第十一話「個人的な依頼なんだけど」
──イオリク・フリューとの“デート”から数日後。
その傭兵は曇り空の下を歩き、馴染みの酒場へとやってきた。
建て付けの悪いドアをくぐってすぐ、脱法ポーションの香り。
相変わらずの「ノース・ノワール」の様子だと、どこか安心感を覚えた。
彼はカウンターの端に歩み寄ると、席のひとつに腰を掛ける。
「いつもの」
そんな注文で、バーテンはすぐさまドリンクを用意した。
だいぶ板についてきた。すっかり俺も常連客だ。
──そんなことを考えながら、マルクは店内を見回した。
まだ、エルニアの姿はどこにもない。
きっと、街で情報収集を続けているのだろう。
マルクとエルニアが仕事の話をするとき、二人はアジトのガレージではなく、必ずこの酒場で落ち合うことにしている。これはちょっとした決まり事だった。
「お待たせ、マルクくぅん!」
扉が外れそうな勢いで、溌剌とした声と共にエルニアが入店した。
先に着いたとはいえ、遅れてきたのはマルクも同じことだ。
ちょっとした謝罪の意を込めて、彼女の分の椅子を引いてやる。
「あら、親切じゃなーい♪」
「年寄りは労わらないとな」
「むっ……やっぱり意地悪ねぇ」
じろっと、エルニアが睨みながらに着席する。
「それで、新しい仕事ってなんだ? レディントン社からか?」
「ああ、ええとね……これは私からの個人的な依頼なんだけど……」
「……安くはしないぞ? お友達料金はナシだ」
「ちゃんとお金払うからぁ~。そんな嫌な顔しないで!」
エルニアが肩を掴み、マルクをぶんぶんと揺らす。
「あーっ、やめろ、鬱陶しい! 分かった、やるって」
「分かればよろしい。……この前の“魔王種”のこと、覚えてる?」
「よせよ。アルフレッドを脅迫して、自由の身になったばかりだろ」
「ばっちり覚えてるみたいね。あと、私がやったのは“交渉”よ」
マルクは忌々し気に、大きな溜め息をついた。
そんな彼を気にする様子もなく、エルニアは続けた。
「私、ウロボロス社が魔王種で何をするつもりか、知りたいの」
「ちょっと待て。知りたがりは死にたがり。この標語を忘れたか!」
「ノンノン。ただの好奇心じゃないわよ」
マルクは怪訝に眉をひそめた。
「魔王種はかつて、人類を絶滅寸前にまで追いやった危険な存在。それを企業が、私利私欲のために復活させようとしている……、これ、大問題だと思わない?」
「まあ……そりゃあな。けど、一度倒してるんだろ? ルーン・ギアだってあるわけだし、いまさら魔王軍が復活してもな。なにより、俺らは正義の味方じゃない」
「私が言いたいのは、これは英雄プロデュースに使えるネタ、ってことよ!」
肩をがっくりと落とし、マルクはジョッキの酒をあおった。
「はあ、なるほどね……」
「これまで、マルク君のことを『無敗の英雄』路線で推してたけど、やっぱり勇者といえば勇気と正義! 魔王種の復活を阻止する方向に持っていくわよ!」
「無謀だ。俺たちだけじゃどうにもならん」
「メガ・コーポの力を借りるのよ」
「レディントンに魔王種の件を告げ口して、競争を煽るとかか?」
ちっちっと舌を鳴らしながら、エルニアは指を振った。
「それだと、レディントン社が魔王種を欲しがるわね。火種の奪い合いじゃ、勇者のイメージが崩れちゃう。もっと公正で、社会問題に関心のある企業がいいわ」
「……ローデストン医薬学術財団……とか?」
「よく分かったわね! まさに彼らなら、魔王種の復活を問題視するはずよ」
マルクの脳裏を過ぎったのは、刀を佩いた一人の少女の姿だ。
「……彼らを後ろ盾につけて、ウロボロスに戦争を? 難しいだろ」
「ええ。レディントン社へのパイプ確保は保留にして、まずはローデストン財団との関係性を確立するのが先決ね。ウロボロス社の計画を探るのは、そのためよ」
「手土産ってわけか……」
またもや、ウロボロス社の隠し事に首を突っ込むことになる。
──ただし。
ローデストン財団の庇護下に入れば、前回とは状況は異なる。彼らに公式声明の一つでも出させれば、ウロボロス社が矛先を向けるのは、あくまでも財団本体。
つまるところ、メガ・コーポ同士の戦争状態を作り上げればよいのだ。
そうすれば傭兵個人には執着などしないし、暗殺に怯える必要もなくなる。
バーテンに人差し指を立て、エールのお替りを要求する。
マルクのジョッキに、すぐ琥珀色に泡立つ液体が補充された。
「……それで、結局は俺に何をやらせたい?」
──パシャッ。
エルニアがピースサインと共に肩を寄せ、シャッターを切った。
「おい、撮るな」
「だってあんまりにも『プロでござい』な顔をしていたから!」
そう言いながら、エルニアは魔導タブレットを一心不乱に操作する。
加工しまくり、タグ付けまくりで、フィード・ブックに投稿するのだろう。
ピロンと鳴った端末を仕舞いこむと、エルニアは再び視線を寄越した。
「貴方にはエルグラスタ北部、キネープ地区の『水晶殿』を偵察してほしいの」
「なんだそれは?」
「ウロボロス社が建設中の高級スパリゾートよ。半年前から保留になってたプロジェクトだけど、例の飛竜プラント自爆の一件から突如として作業が再開されたわ」
「ふぅむ、時期はピッタリと。他には?」
「確定的なのが、アルフレッドの部署から定期的に“よくわからない”資金が送られていることね。間違いなく彼と、彼の魔王種にまつわる計画が関わってると思う」
腕組みをし、マルクは唸って見せた。
「ってことは、ただのスパ観光ってわけにはいかないだろうな」
「間違いなく荒事になるわ。ギドーも呼んで、徹底的にやりましょう」
応、と短く答えると、マルクはカウンターに小銭を転がし、席を立った。