。援護しろ、ギドー!」
『わ、わかった!』
“ヴォイニッチ”を開き、魔法を発動する。
彼がまず放ったのは、ライトニングだ。
《ブルーハウンド》の目にも留まらぬ超スピード。
その正体を探るための牽制攻撃だった。
雷を撃つライトニングは弾速が早く、ある程度の誘導性もある。
こういった高機動型の相手を狙うには、一番いい魔法だ。
再び、青い機体の姿が消える。
ライトニングは獲物を見失って、壁面に弾けた。
(見えない。が、わずかに“右”に誘導がかかった……)
《ハイビスカス》がフォトン・エッジを右に振り抜く。
同時に力強い衝撃が送り返され、金属の軋む音が轟いた。
そこにあったのは《ブルーハウンド》の大盾だった。
なるほど。ギドーは相手のシールド・バッシュを食らったらしい。
衝突の衝撃に抗わず、そのままバックステップで避ける。
ここで、ギドーの援護射撃が入った。
ソニックのエンチャント。矢が段階的に加速する。
盾受けした《ブルーハウンド》もまた、こちらと距離を取る。
(なぜ槍で貫かない。手加減のつもりか……? いや──)
マルクは目を細め、相手の姿をじっと睨みつける。
《ブルーハウンド》は何故だか、ランスを逆手に構えていた。
注意深く観察を続ける。地面にいくつかのひび割れ──。
否、よく見れば、それは小さな穴だった。
おそらくは、突撃の行われた軌道上にぽつぽつと……。
そして、その道筋はわずかに濡れて、水滴が残っている。
(……そういうことか)
《ハイビスカス》が“ヴォイニッチ”を構え直した。
「ギドー、俺から少し離れろ」
『えっ?』
赤い輝きが、プールの底を埋め尽くす。
瞬間的に燃え上がった炎の絨毯。
フレイムを広範囲に発生させた。マルクは確信する。
この状況下ならば《ブルーハウンド》は高速移動を使わない。
『ちょっと! 範囲広すぎて、まともな火力になってないって!』
「ああ、弱火でも別にいい……。熱さえあれば」
“ヴォイニッチ”のページがめくれる。
再度、ライトニングを撃ち放った。
《ブルーハウンド》は回避するのではなく、盾で雷撃を防いだ。
『……当たった。どうして!?』
ギドーが驚愕の声をあげる。
マルクは舌を鳴らし、ほくそ笑んだ。
「やっぱりな。コイツ、氷のレールを敷いてやがったんだ」
『……くっ、貴様!』
「逆手に構えた槍は“軌道修正用”だろ? だから突撃に盾を使った」
つまりは、地面を凍結させ、その上を加速して疾走していたのだ。
氷の上で、ソニックの魔法をかけたランスで、素早く地面を突いて走る。
摩擦ゼロの超高速移動。それが彼女の使う戦術だったというわけだ。
『分かったところで!』
《ブルーハウンド》が勢いよく駆け出し、ランスの突きが炸裂する。
マルクは油断なく、集中し、菌糸に魔力を送り続けた。
ステップを踏む《ハイビスカス》と、それを追うランスの切っ先。
二人で躍るワルツのように、炎の絨毯の中で二機が舞う。
『ここでッ!』
シエラの裂ぱくの叫びと共に、ランスが突かれた。
「──全部声に出すな!」
《ハイビスカス》は身をひるがえし──。
マルクは目を疑った。ランスの切っ先が伸びたのだ。
「何ッ!?」
氷だ。氷がランスの表面を覆い、新たな先端部を形成している。
迷わずフォトン・エッジを振り抜いて、氷を砕いて破壊する。
そのとき《ハイビスカス》の体勢が崩れて、わずかな隙が生まれた。
『──入るッ!』
眼前に迫りくる大盾、打撃音と衝撃。
制御槽のシートに、マルクの背中が打ち付けられた。
ぶっ飛ばされ、ごろごろと転がる機体を《ストリガ》が受け止める。
ランスの追撃が二機に迫るが、ギドーはどうにか防ぎ切った。
『マルク!』
「……生きてるよ、クソ」
頭がクラクラして、視界の端が暗くなる。
脳震盪──というヤツか?
マルクは痛む頭を押さえながら、どうにか機体を引き起こす。
《ブルーハウンド》が槍を地面に突き立て、静かに構えた。
『手順外だが、もう一度だけ警告する。ここで終わりだ、投降しろ』